恋の行方Ⅵ
1
{
お母さん・・・。出かけます。
そう、どこへ行くの?
お友達の所・・・。
お泊まり?
はい。良いですか?
止めたら、やめる?
・・・いいえ。
いつ、帰るの?
日曜日に・・・。
連泊?
はい、何もなければ、そのつもりです。
お泊まりセットは?
用意しました。
そう・・・止めても無駄なようね。行きなさい。お父さんには、適当に言っておくから。
すみません。
良いのよ。
}
{
(金曜日の午後、デイパックを背負い、黙してバス停までの坂を登る櫂。背後のクラクションに振り返る。ビリーだった。)
櫂、こんにちわ。どこに行くの?
ビリー・・・、JRの駅まで。
送るよ。乗って・・・。
でも・・・。
(後部座席の女性が声を掛ける。赤子を抱いている。)
櫂さん、遠慮はいりません。夫がお世話になっているそうね。
・・・いえ・・・。
女房のジュンコと息子だよ。・・・まあ、乗りなさい。
はい。
}
{
櫂さん、偶然ね。あなたに会えて良かったわ。
私もです。・・・とても可愛いお子さんですね。
ありがと。私たちの宝物よ。・・・櫂さん、私の夫を誘惑しないでね。
・・・・・・。
ジュンコ、言葉が過ぎるよ。
はい、すみません。
}
{
(娘が出かけた後、ダイニングのテーブルで、タブレットを操作する母。30分のつもりが小一時間。夕食の用意をし、夫を迎えに行くのが午後8時頃。JR駅南口で夫を拾う。)
ご苦労様、お父さん。
ああ、ありがと。
明日は休めるの?
うん。このところ土曜出勤が続いたからね。総務の指摘が入って、出勤停止だ。
二人でゆっくり出来るね。ドライブする?・・・お蕎麦でも食べに行こうよ。
良いね。
}
{
(家に着く。)
お酒、飲みますか?
うん・・・。
今日はいくらか寒いから、芋のお湯割かな?
そうだね。
(着替えて、ダイニングのテーブルに着く父。酒とツマミが用意されている。一口、二口、グラスを傾ける。)
・・・母さん、娘はどうしたのかな?
それがね、午後に出掛けたんだけど、今夜は帰って来ないようなの。帰りは、日曜日ですって。
やれやれ、嫁入り前の娘が、男の所に連泊か。
お父さん、櫂はもう成人ですよ。いつまでも子供じゃない。嫁入り前の娘って、いつの価値観ですか?
・・・昭和かな?
私たちのことを気遣っている娘に、あれをしてはいけない、これもしてはいけないと言いますか?・・・私には出来ません。不満ですか?
いや、もう一杯貰おうかな。
はい。・・・大丈夫ですよ、お父さん。
}
2
{
櫂、南口で良いか?
はい。有難うございます。
櫂さん、彼氏に会いに行くの?
そうです・・・誘われたので。一緒に夕食を食べようって。
羨ましいわ。・・・結婚するの?
そうなれば良いなあと、思っています。
}
{
(ビリーの車を降り、階段を上って改札口を通り過ぎ、北口へ階段を降りる。表情が硬い。やや早足でジョシュアの部屋に向かいチャイムを押す。屈託のない笑顔のジョシュア。肩の力が抜ける。)
なんだよ、連絡くれれば迎えに行ったのに。
今日は・・・自分で来たかったの。
そうか、まあ、入れよ。食材を用意しておいた。
私のこと、待っていてくれたの?
心待ちにしていたよ。
私が来なかったら?
そりゃあ、ヤケ酒だ。
・・・食材をチェックするわ。
}
{
(テーブルに料理を並べる櫂。ジョシュアはビールを飲んでいる。)
出来たわ、自信は無いけど・・・。
いやいや、俺よりはるかに上手だ。
だと良いけど。
(櫂もビールを口にする。)
ねえ、ジョシュア、将来の事、考えてる?
うん、考えなくもないが。・・・大学を卒業して、就職し、おまえと結婚する。
具体的には?
そうだなあ、俺、行き当たりばったりだから。計画したってさあ、その通りに行くわけでもないし・・・。でも、俺、事に当たった時は頑張る。そんな風に思ってるよ。それでダメなら、死ねば良いじゃん。
・・・死ねば良いって、そんなこと言わないでよ。
本気じゃない。痛いのや苦しいのは嫌だからね。
・・・・・・。
櫂、なんとかなるよ。人生は、なるようになるのさ。なるようにしかならないと言う奴も居るが。
はい。
}
3
{
(土曜日、ジョシュアの軽自動車で、バトルフィールドに向かう。)
櫂、気を引き締めろ。
えっ?
表情が緩いよ。
どういうこと?
昨夜のことを、見透かされる。
そんな・・・。
}
{
(駐車場から建物に向かって歩いていると、背後から声を掛けられる。)
ジョシュア、櫂、おはようございます。
ああ、エコー。今日もジュニアリーグで飛ぶのかい?
そうよ、いずれはレギュラーリーグ入りだね。
そうか・・・望みが叶うと良いね。
Where there's a will, there's a way.・・・I can, therefore I am.
ハハハ、応援してるよ。
ありがと、私もあなた達を応援するわ。じゃあね。
(足早に去るエコーを見送る。)
可愛いわ。宝石のような子ね。デビッドが夢中になるのも無理ない。何年かすれば、私のライバルになるのかなあ・・・。
・・・・・・。
だって、あなたは、ああいうタイプの子が好きでしょ?
まあ、否定はしないが、乳臭い小娘だ。恋愛対象じゃないよ。
}
{
(戦略分析室に着き、小声でビリーに話し掛ける。)
はようございます、ビリー。昨日は有難うございました。
おはよう、櫂。たまたま通りがかっただけだよ。ジョシュアは一緒?
はい。午前中のバトルも観戦したいって・・・。
そうですか。
・・・ビリー、エコーって知ってる?
知っています。ジュニアリーグの有望株だ。
最近、入ったばかりですよね。
そのようだね。でも、評価は高い。気になりますか?・・・僕もですよ。
はい。
}
{
(Cランクでのフライトを終え、B、Aランクのバトルを観戦。出口のベンチで櫂を待つジョシュア。何人かが声を掛けて帰って行く。ノートを開くジョシュア、今日の観戦記録だ。)
ジョシュア、帰ろ。(穏やかな笑顔の櫂だった。)
ああ、櫂・・・。
どうしたの?・・・表情が暗い。
いや、考え事をしていただけだ。帰ろう。
(駐車場に向かい歩き始める。櫂がジョシュアの腕を取る。)
なあ、櫂、人はどうして想いを伝えられないのだろう?
えっ・・・。
家族や恋人に、想いを伝えるにはどうすれば良いのかな?
・・・人の想いは伝わるものです。まして、家族や恋人であれば伝わらないわけがありません。たとえ、言葉にしなくても。
(車に乗り込み、ハンドルを握るジョシュア。黙り込んでいる。)
俺、おまえを不幸にしそうで怖いわ。
・・・なんで、そんなこと言うのよ。
解らない。夕食、外で食べるかい?
いいえ、部屋に戻りましょう。私が食事の用意をする。お酒は、まだあるし。
そうだな・・・。
}
4
{
(翌、日曜日、昼過ぎになり、櫂が帰る。)
ジョシュア、帰るわ。
・・・送るよ。
いいえ、二日酔いでしょ。バスで帰る。
・・・・・・。
来た時も自分で来たんだし、帰りも自分で帰るわ。
そうか、気をつけてな。
はい。
(ドアの前で、デイパックを背負った櫂と軽くハグするジョシュア。)
またな。
うん・・・。
(櫂を送り出し、机の前に座り、目を閉じる。つい、居眠りが出る。)
(3時近くになり、近所のドラッグストアに行く。紙パックの芋焼酎、日本酒の4合瓶、調理パン、ティッシュなどを購入し、部屋に戻る。場所と時が、空疎だ。)
(ノートPCを開き、ニュースや動画をチェックする。スマホ、タブレットを充電し、芋のお湯割りを飲み始める。)
}
{
(午後2時頃、自宅に着いた櫂。ダイニングに母が居る。)
ただいま、お母さん。
お帰りなさい。案外、早かったね。
はい。
私たちも、帰って来たばかり。お父さんと、お蕎麦を食べに行ってたの。
珍しい・・・。
そうねえ、お父さん、休みが少ないから。出不精だし。
お父さんに、ただいまを言いますか?
今は、やめておきなさい。
はい。
お蕎麦屋さんでね、お父さん、大徳利を2本も飲んじゃって。
大徳利?
普通の徳利の倍よ。連れ帰るのに、大変な苦労をしました。助手席で居眠りするし。
・・・お母さん・・・。
櫂、少し眠ったらどう?なんか、疲れたような顔をしてる。
はい。
}
令和5年5月20日