恋の行方ⅩⅩ
1
{
ジョシュア、エマって娘、憶えてる?
ああ、あの、こまっしゃくれた子か。
・・・そんな感じね。
悪気は無いよ。
この前、南野警察署でゴネたそうなの。
やれやれ・・・。
刑事さんに、シシクラ先生としか話さないって言い張って。
それで通したのか?
そのようですね。
(チャイムが鳴り、櫂が出る。)
櫂先生、トニックウオーターみたいにシュワシュワさせて。
どういうこと?
櫂、誰?
エマさんです。
こんな時間に・・・おい、子供がうろつく時間じゃないぞ。
今夜、泊めて。
そうだな、俺を納得させる理由があれば、考えなくもないが。
光の柱の謎を、一緒に探求しよう。
まあ、入りなさい。
(居間のテーブルに着く。)
エマさん、何をしたいの?
レボルーション・・・。
今の社会では出来ません。
櫂先生、私は解っています。現実の社会では出来なくても、心の社会では出来るかもしれません。
心の社会って、そんな社会があるの?
ありますよ。心は、もう一つの現実です。
そうかなあ。(ジョシュアが口を挟む。)
ジョシュア、私、あなたを好きなっても良い?
それはマズい。俺が好きなのは櫂だから。(厄介な娘だな。)
私ね、子供の頃に男子を誘った事があるの。ここに来てって言って、待っていたんだけど、来なかった。ママに聞かれたけど、秘密ですって答えた。振られたことはシークレット、その方が良いでしょ。
エマさん、お父様かお母様に連絡しなさい。私達が、あなたを送ります。
はい・・・先生、怖いです。怒っているの?
少しはね。
櫂先生、私はあなたの従順なだけの生徒ではありません。
そうですか。私に反抗するの?
必要な時には、そうします。
}
{
(櫂の運転でエマを送る。ジョシュアに話しかけるエマ。)
ジョシュア、お酒が好き?
まあ、好きというのか、よく飲むのは確かだ。
アルコール依存症ですか?
どうかな。
アルコールの過剰摂取には害があるそうですよ。
・・・参考にしよう。
私ね、酒飲みの言うことは信じないことにしてるの。
エマ、言葉が過ぎるわ。
すみません。櫂先生。
}
{
ジョシュア、私の超能力、知ってる?
知らんよ。
知りたいですか?
そうだね、それが本当のことなら。
証明する事ができるわ。私は交通手段を利用しなくても、移動することができるの。
どうやって?
例えばね、学校に行く時、自転車で行かなくても、行くことができる。
歩いてか?
違いますよ。私は空間を移動することが出来るの。
ハハハ、それは便利だ。
信じていませんね。
俄には信じられないな。
無理もないわ。あなたの想像力不足ですね。
心外だ・・・。
}
2
{
おい、エダマメ・・・。(エマに声をかけるカナデ。)
何よ。
おまえさあ、自転車通学じゃないよな。徒歩で来れる距離じゃねえし、どうやって来てるんだ?
空間移動で。
なんだ、それ・・・自力でか?
まあ、自力と言えば自力だね。
空を飛ぶのか?
鳥の飛翔とは違う。移動するの。上下左右、自在にね。
あの事件がきっかけか?
・・・帰ってから、ずっと耳鳴りが続いていたの。夏休みになってからも続いていた。そして、ある夜、啓示を受けたの。
で、空間を移動出来るようになったのか?
はい。このことを知っているのは、家族と、ごく親しい人だけだから、誰にも言わないでね。
うん。
}
{
エマ・・・。
はい、お母さん。
少し話せる?
はい、何でしょうか。
最近、ちょっと心配しているの。
私のことですか?
そうです。
ちゃんと学校にも行ってるし、やるべき事はしています。
解っていますよ。・・・私に、隠し事をしてない?
隠し事って、カナデ君の事?
ボーイフレンドなの?
はい。
どんな子?
背が高くて、大柄で気が優しいの。・・・私には威張るけど、気が弱い。
それは、彼の欠点?
いいえ、そうは思わない。目立つタイプじゃないけど、成績も良いしね。
その子のことが好きなの?
そんなんじゃないよ。
・・・エマ、あの事、彼に話したの?
はい。
トラブルにならない?
口止めしたから、大丈夫だと思います。
信頼しているの?
はい。
だったら、そういうお友達は大切にしないとね。
・・・はい・・・。
}
{
エマ、私達のことをどう思っていますか?
私達?
お父さんとお母さんのことです。
特に、考えはありませんが・・・。
そうなの?
特に・・・考えた事はないということです。他意はありません。
お父さんと私は、あなた方のことを思っています。お兄ちゃんとエマのことを。
だから?
エマ・・・。
お母さん、私、良い娘じゃないね。
解っていますよ。
・・・これからは、良い娘になるよう努力するわ。
ヤメておきなさい。それは、努力してなるものじゃないから。
じゃあ、どうすれば良いの?
・・・私達を嫌いにならないで。
お母さん、何を恐れているの?
心が離れることを恐れているのかもしれません・・・。
親子の心が離れる事はないと思いますが。
そうだと良いわねえ。
お母さん、どれだけ思いを寄せれば良いですか?限りなくですか?それは、無理だと思います。
・・・・・・。
お母さん?
私、そんなことを望んではいけない?
いいえ・・・でも、私に期待しないで・・・私は、期待に応えられる娘じゃない。
}
3
{
(学校の自転車置き場で。)
カナデ・・・。
・・・どうした?元気がないみたいだ。
昨夜、お母さんとちょっとね。
親子ゲンカか?
意地張っちゃった。
良くないな。
私、性格に難があるから・・・。
ハハハ、自分で言うな。子供は誰でも、性格に難があるのさ。
あんたも?
うん、俺もおまえもだよ。
・・・カナデは、お母さんとうまくいってる?
どうかな、そこそこだと思うけど。
どうすれば、そう出来るの?
俺のママは怒ると怖いからね。なるべく刺激しないようにしているよ。
自分を主張しないの?
おまえの言う自分て、何なんだ?
・・・さあ、良くわからない。
ふ〜ん、わかるかわからない自我にしがみついて、親に反発するのか?
そんなつもりは・・・。
俺ならしないよ。
・・・・・・。
俺、そろそろ帰らないと。
ああ、悪かったね、引き止めて。
気にするな、俺達、友達だろ?・・・それとも、おまえは特別か?
・・・いいえ。あんた優しいんだね。
エマ、俺は普通だよ。
}
4
{
(日曜日、ジョシュアの部屋を掃除する櫂。ジョシュアは自室でPC、タブレットを操作しながら喫煙。)
ねえジョシュア、掃除終わったよ。コーヒー、紅茶?
ミルクたっぷり砂糖少々のミルクティーで。
はい。私も付き合うね。
(居間のテーブルで、キッチンの櫂を目で追うジョシュア。無表情だ。)
どうぞ・・・。
ありがと。
(ジョシュアの表情を窺う櫂。)
どうしたの?
・・・俺、おまえの好意に甘えてるよな。
らしくないですよ。
櫂、宿命ってあるかな?
私たちの関係のことですか?
いや、そう言う訳でもないんだが・・・。
概念としては、あるでしょうね。不可避な、避けることが出来ない未来かな。
そうか。
例えばね、一般的な話では、フランス革命や産業革命が時代の宿命だと言われます。
ふ〜ん。
社会制度や生産手段の不可逆的な変化、それが圧倒的だから不可避な事だと思えるの。だから、時代の宿命。
そう言えばそうかな・・・。
日本なら、明治維新と大東亜戦争の終戦でしょう。
・・・・・・。
}
{
ジョシュア、今日のお昼、外で食べない?
良いよ。少々高くてもかまわない。
いいえ、贅沢は敵ですからね。さして豊かでもない私達の、いつも通りでお願いします。
うん・・・。
(ジョシュアの部屋を出て、歩き始める。)
櫂先生・・・。
あら、エマさん。デイトですか?
はい。同級生のカナデです。
カナデさん、初めまして。
はい。エマから、先生のことは聞いています。
そうですか。悪い話じゃないと良いですね。
良い先生だと・・・。
エマさん、どこへ行くの?
お昼時なんだけど、お小遣いが足りなそうで、コンビニの菓子パンを買おうかとしていました。
ハハハ、そうか。なら、俺たちと一緒に食おうか、奢るよ。
嬉しいわ、ジョシュア。
カナデ君、どうかな?
ありがとうございます。
}
{
(ファミレスの席で、メニューを見る4人。ジョシュアと櫂は、すぐにオーダーを決める。)
櫂、俺、少し飲もうかな。
良いですよ。あなたの払いだから。
ああ・・・。
(エマとカナデが顔を寄せて、メニューを見ている。)
ジョシュア、ドリンクバーとデザートも有り?
そうだな、良いよ。
(カナデが肘でエマを突く。【エマ、少しは遠慮しろよ。良いのよ。ジョシュア、お金持ちだから。・・・でもなあ。】)
で、決まったのか?
ええ、同じ物を食べるわ。
あなた達、仲が良いのね。エマさん。
櫂先生、私達、付き合ってる訳じゃないから。カナデ、気が弱いし。
カナデさん、そうなの?
いいえ、エマは思い違いをしています。父を嘲り、母への従順を蔑んでは、いけないそうですから・・・そう見えるのでしょう。だけど、俺、弱気なだけじゃないんで。
(表情の乏しいカナデを見るジョシュアとエマ。二人とも無言だ。櫂は、同じく無言で横を向いている。)
}
令和6年3月28日