Man in a House Ⅶ
1
{
(土曜日の朝、庭の草刈りを終えて自室に戻ると、携帯電話が。)
G・・・話せる?
ああ、スパロー。バトル・フィールドじゃないのか?
今日は行かない。フライトの番じゃないし。
ター坊は?
・・・行ってるよ。
どうした?
どうもしないよ・・・。
やれやれ、不機嫌だな。
ちょっと、ギクシャクしてんの。
仲良しは解消か?
そんなことないよ。・・・ベッドに誘って、断られた・・・。嫌われたよ。大胆だな。・・・そりゃあ、マズいわ。
私、失敗した?
そうだね。そんな時が来たら、ター坊が誘うよ。誘うのは君じゃない。
・・・・・・。
提案がある。
なに?
これから、バトル・フィールドに行くんだ。ランチに間に合うだろう。3人で食って、午後はター坊のバトルを見て、一緒に帰っておいで。・・・あいつら、なんて言ったっけ?
ガーティと櫂ちゃん・・・。
ああ、そうだそうだ。ガーティと櫂ちゃんだ。君たちは、仲良しだろ?
そうでもない・・・ただの友達だよ。
まあ、家で燻ってるよりましだ。一人であれこれ考えていても無駄だ。
・・・これ以上、ター坊に嫌われたくないよ。
大丈夫だ、スパロー。君が行けば、ター坊は喜ぶさ。
本当に?
ああ、そう思うな。
解った・・・。
}
{
(食堂の隅に居るガーティと櫂を確認して、プレートにランチを取るスパロー。櫂が手を上げる。テーブルに近づくスパロー。以下、G=ガーティ、K=櫂、S=スパロー。)
G:こんにちわ。(ガーティが話しかける。)
S:こんにちわ。少し、遅れました。
G:朝、ター坊に会ったわ。難しい顔してバスから降りて来た。一人なのって訊いたら、頷いただけ。
K:彼、無口で不機嫌そうだもんね。
G:櫂ちゃんもそう思う?・・・ター坊、良い男になるわ。無口で不機嫌でエッチな感じ・・・。
K:ナニも立派そうだし・・・。
G:櫂ちゃん、そんな想像は不謹慎です。
K:・・・食べ頃の、雄の子羊かもしれない。
G:そうねえ、私には無理だけど。
S:ちょっと待ってよ・・・嫌味ですか?・・・私の男友達のこと、そんな風に話さないで。
G:どうして?
S:不愉快だわ。
G:スパロー、今日はどうして別々なの?
S;時間が合わなかっただけよ。
G:変ね。ター坊、表情が硬かったし・・・。ねえ、櫂ちゃん。
K:私も、そう思った。
S:人の心を測るのは、良くないことだわ。
K:・・・私、午後の任務があるから、行くね。
G:まだ早いよ。
K:ビリー、時間には厳しいから。
}
{
(足早に去って行く櫂の後ろ姿を、ガーティとスパローが目で追う。)
ガーティ、櫂ちゃん行っちゃった。
そうね・・・任務よ。
今日も勝った?
僅差だけど、勝ったわ。
凄いね。
でも、まだDランクだから・・・。もっと稼ぎたい。
アダムと、ダブルインカムでしょ?
うん、今はね。彼、現場仕事だからリスクが無いわけじゃないでしょ?体を壊したら、土曜日戦争でも飛べなくなる。私一人では重荷だわ。・・・そうなったら、私、血と汗の最後の一滴まで絞り出すけどね。
・・・・・・。
楽々の人生なんて無い。・・・あなたは、ご両親の庇護の下で穏やかな生活を送っているでしょ?
いけない?
いいえ、あなたにはそうする権利がある。でも、私にはそうした権利は無い。
ガーティ・・・。
ター坊と何かあったの?
・・・ベッドに誘って断られました。彼、不機嫌になって・・・。
セックスしようって言ったの?
そんな露骨には言わない。・・・そういう意味のことを言ったんだけど・・・。
ター坊とセックスしたいの?
分からない・・・。したくないわけじゃないけど、どうしてもしたいわけじゃない。
ター坊も同じだと思うな。
ガーティ、あなたもそうだった?
スパロー、私はアダムにプロポーズされたから結婚した。セックスしたいから結婚したわけじゃない。選択肢は無かったわ。私、変わり種だし、男に誘われるタイプじゃないしね。・・・不安だった。
どうやって乗り越えたの?
無謀だったかもね。・・・後悔はしていない。応援してくれる人もいたから・・・。
誰?
マッド・ブル・・・地元のやんちゃ坊主よ。アダムの兄貴分だったから・・・相談したの。
【
(建物の裏で、マディーとアダム。マディーが問いかける。)
おめえよう、ガーティと付き合ってるのか?
はい。
・・・面白半分じゃねえだろうな。
どういうことですか?
まあ、あいつには事情があるから、確認したくてな。
兄貴、言葉を返すようですみませんが、そんな事を言われるなんて、心外です。
そうか・・・立ち入った事を言ってすまんな。
いいえ、ご心配をおかけして申し訳ねえです。
良いさ。嘘だったらきっちり締めるしな。
はい。俺、異存ありません。
ーーーーーーーーーーーーー
ガーティ、アダムと話したよ。
ありがとうございます。面倒をかけたわ。
気にするな・・・おまえは俺の妹だ。
はい。
後は、自分で判断しな。
】
マディーは何て?
自分で判断しなさいって言った。
せっかく相談したのに?
そう、私が判断しても良いよってこと。・・・結婚するとね、男はいろんな事をしたがる。次から次へとアイディアが浮かんでくるらしいの。
どんなアイディアなの?
性的な・・・。そういうことに関して、男はクレージーだから。
そうなの?
少なくとも、アダムはそう。・・・頑張るのよ。
}
2
{
(自動販売機の横の長椅子で、待っているガーティとスパロー。何人かが声をかけ、建物の外に出て行く。アダムが来る。)
よう、お待たせ。おまえら、また辛気臭い話してんのか?
他愛のない女子トークです。
そうか、なら良いや。ちょっとしたアドヴァイスをしようと思ったんだが・・・。
なに?
聞きたいか、スパロー?
はい。
おお、素直だな。生活の知恵って言うか、男とうまくやる方法だ。
興味深いわ。
そうだろ?簡単なことだ・・・美味しいもの食べた〜いとか、休みの日にどっか連れてってとか、お洒落な下着が欲しいな〜とか言ってれば良いのさ。
あなた、失礼ですよ。
そうか?・・・スパロー、女房に怒られちゃったよ。
いいえ、参考になったわ。
うん。じゃあ行こうか、ガーティ。
はい。
ああ、さっきシャワールームでター坊にあったよ。すぐ来るだろう。
ありがと・・・。
}
{
(長椅子に一人、スマホを見ているスパローにター坊が近づく。)
シュガー、来てたのか・・・。
うん、あなたのバトル見た。
そうか、勝てたよ。・・・ガーティは?
さっき、アダムと帰った。
仲睦まじいこと。
・・・羨ましいわ。
・・・・・・。
ねえ、今度、どっかに連れて行って・・・。
ああ、良いとも。そろそろ行こうぜ、バスの時間だ。
はい。
(小型バスの最後尾に並んで座る二人。)
シュガー、明日のルートを考えたよ。
教えて・・・。
(スパローの耳元で。)総鎮守、武家屋敷、ひよどり坂、城址公園、歴博のレストラン。けっこう歩くよ。
昼食の後は?
俺の部屋に来いよ。夕方までだけど。・・・地味なルートだよな。
そんなことない。迎えに来てくれる?
うん、おまえ、ブルージーンとスニーカーでな。
はい。アンダーウェアの希望ありますか?
ハハハ、ねえよ。強いて言うならブラックの小さいやつかな。
(持っていません。)・・・ター坊、不機嫌にならないでね。
だから、そう見える時は考え事をしてるだけさ。おまえに不満があるわけじゃない。
}
{
(少し手前でバスを降り、歩くター坊とスパロー。)
ガーティが今日も勝った。アダムも勝った。ジョシュアは負けた。ヒデ兄、アノゥニマス、バンビーノ達、黄金世代も順調だ。俺、早く追いつきたい。
そんな焦らなくても・・・。
目標だよ、目標。
上昇志向が強いね。
ーーーーーーーーーーーー
さあ、着いたよ。明日、10時に来るよ。
}
{
(家に入るスパロー。)
ただいま。
お帰りなさい。タッ君と一緒だった?
はい。・・・ねえ。お母さん、黒の下着、持ってますか?
あるけど・・・。
貸してくれる?
欲しければ、買ってあげるよ。
明日、必要なの。
}
3
{
ター坊、何を考えているの?
ん?
不機嫌な時は、考え事をしてるって言ってた。
ああ、その事か・・・stimulation・・・。
?・・・刺激?
そうだね。俺たちはプレジャー・シーカーだから、それが生きる意味だと思ってる。愚かだよ。
(総鎮守に着く二人。)
さあ、願い事をしよう。何が良いかな?
私達の幸せを・・・。
難題だね。・・・でも、そうしよう。いつまでも一緒に・・・。
はい。
}
{
(総鎮守を後にし、武家屋敷まで歩く。)
ねえ、車あると良いね。
まだ無理だよ。免許取れねえし。
そうだね。・・・車があれば、もっと遠くに行ける。
遠くに行きたいのかい?
・・・そう思う時がある。ジョシュアと櫂ちゃん、よくドライブするらしいの。日帰りだって言ってた。
俺たちも、いずれそうなるよ。今は、まだ出来ないだけだ。・・・出来ないことをしたいと思うのは良くないことだ。
・・・そうなんでしょうけど。
得られないものを求めても、苦しくなるだけさ。・・・俺が言ったんじゃないよ。
}
{
武家屋敷って、けっこう広いんだね。
うん。上級武士の屋敷だったんだろう。城に、無理なく歩いて行ける。人は、今より短命で、秩序立った社会で生きていたんだろうなあ。
・・・・・・。
俺、トイレに寄るわ。
・・・私も・・・。
ーーーーーーーーーーーーー
(ひよどり坂。)
シュガー、ここからは細い下り坂だ。俺の後ろに・・・。
はい。
転けるなよ。
ねえ、ター坊、私達、何処かに行ける?
まあ、何処かにもよるかな。行ける何処かもあるし、行けない何処かもあるよ。
・・・私、行けない何処かに行ってみたいなぁ〜。
やれやれ、難しい女だ。
悪い?
いや、そうは言ってない。・・・俺向きかもな。
}
4
{
さあ、着いたわ。
そうだね。ここで質問・・・。
なに?
俺たちはどっちへ行くのかな?右か左か・・・。
左?
う〜ん、残念。右だ。
右?
そう、右に行って、坂を登れば市民体育館の横に出る。左じゃ、遠回りだ。
そう・・・私、この辺、来たことないから。
俺、細く曲がりくねった道が好きだ。
・・・変わってるね・・・。
変わり映えのしない普通の奴だよ・・・。同世代の中では、やや劣るかな。
私向きだね。
ハハハ、そうだと良いや。
さあ、行こう・・・。
}
{
去年の夏にさ、家出した先輩が居たそうだ。まだ、帰ってないって。
1年以上経ってるのに・・・失踪ってこと?
そういうことになるね。
見つからないの?
そうらしいよ。
体内にチップを埋め込めば追跡できるのに・・・。
理論的にはそうだが、社会的にはどうかな?・・・問題が多いよ。
どんな問題?
社会的にも政治的にも、大問題になるよ。監視社会になるからね。人権が侵害される。・・・人は秘密を持つ権利がある。
恋人や夫婦でも?
秘密を分け合うから、恋人や夫婦になる・・・特別な信頼関係だよ。たまたま、結ばれるわけじゃない・・・そうした事を知らないだけさ。俺たちは、見様見真似で生きてる・・・。
}
{
見て、子供達が大勢居る。
ああ、母親達と子供達だね。
父親が居ない・・・。何かのグループかな。
うん・・・。(涙ぐんで横を向くター坊。)
・・・ター坊?
何でもねえよ。子供達を外で遊ばせるのも母親の役割なんだろう。
・・・・・・。
姥ヶ池まで降りようか・・・。
はい。
キッドとバンビのデートスポット・・・ヒデ兄とリリーも来たことがあるよな。そこら辺の物陰でキスしたって言ってた。
お兄ちゃん、免疫が無いから・・・自分をコントロール出来ない。
誰でもそうさ。ヒデ兄が特に甘ちゃんというわけでもないよ。
}
{
(歴博のレストランに入る二人。窓際の席に。)
やっと着いたね。適当に空腹だ。
そうですね。何にしますか?
古代カツカレー、定番だよ。
じゃあ、私も・・・。
俺、朝飯食わねえんだ。コーヒーとヨーグルトだよ。
体に悪くない?
朝、食欲ねえから・・・。だいたいさあ、俺たちは食い過ぎるんだよ。必要以上に食う。それで太って減量する。
(料理が運ばれてくる。)
まあまあ、食べましょ。
ああ、今のところ飢饉とは無縁のようだ。
}
5
{
ター坊、戻ろうよ、あなたの部屋に。
ああ、そうしよう。何処へも行けない俺達だ・・・。
そんなこと言わないの。ここは私が奢るよ。
すまんね、借りておく。
さあ、行くよ!
}
{
(ター坊の部屋に入る二人。)
お邪魔しま〜す。お昼寝、良いですか?
(返事を聞く前に、ブルージーンを脱いでベッドに潜り込むスパロー。ベッドに背を向けて、机に向かうター坊。パソコンの電源を入れ、読みかけの本を開く。目を閉じて、呼吸を整える。)
(何度か寝返りをうつスパロー。ター坊が気付く。)
シュガー、眠れないのか?
う〜ん・・・。
それは、まだ眠る時間じゃないからだよ。
ねえ・・・背中、撫でて・・・。気持ちが落ち着くと思うの。
注文が多いね。
・・・多くない・・・背中、撫でてよ。
はいはい。
}
{
・・・ター坊・・・何考えてるの?
いろいろな事だよ。
楽しいの?
微妙だ・・・我考える、故に我ありって言うだろ。
我思う・・・だよね。
英語では、thinkって単語が使われるようだよ。どっちとも取れる。
そう・・・勉強になります。
・・・・・・。
ター坊・・・。
ん?
・・・私ね・・・zzz・・・。
}
6
{
(日曜日の夕暮れ時。老夫婦が質素な食卓に着いている。)
お父さん、昨日の朝の電話、誰でしたか?
ああ、スパローだよ。
沙羅ちゃん?・・・頭の良い娘ね。
そうだね、ター坊に夢中だ。
あの年頃の娘はねぇ・・・。バランス感覚に欠けるから。
そうなのかい?
複数の物事を、同時に考える事が出来ない。大きな欠陥でしょうか・・・。
俺も、そうかな?
自覚してくれると有難いです。
・・・・・・。
あらあら、忘れてた。芋のお湯割りでしたね。
うん。
私が忘れた時は、自分で用意しても良いのよ。
はい・・・覚えておきます。
ハハハ、今夜は素直ですね。・・・すぐ用意しますからね。
}
{
はい、どうぞ。少し大きめのグラスにしました。
ありがと。
庭、だいぶ綺麗になりましたね。
まだまだだよ。毎朝、15分程度、掻いているだけだから。
良いじゃない、それなりの成果は出ていると思います。
本意じゃない。他にやることもないしな。・・・爺さんは、無用者だ。
お父さんだけじゃありませんよ。70歳以上の人は1800万人も居るそうです。
みんな、退屈してんじゃないかなあ・・・。俺みたいに。
そうかもしれませんね。・・・皆さん、穏やかに過ごされていると良いけど。
同意するよ。
(閑静な住宅街に、夜の帳が下りる。)
}
令和4年10月30日