老人の夢と孤独Ⅸ
1
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(猛暑が続く週日の午後。自室で飲んでいるG。老妻が部屋に来る。)
お父さん、ちょっと出かけるわ。
そうか、どこへ行くんだい?
お友達の所、たいした用事じゃないんだけど・・・。
なるべく早くお帰り。
はい。
}
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(高校の同期だった彼は、Gより背が高く、麻雀が好きだった。現役で早慶に合格し、コイントスで進路を決めた。早稲田だった。その後、C市役所の試験を受け、満点で落ちた。ウイットに富んだ会話で、Gは爆笑するのが常だった。彫りの深い顔立ちで・・・。大腸癌で他界した。)
(若い頃、彼は恋をした。女友達と一緒に来た彼女と、海辺に行ったのかどうか。風に煽られた彼女のスカートがフワッとしたそうだ。彼は彼女と結婚した。その後、Gとは疎遠になった。)
}
{
(猛暑の中、Gは庭に出た。いつもなら8時30分だが、今日は9時過ぎだ。重い体を引きずりながら。スマホのタイマーを15分にセットする。用具はホーと捻り鎌だ。)
(庭の草をホーで引っ掻き、小さめの熊手で集めてゴミ袋に入れる。シャワーを浴び、一休み。)
(軽めの昼食後、自室の机の前に座り、PCとタブレットでニュースや動画をチェックしながら、飲み始める。ゆっくり杯を重ねていると、睡魔が襲う。)
}
2
【
お父さん、ちょっと出かけて来ます。
そうか、どこへ行くんだい?
お友達の所、すぐに戻ります。たいした用事じゃないんだけど、今日中に済まさなくちゃ。
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(Gは75歳の老人だ。完全リタイアしてから2年が経った。二人の子供達は、それぞれ独立し、子供達が飛び去ったエンプティ・ネストで老妻との二人暮らし。50歳を過ぎて、やっと手に入れた中古の戸建で余生を過ごしている。)
(閑静な住宅街、駅から遠いが高速のインターには近い。住民の約半数が65歳以上の高齢者だ。)
(Gは、若い頃から鬱傾向が強く、自分でも意識していた。綱渡りのような人生だった。その人生も、終わりの時を迎えようとしている。長年、飲酒と喫煙を続けながら、なんとか生き延びている。)
(病歴が無いわけではない。壮年期、抜歯後敗血症で一週間以上入院したことがあった。高熱が続き、自分で運転して病院に行った。どのくらい待っただろうか。若いドクターの判断で、即入院。)
(簡単なヒアリング。「外国への渡航歴は?」など。それからは、抗生物質の点滴を受けて横になっているだけの日々だった。命拾いをした。)
(大部屋のベッド。新しい入院患者。60歳前くらいだろうか。彼は、見ず知らずの同室者に、親の面倒を見ない親類を非難する言葉を繰り返した。次の日、ドクターに外科に移ると告げられた彼は、すっかり無口になった。そして、部屋から移って行った。)
(退院して仕事に復帰。足が弱っていた。雲の上を歩いているようだった。60歳を過ぎて、全麻の手術を受けたこともある。口腔癌だ。長く生きていれば、それなりの危機がある。乗り越えられるかどうかは、運次第だ。)
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母さん、遅いなあ。何をしているんだろう。
(気になって階下に下りる。姿が見当たらない。トイレ、バスルーム、庭にも居ない。庭から戻って、右手の間仕切りを開ける。床の間に妻の遺影と位牌がある。)
なんだ、母さん、そんな所に居たのか・・・。探しちゃったよ。
(安堵するG。)
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3
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お父さん、お父さん。
う〜ん・・・。帰ったのか、母さん。
明るいうちから飲んで、寝てしまったのね。なんて怠惰な生活なの。
すみません。
困った人ねぇ。
面目ありません。・・・母さん、俺、いつまで生きられるかなあ?
さあ、死ぬまで生きられるでしょう。せめて最初の孫が、成人するまでは頑張ってね。
うん、あと2年か・・・。
まあね。でも、もっと生きて良いのよ。酔って、夢を見ることが出来ます。
・・・人生も、儚いもんだなあ。
そうですね。さあ、夕飯の用意をしなくちゃ。もう少し、横になっていなさい。
}
令和5年7月27日