老人の夢と孤独ⅩⅤ
1
{
お父さん、今年も押し詰まりましたね。
そうだなあ・・・。
第三公園の神様が家出をしたのも、この頃でしたね。
うん、寒い日だったよ。
何故、家出したんでしょうか?
さあ・・・。
認知症だったのでしょうか?
それは、噂だよ。そうかも知れないし、そうで無いかも知れない。
・・・・・・。
冗漫な余生に耐えきれなくなったのかも・・・。
お父さんの余生も、冗漫な余生ですか?
そう思うこともある。・・・母さん、俺、人生の価値を問うたことはない。
無価値も価値の内ですか?
ハハハ・・・。
無意味も意味の内、でしたね。便利な言葉だわ。お父さんって、ああ言えばこう言う人だね。
う〜ん。
私が何を言っても、心の中では無視する。第三公園の神様も、誰も、自分自身さえ信じられなかったのでしょう。空虚な人生です。自分を信じられない人は脆い・・・。
}
{
(その年の大晦日は小雨模様の曇天だった。一人暮らしの老人エムは、午前中、酒とタバコを買った。酒は、年明けに飲むつもりの日本酒だ。2日にはG宅を訪れる予定だ。年賀用の四合瓶も購入した。薄寒い年末だ。)
}
2
{
(1月2日、午前11時頃、エムはG宅に向かう。)
エムさん、おいで下さりありがとうございます。お上がりになって。
いやあ、奥さん、厚かましくお伺いし・・・申し訳ない。
(料理が並べられているテーブル。Gが待っている。)
さあ、どうぞ。(妻がエムの背に手を添え、椅子に導く。)
エム、よく来てくれたね。
俺の方こそ、お招きいただき、有難い。
どうしてた?
・・・蟄居してたよ。味気ない余生だ。
同感だ。
まあまあ、まずは乾杯しましょう。少しは元気が出るかもしれませんよ。
(3人のグラスに酒を注ぐ。)
おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。乾杯。
(妻の音頭で、グラスに口をつける。)
ごめんなさい。お父さん、不調法だから出しゃばりました。
ハハハ・・・G、良く出来た奥さんだ。
よせよ。(苦笑いするG。)
}
{
昨日は、簡単な昼食を食べ、ビールを飲んだ。(エムが口を開く。)一人でな。何をやる気にもならず、さらに酒を飲んで、寝た。
そうか。俺も同じようなもんだ。元日は、テレビで駅伝を見ながら、酒を飲んでいたよ。・・・今月は、億劫な野暮用が2つ3つあってなあ。気持ちの負担になってるんだ。
そうか、なんとかこなせると良いね。
・・・不安だよ。
まあ、考えても仕方あるまい。やらなければならないことは、やらなければならないんだから。
苦労が絶えんよ。飲酒は悪癖かもしれんが、少しは気が和らぐ。まあ、何の解決にもならないが・・・。
}
{
(午後1時過ぎ、雑煮が出た。エムは餅を一個にする。)
さて、そろそろ帰るよ。最後に、もう一杯貰おうかな。
そうか。俺も付き合おう。
(それぞれのグラスに酒を注ぐG。軽くグラスを合わせる老人達。エムは2口、3口でグラスを開け、席を立つ。)
}
{
奥さん、すっかりお世話になった。ありがとうございます。
いいえ、お粗末さまでした。
じゃあな、G、帰るよ。
ああ、そのうち、またやろうや。(年賀のつもりで用意したウヰスキーの袋を渡すG。エムが頷く。玄関を出て、エムを見送るGと妻。)
(G宅を後にし、ゆっくり自宅に向かうエム。10分とはかからない。)
}
{
(家の中に戻ると、妻は片付けを始めた。Gはテーブルの食器を持って、キッチンに運ぶ。)
ありがと、後は私がやるわ。
解った。
(Gは酒瓶を持って二階の自室に行く。机の前の椅子に座り、PC、タブレットを開き、ニュースや動画をチェックし、飲酒と喫煙。気がつくと居眠りしていた。)
}
{
(思い立って、PCのChatGTPを開く。)
【
ChatGTP「自分に抗う」
自分に抗うことは、時には自己成長や困難に立ち向かう大事な一歩です。しかし、自分に対抗しすぎることはストレスや疲労を引き起こす可能性もあります。バランスを保ちながら、自分を理解し、受け入れることも重要です。
まず、自分に対する期待や厳しさを見直してみてください。達成できない目標や完璧を求めすぎることは、逆に自分に対するプレッシャーを高めることになります。現実的で健康的な目標を設定し、段階的に進んでいくことが大切です。
また、自分の感情やニーズを理解し、受け入れることも重要です。感情に素直に向き合い、それを否定せずに受け入れることで、自分との調和が生まれます。自分に対して優しく、思いやりをもって接することが、自分に抗うことの代わりになります。
もしも自分に抗うことが過度になっているようであれば、心の健康を考えて専門家や友人とのコミュニケーションをとることも一つの選択肢です。自分を理解し、受け入れることで、より健康で充実した生活を築くことができるでしょう。
】
(Gは、その答えを何度も読み直す。)
「エムは、一笑に付すだろうなあ。あいつ、若い頃、夜中に何回か線路沿いを歩いた奴だから。終電が終わった後、千葉から自宅まで歩き始め、すっかり夜が空けた頃に自宅に着くのだそうだ。そんな奴にとって、この答えは空疎だ。」
}
3
{
(あれこれと考えを巡らしていると、階下から妻が呼ぶ。階下に降りるG。)
お父さん、何度も呼んだのよ。連絡手段を考えなければならないわ。
いやあ、申し訳ない。呼び出しベルを付けるかな。
良い考えだわ。
・・・・・・。
冗談よ。夕食にしよう・・・何をしていたの?
まあ、少し飲んで、居眠りしてたよ。
ご気楽ね。
ハハハ、そう言えなくもないが・・・。
(テーブルに、少なめの料理が並んでいる。)
まだ、飲みますか?
うん。
また、倒れますよ。
大丈夫だと思うよ。この前は、血圧が下がったじゃないかな。
本当に?・・・意識が飛んだんでしょ?
そうだけど・・・気がついたら、仰向けに倒れていた。
困った人ねえ。動けなくなっても、面倒見ませんからね。少しは自重しなさいな。
はい、すみません。
}
{
母さん、息子はどうした?
忙しいみたいです。そのうち帰って来るでしょう。
そうか。
帰って来ても、お父さん、素っ気ないから・・・。
悪気はないよ。
・・・悪気があったら問題です。
}
{
お父さん、下の、私のベッドで寝なさい。(Gの様子を確認しながら、妻が言う。)飲み過ぎですよ。
・・・うん・・・。
(妻に付き添われ、ベッドに横たわる。横向きになって、体を丸める。)
(Gは目を閉じ、うつらうつらしながら、短い夢を見た。)
(深夜の線路を歩き去って行くエムの後ろ姿だった。数本のバナナが入ったビニール袋を下げている。)
}
{
(夕食の片付けを終えた妻が、Gの様子を見に来る。注意深くドアを開き、Gが寝ているのを確認するとドアを閉じる。)
(二階のGの部屋に行き、ベッドに入る妻。この日も、いつものように、静かに暮れようとしていた。)
}
令和6年1月5日