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屋根裏部屋の少年ⅩⅩ


(土曜日の昼時、士官用の食堂にマッド・ブルと秦野次長。)
マッド・ブル、私はランチに誘われたことがありません。どうしたの?
いや、気まぐれで誘ったわけじゃねえです。俺の払いですから、好きな物を食べて下さい。ワインもOKです。
ワインは遠慮する。午後の任務がありますから。
事務局の任務って、どんな任務ですか?
そうねえ、何でも屋です。
何でも屋?
はい。なかでも、私、心掛けていることがあります。
何を心掛けているんですか?
まずは、指揮官の顔色です。指揮官が沈んでいたら戦いには勝てません。
俺の顔色も?
そうですね。コマンダーは読みにくいけど、あなたは顔に出るタイプです。最近は、心配事があるようですね。
・・・・・・。
家庭的なことですか?
まあ・・・。


マディ、あなた、バイクのケンちゃん?
ハハハ、昔の話です。けっこうツッパてたことがあって。恥ずかしいです。
そうなの?ケンカとかしてた?
はい。素手ゴロでは負けたことがないです。
スデゴロ?
素手でする喧嘩のことです。
怖くないの?
秦野さん、怖いに決まってるじゃないですか。
なぜ、そんなことをしたの?
若気の至りです。今はしません。女房子どもが居るんで・・・。
男の子だそうですね。
はい。・・・父親の役割ってなんですかね?
父母と子が安心して暮らせる巣を用意することでしょ。
どうすれば、そう出来ますか?
そうねえ、結婚生活は夫婦相互の協力によって維持されるようです。
家事や育児を分担するってことですかね?
マディ、短絡的です。出来もしないことに手を出して、奥様の負担を増やすこともあるわ。
はぁ・・・面目ねえです。
奥様とギクシャクしているの?
少し・・・。
あえて、話をしないとか?
そうかも・・・。
心の愚行ですね。
・・・ちょっと、意味が・・・。俺のこと、バカだって言ってます?
少し、遠回しに言いました。
ハハハ・・・。


(エムの家で酒を飲む老人達。Gが話しかける。)
エム、スワンはどうだ?
ああ、幸いなことに日本語を話せる。猫より能力があるよ。おかげで会話ができる。
ハハハ、例えが不適切だ。
俺は、女房が死んでから5年間、残された、年老いた雌猫のチビと二人で生きてきた。スワンは、最近来たばかりだ。始めは心配したんだが、チビもスワンに懐いていてなあ。今では、俺よりスワンの側に居ることの方が多い気がする。一安心だ。
そうか・・・。


あいつ、屋根裏部屋の坊主に関心を持っていてな。
デビッドに?
そのようなんだ。朝、ジョギング中の坊主に会って、話しかけたそうだ。もともと、内気な奴なんだが・・・。あいつが、望むような人生を歩めると良いがなあ。
うん・・・大丈夫だよ。
俺、あいつの母親に頼まれてなあ。いくらか借りがあったんだ。金じゃねえよ。
そうか。
それで、俺の所から高校に通うことにしたんだ。未成年の一人暮らしは制約が多いし、精神的な負担も大きい・・・。

(呼び鈴を押すエム。やつれた感じの、若い娘が出てくる。)
スワンか?
はい。あなたは?
俺はエムだ。
何の用ですか?
ちょっと入らせてもらおうか。
・・・良いけど。
(居間のテーブルのカップ麺に目を止める。)
それはなんだ?
私の夕食です。
学校には行っているのか?
いいえ・・・少し、休んでいます。
俺のところに来い。
いきなり、そんなことを言われても・・・。
これは、おまえの母親の手紙だ。
お母さんの?
おまえの世話を頼まれた。読んでみるか?
はい・・・お母さんの字だわ。どうして、あなたに?
多少の義理があってな。大人の事情ってやつだ。詳しくは言わない。おまえは、ここにいたらダメになる。俺のところに来るか?強制はしない。
・・・はい。
用意しろ。最低限の物で良いぞ。おまえの部屋は、用意してある。
私の部屋?
ああ、俺の家の二階だ。それほど広くはない。
・・・・・・。(母の手紙を読みながら、涙を流すスワン。)



チビがうちに来たのは、初夏の夕暮れ時だった。網戸に爪をかけて登って来たよ。女房が家に入れた。片手に乗るくらい小さくて、けっこうキツイ顔をしてた。でも、どういうわけか、俺達を恐れなかった。・・・懐かない猫も居るんだが。
懐かない猫はどうなる?
・・・路上で・・・生きていくしかないだろう。
・・・・・・。
スワンもチビと同じプシーキャットだ。


(土曜日、バス停のデビッド。マディが来る。)
おはようございます。
うん・・・。(反応が鈍い。)
・・・・・・。
デイブ、親父さんはどうだ?
はい。本社から子会社に行くことになって、毎日通勤しています。
そうか・・・満足しているのか?
していないと思います。でも、仕方がないことだから、甘受しているんでしょう。
カンジュ?
甘んじて受け入れることかと。
我慢するということか?
似たようなことです。
悔しくねえのかなあ?
・・・だとしても、どこかで妥協しないと。気持ちだけでは、生きていけないので。
おまえもそうか?
そうかもしれません。
上手く生きているんだな。・・・俺の息子も、おまえのようになれるか?
解りません。でも、僕の人生よりは良い人生を送ることができるでしょう。
そうか?
はい。子は親よりも良い人生を送らなければならない。
良い人生って何だよ?・・・金持ちになるってことか?
金持ちの定義にもよります。
金持ちは金持ちだろ?
それはそうですけど・・・。マディ、いくら欲しいの?
多ければ多いほど良いんじゃないか?
マディ・・・お金が欲しいって言うのに、いくらか解らないの?
そりゃあ、おめえ、多い方が良いじゃないか。
何に使うの?
ん?・・・貯金だよ、貯金。
やめましょう、マディ。この話は面白くないや。
(思わずデイブの横顔を見るマディ。)


(送迎バスの最後部で黙り込むマディとデイブ。JR駅前で、アダムとガーティが乗って来て、マディに目礼し、離れた席に座る。)
アダムの奴、今日もABCクラブか・・・。
そうですね、お酒が好きなようですから。
なあデイブ、あいつら良く一緒にいるよな。
はい、仲の良いご夫婦かと。
・・・エコーはどうした?
今日は、休むかもしれないって言ってました。・・・休むんでしょう。
スワンは?
知りません。
友達じゃねえのか?
特別な友達じゃない・・・。
そうか。スワンはおまえに関心があるようだがな。
・・・・・・。


(会話のきっかけを失ったマディがボソッと言う。)
なあデイブ、創造論って知ってるか?
はい。
そうか・・・。
うわべの知識です。
俺には、それすら無いようだ。・・・こないだ、女房と話していてなあ。あいつの言ってることが解らなかった。
日本では、進化論が支配的ですから、無理もありません。・・・奥様はキリスト教徒ですか?
解んねえよ。
自分の伴侶なのに?
うん、若い頃は白黒はっきりしていたんだがなあ。
ボス、物事はそんなに変わってはいない。あんたが、少し変わっただけです。
グレーゾーンが増えちまったよ。
でも、サタデイ・モーニンはボスの時間だ。アビエーターの誰もがボスの指示で飛ぶ。僕がそんな立場だったら、ワクワクするなあ。
・・・おまえ、能天気な奴だな。
はい。

   令和6年6月6日

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