屋根裏部屋の少年ⅩⅩ
1
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(土曜日の昼時、士官用の食堂にマッド・ブルと秦野次長。)
マッド・ブル、私はランチに誘われたことがありません。どうしたの?
いや、気まぐれで誘ったわけじゃねえです。俺の払いですから、好きな物を食べて下さい。ワインもOKです。
ワインは遠慮する。午後の任務がありますから。
事務局の任務って、どんな任務ですか?
そうねえ、何でも屋です。
何でも屋?
はい。なかでも、私、心掛けていることがあります。
何を心掛けているんですか?
まずは、指揮官の顔色です。指揮官が沈んでいたら戦いには勝てません。
俺の顔色も?
そうですね。コマンダーは読みにくいけど、あなたは顔に出るタイプです。最近は、心配事があるようですね。
・・・・・・。
家庭的なことですか?
まあ・・・。
}
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マディ、あなた、バイクのケンちゃん?
ハハハ、昔の話です。けっこうツッパてたことがあって。恥ずかしいです。
そうなの?ケンカとかしてた?
はい。素手ゴロでは負けたことがないです。
スデゴロ?
素手でする喧嘩のことです。
怖くないの?
秦野さん、怖いに決まってるじゃないですか。
なぜ、そんなことをしたの?
若気の至りです。今はしません。女房子どもが居るんで・・・。
男の子だそうですね。
はい。・・・父親の役割ってなんですかね?
父母と子が安心して暮らせる巣を用意することでしょ。
どうすれば、そう出来ますか?
そうねえ、結婚生活は夫婦相互の協力によって維持されるようです。
家事や育児を分担するってことですかね?
マディ、短絡的です。出来もしないことに手を出して、奥様の負担を増やすこともあるわ。
はぁ・・・面目ねえです。
奥様とギクシャクしているの?
少し・・・。
あえて、話をしないとか?
そうかも・・・。
心の愚行ですね。
・・・ちょっと、意味が・・・。俺のこと、バカだって言ってます?
少し、遠回しに言いました。
ハハハ・・・。
}
2
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(エムの家で酒を飲む老人達。Gが話しかける。)
エム、スワンはどうだ?
ああ、幸いなことに日本語を話せる。猫より能力があるよ。おかげで会話ができる。
ハハハ、例えが不適切だ。
俺は、女房が死んでから5年間、残された、年老いた雌猫のチビと二人で生きてきた。スワンは、最近来たばかりだ。始めは心配したんだが、チビもスワンに懐いていてなあ。今では、俺よりスワンの側に居ることの方が多い気がする。一安心だ。
そうか・・・。
}
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あいつ、屋根裏部屋の坊主に関心を持っていてな。
デビッドに?
そのようなんだ。朝、ジョギング中の坊主に会って、話しかけたそうだ。もともと、内気な奴なんだが・・・。あいつが、望むような人生を歩めると良いがなあ。
うん・・・大丈夫だよ。
俺、あいつの母親に頼まれてなあ。いくらか借りがあったんだ。金じゃねえよ。
そうか。
それで、俺の所から高校に通うことにしたんだ。未成年の一人暮らしは制約が多いし、精神的な負担も大きい・・・。
【
(呼び鈴を押すエム。やつれた感じの、若い娘が出てくる。)
スワンか?
はい。あなたは?
俺はエムだ。
何の用ですか?
ちょっと入らせてもらおうか。
・・・良いけど。
(居間のテーブルのカップ麺に目を止める。)
それはなんだ?
私の夕食です。
学校には行っているのか?
いいえ・・・少し、休んでいます。
俺のところに来い。
いきなり、そんなことを言われても・・・。
これは、おまえの母親の手紙だ。
お母さんの?
おまえの世話を頼まれた。読んでみるか?
はい・・・お母さんの字だわ。どうして、あなたに?
多少の義理があってな。大人の事情ってやつだ。詳しくは言わない。おまえは、ここにいたらダメになる。俺のところに来るか?強制はしない。
・・・はい。
用意しろ。最低限の物で良いぞ。おまえの部屋は、用意してある。
私の部屋?
ああ、俺の家の二階だ。それほど広くはない。
・・・・・・。(母の手紙を読みながら、涙を流すスワン。)
】
}
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チビがうちに来たのは、初夏の夕暮れ時だった。網戸に爪をかけて登って来たよ。女房が家に入れた。片手に乗るくらい小さくて、けっこうキツイ顔をしてた。でも、どういうわけか、俺達を恐れなかった。・・・懐かない猫も居るんだが。
懐かない猫はどうなる?
・・・路上で・・・生きていくしかないだろう。
・・・・・・。
スワンもチビと同じプシーキャットだ。
}
3
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(土曜日、バス停のデビッド。マディが来る。)
おはようございます。
うん・・・。(反応が鈍い。)
・・・・・・。
デイブ、親父さんはどうだ?
はい。本社から子会社に行くことになって、毎日通勤しています。
そうか・・・満足しているのか?
していないと思います。でも、仕方がないことだから、甘受しているんでしょう。
カンジュ?
甘んじて受け入れることかと。
我慢するということか?
似たようなことです。
悔しくねえのかなあ?
・・・だとしても、どこかで妥協しないと。気持ちだけでは、生きていけないので。
おまえもそうか?
そうかもしれません。
上手く生きているんだな。・・・俺の息子も、おまえのようになれるか?
解りません。でも、僕の人生よりは良い人生を送ることができるでしょう。
そうか?
はい。子は親よりも良い人生を送らなければならない。
良い人生って何だよ?・・・金持ちになるってことか?
金持ちの定義にもよります。
金持ちは金持ちだろ?
それはそうですけど・・・。マディ、いくら欲しいの?
多ければ多いほど良いんじゃないか?
マディ・・・お金が欲しいって言うのに、いくらか解らないの?
そりゃあ、おめえ、多い方が良いじゃないか。
何に使うの?
ん?・・・貯金だよ、貯金。
やめましょう、マディ。この話は面白くないや。
(思わずデイブの横顔を見るマディ。)
}
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(送迎バスの最後部で黙り込むマディとデイブ。JR駅前で、アダムとガーティが乗って来て、マディに目礼し、離れた席に座る。)
アダムの奴、今日もABCクラブか・・・。
そうですね、お酒が好きなようですから。
なあデイブ、あいつら良く一緒にいるよな。
はい、仲の良いご夫婦かと。
・・・エコーはどうした?
今日は、休むかもしれないって言ってました。・・・休むんでしょう。
スワンは?
知りません。
友達じゃねえのか?
特別な友達じゃない・・・。
そうか。スワンはおまえに関心があるようだがな。
・・・・・・。
}
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(会話のきっかけを失ったマディがボソッと言う。)
なあデイブ、創造論って知ってるか?
はい。
そうか・・・。
うわべの知識です。
俺には、それすら無いようだ。・・・こないだ、女房と話していてなあ。あいつの言ってることが解らなかった。
日本では、進化論が支配的ですから、無理もありません。・・・奥様はキリスト教徒ですか?
解んねえよ。
自分の伴侶なのに?
うん、若い頃は白黒はっきりしていたんだがなあ。
ボス、物事はそんなに変わってはいない。あんたが、少し変わっただけです。
グレーゾーンが増えちまったよ。
でも、サタデイ・モーニンはボスの時間だ。アビエーターの誰もがボスの指示で飛ぶ。僕がそんな立場だったら、ワクワクするなあ。
・・・おまえ、能天気な奴だな。
はい。
}
令和6年6月6日
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