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楽園の狂人ⅩⅩ


(夕食時のエムとスワン。)
お爺ちゃん、どうしたの?歩き方おかしいよ。
ああ、庭仕事、少し頑張ったんでな。
無理しちゃダメじゃない。
うん。ブロック沿いのドクダミが気になって、しゃがみ仕事をしてたら足にきた。


お爺ちゃん、私、部屋代払う。
さて、俺、そんな要求をしたことがないが。
でも、払いたいの。そんなに大した金額じゃないわ。月に3万円くらい。酒代、タバコ代と思ってくれれば良い。
おまえに心配されるのは不本意だ。
そんなこと言わないの。老いては子に従えって言うでしょ。
・・・そうだな。じゃあ、こうしようか。
なんですか?
おまえ、銀行口座をいくつ持ってる?
二つです。地銀とゆうちょ銀行に・・・。地銀の方には土曜日戦争の報酬が振り込まれる。ゆうちょ銀行には、残高がほとんど無い。
そうか・・・それなら部屋代をゆうちょ銀行に入れておけ。
それじゃあ、お爺ちゃんに払ったことにならないわ。
そんなことはない。必要な時は、俺がおまえの通帳から引き出せば良いことだ。
お爺ちゃん、頭良いね。
ハハハ、年寄りを揶揄うな。


スワン、歴博の彼はどうした?
フクナガ先輩・・・付き合ってるわけじゃないの。
そうなのか?
私、経験がないから、どうしたら良いのか判らなくて・・・。
始めは、おまえが誘ったんだから、次は誘ってくれるのを待てばどうだ。
誘ってくれなかったら?
終わりだな。


(後日、学校から帰るスワン。エムの部屋を覗く。文庫本を開いている。)
ただいま、お爺ちゃん。
ああ、すまん。気がつかなかったよ。
・・・何を読んでいるの?
詩だよ。図書館で借りてきた。
詩は苦手だって言ってたよね。
うん。昔、詩を書いたことがある。それからは、書いていない。
どんな詩?憶えていたら聞かせて・・・。

バナナは黄色
トマトは赤
ピーマンは緑色
パプリカは赤

クワトレインですか。お爺ちゃん、天才だね。野菜の色に興味があったんだ。
まあ、そういうことでもないんだが・・・。
お爺ちゃん、終わりだな。
ハハハ・・・。
ハハハハハハ・・・。(笑うスワンがエムの肩を叩く。)


(自室のベッドで横になるスワン。携帯に着信がある。フクナガだった。)
スワン・・・?
はい。
こんばんわ、フクナガです。
はい。先日は、ありがとうございました。
いや、君から連絡無いので嫌われたのかなと思っていました。
私も・・・です。お爺ちゃんに、連絡を待っていろと言われたので、控えていました。
そうなんだ。僕の方から連絡すべきだったね。・・・何してるの?
自室で、寛いでいます。
僕と同じだ・・・で、今度の日曜なんだけど・・・。
はい。
千葉に行こうと思ってるんだが、一緒にどうかな?
はい。何をしに行くんですか?
文房具を、少し買いに・・・。
私、どうすれば良いですか?
待ち合わせ時間をメールするよ。JR駅で良いよね?
はい。メール、早めにお願いします。
ん?
私が頻繁にスマホを見ると、お爺ちゃんに揶揄われるの。


(JR駅で待ち合わせ、千葉に向かう。)
君のお爺さんて、何をしている人なの?
無聊を託つオールド・タイマーです。さして多くない蓄えと年金で、細々と暮らしています。
そうですか。・・・お爺さん、詩を読んでいたって?
はい。図書館から借りてきた小さな文庫本です。
誰の詩なんだろう?
ホイットマンだったと思います。
それなら、僕も読んだことがあります。中に、タイトルに惹かれた短い詩があってね。何度読んでも解らない。
どんなタイトル?
"What Am I After All" だったね。
・・・確かに魅力的なタイトルだわ。何度も書き写してみれば、意味が見えてくるかもしれませんよ。
もちろん、そうしました。
ですよねえ。
まあ、僕、あまり拘らないタイプだから。一つのことに拘っていると、いろんなことが難しくなるからね。


(千葉駅に着いて、雑踏の中をデパートに向かう。フクナガに身体を寄せ、腕を取るスワン。)
スワン・・・?
人が多いです。私を守って・・・。
君を守ることにやぶさかではありません。でも、君の敵は居ないよ。
大勢の無関心の中で、一人で歩くのは辛い。でも、先輩の側なら安心できます。
・・・・・・。
群衆は顔のない人達だわ・・・。


(デパートの8階に。)
先輩、慣れているんですね。
うん、欲しい物はたくさんあるけど、手に入る物はわずかだ。
良ければ私が買います。
気持ちは有難いが、欲しい物は自分で買う主義です。
人の気持ちを受け取らないの?
そういうわけじゃない・・・。


お爺さんのプレゼント、何を買うの?
ペンとメモ用紙にしようと思います。でも、あまり高い物は買えない。
僕が選ぼうか?予算は3000円くらいになるけど。
私に払える金額です。お願いします。
(店内をゆっくりと歩く。)
メモ用紙は、これで良いよね。
はい。
安くはないけど品質が良いんだ。あとはペンだね。お爺さんの好みの色は?
ブルーブラックです。
なら、これか。インクのスペアも買わないと。
はい。
お爺さんに、喜んでもらえると良いね。
はい。


お爺ちゃん、何をしようとしているの?
おまえには解らんよ。
そんなの狡いわ。
スワン、おまえには感謝している。
私に?
・・・おまえは、この侘しい家に舞い降りてくれた・・・。


お爺ちゃん、メモ用紙とペンを買ってきました。
俺にか?嬉しいね。
今日は疲れたわ。うちは落ち着く。
そうか、何よりだ。
お爺ちゃんの家だけどね。
俺とおまえの家だよ。デートは楽しかったか?
はい。
良かったな。・・・彼は、どんな男だ?
一学年上で文学部の部長です。背が高くて、口数が少ない。
不機嫌なタイプか?
いいえ、穏やかな人です。そんなにお金を使わない。
貧しいのか?
判りません。物を大切にする人だと思いました。手帳のリフィルを丁寧に選んで2冊買ったわ。私、その様子を見ていたの。お爺ちゃんのメモ用紙とペンも彼が選んでくれました。
そうか、なかなかのセンスだ。
お爺ちゃん、若い頃、夢があった?
うん、今でもあるがな。
どんな夢?
人に言うようなものじゃない。・・・見なければ良かった夢だ。
大丈夫よ、お爺ちゃん。まだ終わりじゃない。見続ける夢は、いつか叶います。
・・・そうだと良いがな。
はい。ゆっくり歩む者は遠くまで行くそうですよ。
・・・・・・。
お爺ちゃん、終わるまで終わりじゃない。

   令和6年5月29日


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