楽園の狂人ⅩⅩ
1
{
(夕食時のエムとスワン。)
お爺ちゃん、どうしたの?歩き方おかしいよ。
ああ、庭仕事、少し頑張ったんでな。
無理しちゃダメじゃない。
うん。ブロック沿いのドクダミが気になって、しゃがみ仕事をしてたら足にきた。
}
{
お爺ちゃん、私、部屋代払う。
さて、俺、そんな要求をしたことがないが。
でも、払いたいの。そんなに大した金額じゃないわ。月に3万円くらい。酒代、タバコ代と思ってくれれば良い。
おまえに心配されるのは不本意だ。
そんなこと言わないの。老いては子に従えって言うでしょ。
・・・そうだな。じゃあ、こうしようか。
なんですか?
おまえ、銀行口座をいくつ持ってる?
二つです。地銀とゆうちょ銀行に・・・。地銀の方には土曜日戦争の報酬が振り込まれる。ゆうちょ銀行には、残高がほとんど無い。
そうか・・・それなら部屋代をゆうちょ銀行に入れておけ。
それじゃあ、お爺ちゃんに払ったことにならないわ。
そんなことはない。必要な時は、俺がおまえの通帳から引き出せば良いことだ。
お爺ちゃん、頭良いね。
ハハハ、年寄りを揶揄うな。
}
{
スワン、歴博の彼はどうした?
フクナガ先輩・・・付き合ってるわけじゃないの。
そうなのか?
私、経験がないから、どうしたら良いのか判らなくて・・・。
始めは、おまえが誘ったんだから、次は誘ってくれるのを待てばどうだ。
誘ってくれなかったら?
終わりだな。
}
{
(後日、学校から帰るスワン。エムの部屋を覗く。文庫本を開いている。)
ただいま、お爺ちゃん。
ああ、すまん。気がつかなかったよ。
・・・何を読んでいるの?
詩だよ。図書館で借りてきた。
詩は苦手だって言ってたよね。
うん。昔、詩を書いたことがある。それからは、書いていない。
どんな詩?憶えていたら聞かせて・・・。
【
バナナは黄色
トマトは赤
ピーマンは緑色
パプリカは赤
】
クワトレインですか。お爺ちゃん、天才だね。野菜の色に興味があったんだ。
まあ、そういうことでもないんだが・・・。
お爺ちゃん、終わりだな。
ハハハ・・・。
ハハハハハハ・・・。(笑うスワンがエムの肩を叩く。)
}
2
{
(自室のベッドで横になるスワン。携帯に着信がある。フクナガだった。)
スワン・・・?
はい。
こんばんわ、フクナガです。
はい。先日は、ありがとうございました。
いや、君から連絡無いので嫌われたのかなと思っていました。
私も・・・です。お爺ちゃんに、連絡を待っていろと言われたので、控えていました。
そうなんだ。僕の方から連絡すべきだったね。・・・何してるの?
自室で、寛いでいます。
僕と同じだ・・・で、今度の日曜なんだけど・・・。
はい。
千葉に行こうと思ってるんだが、一緒にどうかな?
はい。何をしに行くんですか?
文房具を、少し買いに・・・。
私、どうすれば良いですか?
待ち合わせ時間をメールするよ。JR駅で良いよね?
はい。メール、早めにお願いします。
ん?
私が頻繁にスマホを見ると、お爺ちゃんに揶揄われるの。
}
{
(JR駅で待ち合わせ、千葉に向かう。)
君のお爺さんて、何をしている人なの?
無聊を託つオールド・タイマーです。さして多くない蓄えと年金で、細々と暮らしています。
そうですか。・・・お爺さん、詩を読んでいたって?
はい。図書館から借りてきた小さな文庫本です。
誰の詩なんだろう?
ホイットマンだったと思います。
それなら、僕も読んだことがあります。中に、タイトルに惹かれた短い詩があってね。何度読んでも解らない。
どんなタイトル?
"What Am I After All" だったね。
・・・確かに魅力的なタイトルだわ。何度も書き写してみれば、意味が見えてくるかもしれませんよ。
もちろん、そうしました。
ですよねえ。
まあ、僕、あまり拘らないタイプだから。一つのことに拘っていると、いろんなことが難しくなるからね。
}
{
(千葉駅に着いて、雑踏の中をデパートに向かう。フクナガに身体を寄せ、腕を取るスワン。)
スワン・・・?
人が多いです。私を守って・・・。
君を守ることにやぶさかではありません。でも、君の敵は居ないよ。
大勢の無関心の中で、一人で歩くのは辛い。でも、先輩の側なら安心できます。
・・・・・・。
群衆は顔のない人達だわ・・・。
}
3
{
(デパートの8階に。)
先輩、慣れているんですね。
うん、欲しい物はたくさんあるけど、手に入る物はわずかだ。
良ければ私が買います。
気持ちは有難いが、欲しい物は自分で買う主義です。
人の気持ちを受け取らないの?
そういうわけじゃない・・・。
}
{
お爺さんのプレゼント、何を買うの?
ペンとメモ用紙にしようと思います。でも、あまり高い物は買えない。
僕が選ぼうか?予算は3000円くらいになるけど。
私に払える金額です。お願いします。
(店内をゆっくりと歩く。)
メモ用紙は、これで良いよね。
はい。
安くはないけど品質が良いんだ。あとはペンだね。お爺さんの好みの色は?
ブルーブラックです。
なら、これか。インクのスペアも買わないと。
はい。
お爺さんに、喜んでもらえると良いね。
はい。
}
4
{
お爺ちゃん、何をしようとしているの?
おまえには解らんよ。
そんなの狡いわ。
スワン、おまえには感謝している。
私に?
・・・おまえは、この侘しい家に舞い降りてくれた・・・。
}
{
お爺ちゃん、メモ用紙とペンを買ってきました。
俺にか?嬉しいね。
今日は疲れたわ。うちは落ち着く。
そうか、何よりだ。
お爺ちゃんの家だけどね。
俺とおまえの家だよ。デートは楽しかったか?
はい。
良かったな。・・・彼は、どんな男だ?
一学年上で文学部の部長です。背が高くて、口数が少ない。
不機嫌なタイプか?
いいえ、穏やかな人です。そんなにお金を使わない。
貧しいのか?
判りません。物を大切にする人だと思いました。手帳のリフィルを丁寧に選んで2冊買ったわ。私、その様子を見ていたの。お爺ちゃんのメモ用紙とペンも彼が選んでくれました。
そうか、なかなかのセンスだ。
お爺ちゃん、若い頃、夢があった?
うん、今でもあるがな。
どんな夢?
人に言うようなものじゃない。・・・見なければ良かった夢だ。
大丈夫よ、お爺ちゃん。まだ終わりじゃない。見続ける夢は、いつか叶います。
・・・そうだと良いがな。
はい。ゆっくり歩む者は遠くまで行くそうですよ。
・・・・・・。
お爺ちゃん、終わるまで終わりじゃない。
}
令和6年5月29日