老人の夢と孤独ⅩⅧ
1
{
(放課後、文学部の部室。)
こんにちわ。(手足が長く、髪の毛の短い女子学生だった。)
はい。
エコーは居ますか?
・・・私よ。
聞きたいことがあるんだけど、良い?
聞きたいことにもよるわ。・・・あなた、誰?
スワンです。
あまり見たことないけど。
少し休学していたの。退学もやむを得ないと思ったんだけど、担任に説得されて復学した。出席日数はギリギリ。
大変ね。
まあね・・・。それ、テネシー・ウイリアムズ?(単行本に目を留める。)アメリカ文学に興味があるの?・・・私は20世紀を切り開いた英国、仏蘭西、独逸なんかに興味があるなあ。アメリカ哲学に触れて、急速に興味を失った。
だから、何?あなたの文学的趣向に興味はないわ。私に何を聞きたいの?
・・・土曜日戦争のこと。
どうして私に?
バンビーノⅡ先輩に聞いた。エコー、土曜日戦争に参戦しているんでしょ?
ええ・・・。
お兄さんの、ジョニーも。・・・デビッドに会ったこともある。
・・・・・・。
【
おはよ・・・。
君は?(立ち止まるデビッド。)
あなた、なんでこんな時間にジョグしてるの?学校はお休み?
ハハハ、君こそどうした。学校は休みか。
少し事情があるの。南野高校の在校生よ。
優秀なんだね。エコーと同じ高校だ。
エコー?
うん、僕の友人でね。文学部だって言ってた。ちなみに、僕は学校には行っていないんだ。
あなた、誰?
人に聞くなら、まず自分からだよ。
スワンと呼んで・・・。
僕はデビッド、土曜日戦争の戦士だ。
】
}
{
私のことを知ってるようだけど、不愉快だわ。
詮索したわけじゃない。知りたいことを聞いていたら、あなたに出会った。
・・・解った。Gに会ってみて。
G?
今度の土曜日の午後、東公園で。Gに連絡しておくわ。お爺さんよ。人の少ない公園だから、すぐに判る。
会ってどうすれば?
会えば解るよ。
}
{
(土曜日の午後、いつもなら酒のグラスに手が伸びる時間だが。)
母さん、ちょっと散歩して来るよ。
めずらしいわね。
ああ、東公園辺りを歩いてくる。
気を付けてね。
うん。
ーーーーーーーーーーーーー
(東公園内をゆっくりと歩くG。手足の長い娘が近づいて来る。淡いピンクのブラウスと同じ色のミニ。やや濃い目のピンクのカーディガン。)
お爺さん・・・。
(無表情で振り向く。)
G・・・ですか?
君は?
スワンです。
ああ、君が・・・エコーから聞いている。・・・何をしたい?
何をすれば良いの?
・・・少し遊んでみようか。
良いわ。マッチの作法は心得ている。
で、その格好か?
今日のウェアは、私にとって特別な物なの。ブラウス、スカート、アンダーウェアもね。全部、お母さんが揃えてくれた。
そうか、思い入れがあることは解った。その格好でマッチをしたらパンツが丸見えになる。
気にしないわ。
(しばらく小競り合いを繰り返した後、マッチ・ポジションを解くG。)
このくらいにしよう。バトル・フィールドに行ってみようか。
えっ?
サムに会ってみよう。
はい。
}
{
(Gの家に戻り、Gの車でバトル・フィールドに向かう。)
サムって、ひよっ子サム?
うん、今はコマンダーだ。彼が判断する。
緊張するわ。
}
{
(バトル・フィールドに着いて道場に向かう。コマンダーとマッド・ブルが待っている。)
無理を言ってすまなかったね。
いいえ、お安い御用です、先輩。・・・そちらのお嬢さんですか?
うん、土曜日戦争に志願したいそうだ。さっき、東公園で手合わせして来た。急いでいるようなんでね。
そうですか。では、早速、僕と遊んでみましょう。
はい。
着替えが必要なら、トレーニング・ウェアの用意があります。
お気遣いありがとうございます。ですが、このウェアでお相手します。
(マディーがGを見て苦笑する。【コマンダー相手にお相手するそうだ。大した玉だな。】)
}
{
マディー、僕も焼きが回ったかな?
いいえ、そのようなことはありません。
・・・小娘相手に引き分けた。
あと1分、いや30秒やっていれば、彼女を仕留めることが出来たでしょう。
そうかなあ。・・・合格だ。君から伝えて欲しい。
解りました。Fランクで良いですか?
いや、Eランクで。
・・・コマンダー、異例です。
それだけの価値があると思いますよ。
はい。
}
{
(会議室で待つGとスワン。マディーが来る。)
先輩、お待たせしてすみません。
気にするな。良くない結果かな?
いいえ、入隊を許可すると言ってます。・・・Eランクで。
ほう、あいつの判断か?
はい。
ーーーーーーーーーーーーー
俺から、コマンダーの言葉を伝える。・・・スワン、君の入隊を認める。
ありがとうございます。私、何か心得ておくことがありますか?・・・私の権利についても教えて下さい。
君は、毎土曜日、このバトル・フィールドに出入りすることが出来る。食堂の利用も自由です。その他、トレーニング施設を利用するすることが出来ます。君は隔週、バトルに参戦する。俺の指示に従って下さい。毎月のフライトに対する報酬を支払います。勝敗に関係なく、契約書に定めた額を振り込みます。
はい。
君は、君の意思で、いつでも除隊することが出来ます。
・・・・・・。
同じように、私達は、いつでも、君の事情を考慮することなく、君を除隊させることが出来る。
・・・はい。
不満ですか?
いいえ、それがルールなら従います。
私からは以上だ。君の夢が叶うと良いね。
えっ?
土曜日戦争に志願する者達は、夢を持っている者が多いので、君もそうかなと・・・。
はい。ありがとうございます。
}
{
(スワンを送るG。)
家まで送るよ。どこに住んでる。
東公園の近く。お爺ちゃんと居るの。
そうか。その辺りだと誰かな?
エム・・・って言ってる。
・・・エム・・・俺の友人だ。一人暮らしのはずだが。
最近来たの。私にも事情があるのよ。
なるほど。
だから、東公園で降ろしてくれれば良いわ。
いや、そうはいかない。車を家に置いて歩いて送ろう。
良いわよ、面倒じゃない。
エムの所に居るのなら、彼に話を通しておかないと。
はい。・・・うちのお爺ちゃん、たとえ窮地に追い込まれても、俺は負けないなんて強がってるけど、あなたも同じ?
どうかな。
年寄りの冷や水ということもあるからね。お爺ちゃんは、いずれ、私を疎ましく思うようになる。憎まれる前に自立しないと。今日は、その第一歩だわ。あなたに感謝する。
・・・必要無いよ。
}
{
(エム宅の居間で酒を酌み交わすエムとG。スワンがバスルームから出てくる。全裸だ。)
お爺ちゃん、寝るよ。(エムに歩み寄り、頬擦りする。)G、今日はありがと。(同じように頬擦り。)おやすみなさい。(踵を返し、冷蔵庫から水のボトルを取る。)お水、貰うね。
やれやれ、今日は機嫌が良いようだ・・・。
君の孫だったのか。
違うよ。遠縁の娘を預かっているんだ。家庭が壊れてな。(エムが顔を曇らせる。)
家庭が壊れた?
ああ、脆くもな。・・・父親が家を出て、母親は入院中。身寄りが少なくて、俺の所に置いてる。高校卒業までかなあ。
そうか。
今日は世話をかけたようだね。
いや、興味深い日だったよ。
あの子、何をした?
土曜日戦争に志願し、入隊を認められた。差し出がましいようだが、俺が保護者の代わりを。君の所に居ると知っていれば、出しゃばりはしなかったんだが。君が不同意なら、取り消すことも出来る。
いや、お互いに干渉しないことにしてる。・・・なんで土曜日戦争に?
金が必要だって言ってた。
で、アルバイトか・・・。
エム、土曜日戦争は、普通のアルバイトとは違う。誰にでも出来ることじゃない。
金になるのか?
うん。
ここから飛び立ちたいのか・・・。
}
2
{
(エム宅から帰るG。)
ただいま。
お帰りなさい。どこに行っていたの?
バトル・フィールドだ。
引退したのに?
うん、志願したいという娘が居て、連れて行ったんだ。
その子は入隊できたの?
うん・・・。
}
{
お父さん、もう少し飲みますか?
ああ、そうしよう。今日は、良い日だったよ。
良かったね。
}
{
母さん、昔さあ、成田のホテルで集まりがあったんだ。料理があって、若い女の子がサービスしてくれた。その集まりが終わり、ホテルを出て駐車場に歩いて行った。すっかり日も暮れて、気温も下がっていてなあ。車の窓が曇っていた。虚しさを感じたよ。帰り道は判っていた。高速のインターに近いホテルだったから、家までは30分くらいだ。酒々井のサービスエリア辺りで少しボトルネックがあったが、時間通りに帰宅した。
【
ただいま。
お帰りなさい。会食はどうでしたか?
まあ、それなりに。
どんなメニューでしたか。
・・・和洋折衷かな。
若いお嬢さん方にサービスしてもらったの?なんていうんでしたっけ?
コンパニオンかな。
】
そんなことがありましたかね。憶えていません。
そうだうな。俺も忘れていたよ。
お父さん、なぜ昔の事を思い出したの?
どうしてかなあ、人生の意味を少し考えたくなった。
}
{
お父さん、人生は、ほんの少しの意味があれば良いのよ。
そうか・・・。
お塩ひとつまみくらいが丁度いいのかも知れませんね。
}
令和6年5月4日