屋根裏部屋の少年Ⅸ
1
{
(土曜日、バス停に立つデビッド。物思いに耽っている様子だ。マディーが来る。)
デイブ、どうした?今日は、元気がねえな。
ああ、おはようございます。
なあ、ジョシュアと櫂、セックスしたらしいぞ。
そうですか・・・僕には関係ありません。
やれやれ、エコーに恋したか?
・・・そうかもしれません。エコーは、先週、ジュニア・リーグのテストを受けました。
知ってる。・・・ガーティーが推薦状を書くとは思わなかったよ。
はい。
あいつも、良いとこあるなあ。
マディー、エコーは合格していますか?
どうかな・・・。
結果、知ってるんでしょ?
おお、知ってるけど、言わない。結果は、自分で確認するものだからな。おまえも、知ったかぶりはしないほうが良い。
・・・・・・。
知ってるけど、言わないほうが良いこともあるんだよ。
はい。
}
{
(バスが来て、最後尾に座る。)
ねえ、マディー、奥さんと、どうして結婚したの?
ハハハ、そう来たか。一目惚れだな。この女しか居ねえと思ったんだよ。
そう思えば、結婚できる?
バカ言うなよ、年齢制限があるからな。おまえらは、当分ダメだ。・・・余計なことは考えるな。
はい。
良いか、人はな、余計なことをしなければ、そこそこの人生を送れるんだ。
本当ですか?
ハハハ・・・どうかな・・・。
}
{
(JR駅前でエコーが乗ってくる。マディーが手招きをする。エコーがデビッドの隣に座る。)
おはようございます。
エコー、良い笑顔だ。デイブの隣でご機嫌か?
はい。それに、今日は特別な日なの。
ほう、そうかい。
知ってるくせに・・・。
ああ、ジュニア・リーグの合否か?
はい、そうです。合格していると良いわ。
期待してるのか?
当然でしょ・・・マディー、結果、知ってるんだよね?
結果書は、コマンダーが記入して封筒に入れた。俺、見てねえんだ。
・・・もうすぐ解るわ。
うん、幸運を祈るよ。
ありがとうございます。
}
2
{
(バスがバトル・フィールドに着いて、足早に事務局へ向かうエコー。マディーが満足げに後ろ姿を目で追う。)
おはようございます。
おはよ、エコー。こっちに来て。
はい。
(テーブルを挟んで向かい合う。角2の封筒が置かれる。)
エコー、これよ。
はい、開けても良いですか?
もちろん・・・。ハサミは、これを使って。
はい。
(丁寧に封を切り、書類を取り出す。胸章も入っている。)
これって?
合格よ、エコー。
嬉しいわ。
(デビッドが来て、エコーの隣に座る。)
}
{
おめでとう、エコー。もう一つ、手続きがあるの。
はい。
これよ。
契約書?(記載された金額に目が行く。)月謝が必要ですか?高額です。私、払えないわ。
・・・エコー、よく読んでみて。それは、組織が貴女に払う金額よ。
えっ?・・・こんなに?
久しぶりの特A合格者だわ。良ければサインして。
(エコーがデビッドの顔色を伺い、頷くデビッド。)
はい。・・・あの、今日から参加できますか?
アンクル・ジョージに聞いてみて。あなた方の教官よ。
はい。
}
{
エコー、本当に今日から参加するのかい?
うん、そうしたい。
(デビッドと別れ、ジュニア・リーグの建物に向かうエコー。)
あの、アンクル・ジョージは何処ですか?
君の目の前だ・・・で、誰?
エコーです。
ああ、特Aのお嬢ちゃんか。用件は?
今日から参加出来ますか?
出来るよ。・・・エコー、良く来たね。歓迎するよ。
ありがとうございます。
}
{
下着を見せてくれ。
えっ?
ブラとショーツだよ・・・。
・・・はい・・・。
(ブラウスのボタンを外し、ズボンのジッパーを下げるエコー。)
もう良い。確認しただけだ。
(エコーに布袋を渡す。)
これに着替えてくれ。
・・・・・・。
コマンダーからのプレゼントだそうだ。
はい。
老婆心ながら、言っておきたい事がある。
なに?
心を平静に保ち、早めに準備をして、何事もゆっくり確実に行う。学校でも家庭でもな。・・・それと、自分の周りを良く見ろ。
はい。
君は、18歳の誕生日の前日まで在籍できる。どうしても気が向かない時は、休んでくれ。
はい。
}
3
{
(バス停のベンチに座るデビッドとエコー。エコーが風に揺れる梢を見上げている。デビッドは無言だ。)
・・・・・・。
・・・私は、エコーです。今日からジュニア・リーグに参加しました。身長159センチ、体重47キロです。
識ってる。
身長と体重、言ってなかったよ。
それくらいだと思っていた。・・・僕も、自己紹介が必要かい?
いいえ・・・私、あなたを知ってるから。
・・・・・・。
あなたが、私のこと、忘れたのかなぁと思って、言ってみました。
ハハハ、すみません。
}
{
・・・私、下着を見られた。
誰に?
アンクル・ジョージ。
教官か・・・。
でね、代わりの下着を貰ったの。コマンダーのプレゼントだって。見る?
・・・うん。
(デイパックから袋を取り出すエコー。)
見て・・・スポーツブラ、ショーツ、短いスパッツよ。
黒で、名前入りなんだ。
どう?
セクシーだね。
そう、体に密着してるの。・・・やる気が出るわ。
そうなんだ。ガーティーには、報告した?
はい、喜んでくれました。
}
{
(バスが来て、乗車する。)
デビッドとエコーです。J郵便局で降ります。
そうか・・・ステーキか?
はい。デビッドがご馳走してくれるの。
エコー、幸せだな。
はい。私もそう思います。・・・でも、幸せの独り占めって、怖いわ。
気にしなさんな、そんな時は短いよ。誰に気兼ねすることもない。巡り合わせだからな。
はい。
}
{
(ファミレスの窓際の席に座る。)
デイブ、やっと二人きりになれたわ。
そうだね。君と居ると、いろんな事が出来る。
あなたは、一人でも出来る人だわ。
そんなことはない。・・・そんな人は、居ないよ。
・・・・・・。
一人で何でも出来る?そんな人、居るわけないじゃないか。そう思うのは、錯覚だよ。
}
4
{
(バス停でエコーを見送り、徒歩で自宅へ向かうデビッド。住宅街の下り坂、中ほどをゆっくり歩いている老人に追いつく。)
G・・・。
おお、誰かと思えば、坊主じゃねえか。今日は、ゆっくりだな。
はい。エコーとファミレスで食事をしていました。
なんと、羨ましいことだ。・・・今日、飛んだのか?
いえ、今日はオフです。エコーが、ジュニア・リーグに参加しました。
そうか。積極的な娘だな。
はい。心を平静に保ち、早めに準備をして、何事もゆっくり確実に行え、と言われたそうです。
ハハハ、うまいことを言うもんだ。アンクル・ジョージか?
そのようです。
坊主、良い話を聞けたよ。今日は、おまえが脇役だったようだな。
はい。
デビッド、良い日だったじゃないか。
・・・・・・。
}
{
母さん、ただいま。
お帰りなさい。
・・・僕、どうしたら良いのか、解らないや。
だったら、何もしなければ良いんじゃない?
怠惰であることに、耐えられない。
贅沢な悩みね。母さんなら、大歓迎・・・グータラ・ママ、最高ってね。
母さんは、グータラじゃありません。
そうなのよ、解る?・・・我が家の崩壊をくい止めているのは私だからね。
はい。弱音を吐きました。すみません。
良いのよ。タイトロープを渡っているのは、おまえだけじゃない。私もよ。
はい。
}
{
(自室に戻るデビッド。程なく、父が帰宅する。)
お父さん、今日は早かったのね。連絡くれれば、迎えに行ったのに。
うん。コンビニでワンカップを買って、バスを待ったよ。・・・異動を打診された。
リストラ?
頭が真っ白になったよ。
それでワンカップ?安上がりですね。
・・・元々チープな人生だ。
お給料は、減りますか?
初年度3割減、翌年度からは・・・解らん。
何処へ行くの?
関連会社だよ。
何処にあるの?
千葉だ・・・。
あら、ずいぶん近くなるのね。良かったじゃない。
・・・僕の人生を、否定されたような気分だ。
大袈裟ですよ。・・・着替えてね。お酒を用意するわ。
}
5
{
(バーボンのロックを飲み始める。2杯目に移る頃、キッチンに立っている妻に話しかける。)
母さん、息子は?
部屋にいるわ。今日は、今日もかしら、お友達とファミレスに行ったそうです。
歴博にファミレスか・・・。
所詮その程度ですよ。
あいつ、どうなるのかなあ?
なるようになるでしょう。心配ですか?
うん・・・とても・・・。
(妻が夫に向き直る。)
もうすぐ息子が降りてくるわ。・・・ねえ、お父さん。息子が出会ってもいない試練について、言い募るのはやめて下さいね。
うん・・・。
}
令和5年3月21日