Man in a House Ⅱ
1
(水曜日の午後、ジュードの事務所を訪れるG。)
しばらくでしたね。
ああ、3ヶ月ぶりかな。
そうですね。最近は、どうですか?
まあまあかな・・・。庭の草刈りを日課にしているよ。
楽しいですか?
そう考えたことはない。
苦しいですか?
そう思うこともあるが・・・苦しいとは違うと思う。
楽しくないし、苦しくもない?
そうだね・・・幸せでもないし、不幸でもないよ。
G、自暴自棄にはなっていませんよね?
そんなことはないと思うが・・・そう見えるかい?
まあ、Silent Desperation もありますからね。・・・見た目じゃ解らない。
}
{
G、まだ、心の負の部分に囚われていますか?
うん、そう言われれば、そうかもしれない。
気分を変えたらどうですか?
それだと、心のタガが外れてしまう。・・・リタイアして、嫌でも向き合わなければならなくなったよ。土曜日戦争や仕事をしていた時は、気が紛れると言うか、自分の心の瑕疵を忘れることが出来た。一時忘れる、1日忘れる、でも一生忘れることにはならない。
心の瑕疵?
ああ、他に言い方が見つからない。
・・・言わんとすることは、解ります。・・・でも、どうして?
自分の心の瑕疵に向き合いうことなく、戻ることが出来ないからさ。
何処へ戻るんですか?
俺が、かつて居たかもしれない処だ。
それは、何処ですか?
記憶は、朧げだ。・・・夢まぼろしだったかもしれないし。
なぜ、そんな不確かな事に拘るのですか?
さあ・・・どうしてかな。心の負の部分に向き合わなければ、戻る処は見つからない。
G、老いに抗いますか?
いや、人は非才に抗うことが出来ないように、定めに抗うことも出来ないだろうね。
出来ないことをしようとしてはいませんか?
・・・答えられない・・・。
良く眠れていますか?・・・眠剤が必要なら、手配できます。
いや、いいよ。そこそこ飲めば、眠たくなる。
アルコールの過剰摂取は危険です。
泥酔してはいない。
みんなそう言います。自分は大丈夫だって。・・・本当に、そうなんですかね?
まあ、専門家は君の方だ。
}
{
(終業時間間際、コマンダーから電話。)
ジュード・・・?
ああ、サムか。
G、どうだった?
特に、問題はないと思うが・・・。強いて言うなら Identity Crisis かな。
それって、思春期の問題じゃないの?
いや、中年期、老齢期にも・・・いつでもだよ。
そうか・・・。
また、3ヶ月後に話すよ。・・・今日は、どうだった?チェックする時間がなくてな。
トータルで勝ち越したよ。午前中に、マッド・ブルが稼いでくれた。僕は、5割に届かなかったが。
まあ、そういう日もあるさ。
うん・・・帰り間際に、悪かったね。
気にするな。・・・ブラザー・・・。
}
2
{
(夕暮れ時、帰宅するG。バス停から、徒歩数分。)
ただいま・・・。
お帰りなさい、お父さん。ジュードの所に行ったんですか?
うん、そうだよ。ヴェテランズのメンタルケアもしてるんだ。
あなたにも必要なの?
50分間、世間話をするだけだよ。
そうですか・・・。彼の所に行った後、あなたは口数が多くなる。
そうかな・・・。奴も土曜日戦争の戦士だったから、話が合うんだ。戦友だ・・・。
・・・・・・。
でもな、それだけだよ。
}
{
(夕食後、自室で机に向かうG。パソコンのスイッチを入れ、タバコに火をつける。焼酎のグラスも。)
【
(ジュードとの断片的な会話。)
G、キャロルに、まだ拘っていますか?
まだって・・・昔のことだ。
そうですね。忘れてますか?
いや、そんなことはない・・・。だが、自分を責める気にはなれない。
・・・・・・。
想い出すことはあるよ。特に、彼女の男性経験について、想像することが多い。若い頃から、破綻した夫婦関係まで・・・とても興味深い。妄想だ。
性的な妄想に拘るのは何故ですか?
ジュード、性行為自体には、大した意味はないよ。若い頃なら別だが。・・・意味は、頭の中にある。
】
【
俺、非正規生存者だからなあ・・・。
聞いたことが無い言葉ですね。
俺も、初めて言ったよ。此処に来る電車の中で、思い付いたんだ。初めは、つまらん発想だと思ったよ。2、3回想起した。今、君に言ってみたよ。
そうですか。
・・・それほど混んではいない電車の中で、見捨てられた気分だったよ。電車の良いところは、ただ座っているだけでも、何処かに連れて行ってくれるところだ。目を閉じて、自分の心に問いかけてみた。
心は答えましたか?
いや、何も・・・。そのうち、到着駅のアナウンスが聞こえて来た。心は空虚だ。
そうですね。
】
ほろ酔い加減のGは、ジュードとの会話を想い出しながら、目を閉じた。眠ろうとした時間には、まだ早い。
}
3
{
(雨。金曜日の午後。ジョシュアのアパートで。)
ジョシュア・・・。
・・・・・・。
ジョシュア?
・・・ああ、考え事をしていた。
コーヒーを淹れたわ。
ありがと・・・アルコールにしたい。
まだ早いよ。
櫂、飲みたいんだよ・・・。
酔いたいの?・・・気持ちが解らないわ。
無理に、解ってくれと言うつもりはない。・・・雨の日は、気が滅入る。・・・寂しさを感じるしな。堪え難いよ。
鬱陶しい奴だな。
おい、言葉使いに気をつけろ。・・・現実感が無いんだよ。
・・・・・・。
全ては、アンリアルだ。足元が、音を立てて崩れ落ちる。
}
{
(キッチンに立つ櫂。ジョシュアは、芋の水割りをチビリチビリ飲んでいる。)
ジョシュア、これ作ったら帰るね。明日、バトル・フィールドに行くでしょ?
ああ、ズル休みはしない。明日は、Cランクの最終組だ。穴は空けないよ。ABCクラブにも行ってみるかな。せっかく権利を得たのに、まだ行ったことがない。
そう・・・お酒、好きなんでしょ?
まあ・・・。
じゃあ、行けば。
おまえと一緒に帰れない。
自分でなんとかします。
ーーーーーーーーーーーーー
じゃあ、帰るね。
うん、送って行くよ。
いいよ・・・。
遠慮するな。ドアまでだ。
あらまあ、がっかり。
櫂、ハグしよう・・・。
お酒臭いわ。
まあ、飲んだからな・・・。
(櫂を抱きしめるジョシュア。)
ちょっと・・・もう良いですか?
ああ、すまん。離れがたくてな。気をつけて帰れや。
はい。
}
ーーーーーーーーーーーーーーー
{
(土曜日、全てのバトルが終わり、帰り支度をしているビリー。)
ビリー・・・。
はい。なんですか、Oar ?
もう、帰りますか?
ええ、そのつもりですよ。
途中まで・・・途中で私を降ろしてくれませんか?
お安い御用です。ジョシュアは?
ABCクラブに行くそうです。
そうか、クラブ・デビューか・・・良いね。じゃあ、帰りましょうか。
はい。
ーーーーーーーーーーーーーーー
(車の中で。)
ビリー、浮気しますか?・・・したいと思ったことありますか?
浮気はしません。したいと思ったことはありますが、しません。
奥さんを、愛しているから?
不倫は不道徳だからです。できるけど、しないほうが良いんでしょうね。愛って、何なのでしょうか?
解りません・・・。
僕もです。でも、好きという感情なら解る。
奥さんが、好き?
はい・・・とても好きです。
・・・愛は、寛容で優しく、妬まず、奢らず、誇ることもない・・・。そうですか?
そうであれば、そうなんでしょう。でも、それって、男女関係の事ではありませんよね。
そうなんですか?
軽々しく、愛を口にしてはいけないと思っています。
・・・・・・。
さて、この辺りかな。その辺で停めましょう。ご苦労様でした。
はい。ありがとうございます。
}
{
ただいま。
あら、櫂、今日は早いね。
ジョシュアに振られちゃいました。一人で飲みに行くんだって・・・。
そう、残念でしたね。そういうこともあるわ。
お父さんは?
書斎で、悩んでいるようです。いつもの事ですよ。
ねえ、お母さん・・・お父さんのこと、愛してる?
そうねえ・・・嫌いじゃないわ。私は、お父さんが好きよ。
・・・お父さんも、お母さんが好き?
そうだと良いわねえ。最近、確認してないの。
私、訊いてみようか?
やめておきなさい。訊かなければ解らないことは、訊いても解らない。
・・・はい。
}
4
{
(土曜日。夕食の食卓でのGとワイフ。)
お父さん、最近、外出しませんね。
うん、そうだね。
心配だわ。引き篭もって、お酒ばかり飲んでる。
まあ、外出する理由もないし、泥酔しているわけでもないが・・・。
運動不足に、アルコールの過剰摂取って、最悪だわ。
母さん、俺は自暴自棄になってるわけではないし・・・老いに抗っても仕方がない。どうすれば、老いを受け入れることが出来るのか、考えているんだよ。
そうですか。・・・適当な時期に、人生を終えることが出来ると良いですね。
ハハハ、なかなか儘ならなくてな。・・・余生は希薄だなあ。
バカなこと、言わないで。
明日、俺、出かけるわ。
何処へ行くの?
チーフKに会うんだ。ドリーム保全センターのサイトの情報蒐集だよ。
}
{
お父さん、ドリーム保全センターって何?・・・ネーミング、軽いし。
忍地さんが設立した一般社団法人だ。俺も、設立メンバーの一人だよ。
どうして?
誘われたんだよ。忍地さん以外は土曜日戦争の関係者だ。副理事長の松田さんは、チーフKのスポンサー。俺が専務理事で、マッド・ブルが監事。
役員しかいないの?
今のところはね。
運営できるの?
まあ、厳しいよ。役員のわずかな拠出金、市の観光課からの補助金、ケーブルテレビの協賛金等で、細々とな。・・・俺、金の心配、得意じゃねえから。
そうでしょうね。・・・信頼できる人たちですか?
それなりに・・・。俺は、ウェブサイトのメンテナンスを担当している。
できるの?
そこそこだ。俺、無能じゃないよ。・・・有能だと胸を張れるほどでもないが。
}
5
{
(日曜日の夕暮れ時。居酒屋の片隅でテーブルに着くGとチーフK。)
G、この席は僕に仕切らせて下さい。
ん?
ドリーム保全じゃ、交際費ありませんよね。
ハハハ・・・。有難くゴチになるかな。
是非、そうして下さい。
}
{
G、結婚生活、何年になりますか?
・・・40年くらいかな。
長いですね。
うん、長すぎるとは思ってないよ。まあ、残り少ない。・・・君は、始まったばかりだ。
2度目ですけどね。
うん。・・・ブルーローズに押し切られたって?
まあ・・・。
若い娘に言い寄られるとは、羨ましい限りだ。
諭したんですけどねえ。
現実を、受け入れよう。なってしまったことは、しょうがない。
そうですね。
}
{
ブックさんが、ドリーム保全に加入するそうですね。
うん。
僕も、参加できますか?
もちろん・・・。ドリーム保全のサイトから入会申込書をダウンロードできるから、記入して事務局に郵送すれば良い。理事会の承認事項にはなるが、否決されることはないだろう。
考えてみます。
K、松田さんとは知り合いかい?
いいえ・・・。面識はありませんでした。市役所の臨時職員に採用された時、住宅を提供してくれたのが松田さんです。理由は解りません。転居する時、挨拶に行きました。穏やかな老紳士だったと記憶しています。
松田副理事長なあ、理事会にも欠席が多いし、発言も少ない。忍地理事長とは、懇意にしているようだが。
彼らは、結構な資産家です。
まあ、そんな感じだね。
マッド・ブルは、子供の頃、剣道教室に通っていて、忍地さんが副師範だったそうです。
事情通だな。
}
{
戦略分析室のスタッフは優秀です。頭が良い。ほぼ、上位5%です。問題を理解し解決する能力がある。しかし、肉体に関する理解が足りません。頭の中で解決できると思っている。難関大学に通いながら、土曜日戦争に従軍している者もいます。自分は頭が良い、学費も自分で稼いでいる、性欲もコントロールしている。そのことに、間違いはない。でもね、彼らの理解は類型的で浅薄です。思考停止しているとしか思えない。もっと言えば、傲慢です。
K、悪いことじゃないと思うが。
若いうちはね。・・・でも、いつか、自分自身に復讐されます。
どうしろと?
解りません。いずれ、誰かが気付くでしょう。気付かなくても、それはそれで人生です。
教えてやれば良いのに。
あなたは、キャロルに教えましたか?
いや・・・。サインは出したと思ってる。
彼女は、理解しましたか?
そうは思えない。
それが答えではないでしょうか。稚拙な行為でも、自分を明らかにする事は快感です。・・・すれば良いってもんじゃないけど。・・・教える事はできません。
K、キャロルを識ってるのか?
いいえ・・・。僕が志願したのは、彼女が除隊した後です。現役の戦士が自殺して除隊って、信じられませんでした。
俺もだよ。
}
{
G、あなたは見捨てられた存在ですか?
・・・世間的には、そうだろうね。
誰が、そう言ったんですか?・・・あなたですか?・・・あなたは、同意しましたか?
K・・・。
あなたは、同意したんですか?
・・・・・・。
口説くて、すみません。
いやあ・・・。もっと、柔らかい話をしようや。
良いですね。女の話ですか?
うん・・・。そういうことだよ。
}
令和4年9月5日