Scent of a Girl Ⅲ
1 Coincidence
{
(食堂の片隅で、おしゃべりに耽る二人に、ビリーが近づく。)
ハイ、ガールズ・・・。
ビリー・・・。(ガーティとスパローが立ち上がる。)
会話の邪魔をしてすみません。僕のアシスタントのOarを紹介します。仲良くして下さいね。
はい。
急ぐので、失礼します。
}
{
ビリー、誰ですか?
うん、若い方がスパロー、ソーバー・レディーがガーティ。優秀な女性アビエーターだよ。役割は違うが、君と同じくらい優秀だ。
・・・はい・・・。
ガーティはアダムのワイフ、スパローはター坊の恋人・・・。
身近なところでくっ付いているんだ・・・。
そうだね、君とジョシュアのようですね。
はい・・・そうでした。何か問題ありますか?
いいえ・・・。
Oar、成り行きですかね。・・・身を任せるのも選択肢の一つだと思いますよ。
ビリー、あなたは誰に身を任せるの?
さあ、誰でしょうか。・・・身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれって言うじゃないですか。どういう意味なんでしょうかね。
・・・・・・。
さあ、ラスト・バトルに集中しましょう。
はい。
}
{
ねえスパロー、Oarって知ってた?
ええ、でも本人に会ったのは初めてよ。チーフKが、戦略分析室に、熱心に誘ってた。ジョシュアのスイート・ハート。二人とも、同じ大学に通ってる。
恵まれているのね。
そうかもしれませんね。・・・ガーティー、彼我の違いを言っていますか?
そう・・・。私とは違うなあって思うわ。スパロー、あなたも大学に行くの?
ええ、そうしようかと思っています。
私ね、この世には愛されている人と、試されている人が居ると思っていた。
あなたは、試されている側?
決まってるじゃない。・・・でも、アダムと結婚して、気持ちが変わったかも・・・。 誰と何処に居るかで、天と地の差だわ。スパロー、あなたは誰と何処に居たいの?
・・・解らない・・・。
}
2 Deaf, Dumb, Blind
{
スパロー、どうしたの?
・・・家族やター坊と・・・ちょっとギクシャクしてるの。
そう・・・。
ター坊に、乱暴に扱われた・・・。
乱暴って、レイプ?
・・・そんな・・・違います。
ショックですか?
ええ・・・でも、そんな気持ちを認めたくない私が居るの。・・・バスで隣に座っていても変な緊張感を感じる。うまく話せない。・・・ター坊の声が聞こえないことがある・・・。顔をまともに見られない。
・・・・・・。
ガーティ・・・私は・・・聞こえない、話せない、見ることが出来ない・・・。
}
{
スパロー、手を貸して・・・。
はい。
(差し出されたスパローの右手を、両手で包むガーティ。)
あら、ペンだこ?・・・勉強家ね。
最近は、PCやタブレットを多用するので、そのうちに消えるかもしれません。
そうですね。・・・指が綺麗だわ。・・・ター坊との関係を続けたい?
・・・はい・・・。そう思う。
なら、大丈夫よ。・・・ター坊は、どんな匂いがする?
気にかけたことが無い・・・。
次に会った時、嗅いでみると良いわ。パフュームじゃなくて、体臭よ。
ほぼ、毎日会っているんですけど・・・。ター坊は香水を使わない。
好都合ね。
(意味が解りません。)
}
{
ガーティ、アダムと頻繁にセックスしますか?
週に3、4回・・・もっと多いこともあるわ。
そう・・・。
興味がある?・・・アダムと私は夫婦だからね。普通のことでしょ?
楽しいの?
どうかなあ、楽しいと思わなければならないような事は、楽しくない・・・。
アダムも、あなたを乱暴に扱うことがある?
そうねえ・・・何を乱暴というのか解らないけど・・・秘密よ。
・・・・・・。
してみなければ、解らない事もあるわ。何をどう解ったのか、解らないけど・・・。私ね、楽天的なタイプじゃないし、そのほうが良いと思ってるの。
そうですか・・・。
}
3 My Boy
{
シュガー・・・。
何よ・・・。
怒ってる?
いいえ。
そうは見えない・・・。
だとしたら、誰のせいですか?
俺かい?
そうかも知れませんね。
・・・機嫌を直せよ。
・・・・・・。
少し、手荒な事をしただけじゃないか。
自覚はあるのね。
ああ、すまなかった。謝るよ。
謝らなければならないような事は、しないほうが良いと思います。
シュガー、同意するよ。・・・でも、俺、後悔してるわけじゃないんだ。衝動に駆られた。・・・俺達、少し距離を置いたほうが良いかい?
あなたがそうしたければ・・・。
なあ、前みたいに仲良くやろうぜ。
私は、そうしたいと思ってる。・・・問題はあなたよ。・・・私は、あなたに足蹴にされても、あなたの足元で戯れると思いますか?
よせよ・・・。俺、そんなこと思ってないし、思ったこともない。
}
4 After School
{
リリー。
はい、先生・・・。
妊娠してないよな。
まだ、解りません。
そうか・・・。病院に行ってこい。
市販の検査キットではいけませんか?
ダメだ。診断書をもらって来い。金なら、俺が出す。
いいえ、大丈夫です。
相手は、あいつだよな。
はい。
}
{
(校門の辺りで、沙羅に声をかけるリリー。)
スパロー、ター坊と一緒じゃないの?
なんか、用事があるそうよ。
まだ、私に敵愾心を持ってる?
いいえ。
・・・・・・。
何かあったの?
コーチに来てた年上の男とセックスしたのがバレて、妊娠を疑われた。
まあ、大変・・・。
先生に、こってり絞られたわ。
どうするの?
生理が来れば問題解決。妊娠してたら、退学ね。・・・確率的には低いと思うわ。でも、ゼロじゃないからね。
リリー、なんでそんな事をしたの?
理由なんて無い。あるわけ無いじゃない。・・・スパロー、理由なんか無いのよ。
そうですか。
・・・あったとしても、私には、それが何か解らない。・・・スパロー、この世はイルミネーションに満ちている。電飾に誘われて、少しウキウキしただけ。代償が大きくなければ良いわ。
・・・・・・。
途中まで同じ方向だよね。一緒に帰る?
いいえ、先に行って。少し、考え事をしたい。
そう、じゃあね。・・・マシューには黙っていてね。
はい。
}
5 Tatsuya
{
(坂道を下り、駅に差し掛かる頃。)
シュガー・・・。
(聞き覚えのある声だ。視線を上げると、私服のター坊だった。)
会いたいと思ってた。偶然に感謝だな。・・・おまえ、いつもより遅いな。
リリーと話してたの。
意外だな。お互いに避けてたろ?
まあ、そうですけど・・・。
一緒に帰るか?
はい。
そうか・・・送っていくよ。家に連絡したか?
ほんの少し遅くなるだけだよ。一々連絡はしない。
まあ、俺と一緒なら心配ないか・・・。
ハハハ・・・そうだね。不埒な事はしないだろうからね。
勿論だよ・・・シュガー。
本心ですか?
まあ、帰ろう。俺、少し疲れてるんだ。
何かあったの?
大した事じゃない。個人的な問題だよ。
そう・・・私には言えない事ですか?
今はな。・・・俺は、おまえとの間に秘密を持たない。隠し事はしないよ。
解ってる・・・。
}
{
(押し黙って歩く二人。)
ター坊、何か言ってよ。
言うべきことが、思いつかない。
機嫌悪いの?
考え事をしているんだよ。
・・・私も・・・。
}
{
そろそろ着くよ。
そうね。残念だわ。
そうか?
ねえ、ター坊、シャツのボタンを外して。もう二つ。
なんで?
いいから、言う通りにして。
・・・これで良いかい?
良いわ。
(ター坊のシャツを開き、胸に顔を埋めて、大きく息を吸い込む沙羅。)
何だよ・・・。
何でもない・・・。送ってくれて、ありがと。明日は、学校に来る?
うん。そうするつもりだよ。
じゃあね・・・。
ああ・・・。(変な奴だな。)
}
6 Treason
{
(10日ほど前のこと。)
ター坊・・・。
はい、コマンダー。
頼みがある。
何でしょうか?
此処に行って欲しい。
この日は学校です。
学校には、私から連絡しておきます。その日は、休んで下さい。
理由がありますか?
そうですねえ、とにかく行って下さい。
・・・・・・。
不満ですか?
いいえ・・・拒むことは出来ますか?
強要はしません。アドヴァイスだと思って欲しい。
はい、承知しました。
約束と思って良いですか?
はい。約束します。
}
コマンダーに指示された日。ター坊は、コマンダーのメモを確認しながら、雑居ビル2階の事務所らしき所に入る。
{
達也君?
はい。
(眼鏡の中年男だ。)
サムから、君のことは聞いています。土曜日の午後に飛んでるそうですね。
はい。・・・サムって、コマンダーと親しいんですか?
そう・・・ひよっこサムとは同じような時期に入隊してね。年も近かったから、一緒に悪さをしたりして。
そうですか・・・。
結構、長いこと真ん中辺でやっていた。キャリアを積んでも、なかなか上に行けない。それなりに努力もしたんだけどね。やっと、午後に飛べることになって、そこからサムは飛んで行ってしまった。あっという間に差がついたよ。
俺、何で此処に?
サムに頼まれてね。君と話して欲しいって。
それだけ?
そう、それだけだ。
}
{
達也君、学校はどう?
成績?・・・良くありません。下から数えた方が、はるかに早い。
そう・・・不満ですか?
そうでもない。卒業できれば良いと考えてる。
土曜日戦争はどう?
う〜ん・・・もっと上に行きたい。やっとCランクだから。マシューやアノゥニマス達に遅れをとってるし・・・。
彼らの方が年上だよね。
バトル・フィールドで年齢は関係ない。
そうだね。土曜日戦争のフライトが、君の自尊心の拠り所かい?・・・報酬はどうしてる?
全部、母に預けてる。・・・自尊心の拠り所・・・面白い事を言うね。確かに、俺、幻を見てる。自分なりのヴィジョンがある。でもね、人は、自分の見てる幻に裏切られる事もある・・・。残酷な話だと思わない?
そうかもしれないね。
}
{
面白かったよ、達也君。
ター坊で良いっす。
そうか・・・面談は50分と決めているんだ。残り少なくなった。
俺、時間があります。
うん、僕のルールなんだ。次の機会があるかもしれないしね。
はい。
ター坊、キャロルを知ってる?
いいえ、名前は聞いたことがある。・・・何で?
君と、同じような事を言ってたんだ。思い出してね・・・。自分の見た幻に裏切られるって・・・。
・・・意外です・・・興味深い・・・。
}
7 Go Home
{
(雑居ビルの事務所を出て、電車に乗るター坊。スマホで読みかけの本を読む・・・。字面を見ているだけで、頭では、別のことを考えている。)
(駅の階段を降りて、自宅の方向に歩いて行くと、俯いてゆっくり歩いている沙羅を見かける。)
(近づいて、声をかける達也。「シュガー・・・。」)
ター坊、何してたの?
コマンダーの友人と、話をして来たよ。個人的な、少し内面的な話・・・。
そう・・・。
一緒に帰るか?・・・送っていくよ。
はい・・・。
}
令和4年5月