サボテン Ⅳ
1
{
(夕食のテーブル。)
ブックさん、問題は何ですか?
今は、庭の草刈りだね。放置したら、大変なことになる。
草刈り機を使ったらどうですか?
考えないわけでもないのだがね、基本は鎌を使って手で刈る・・・そう思っているよ。
どうして?
自分の中の、デーモンと向き合うためにね。
それは、必要なことですか?
うん・・・。ほら、前に悪魔を探しに来た子供達が居たじゃないか。
マシューとター坊・・・。
そうだ、君がランチに招待した。
サンドイッチを作ったわ。彼らは、今でも土曜日の午後に飛んでる。
・・・有能な若者たちだ・・・。僕とは違うようだ・・・。彼らの前には、まっさらなキャンバスが広がっている。どんな幻でも、描くことが出来るだろう。
ブックさん、それは、間違っている夢です。私たちが、期待するのはそんなことじゃない。彼らは、眩しい子供達だわ。いずれ来る、私たちのベビーも・・・。でも、彼ら彼女らの前に広がってるまっさらなキャンバスに・・・筆を入れる度に、子供達は躊躇する。描き直し、苦しんで筆を入れ続けて、キャンバスは真っ黒になる。
真っ黒に?
はい。希望、生きがい、癒し、自分らしさ、狂気・・・詳しくはないので、それ以上は言いませんが、様々な色を混ぜると黒くなるそうです。・・・心は、進歩しない。
・・・・・・。
一部の、ごく少数者の言葉を聞くだけでは・・・いけないと思います。世界は、もっと複雑だわ。
否定はしないが・・・。
妻が、出過ぎたことを言ってると、思わないでくれると良いです。
勿論だよ。君との良好な関係を続けたいからね・・・。
はい。
}
2
{
ブックさん、家庭生活に懐疑的でしたか?
そうだね。父親との確執もあったし・・・。
どんな人だったの?
うん・・・。
芋の水割り、飲みますか?
良いね。
ちょっと、待っててね。
ーーーーーーーーーーーーーーー
どうぞ・・・おかわりも有ります。
ああ、ありがと。・・・親父は、僕とは違うタイプだった。結構な資産を相続して、不動産賃貸業と廃棄物関係の小さな会社を経営してた。裕福な家庭の息子だったから、若い頃から遊んでたらしい。親戚筋の口利きで、お袋と結婚したんだ。二人とも30近かったと聞いてるよ。親父は遊び人タイプ、お袋は男関係があったのかどうかという地味なタイプ・・・。はじめに女の子が生まれた。僕の姉さんだ。次に僕が生まれた。親父は、子供のことは、お袋に任せっきり・・・、業界の付き合いで酒にゴルフ・・・。ゴルフは上手だったようだ。車に女・・・。僕は、親父のことが嫌いだった。
ブックさん・・・。(夫の手を握るワイフ。)
・・・夫の浮気を、心から許す女は居ない・・・。
私も、そう思います。
}
{
親父は、不摂生が祟って、若くして死んだよ。お袋の気遣いを浪費した。姉さんは、息子が二人居たんだが、離婚してた。・・・お袋は、不動産の一部と廃棄物関係の会社を姉さんに渡した。僕は、市役所の職員になっていた。
・・・・・・。
僕は、本に夢中になって、狂ったように買い集めた。・・・書庫が欲しいと思うようになって、お袋に頼んだ。
本は、買っても読んだことにはなりませんよ。
・・・解っている・・・。僕は憧れたんだ。画家のアトリエのような場所に。母さんは、気前よくプレゼントしてくれたよ。
}
3
{
ブック、私は、私の血と汗の最後の一滴まで、おまえたちに捧げる。もし、おまえが家族の中で、最年長の男になったら、おまえもそうすると良いわ。・・・恥ずかしい事を言ったね。忘れて・・・。
はい、母さん。
}
{
僕は、順風満帆な人生を歩んで来たわけではない。挫折というと、痴がましいが・・・。
私もです。
苦しい時、優秀なコーチが居て、教えてくれたら良いのになあと、何度も考えたよ。
優秀なコーチは居たの?
いや、居なかったよ。でも、解ったとこがある。
何?
身内や知り合いを頼るなってことさ・・・。母さんには甘えたけど・・・。
アトリエですか?
そうだね。僕は自分の幻を母さんに言った。若い頃から、自分のアトリエが欲しかったって。結果的に、お金をせびった。それも、結構な額の・・・。中古の建売一戸分くらいだろうか。僕の、つまらない幻のために、母さんは浪費した。
バカなこと、言わないで・・・。
でも僕は、書庫の中で、いつ来るかも解らない啓示を待ち続けてるだけだよ。
啓示は来ますか?
そう思ってる。・・・来た時、気付かない事が無いように願ってるよ。
}
4
{
だいぶ前の事なんだけど、建物の裏に、チーフKとバンビ・・・スリーピーJ、モスキートも居た。午後のフライトの前に集まってたの。私、立ち聞きしてた。
知らなかったよ。
Kが、短いスピーチをした。「死ぬ日は、生まれた日に勝る。あからさまな叱責は、秘めた愛に勝る。彼は与え、また奪い去る・・・。」そんな事を言ってた。終わりに、みんながその通りだと言った・・・。
エィメン・・・?
・・・そうです・・・。意味が解りませんでした。・・・でも、感動した。
}
{
ブックさん、出産に立ち会いますか?
唐突だね。
先生に言われたの。立ち会う事が出来るから、あなたの意思を確認してみたらどうかって・・・。
そうか・・・。そうしようかな。・・・仕事の都合にもよるが。君は賛成か?
まだ、迷いがある・・・。時間はあるから、考えてみて・・・。あなたがそうしたいのなら、そうして。
・・・・・・。
それから、次の日曜日、チーフKとブルーローズが来るの。昼食を作るわ。付き合ってね。
うん・・・。
}
5
{
(日曜日、キッチンに立つブックさんのワイフとブルーローズ。)
奥さん、ご迷惑でしたか?
いいえ・・・ブルーローズ、包丁さばきが上手ね。
練習しました。私、押し掛け女房だから、それなりに努力しています。
押し掛けたの?
はい。・・・父母の反対を押し切って・・・お腹を空かして、オドオドしながら彼の所に行きました。彼は、パスタを作ってくれて、二人で食べた。ベッドが一つしか無かったから、一緒に寝ました。
そう・・・結婚生活は、楽しいですか?
どうなんでしょう・・・。私、奥さんが妊娠して除隊すると聞いて、とても羨ましいと思いました。私も、そうなりたいと・・・思った。
Kには、言ったの?
いいえ・・・言えてない。
賢明だわ・・・その方が良い。
そうですか?
そう・・・態度で示せば良いのよ。
どうすれば良いのか、解らないわ。
後で、教えてあげる。男たちが酔い潰れてからね。
はい、ありがとうございます。
簡単なことよ。彼らは、愚かだから・・・。
Kは頭が良いって言われる・・・。
でも、大丈夫。あなたの方が賢明ですよ。
}
{
(一方、ビールを飲みながらのブックさんとチーフK。)
ブックさん、夢はありますか?
そうだね・・・ジャイアント・キリングかな。
ハハハ、意外です。ゴリアテは居ましたか?
いやあ、まだ見つからない。・・・残念ながらね。
・・・見つかりますか?
そう願ってはいるが・・・。
・・・ブックさん、今日はブルーローズが、ぜひ奥さんとお会いしたいというので、お伺いしました。
どうしてだろうね・・・。
妊娠して除隊した奥さんに、強く惹かれたようです。会ってみたい、会ってみたいって。すみません、まず、ブックさんにお願いすべきだったでしょうか?
正解だよ。我が家の主人はワイフだ。
ハハハ、良いですね。
君も、そうすると良いよ。
}
{
僕は、庭とサボテンと書庫の間で、自分の中のデーモンを育てている。機が熟せば、ゴリアテを倒せると思うよ。
機は、いつ熟しますか?
解らないな・・・。そんな時は、来ないかもしれないしね。
・・・・・・。
怠惰であることは悪いことじゃない・・・。最近、そう思うようになった。退屈していなければ、天与の生活、ですか?
ハハハ・・・その通りだよ。・・・本当の意味は、解らないけどね。
僕もです。・・・むしろ、すべき苦役のほうが興味深い・・・。
}
6
{
(タクシーで帰るK夫妻。)
あなた、飲み過ぎましたか?
そうでもないよ。
お酒、強くないよね。
まあ・・・。
ブックさんと、何を話していたの?
うん・・・僕たちは、いつまで待てば良いのだろうか、というような話を。
何を待つの?
・・・その時だよ・・・。
意味が解りません。
君も飲んでたよね・・・。
はい、ワインを少し頂きました。・・・ホステスに勧められたから・・・。彼女は、凄いよ。ゆったりとした振る舞いで、堂々としているわ。私も、そうなりたい・・・。
なれないとでも?
自信がありません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハニー、着いたよ。
はい。今日は、ありがとうございました。彼女に会えて良かったわ。大人の女がどうするのかを教えてもらった・・・。感謝する。
・・・子が欲しいのかい?
はい・・・。
そうか、僕は役に立てるだろうかね・・・。
あなたの息子に訊いてみて・・・。
・・・うん・・・明日からかもしれないな・・・。
}
令和4年7月27日