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文学青年の憂鬱



(文学部の部室、フクナガ部長とエコー、スワンが同席する。フクナガが重い口を開く。)
タカハシ先輩が死んだ。
どうして?
自殺だと聞いています。
理由は何ですか?
僕は知りません。もともと自殺願望があった人だし・・・。
自殺願望?
(顔を曇らせたエコーが退席する。)



=屋根裏部屋の少年ⅩⅠⅤ=

(放課後、文学部の部室のドアをノックするエコー。)
開いてるよ〜。
失礼します。
(小さな部室の奥で、長髪の男が机に向かっている。エコーを見ようともしない。)
一年のエコーです。
なに?・・・入部希望?
はい。
物好きだねえ。言っとくけど、文学に未来はねえぞ。
はぁ・・・。
入部届、そこにあるから書いて。
(入部届に記入するエコー。)
書きました。
そう、見せて。
はい。(相変わらず机の上に目を落とし、書類を受け取る。)
?・・・ピッピッピ!・・・何だこれ?
私なりにキビキビ感を表現してみました。それは平坦に読むのではなく、このように読みます。「ピッピッピ!ピッピッピ!ピッピッピッピッピッピッピ!」です。
三三七拍子か・・・。プップップ!なら屁でポッポッポ!なら鳩だ。オノマトペか・・・面白い。部長、3年のタカハシだ、よろしく。
はい。
成績は最低、でも卒業はできる。就職も、ほぼ決まってるしな。
それは何よりです。
楽観的になれる状況じゃねえよ。人生は厳しい。・・・エコー、土曜日戦争で飛んでるだろ?
はい。
あいつ、なんて言ったかなあ、君と同じくらいの歳だ。中一の時、すぐ学校に来なくなった。
デビッドです。
そうそう、デビッドだ。ケーブルテレビを見て、ビックリしたよ。でも、嬉しかったなあ。あいつ、頑張ってるんだと思ってな。
彼は優れたウォリアーです。頑張っているだけではありません。頑張るだけでは足りないポジションを維持しています。
・・・特別な感情を持っているのか?・・・デビッドが好きなのか?
はい。
ふ〜ん。・・・ああ、入部手続は終わりだ。スケジュール管理は2年のフクナガがやってるから、近いうちに届けさせるよ。
いいえ、とんでもございません。私が伺います。
そう、じゃあそうして。話は通しておくよ。
ありがとうございます。




自殺願望を軽く考えてはいけません。
はい。・・・でも、私、自殺する人の気持ちが解りません。
僕もですよ。自殺しようとする人の気持ちは解るような気がしますが、自殺する人の気持ちは解らない・・・。
そうですね。
タカハシ先輩は、僕のヒーローでした。彼にとっては、鬱陶しかったでしょう。・・・だから、しばらくして距離を置くようにしました。
器用なんですね。
・・・辛辣だね、スワン。
気分を害したのなら、謝ります。でも、彼の下で副部長をしていたので・・・。
彼の近くに居れば、彼の文学的趣向を知ることが出来ると思ったからです。実際にできましたよ。
どんな?
ランボー、ラディゲ、モーツァルトかな。
・・・(モーツァルトって音楽だし。)
彼らに共通するものはなんだろうか?
さあ・・・。
自分自身に熱狂したんじゃないのかなあって、先輩、言ってた。





=老人の夢と孤独ⅩⅠⅩ=

(放課後、文学部の部室に行くスワン。)
こんにちわ、入部希望ですか?
いいえ、エコーが居るかと思って・・・。
ああ、彼女の友達ですか。僕は部長のフクナガです。
私はスワンです。少し学校を休んでいたので、ご存じないかも・・・。
・・・君がスワンですか。エコーから聞いています。
どんなふうに?
お父さんが家を出て、お母さんは入院中、遠縁のお爺さんと一緒に住んでいる。エコーは、そう言っていました。大変でしたね。
はい。
エコーは、今日は来ないでしょう。託けあれば伝えますよ。
いいえ、特にはありません。私が来たことも言わないで下さい。
解りました。
先輩は、何をしているんですか?
考え事です。
何を考えているんでしょうか?
愚にもつかないことです。
そのことに意味がありますか?
どうかなあ・・・無意味も意味のうちだから。
・・・先輩、もしお邪魔なら言って下さい。
スワン、気遣いは無用です。一人で退屈していたところだし。
もう少し話しても良いですか?
良いですよ。


先輩、歴博に行きませんか?・・・今度の日曜日に。
デートの誘いですか?
はい。
意外だなあ。僕は、一度もデートに誘われたことがありません。誘ったこともね。
私もです。
なら、お互いに初心者だね。
はい。私、手を握ったこともキスしたこともありません。
ハハハ、僕もですよ。


あの、タカハシ先輩はどうされていますか?
東京の出版社に就職しました。大きな出版社ではありません。都内でアパート住まいをしていると聞いています。
順調に、社会に船出したんですね。
それはどうだろうか。彼は自分を拒絶するから・・・。高卒の初任給で、どれだけの生活環境を手に入れることが出来るのかな?
解りません。
僕も解りません。・・・タカハシ先輩は自意識が強いから。・・・自分を拒絶するってどういうことなんだろう。そういうこと、言った人居たよね?
アルベール・カミュ・・・だと思います。
そうか、カミュかあ。調べてみよう。
はい。
それでさ、今度の日曜なんだけど、JR駅前の待ち合わせでどうかな?時刻表を調べておく。後でメールするよ。
ありがとうございます。


(夕食のテーブルに着くエムとスワン。)
スワン、どうした?さっきからスマホばかり見てるじゃないか。
ごめんね、お爺ちゃん。彼から連絡が来ることになってるの。
彼?
日曜日にね、デートするの。
それは楽しみだな。
はい。・・・お爺ちゃん、Gって幸せだよね。
幸、不幸は個々人の判断だからなあ。傍目には幸せそうに見えても、どうかな・・・。
Gは幸せだよ。奥さんと、穏やかな日々を過ごしている。豊かじゃないかもしれないけど、幸せな老後を過ごしている。
スワン、否定はしないよ。・・・そんな、不満そうな顔をするな。日曜のデート、楽しんでおいで。
楽しいかどうかは、してみなければ解りません。


(日曜日、10時過ぎにJR駅前で待ち合わせ、バスで歴博に向かう。)
(バスを降り、入り口に向かい、緩い上り坂を歩く。陽の光が暖かい。スワンが躊躇いがちに先輩の手を握る。)
スワン、学生証あるかい?
はい。持っています。
そう・・・入館料が無料になる。・・・それにしても広いね。
そうですね。
人は、同じような行動規範の中で生きている。僕は、そう思うんだ。
画一的ってことですか?
うん。良い高校、良い大学、良い会社に所属する。そうすれば、幸せになれるんだって。男と女が結婚し、息子や娘は親と同じような人生を生きる。環境は変わっても、マインドは変わらない。そんな気がするよ。


(館内をゆっくり歩きながら、小声で会話する。)
スワン、お父さんと連絡取れないの?
はい。連絡先知らないし、知ろうとも思いません。
そうなんだ。
私は今まで自分のことを言ったことがありません。恥ずかしいと思っているからです。
君のせいではない。


先輩、小説を書いているんですか?
ハハハ、そんな大層な物じゃないよ。
どんな話ですか?
う〜ん、そうだね。ヒーローは居ない、大した出来事も起らない。同じような行動規範に基づいて生きる同じような人の話だね。
面白いですか?
たまには、そう思うことがあります。大半は惰性ですよ。
はい。
進む速度は問題じゃない、止まりさえしなければね。3日で1行なんて時もある。
・・・・・・。






=楽園の狂人ⅩⅩ=

(自室のベッドで横になるスワン。携帯に着信がある。フクナガだった。)
スワン・・・?
はい。
こんばんわ、フクナガです。
はい。先日は、ありがとうございました。
いや、君から連絡無いので嫌われたのかなと思っていました。
私も・・・です。お爺ちゃんに、連絡を待っていろと言われたので、控えていました。
そうなんだ。僕の方から連絡すべきだったね。・・・何してるの?
自室で、寛いでいます。
僕と同じだ・・・で、今度の日曜なんだけど・・・。
はい。
千葉に行こうと思ってるんだが、一緒にどうかな?
はい。何をしに行くんですか?
文房具を、少し買いに・・・。
私、どうすれば良いですか?
待ち合わせ時間をメールするよ。JR駅で良いよね?
はい。メール、早めにお願いします。
ん?
私が頻繁にスマホを見ると、お爺ちゃんに揶揄われるの。


(JR駅で待ち合わせ、千葉に向かう。)
君のお爺さんて、何をしている人なの?
無聊を託つオールド・タイマーです。さして多くない蓄えと年金で、細々と暮らしています。
そうですか。・・・お爺さん、詩を読んでいたって?
はい。図書館から借りてきた小さな文庫本です。
誰の詩なんだろう?
ホイットマンだったと思います。
それなら、僕も読んだことがあります。中に、タイトルに惹かれた短い詩があってね。何度読んでも解らない。
どんなタイトル?
"What Am I After All" だったね。
・・・確かに魅力的なタイトルだわ。何度も書き写してみれば、意味が見えてくるかもしれませんよ。
もちろん、そうしました。
ですよねえ。
まあ、僕、あまり拘らないタイプだから。一つのことに拘っていると、いろんなことが難しくなるからね。


(千葉駅に着いて、雑踏の中をデパートに向かう。フクナガに身体を寄せ、腕を取るスワン。)
スワン・・・?
人が多いです。私を守って・・・。
君を守ることにやぶさかではありません。でも、君の敵は居ないよ。
大勢の無関心の中で、一人で歩くのは辛い。でも、先輩の側なら安心できます。
・・・・・・。
群衆は顔のない人達だわ・・・。


(デパートの8階に。)
先輩、慣れているんですね。
うん、欲しい物はたくさんあるけど、手に入る物はわずかだ。
良ければ私が買います。
気持ちは有難いが、欲しい物は自分で買う主義です。
人の気持ちを受け取らないの?
そういうわけじゃない・・・。


お爺さんのプレゼント、何を買うの?
ペンとメモ用紙にしようと思います。でも、あまり高い物は買えない。
僕が選ぼうか?予算は3000円くらいになるけど。
私に払える金額です。お願いします。
(店内をゆっくりと歩く。)
メモ用紙は、これで良いよね。
はい。
安くはないけど品質が良いんだ。あとはペンだね。お爺さんの好みの色は?
ブルーブラックです。
なら、これか。インクのスペアも買わないと。
はい。
お爺さんに、喜んでもらえると良いね。
はい。


お爺ちゃん、何をしようとしているの?
おまえには解らんよ。
そんなの狡いわ。
スワン、おまえには感謝している。
私に?
・・・おまえは、この侘しい家に舞い降りてくれた・・・。


お爺ちゃん、メモ用紙とペンを買ってきました。
俺にか?嬉しいね。
今日は疲れたわ。うちは落ち着く。
そうか、何よりだ。
お爺ちゃんの家だけどね。
俺とおまえの家だよ。デートは楽しかったか?
はい。
良かったな。・・・彼は、どんな男だ?
一学年上で文学部の部長です。背が高くて、口数が少ない。
不機嫌なタイプか?
いいえ、穏やかな人です。そんなにお金を使わない。
貧しいのか?
判りません。物を大切にする人だと思いました。手帳のリフィルを丁寧に選んで2冊買ったわ。私、その様子を見ていたの。お爺ちゃんのメモ用紙とペンも彼が選んでくれました。
そうか、なかなかのセンスだ。
お爺ちゃん、若い頃、夢があった?
うん、今でもあるがな。
どんな夢?
人に言うようなものじゃない。・・・見なければ良かった夢だ。
大丈夫よ、お爺ちゃん。まだ終わりじゃない。見続ける夢は、いつか叶います。
・・・そうだと良いがな。
はい。ゆっくり歩む者は遠くまで行くそうですよ。
・・・・・・。
お爺ちゃん、終わるまで終わりじゃない。





=楽園の狂人ⅩⅩⅡ=

先輩、小説、書いていますか?
うん、書いてるよ。ただ、前にも言ったけど、僕、書くのが遅いからね。
どうすれば、モティベーションを維持することが出来ますか?
難しい問題だね。君はどうしているの?
・・・本を読んだり、お爺ちゃんと話をしたりします。この前、図書館の廃棄本の中に「裸のランチ」があって、即、持ち帰りました。あと、メモを書いたり・・・。
そうですか。僕もメモは書くよ。用紙を変えてみたり、筆記用具を変えてみたりする。PCやタブレットを使ってみたりもね。まあ、目先を変えるだけだけど。・・・君は何を考えているの?
エロスと暴力についてです。
あれ?エコーも同じようなことを言っていた。君達、チャレンジャーだね。エコーとは親しいの?
戦友です。
穏やかじゃないね。
私達は、土曜日戦争の兵士です。土曜日戦争、ご存知ですか?
いや、知りません。
ケーブルテレビで放映されています。
そのうち、見てみましょう。でね、僕、考えたんだけど、短編小説を書いてみようかな。
形式は、大した問題じゃないかもしれません。
・・・そうだね。スワン、お爺さんと何を話すの?
大袈裟に言えば、哲学的なことです。死とか人生の意義とか・・・。
お爺さんは、そんなことを考えているの?
そうですね。でも、本当はもっと別のことを考えているのだと思う。
別のこと?
はい。
それは何?
私には解りません。お爺ちゃんも、解っていないのかもしれません。
だったら、徒労じゃないの?
だから、お爺ちゃんは見えない力に頼ろうとしているの。
見えない力?
はい。


たった六語の小説があるそうです。
六語?
英語ですから、日本語にすると2、3倍の字数になります。知りたいですか?
ああ、ぜひ知りたいね。
For sale: baby shoes, never worn.・・・です。
・・・メモしても良いか?
もちろんです。
もう一度、言ってくれないか。(名前入りのトラベラーズノートを取り出すフクナガ。)
はい。フォー、セール、コロン・・・ベビー、シューズ、カンマ・・・ ネバー、ウォーン、ピリオド・・・です。
ウォーンはウェアの過去分詞で良いかな?
・・・だと思います。



☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


(学校を出て、京成駅までの坂を下るフクナガとスワン。フクナガは、スワンの歩速に合わせる。)
スワン、お爺さんはどう?
特に変わりはありません。まあ、それなりの歳ですから。
飲み過ぎて、駐車場で倒れていたそうだね。
はい、大失態です。
大丈夫なの?
額に擦り傷を作っただけです。頭部のCTは異常なしでした。
そう・・・。
先輩、気落ちしていますか?
うん・・・彼にも無邪気な子供の頃があったんだろうと思って。
子供の頃は、誰にでもあります。
辛いなあ。


彼は自信たっぷりで、僕とは違うと思った。弱い自分を感じると、他人が大きく見えるからね。でも、失ってみて解ることもある。彼も僕と同じように悩んでいたんだ。そう思うと、かえって辛くなったよ。彼はベーシックなレベルでの絶望を感じたのだろう。だから自殺した。・・・出来事について書く、感情について書く。でも、その物語には本来の、いや表面的な意味とは別の意味がある。テーマは多岐にわたるようになった。そのうち、精神の大海に飛び込む者達が出てきて、小説はより難解になった。
・・・・・・。
難解な小説なんて意味ないよね。
そうですね。
・・・そんなものに惹かれるのは、何故なんだろう?
人の本能かもしれません。
本能ねえ・・・厄介だね。そんな事、しなければ良いのに。
私、特に感想はありません。


彼は、タカハシ先輩は短い一生の感情を無駄にした。
はい。
ただ、そういう人間は彼だけじゃない。他にもたくさん居たと思う。
・・・・・・。
尊い犠牲だと思わないかい?
・・・はい・・・。

   令和6年9月16日

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