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文学青年の憂鬱
1
(文学部の部室、フクナガ部長とエコー、スワンが同席する。フクナガが重い口を開く。)
タカハシ先輩が死んだ。
どうして?
自殺だと聞いています。
理由は何ですか?
僕は知りません。もともと自殺願望があった人だし・・・。
自殺願望?
(顔を曇らせたエコーが退席する。)
}
【
=屋根裏部屋の少年ⅩⅠⅤ=
{
(放課後、文学部の部室のドアをノックするエコー。)
開いてるよ〜。
失礼します。
(小さな部室の奥で、長髪の男が机に向かっている。エコーを見ようともしない。)
一年のエコーです。
なに?・・・入部希望?
はい。
物好きだねえ。言っとくけど、文学に未来はねえぞ。
はぁ・・・。
入部届、そこにあるから書いて。
(入部届に記入するエコー。)
書きました。
そう、見せて。
はい。(相変わらず机の上に目を落とし、書類を受け取る。)
?・・・ピッピッピ!・・・何だこれ?
私なりにキビキビ感を表現してみました。それは平坦に読むのではなく、このように読みます。「ピッピッピ!ピッピッピ!ピッピッピッピッピッピッピ!」です。
三三七拍子か・・・。プップップ!なら屁でポッポッポ!なら鳩だ。オノマトペか・・・面白い。部長、3年のタカハシだ、よろしく。
はい。
成績は最低、でも卒業はできる。就職も、ほぼ決まってるしな。
それは何よりです。
楽観的になれる状況じゃねえよ。人生は厳しい。・・・エコー、土曜日戦争で飛んでるだろ?
はい。
あいつ、なんて言ったかなあ、君と同じくらいの歳だ。中一の時、すぐ学校に来なくなった。
デビッドです。
そうそう、デビッドだ。ケーブルテレビを見て、ビックリしたよ。でも、嬉しかったなあ。あいつ、頑張ってるんだと思ってな。
彼は優れたウォリアーです。頑張っているだけではありません。頑張るだけでは足りないポジションを維持しています。
・・・特別な感情を持っているのか?・・・デビッドが好きなのか?
はい。
ふ〜ん。・・・ああ、入部手続は終わりだ。スケジュール管理は2年のフクナガがやってるから、近いうちに届けさせるよ。
いいえ、とんでもございません。私が伺います。
そう、じゃあそうして。話は通しておくよ。
ありがとうございます。
}
】
{
自殺願望を軽く考えてはいけません。
はい。・・・でも、私、自殺する人の気持ちが解りません。
僕もですよ。自殺しようとする人の気持ちは解るような気がしますが、自殺する人の気持ちは解らない・・・。
そうですね。
タカハシ先輩は、僕のヒーローでした。彼にとっては、鬱陶しかったでしょう。・・・だから、しばらくして距離を置くようにしました。
器用なんですね。
・・・辛辣だね、スワン。
気分を害したのなら、謝ります。でも、彼の下で副部長をしていたので・・・。
彼の近くに居れば、彼の文学的趣向を知ることが出来ると思ったからです。実際にできましたよ。
どんな?
ランボー、ラディゲ、モーツァルトかな。
・・・(モーツァルトって音楽だし。)
彼らに共通するものはなんだろうか?
さあ・・・。
自分自身に熱狂したんじゃないのかなあって、先輩、言ってた。
}
2
【
=老人の夢と孤独ⅩⅠⅩ=
{
(放課後、文学部の部室に行くスワン。)
こんにちわ、入部希望ですか?
いいえ、エコーが居るかと思って・・・。
ああ、彼女の友達ですか。僕は部長のフクナガです。
私はスワンです。少し学校を休んでいたので、ご存じないかも・・・。
・・・君がスワンですか。エコーから聞いています。
どんなふうに?
お父さんが家を出て、お母さんは入院中、遠縁のお爺さんと一緒に住んでいる。エコーは、そう言っていました。大変でしたね。
はい。
エコーは、今日は来ないでしょう。託けあれば伝えますよ。
いいえ、特にはありません。私が来たことも言わないで下さい。
解りました。
先輩は、何をしているんですか?
考え事です。
何を考えているんでしょうか?
愚にもつかないことです。
そのことに意味がありますか?
どうかなあ・・・無意味も意味のうちだから。
・・・先輩、もしお邪魔なら言って下さい。
スワン、気遣いは無用です。一人で退屈していたところだし。
もう少し話しても良いですか?
良いですよ。
}
{
先輩、歴博に行きませんか?・・・今度の日曜日に。
デートの誘いですか?
はい。
意外だなあ。僕は、一度もデートに誘われたことがありません。誘ったこともね。
私もです。
なら、お互いに初心者だね。
はい。私、手を握ったこともキスしたこともありません。
ハハハ、僕もですよ。
}
{
あの、タカハシ先輩はどうされていますか?
東京の出版社に就職しました。大きな出版社ではありません。都内でアパート住まいをしていると聞いています。
順調に、社会に船出したんですね。
それはどうだろうか。彼は自分を拒絶するから・・・。高卒の初任給で、どれだけの生活環境を手に入れることが出来るのかな?
解りません。
僕も解りません。・・・タカハシ先輩は自意識が強いから。・・・自分を拒絶するってどういうことなんだろう。そういうこと、言った人居たよね?
アルベール・カミュ・・・だと思います。
そうか、カミュかあ。調べてみよう。
はい。
それでさ、今度の日曜なんだけど、JR駅前の待ち合わせでどうかな?時刻表を調べておく。後でメールするよ。
ありがとうございます。
}
{
(夕食のテーブルに着くエムとスワン。)
スワン、どうした?さっきからスマホばかり見てるじゃないか。
ごめんね、お爺ちゃん。彼から連絡が来ることになってるの。
彼?
日曜日にね、デートするの。
それは楽しみだな。
はい。・・・お爺ちゃん、Gって幸せだよね。
幸、不幸は個々人の判断だからなあ。傍目には幸せそうに見えても、どうかな・・・。
Gは幸せだよ。奥さんと、穏やかな日々を過ごしている。豊かじゃないかもしれないけど、幸せな老後を過ごしている。
スワン、否定はしないよ。・・・そんな、不満そうな顔をするな。日曜のデート、楽しんでおいで。
楽しいかどうかは、してみなければ解りません。
}
{
(日曜日、10時過ぎにJR駅前で待ち合わせ、バスで歴博に向かう。)
(バスを降り、入り口に向かい、緩い上り坂を歩く。陽の光が暖かい。スワンが躊躇いがちに先輩の手を握る。)
スワン、学生証あるかい?
はい。持っています。
そう・・・入館料が無料になる。・・・それにしても広いね。
そうですね。
人は、同じような行動規範の中で生きている。僕は、そう思うんだ。
画一的ってことですか?
うん。良い高校、良い大学、良い会社に所属する。そうすれば、幸せになれるんだって。男と女が結婚し、息子や娘は親と同じような人生を生きる。環境は変わっても、マインドは変わらない。そんな気がするよ。
}
{
(館内をゆっくり歩きながら、小声で会話する。)
スワン、お父さんと連絡取れないの?
はい。連絡先知らないし、知ろうとも思いません。
そうなんだ。
私は今まで自分のことを言ったことがありません。恥ずかしいと思っているからです。
君のせいではない。
}
{
先輩、小説を書いているんですか?
ハハハ、そんな大層な物じゃないよ。
どんな話ですか?
う〜ん、そうだね。ヒーローは居ない、大した出来事も起らない。同じような行動規範に基づいて生きる同じような人の話だね。
面白いですか?
たまには、そう思うことがあります。大半は惰性ですよ。
はい。
進む速度は問題じゃない、止まりさえしなければね。3日で1行なんて時もある。
・・・・・・。
}
】
3
【
=楽園の狂人ⅩⅩ=
{
(自室のベッドで横になるスワン。携帯に着信がある。フクナガだった。)
スワン・・・?
はい。
こんばんわ、フクナガです。
はい。先日は、ありがとうございました。
いや、君から連絡無いので嫌われたのかなと思っていました。
私も・・・です。お爺ちゃんに、連絡を待っていろと言われたので、控えていました。
そうなんだ。僕の方から連絡すべきだったね。・・・何してるの?
自室で、寛いでいます。
僕と同じだ・・・で、今度の日曜なんだけど・・・。
はい。
千葉に行こうと思ってるんだが、一緒にどうかな?
はい。何をしに行くんですか?
文房具を、少し買いに・・・。
私、どうすれば良いですか?
待ち合わせ時間をメールするよ。JR駅で良いよね?
はい。メール、早めにお願いします。
ん?
私が頻繁にスマホを見ると、お爺ちゃんに揶揄われるの。
}
{
(JR駅で待ち合わせ、千葉に向かう。)
君のお爺さんて、何をしている人なの?
無聊を託つオールド・タイマーです。さして多くない蓄えと年金で、細々と暮らしています。
そうですか。・・・お爺さん、詩を読んでいたって?
はい。図書館から借りてきた小さな文庫本です。
誰の詩なんだろう?
ホイットマンだったと思います。
それなら、僕も読んだことがあります。中に、タイトルに惹かれた短い詩があってね。何度読んでも解らない。
どんなタイトル?
"What Am I After All" だったね。
・・・確かに魅力的なタイトルだわ。何度も書き写してみれば、意味が見えてくるかもしれませんよ。
もちろん、そうしました。
ですよねえ。
まあ、僕、あまり拘らないタイプだから。一つのことに拘っていると、いろんなことが難しくなるからね。
}
{
(千葉駅に着いて、雑踏の中をデパートに向かう。フクナガに身体を寄せ、腕を取るスワン。)
スワン・・・?
人が多いです。私を守って・・・。
君を守ることにやぶさかではありません。でも、君の敵は居ないよ。
大勢の無関心の中で、一人で歩くのは辛い。でも、先輩の側なら安心できます。
・・・・・・。
群衆は顔のない人達だわ・・・。
}
{
(デパートの8階に。)
先輩、慣れているんですね。
うん、欲しい物はたくさんあるけど、手に入る物はわずかだ。
良ければ私が買います。
気持ちは有難いが、欲しい物は自分で買う主義です。
人の気持ちを受け取らないの?
そういうわけじゃない・・・。
}
{
お爺さんのプレゼント、何を買うの?
ペンとメモ用紙にしようと思います。でも、あまり高い物は買えない。
僕が選ぼうか?予算は3000円くらいになるけど。
私に払える金額です。お願いします。
(店内をゆっくりと歩く。)
メモ用紙は、これで良いよね。
はい。
安くはないけど品質が良いんだ。あとはペンだね。お爺さんの好みの色は?
ブルーブラックです。
なら、これか。インクのスペアも買わないと。
はい。
お爺さんに、喜んでもらえると良いね。
はい。
}
{
お爺ちゃん、何をしようとしているの?
おまえには解らんよ。
そんなの狡いわ。
スワン、おまえには感謝している。
私に?
・・・おまえは、この侘しい家に舞い降りてくれた・・・。
}
{
お爺ちゃん、メモ用紙とペンを買ってきました。
俺にか?嬉しいね。
今日は疲れたわ。うちは落ち着く。
そうか、何よりだ。
お爺ちゃんの家だけどね。
俺とおまえの家だよ。デートは楽しかったか?
はい。
良かったな。・・・彼は、どんな男だ?
一学年上で文学部の部長です。背が高くて、口数が少ない。
不機嫌なタイプか?
いいえ、穏やかな人です。そんなにお金を使わない。
貧しいのか?
判りません。物を大切にする人だと思いました。手帳のリフィルを丁寧に選んで2冊買ったわ。私、その様子を見ていたの。お爺ちゃんのメモ用紙とペンも彼が選んでくれました。
そうか、なかなかのセンスだ。
お爺ちゃん、若い頃、夢があった?
うん、今でもあるがな。
どんな夢?
人に言うようなものじゃない。・・・見なければ良かった夢だ。
大丈夫よ、お爺ちゃん。まだ終わりじゃない。見続ける夢は、いつか叶います。
・・・そうだと良いがな。
はい。ゆっくり歩む者は遠くまで行くそうですよ。
・・・・・・。
お爺ちゃん、終わるまで終わりじゃない。
}
4
【
=楽園の狂人ⅩⅩⅡ=
{
先輩、小説、書いていますか?
うん、書いてるよ。ただ、前にも言ったけど、僕、書くのが遅いからね。
どうすれば、モティベーションを維持することが出来ますか?
難しい問題だね。君はどうしているの?
・・・本を読んだり、お爺ちゃんと話をしたりします。この前、図書館の廃棄本の中に「裸のランチ」があって、即、持ち帰りました。あと、メモを書いたり・・・。
そうですか。僕もメモは書くよ。用紙を変えてみたり、筆記用具を変えてみたりする。PCやタブレットを使ってみたりもね。まあ、目先を変えるだけだけど。・・・君は何を考えているの?
エロスと暴力についてです。
あれ?エコーも同じようなことを言っていた。君達、チャレンジャーだね。エコーとは親しいの?
戦友です。
穏やかじゃないね。
私達は、土曜日戦争の兵士です。土曜日戦争、ご存知ですか?
いや、知りません。
ケーブルテレビで放映されています。
そのうち、見てみましょう。でね、僕、考えたんだけど、短編小説を書いてみようかな。
形式は、大した問題じゃないかもしれません。
・・・そうだね。スワン、お爺さんと何を話すの?
大袈裟に言えば、哲学的なことです。死とか人生の意義とか・・・。
お爺さんは、そんなことを考えているの?
そうですね。でも、本当はもっと別のことを考えているのだと思う。
別のこと?
はい。
それは何?
私には解りません。お爺ちゃんも、解っていないのかもしれません。
だったら、徒労じゃないの?
だから、お爺ちゃんは見えない力に頼ろうとしているの。
見えない力?
はい。
}
{
たった六語の小説があるそうです。
六語?
英語ですから、日本語にすると2、3倍の字数になります。知りたいですか?
ああ、ぜひ知りたいね。
For sale: baby shoes, never worn.・・・です。
・・・メモしても良いか?
もちろんです。
もう一度、言ってくれないか。(名前入りのトラベラーズノートを取り出すフクナガ。)
はい。フォー、セール、コロン・・・ベビー、シューズ、カンマ・・・ ネバー、ウォーン、ピリオド・・・です。
ウォーンはウェアの過去分詞で良いかな?
・・・だと思います。
}
】
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
{
(学校を出て、京成駅までの坂を下るフクナガとスワン。フクナガは、スワンの歩速に合わせる。)
スワン、お爺さんはどう?
特に変わりはありません。まあ、それなりの歳ですから。
飲み過ぎて、駐車場で倒れていたそうだね。
はい、大失態です。
大丈夫なの?
額に擦り傷を作っただけです。頭部のCTは異常なしでした。
そう・・・。
先輩、気落ちしていますか?
うん・・・彼にも無邪気な子供の頃があったんだろうと思って。
子供の頃は、誰にでもあります。
辛いなあ。
}
{
彼は自信たっぷりで、僕とは違うと思った。弱い自分を感じると、他人が大きく見えるからね。でも、失ってみて解ることもある。彼も僕と同じように悩んでいたんだ。そう思うと、かえって辛くなったよ。彼はベーシックなレベルでの絶望を感じたのだろう。だから自殺した。・・・出来事について書く、感情について書く。でも、その物語には本来の、いや表面的な意味とは別の意味がある。テーマは多岐にわたるようになった。そのうち、精神の大海に飛び込む者達が出てきて、小説はより難解になった。
・・・・・・。
難解な小説なんて意味ないよね。
そうですね。
・・・そんなものに惹かれるのは、何故なんだろう?
人の本能かもしれません。
本能ねえ・・・厄介だね。そんな事、しなければ良いのに。
私、特に感想はありません。
}
{
彼は、タカハシ先輩は短い一生の感情を無駄にした。
はい。
ただ、そういう人間は彼だけじゃない。他にもたくさん居たと思う。
・・・・・・。
尊い犠牲だと思わないかい?
・・・はい・・・。
}
令和6年9月16日