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生ける屍たち



(朝、8時過ぎ、庭で作業するG。伸びすぎた庭木の枝を切る。ノコギリが合わない。)
(作業を終わり、家に入る。)
お父さん、ご苦労様。
ああ、シャワーを浴びるよ。
(体重計に乗り、数値をチェックし、風呂に入る。)


お父さん、神様から電話がありました。
ああ、そう・・・。用件は何かな?
今度の土曜日、集会場で葬儀があるそうです。
集会場で?
はい。
あまり例がないね。
事情があるようですよ。
ふ〜ん・・・どんな?
一人暮らしの方でね。やっと連絡がついた息子さんが、すぐには来れなくて、自治会で葬儀を出すことになったそうです。
列席しろってことかな?
そうでしょうね。
面識のある人か?
無いと思います。
私は、自治会の活動で見かけたことがあります。歳の頃は、お父さんと同じくらいでしたよ。
じゃあ、一緒に行こうか・・・。
はい。


(老夫婦が朝食のテーブルに着く。)
母さん、人は何故死ぬんだろう?
さあ・・・今まで死ななかった人はいないだろうから。
なんか、つまんないなあ。・・・高校の同期もポロポロ死んでるしな。
いずれ、お父さんの番も来ますよ。
そりゃそうだろうが、実感が無いよ。
ハハハ、死ぬ前から実感があったら凄いね。・・・私達は、死ぬことを忘れちゃったのかもね。
やれやれ、そりゃあ大変だ。
そうですね。




(土曜日、昼前に葬儀が終わる。)
お父さん、神様をお誘いして、少し飲んだらどうですか?簡単な昼食も用意しますよ。
ああ、それは良い。・・・神様、俺のところで、少しやりませんか?
うん、有難いね。奥さん、よろしいかな?
はい、大したおもてなしも出来ませんが、ご迷惑でなければ・・・。
そうさせてもらおう。
(ゆっくり歩きながら、Gの家に向かう3人。)


(居間のテーブルに着く神様。Gが酒を用意する。)
神様、家事はご自分でなさるんですか?
はい、そうです。充分なスキルがある訳ではありませんが、ウィルで何とかこなしています。
ご立派です。
なまじ、西公園の神などと名乗ってるもんだから、痩せ我慢をしています。
神様も、大変ですね。
孤独に耐え、文句を言わず、目立たないように生きる。そうやって生きろと教えられました。
厳しい教えですね。
(Gがグラスを持ってくる。)
母さん、神様に失礼なことを言ってないか?
ハハハ、G、そんなことはないよ。・・・ああ、ありがと。では、献杯しようか。
はい。神様、亡くなった方とは知り合いでしたか?
ああ、高校の野球部の後輩だ。だいぶ年下だから一緒にプレーしたことはないよ。
え〜、神様、野球やってたんですか?
せいぜい県大会の2回戦止まりだ。3番、ショート、神君・・・いや、当時は神じゃないけどね。・・・あいつは外野手で、3年の時は5番を打ってた。そんなことは覚えているんだが、他には何もだ。希薄な関係だな。
まあ、そんなもんでしょ。
・・・G、喫煙は屋外かな?
いや、俺の部屋で。2階ですけど。
悪いね。
いいえ。・・・母さん、2階へ行くよ。
はい。後で、お料理を少し届けます。
すまんね。


(2階のGの部屋に移動する二人。)
G、2階にもトイレがあるのか?
はい。中古の注文住宅でね。そうなってた。
そうか・・・。
で、ここが俺の部屋。仕事場兼寝室・・・。
狭いね。でも、方丈くらいはあるか。老人には充分だ。
灰皿は、これを使って下さい。
すまん・・・。仕事場って、なんの仕事をしてるのかな?
まあ、小さな団体のウェブサイトを担当しています。無償で・・・。
無償でも仕事か?
そうですね。これからは、そういう仕事が増えるかもしれません。
俺には、理解できないな。
神様、これからは雇用の危機が訪れます。俺たち老人が職を失うのはやむを得ないかもしれませんが、これからは多くの人が職を失いことになるかもしれません。
そうかなあ。
多くの人が、存在意義を失うことになる。
ーーーーーーーーーーーー
G、俺たちは死ぬけど死なない。死なないけど死ぬ。
いやいや、神様、矛盾してます。
死を識らないまま死ぬ、と言えばどうかな?
う〜ん・・・。不都合がありますか?むしろ、幸せじゃないのかなあ。


なあ、G・・・。
はい。俺はどこに行っても歓迎される訳じゃない。
それは、俺もですけど。
うん、解ってるんだ。・・・俺、ただ生きてんだよなあ。




(昼食を終え、神様を送って行くG。)
G、すまんなあ。すっかり酔ってしまった。奥さんにも謝っといてな。
はい。気にしないで下さい。俺の方こそ、いろいろ教えてもらって、ありがとうございます。
知らんでも良いことを、偉そうにペラペラ喋って、恥ずかしい限りだ。
そんなことはありませんよ。
ああ、東公園か。ここには神が居なかったなあ。
はい。神様、もう少しですからね。
うん。自分の家はわかるよ。
それは良かった。


なあ、G。東公園の神にならんか。
えっ?だって、77歳にならないと、資格が無いって言ってたじゃないですか。
そうなんだけどなあ。君は、すぐに75になるだろ?2年ほどだ。なんとかなるよ。
年齢詐称ですか?
いやいや、そうじゃない。公園神の会に問い合わせてみる。
公園神の会って、そんな会があるんですか?
あるよ。任意団体だけどね。俺も、会員だ。名ばかり会員だよ。
会費とか払ってるんですか?
払ってない。・・・会費は無いんだ。
団体運営は、どうなってるんでしょうか?
まあ、大した活動はしてないし、メールのやりとりで共同体の共通認識を維持しているんだよ。
はあ、そうですか・・・。
G、なんか疑問を感じているようだな。
いや、滅相もございません。


来月はな、会員増強月間なんだよ。組織率が低いんだ。そこで、俺が君を推薦する。好都合だ。
・・・神様、やばい宗教じゃないですよね。
心配するな。会費もなければ、報酬も無い。ただ、教えを守って生きるだけだ。
教え?
・・・孤独に耐え、文句を言わず、目立たないように生きる。そういう教えだ。
はあ・・・。
出来るか?
・・・俺の、生活信条に合ってます。
まあ、そんな気がしてたけどな。


(神様の家に着く。)ここだよ。ちょっと寄って行くと良い。
良いんですか?
ああ、いっこうに構わん。
秘密じゃないですか?
ハハハ、誰も知ろうとしないだけだ。人はな、秘密を持つと弱くなる。持たなければ強くなるというわけでもないが。・・・まあ、入れよ。
はい。


神様、良い部屋ですね。
そうだろ?いろいろ工夫した。・・・少しづつだったがね。ベッドを下に移したりしてな。
大変でしたね。
はい。大変でした。
神様・・・。
女房が死んだのは、10年以上前だ。それから俺はボッチでなあ。
ボッチ?
独りボッチだ。・・・伴侶を亡くしたら地獄だよ。
・・・・・・。
俺さあ、それなりに努力してきたんだ。
ああ、そうでしょうとも。誰も否定はしませんよ。
なんの慰めにもならん。
まあ、そうおっしゃらずに・・・。
Gよう、俺は役立たずの用無しだ。
とにかく横になりましょう。一眠りすれば、気も晴れますよ。
・・・だと良いな。
じゃあ、俺、帰ります。
・・・うん・・・。人生はよお、全力を尽くすだけでは足りねえのかもな。
大丈夫ですよ、神様。




(帰宅するG。)
母さん、送ってきたよ。
ご苦労様でした。
うん。少し横になろうかな。
疲れましたよね。私もです。一緒に、お昼寝しますか?
ああ、ぜひ、そうしよう。


(老夫婦が、小さなベッドに横たわる。妻を背後から抱きしめるG。)
お父さん、よく頑張りましたね。
そうか?
はい。お仕事でも土曜日戦争でも、あなたは頑張ったわ。
大したことは無い。意地を張ってただけさ。
お父さん、けっこう丈夫で長持ちタイプだよね。・・・褒めてるわけじゃありませんよ。
家電みたいだなあ。
良い例えかも・・・。
死ぬことより、生き延びることを考えましょう。
うん。・・・神様も前向きになると良いがなあ。
後ろ向きなの?
まあ、かなりね。・・・悲観的だ。
悲観的であることは、悪いことではありません。
どうして?
私、そういう男が好きだったの。
・・・俺のことかい?
お父さんと、別の男もね。
別ってなんだよ?
別は別ですよ。私ね、悲観的な男に惹かれるの。・・・不機嫌で寡黙って感じかな。
左翼ってことか?
ハハハ、政治的信条なんて、無かったと思うわ。ただ、現状に不満を持っていただけ。でも、楽観的なタイプよりマシだわ。
母さん・・・。
容姿は関係ない。気持ちの問題です。
そうだよなあ。母さんが容姿を気にするなら、俺とは結婚しなかっただろう。
そんなことないって。・・・確かにね、あなたに交際を申し込まれた時、女性経験が乏しい人なんだろうなあって思った。でもね、何度か会っているうちに、良い顔をしてると思うようになりました。・・・悲観的だし。
・・・・・・。
いつもイラついていて、偉そうに振る舞う。
理想的な夫には、程遠いな。
そうですね。思いとは程遠い人生が、私の人生のようです。
申し訳ない。
謝らないで。なおさら辛くなります。
そうかい・・・。
お父さんは、女心が解らないからね。
・・・・・・。
あなたは私に、淋しい思いをさせたわ。・・・自分勝手に、他の女性に惹かれて・・・。
俺、責められてる?
いいえ・・・お父さんは、程よく私向き・・・。


(Gが目を覚ます。隣には誰も居ない。)

やれやれ、食って寝るだけの人生か。
頑張ってきた割りには、報われないなあ。
まあ、それもしょうがないか。
体、痛えし、気も晴れん。
俺も、終わりかなあ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お父さん、結婚前の、私の男性経験に興味がありますか?
大いにあるね。・・・例の左翼っぽい男かい。
はい。それと彼の友人達です。行為は非衛生的で、避妊も無し・・・。でも、性病にならなかったし、妊娠もしなかった。
・・・意外だよ。

(ゆっくりと階下に降りるG。妻が台所に立っている。)
お父さん、よく眠ってたね。気分はどう?
さして良くもないよ。
コーヒー、淹れようか?
うん・・・。




(数日後、神様からメールが。)
「G、君を東公園の神に推薦しておいた。そのうち、南部地区支部長からのメールが来る。対応してくれ。西公園の神拝。」
相変わらず、用件だけだなあ。


「東公園の神ことG様。西公園の推薦を受けて検討した結果、貴兄を東公園の神とすることに全員の同意を得るに至りましたのでお知らせします。異存のあるときは48時間以内に当職宛ご連絡願います。また、返答なき折は、貴兄が同意したものとします。公園神の会南部支部長。」


よう、G。支部長から連絡あったかい?
はい、神様。簡単なメールが来て、東公園の神に任命されました。
ハハハ、任命じゃないよ。使命があるわけじゃねえからな。・・・利権もないよ。
俺は、何をすれば良いのでしょうか?
何も・・・。孤独に耐え、文句を言わず、目立たないように生きる。前にも言ったろう。・・・とりあえず庭でも引っ掻いて、図書館通いをすると良い。
暇なんですけど・・・。
暇なのは、君だけじゃない。みんな暇なのよ。
モティベーションを維持するのが困難です。
動機付けより習慣化だ。習慣にすれば良いのさ。
強い動機を持ってする行動と、習慣化した行動とでは意味が違うのではないですか?
違わないね。君は、家庭菜園をする人たちを知ってるかい?
見たことはあります。話したことはありません。
彼らは、強い動機、熱意を持ってやってると思うか?・・・楽しみか?・・・農作業をしているとアドレナリンが出てハイになるとか。・・・俺は、習慣だと思うけどな。
はあ・・・。
納得してねえな?・・・年寄りの割りには愚かだ。
すみません。勉強になります。
心にもない事を言うな。君は、完全リタイアしてから、半年くらいか?経験不足だな。ヒヨっ子だよ。
余命の短いヒヨっ子ですね。
そうそう、でも、俺よりは長い余生を送れるかもしれん。
それは、良い事でしょうか?
どうかなあ・・・長生きにはリスクが伴うしなあ。
死んだほうが良いって事ですか?
まあな、でも自殺はいかんよ。まあ、理想は、早いうちにピンピンコロリだ。神様コロコロ、神様コロコロコロ・・・コロコロ・・・。
神様、コロコロが好きなんですか?
・・・語感がなあ。人生はコロコロだよ。
いや、違うと思いますけど。
先輩に意見するのかい?
滅相もございません。
なら、復唱してみなさい。人生コロコロ・・・。
・・・・・・。
日本語、解んねえの?
神様、大丈夫ですか?
何が?
・・・思考のネジが外れているんではないかと・・・。


G、俺は不愉快だ。
俺が、神様の気分を害したからですか?
自覚はあるようだな。人生コロコロという崇高な理念を、おまえは否定した。おまえは、俺を冒涜したんだ。
してません・・・。
そうか・・・じゃあ俺の後に着いて来い。
・・・?
♪♪♪へ〜イ、ベイビー、人生コロコロ・・・カモン・ベイビー、コロコロコロコロ・・・オーライ、オーライ、死ぬまで生きようぜ・・・。レッツ、コロコロ・・・オー、イェーイ。♪♪♪
神様・・・ラップ・・・ですか?
うん、そういう要素もあるよ。人生コロコロだからね。・・・ロックの要素も入ってる。解るかな?
いいえ・・・。
そうだろうなあ。君クラスでは、まだ無理かもしれないな。カモン・ベイビーとレッツコロコロ、オーイェーイって部分なんだけどね。
そうですか・・・。
くどいようだが、人生コロコロ。散文的だが微妙なリズム感もある。三連の方が良いかなあ。・・・人生コロコロコロ。
特に感想はございません。
まあ、良いだろう。

           令和4年11月24日

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