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回帰と終末5




(9月に入り、迷走台風の影響による雨などで、気温が下がったのだが、暑さがぶり返した。
土曜日の午後、バトルフィールドから帰ったスワンがエムに話しかける。)
お爺ちゃんの生活ってさあ、隠遁生活だよね。
うーん、そう言えなくもないが、引きこもり老人とも言える。
まあ、同じような意味でしょ。・・・お爺ちゃん、ひらめきって何?
ひらめき?
うん、お爺ちゃん、前に言ってたよね。
そうだったかな・・・。



=楽園の狂人Ⅳ=

(梅雨の合間、好天の日、西公園のベンチに座る老人が二人。西公園とエムだ。)
エム、今日は良い天気だな。
はい、そうですね。気温が上がりそうです。
うん、暖かいのはありがたい。
この数日、第三公園のことを考えていました。
そうかね。人はな、自分の見た夢に裏切られるものだ。第三公園も俺もだ。どうにもならない罠に囚われる。
そうですか・・・第三公演は何歳の時に家出したんでしょうか?
78か79だったかなあ。


まあな、どうにもならないんだよ。それが人生だ。若い頃に見た幻に裏切られ、年老いて、なお夢を見る。そういうことなんだろうね。
はぁ・・・。




=老人の夢と孤独ⅩⅩ=

(G宅のチャイムが鳴る。玄関に出る老妻。)
はい。御用はなんですか?
私はスワンと申します。G先生はご在宅でしょうか?
いいえ、外出しております。
そうですか。では、これを先生にお渡しいただけますか?
何なの?
お酒です。お爺ちゃんに聞いて、選びました。
そう。良ければお茶を。
ありがとうございます。無遠慮じゃないと良いですが・・・。


どうぞ、座って。あなたには会いたいと思っていました。
どういうことでしょうか?
うちの人とマッチをしたそうですね。
はい。
年老いたとはいえ、うちの人は前の土曜日戦争でAランクの兵士でした。どうして、そんな無謀なことをしたの?
私、追い詰められていました。
そう・・・。
父が家を出て、母が入院しました。私は、住み慣れた家でしたけど、取り残されました。そんな時、お爺ちゃんが手を差し伸べてくれました。私は、その手に縋ったんです。
・・・賢明な判断でしたね。
お爺ちゃんは、お母さんの手紙を見せてくれました。「エムを頼りなさい。彼は信頼できる人です。おまえが信頼するなら、彼はおまえの信頼を絶対に裏切らない。一緒に暮らすことが出来たら、彼を助けなさい。」そんな意味のことが書いてありました。最後の一行は・・・。(声を詰まらせるスワン。)
なんて書いてあったの?
スワン、ごめんね・・・でした。
良いお母様ですね。
・・・本当に、そう思っていただけるんでしょうか?
もちろんです。


お爺ちゃんが私を受け入れてくれて、私は生活を立て直すことが出来ました。夜も眠れるようになり、学校にも戻ることが出来ました。
何よりですね。
・・・お爺ちゃんと一緒に暮らせるようになったら、お爺ちゃんを助けなさいって・・・お母さんの言いつけだから、ずっと考えていました。
・・・・・・。
お爺ちゃんは、さして多くない蓄えと年金で、細々と暮らしている老人です。微力ですが、金銭的に役に立てればと思うようになりました。そんな時、偶然、ケーブルテレビで土曜日戦争を見たんです。同じ高校の在校生が参戦していました。ジョニー、バンビーノⅡ、ジョニーの妹のエコーです。同学年のエコーに会いに行きました。彼女は、G先生に会ってみろって。
それで、主人とマッチをしたの?
はい。土曜日戦争に参戦することができれば、報酬を得ることが出来る。私に必要なお金です。
自信はあったの?
全力を尽くそうと思いました。G先生がどういう人かは、判っていました。先生は適当に遊んでくれて、バトルフィールドに連れて行ってくれた。そこで、コマンダーとテストマッチをしたんです。

G、私、コマンダーに勝てる?
面白い冗談だ。無理だよ。
私、ダメなの?・・・テストマッチは、私を諦めさせるため?
違うな。・・・可能性が無いわけじゃない。
私、どうすれば良いですか?
自分が何のために戦うのか考えて、全力を尽くせ。

テストマッチの結果はどうだったの?
合格と言うのか、土曜日戦争への参戦を認められました。G先生のお陰です。





=楽園の狂人Ⅱ=
(人生は皮肉に満ちている。人生は思い通りにならない。では、人生は生きるに値しないのだろうか?)
(大型連休も終わり、そろそろ梅雨の季節になろうとする肌寒い日のことだ。朝、ゴミ出しをするエム。老人が先にネットを掛けている。)
おはようございます。
ああ、おはよう。君は?
エムと申します。
そうか、同じステーションだったんだね。と言うことは、この近所ですか?
はい。
良いね。見たところ、リタイア組かい?
ええ、一年ほど前に74でクビになりました。
その歳じゃ、再就職は無理だな。年金はあるのか?
まあ、それほど多くはありませんが・・・。
連れ合いは居るのかい?
いいえ。
寂しいね、俺と同じだ。一人暮らしかい?
老齢の雌猫と暮らしています。
やれやれ、お前さんとは話が合いそうだ。俺も一人暮らしだよ。女房に先立たれてな。
はあ・・・。
俺も、終わりだよ。
先輩、ひょっとして西公園の神様ですか?
そうとも、俺は西公園の神だ。だからって、何の御利益も無いよ。惰眠を貪るだけの老人だからな。社会的な価値もない。まあ、どうにもならんよ。君は、飲酒喫煙派かい?
はい。楽しみが少ないもんですから。
そうかそうか、立ち話もなんだろうから、また会おうや。
はい。


(数日後、郵便局に行った帰りに西公園に寄るエム。)
やあ、エム君、また会えたね。
はい、西公園の神様・・・。
いやいや、そんな他人行儀な口をきかんでくれ。出涸らしの余生を過ごしてるだけの老人だ。
俺も、同じですけど。
そうだねえ。君も俺も、どうにもならない老人だからな。
神様、ちょっと待って下さい。俺が老人であることは否定しませんが、どうにもならないって・・・。
不満かね?・・・君は老いを知らないな。
いや、それなりに識っていると思いますが。
そうかねえ、まあ、大した問題じゃない。ところで、君は人生コロコロを知っているかね?
はい。
なんと、此れはしたり。なんで知ってんの?
旧友から聞きました。東公園のGです。高校が同じだったんですよ。
南野高校か、出来が良かったんだね。
高校入試まではそうでした。合格したら、それで良いと思っちゃって。
それで?
別の場所で居所を見つけようかなあと思ったわけです。
見つかったのか?
まあ、苦労はしましたが、それから60年近くも生きていますから。
しぶといね。
経験から得た教訓があります。
ほう、どんな教訓かな?
学校と会社には、死んでも行く。
愚かだねえ。
いやいや、そもそもですね、人生コロコロなんて・・・。
巫山戯てると言いたいのかね?
いえ、そんなことは・・・。
まあ良いさ。人生コロコロだからな。
表現が軽いです。
ハハハ、そうだよなあ。俺の限界だ。所詮、その程度の男なんだよ、俺は。
いやいや、先輩は立派ですよ。
そうかなあ・・・。







=楽園の狂人Ⅲ=

(飲みすぎた夜の翌日、Gと会うエム。)
元気そうだね、エム。
まあ、それがそうでも無くてね。かろうじて、生きてるよ。
俺も同じだ。けっこう、年取っちゃったからなあ。後期高齢になっちゃって。
だよなあ・・・。
俺、西公園の神に誘われたよ。
ああ、良いね。西公園も歳だから、いずれ跡を継ぐと良い。
俺に、出来るかな?
ハハハ、誰にだって出来るよ。月に一回、レポートを送るだけだから。
レポート?
俺は、写真を2、3枚添付してメールで送ってる。
意味あるのか?
まあ、それなりに・・・。
それなりにねえ。そもそも、公園神の会って何なんだよ。
何だと言われても、説明するのが難しい。


エム、この南野市に公園がいくつあると思う?
さて、100箇所くらいかな。
大小取り纏めて300近くある。
そんなにあるのか。すると、公園の神も300人か。
いやいや、組織率は40%台だよ。それに、○○公園の神と言うのは便宜上そう呼んでるだけだ。その公園に対して、なんの権利義務も無い。まあ、良い加減なのよ。
そうかい。
月1回程度の飲み会をしてるんだ。西公園、第一公園と俺、老人3人でな。二人とも80歳を超えているから、俺が一番の若造だ。今度、西公園に打診してみるよ。飲み会に、君を誘っても良いかって。
ああ・・・。


なあG、俺の所で一杯やらないか?
良いね。女房に連絡するよ。

母さんか、ちょっと飲んでから帰るよ。
誰と飲むの?
エムだよ。
こっちに来てもらえば?
いや、彼の家に誘われた。気を使っているんだろう。
そうですか。こんなお婆ちゃんでも、酒席には女手があったほうが良いのにねえ。で、いつ帰るの?
夕食までには・・・。
はい。楽しんでらっしゃい。
いやあ、すまんね。

ハハハ、女房の許可が出たよ。
じゃあ、行こうか。
うん・・・。


(居間のテーブルにグラス、缶酎ハイ、乾き物が少し。)
大した物は無いが、まずはこれで行こうか。酒、焼酎、安物のウヰスキーもある。
いやあ、申し訳ない。思いがけず、誘ってもらって。
G、水臭いことを言うな。近くに住んでいながら、親しく交わることが無かったな。
俺は、そうは思わない。俺は俺の生活をしていたが、君のことは気になっていた。
俺のことが?
・・・エム、君は高校時代から他人の事を気にしたことが無いじゃないか。いつも自分が最優先、自分の思い通りに行かないと切れる。そういう若者だった。
扱い難いと?
そうだね。だが、一定数そういう人間は居るのだと思うよ。
でも、俺、なんとか生き延びた。
幸運だったな。
それなりの努力はした。
エム、誰でもそれなりの努力はしているんだ。君が特別というわけじゃないよ。・・・君は選ばれた者でもない。俺もだけど。
そうだよなあ。


(エムと別れ、自宅に帰るG。)
ただいま・・・。
お帰りなさい、お父さん。ちょうど良かったわ。お腹の具合はどうですか?
乾き物をつまみに、少し飲んだだけです。
分かったわ。物は言いようですね。
ワット・ドゥ・ユウ・ミーン?
何でもありません。少し待っててね。
うん、一服してくるよ。
はい。階段、気をつけるのよ。
(手摺や壁伝いに手を添えて、二階の自室に行く。使い古したMacBook Proを開き、タバコに火を点ける。何件かのスパムメール、中に紛れた西公園の神からのメールに気付く。一読するが、すぐに返信する気にはならない。)


(ゆっくりと階下に降り、テーブルに着くG。メカジキのソテー、野菜サラダ、茶碗に半分ほどの白米、大吟醸の四合瓶。)
お父さん、私も少し飲みたいんですけど、良いですか?
ああ、勿論だ。飲みたいだけ飲むと良い。
ハハハ、ほんの少しだけですよ。・・・エムさんはどうでしたか?
まあ、それなりの、辛い老境だ。恋女房を亡くしているからなあ。
そうですね。奥さん、美人だった。
不釣り合いだと言う者も居たよ。なんで、あんな男と結婚したんだってね。
お父さん、結婚した男女は、ほどほど釣り合っているの。
そうかい。
・・・私たちもね。破れ鍋に綴じ蓋って言うでしょ。良い加減なのよ。


母さん、日本酒行くかい?
そうねえ、少し頂こうかな。冷のコップ酒で良いわ。
細めのコップにしよう。
そうですね。
ああ、俺が取ってくるよ。
ありがと・・・。
(テーブルを離れ、食器棚からグラスを選ぶG。妻が立ち上がる。)
お父さん、貸して。私が洗うわ。
そうか?
はい。お父さん、雑だから。
うん。


(夕食を終え、自室に戻るG。タバコに火を点け、西公園のメールをチェックする。)

G、エムと一杯やったそうだね。次の、俺たちの飲み会には、彼を誘ってくれないか。第一公園には、俺から話を通しておくよ。よろしくね。
西公園   拝

(情報、早いなあと思いつつ返信を。)

先輩、ご連絡ありがとうございます。多少の仔細はエムから聞いています。俺も、飲み会に誘いたいと思っていました。そのように致します。
東公園





(二週間後の午後2時、西公園宅に集まる老人達。始めにエム、次にG、やや遅れて第一公園が来る。それぞれが酒を持ち寄る。)
いやあ、わざわざ拙宅までおいでいただき、ありがとう。今日は、ニューカマーが居る、エムだ。Gの高校の同期で、俺の後継者と考えている。
そうか、俺も後継者を考えなければならないな。何人か声を掛けているんだが、なかなか。
第一公園、そのうち現れるよ。エム、一言、言いなさいな。
はい。浅学菲才の身ではありますが、その時が来たら精一杯、努めさせて頂きたいと思っています。
良いね。だが、硬い。なりに生きれば良いんだよ。俺みたいに、飲んだくれてな。
おいおい第一公園、お前さんが飲んだくれだとは認めるが、それだけの男じゃないだろ?
西公園・・・。
まあ、順番に逝こうな。最初は俺だ。
うん、弔辞は俺が読むよ。すぐに追いかけるし・・・。
よせよ、急ぐことはない。第三公園のような死に方はするなよ。
俺、放浪癖無いから。家に閉じ籠り派だよ。(自滅する者たち)
ーーーーーーーーーーーーー
いやあ、すまんすまん、俺たちだけで話を進めて。第三公園の神はな、一応説明しおくがね。もう2年以上も前になるだろうか、冬の日の夕暮れ時に家を出た。二日後、無人駅のベンチで死んでいた。
駅のベンチでですか?
そうなんだよ。終電が通った後にたどり着いたんだろう。翌朝、通勤客に発見された。なんで、そんな所に行ったのか分からない。土地勘があるわけでもなかろうに・・・。なあ、第一公園。
う〜ん。俺にも、分からないや。そんな日は、俺だったら熱燗か芋のお湯割りだな。酔って妄想の荒野を彷徨うよ。エム、君はどうかな?
はあ、俺も冬の夜道よりは・・・。
そうだろう、そうだろう、俺たちみたいな心身ブヨブヨの老人にとって冬の夜道は厳しいだろうからなあ。

エムは、若い頃、乗り過ごし、その駅で30分ほど待ったことがあった。誰もいないベンチに腰掛け、時折吹き抜ける風が梢を揺らし寂寥感を誘う。「見捨てられて、独りだ。」そんな想いがよぎる。

どうしたエム、考え事か?(第一公園が声を掛ける。)
ああ、すみません。昔、50年以上前のことですが、俺、その駅のベンチに30分ほど座っていた。
なんか用事があったのかい?
いえ、うっかり乗り過ごして・・・。その駅に行ったのはその時だけでした。調べてみたら、案外近い。徒歩でも一時間足らず。まあ、ルートが分かっていればですけど。
物理的には近いということか?
そうですね、物理的には近いけど、遠い場所だと思います。50年以上も以上も行ったことがないんだから。
そうだなあ、俺たちは狭い所で生きている。なあ、西公園・・・。
ハハハ、否定はせんよ。
俺、歩いてみようかな。その駅まで。
よせよせ第一公園、徘徊老人で通報されるよ。行き倒れでもしたら大変だ。引き篭もって酔っ払っていたほうが良い。
そうかなあ・・・。


(この歳まで生き延びて来れたのは、幸運だったと言うべきだろうか。)
なあ、エム君、公園神の会の話を聞くかい。(西公園の神、奇妙な日、生ける屍たち)
はい。
俺が西公園の神になったのは、かれこれ4年前のことだ。2代目から禅譲された。2代目は、体の弱い人だった。俺に、西公園の神を譲ると、しばらくして亡くなったよ。人格者で愛嬌のある人だったが、最後は無表情になって死んでいった。寂しいもんだんねえ・・・。
そうですね。
人生とは、そうしたものだよ。ああしたい、こうしたいという思いはあるのだが、力及ばずだ。人生の春に見た幻に裏切られ、年老いてなお夢を見る。残酷な話だよなあ。
はあ・・・。
Gはなあ、俺が東公園の神に推薦したんだ。年齢は少し足りなかったんだが、会員増強月間だったからな。彼は、東公園の神になったよ。資質があったからなあ。
資質ですか?
そうだな。彼は、老境を迎え、夫婦で暮らしている。穏やかな生活なのだろう。多少の波風はあったようだが、穏やかな生活だ。俺は、彼に東公園の神になって欲しいと思ったよ。東公園の神は不在だったんだ。彼の奥さんも、良くできた人のようだね。
そうですね。羨ましい限りです。
まあね、女房に先立たれると寂しいもんだなあ。君もそうだろうが・・・。
仰る通りです。最近は、ネガティブな感情を受け入れるようになりました。
ほう、どんな?
寂しいとか、辛いとか、泣きたいとか・・・。それまでは、そんな感情を否定していたんですが。
なるほどね。


ところで君、西公園の神にならんか?
いや、恐れ多いことです。
なあに、俺も歳だし、老い先短いだろうから、俺の跡を継ぐんだ。
はあ・・・。
だが、すぐにじゃない。俺がダメになったらだ。ただなあ、人生コロコロ、一寸先は闇だ。どうにもならんよ。俺は無力だ。


(西公園の神と別れ、自宅に帰ったエム。焼酎のお湯割を飲み始める。こじんまりした住宅だ。妻が存命だった頃から、喫煙は自室でと決めていた。妻が亡くなった後も、そうしている。)
(杯を重ねるうちに、夕暮れ時になる。それなりに酔いが回るが、心地の良いものではない。自分が何をやり残したのか、漠然と考えるエム。重苦しい気分になる。考えてみれば、若い頃から、なんの憂いもなく眠りに就けたことが少なかった。辛い旅路だったと想う。)
(パソコンで動画を見ながら、飲酒喫煙を繰り返すエム。やがて静かな住宅街を闇が包むだろう。)





=屋根裏部屋の少年ⅩⅨ=
(土曜日の朝、バス停で待つデビッド。ほどなくマディーとスワンが来る。バスが来て、後部座席に座るマディーとデビッド。デビッドの隣に座ろうとするスワンをマディーが制する。)
スワン、そこはエコーの指定席だ。遠慮してくれ。
知らなかったわ。(気まずそうに席を移るスワン。)


(JR駅前でエコーが乗って来て、スワンの横を通り過ぎ、デビッドの隣に座る。雰囲気を察したマディーが口を開く。)
おい、おまえら、今日はEランクの1戦目で飛んでもらう。センターにエコー、左翼にスワン、デイブは右翼だ。
・・・・・・。
スワン、バトルで重要な事はなんだ?
チームワークと自己犠牲です。
他には?
それを徹底すること・・・たとえ誰に評価されなくても。
(こいつ・・・。)


(Eランク一組目、3ラウンドのバトルを終え、食堂のテーブルに着くエコーとスワン。)
スワン、お爺さんと一緒に住んでるの?
本当のお爺ちゃんじゃない。・・・でも、お互いに一人だから、足りないところを補い合えれば良いと思ってるわ。高校を卒業してからも、居て良いって言ってくれてるし。
そう。
一人暮らしは、不便だわ。・・・デビッドは居ないの?
打ち合わせがあるんですって。そのうち、来るでしょう。
デビッドとは長いの?
中学の頃から、私がね。彼は、学校に行ってなかった。土曜日戦争で会ったの。初めて会った時のことは、今でも覚えている。送迎バスのバス停だった。
ロマンティックね。
もっと散文的だよ。乾いた荒野みたいにね。でも、そうした荒廃の裏側に残された力を感じるには充分だった。
何を言ってるのか解らないわ。
そうねえ、今頃の草木は狂ったように枝葉を伸ばす。でも、季節が巡れば、草は枯れ木は葉を落とす。
・・・・・・。
彼が教えてくれたの。心配することはないって。
だからデビッドの隣は、あなたの指定席なんだ。送迎バスに指定席があるとは思わなかったよ。
指定席?
朝、バスに乗ってデビッドの隣に座ろうとしたら、マディーに止められたの。
それで、機嫌が悪かったんだ。
そんなことないよ。


高校を卒業したら、大学、短大、専門校と選択肢があるわ。
何を勉強するの?
まだ決めてない。漠然としたイメージはあるけど・・・。どこかに所属できれば良いの。
それって、そんなに大事なこと?
・・・あなたには解らないでしょうね。
不愉快だわ。
(デビッドがトンカツ定食をトレーに乗せて、二人の席に来る。)
悪かったね、打ち合わせが長引いて。すぐに済むから・・・。
デビッド、ゆっくりで良いわ。良く噛んで食べて。
ああ、そうするよ。・・・今日は運が良かった。君達のお陰で勝てた。
(昼食が終わり、トイレに立ったエコーを待つ。)
スワン、一緒に帰る?
いいえ、午後のバトルを観戦する。
そう、熱心だね。
私、この場所を失うわけにはいかないの。
解った。先に帰るよ。
次は、再来週ね。
うん、一緒になるかどうかは判らないけど。
そうですね。
(エコーが来る。)
お待たせ、スワンは?
午後のバトルを観るんだって。
そう・・・帰ろう、デイブ。
ああ、そうしよう。
(バス停まで歩く。ドライバーが少し離れた灰皿の前でタバコを吸っている。)
よう、デイブとエコーか。まだ5分ほどあるぞ。朝のお嬢ちゃんはどうした?
スワンは、午後のバトルを観戦するそうよ。
そうか。(ドライバーが、意味ありげに口角を上げる。)
・・・お爺さん、何か言いたいことありますか?
ハハハ、無いよ。エコー、今日は J R駅前で良いのか?
いいえ、東公園よ。


なんか押しかけるみたいで、悪いね。
気にするな。今日は母さんが外出している。好都合だよ。
私達、コソコソしている?
ハハハ、そうかも知れない。そのほうが、楽しい。
そうですね。
(東公園でバスを降りる。)
少し早いがティータイムにしよう。フルーツケーキがあるはずだ。
はい。
(屋根裏部屋で紅茶とケーキの時を過ごす。)
デイブ、今日は疲れたわ。
そう、僕もだよ。
久しぶりのセンターだったし、スワンがどう飛ぶのか解らなかった。
彼女は良くやったよ。
私も、そう思う。・・・でも、彼女、生意気だわ。
・・・スワンは、共に戦う仲間だ、エコー。
私、仮眠をとる。ベッドを借りるわ。
(ブラウスとコットンパンツを脱いで、ベッドに潜り込む。)
エコー、君のアンダーウェアって黒じゃなかった?
それは、バトルの時だけ。着替えたの。
そうなんだ。
もう話しかけないで。
(コットンパンツを整え、ブラウスをハンガーに掛けるデビッド。「こんな所で、よく眠れるなあ。脱ぎ散らかしているし。案外、図太いんだ。」)


エコー、起きてくれ。
・・・う〜ん、やだよ。
まあまあ、そんなこと言わずに起きてくれ。帰る時間だ。
起こして。一人じゃ起きられない。
(渋々手を貸す。「そんなわけないだろ。」)
おい、どこへ行くんだ?
トイレ、ついてこないで。
(トイレから戻り、服を着るエコー。)
用意できたわ。
・・・送って行くよ。


(エコーをバス停まで送り、家に戻ると母が帰っていた。)
お帰り、母さん。
ただいま。誰か来ましたか?・・・エコー?
どうして?
キッチンにティーカップが二つ出ていた。・・・どうなの?
はい。バス停まで送って来たところです。
私の留守中に来て、私が帰宅する前に帰ったのね。
たまたまです、母さん。


(帰宅するスワン。)
ただいま、お爺ちゃん。(書斎兼寝室で机に向かっているエムに声をかける。)
ああ、おかえり。今日はどうだった?
勝ちました。
それは良かった。
ねえ、お爺ちゃん、デビッドって知ってる?
デビッド・・・?
デビッドとかデイブと呼ばれている土曜日戦争の戦士よ。
屋根裏部屋の坊主か、少しは知ってる。
どんな子?
う〜ん、中学に入ってすぐに不登校になった。理由は知らない。マディーとGが土曜日戦争に誘った。
普段は何をしているのかしら?
朝、同年代の子等の目を避けるようにしてジョギングをする。屋根裏部屋に戻り、その日を過ごす。そう聞いているよ。
普通の生活じゃないね。
そうだな。・・・坊主に関心があるのか?
はい。
坊主にはオンリーがいるんだろ?・・・ステディって言うのか・・・。
はい。
なら、やめておけ。おまえのボーイじゃない。
・・・・・・。
スワン、おまえは頭が良いし素直だ。見た目も悪くない。そういう娘の望みは、いずれ叶うものだ。
気休めでも嬉しいわ。




=楽園の狂人ⅩⅨ=

(エムの書斎兼寝室。スワンがベッドに腰を下ろし、静かに話しかける。)
お爺ちゃん、やらかしちゃったね。
ああ、面目ない。おまえが気付いてくれたのか?
そうです。帰りが遅いので、駐車場まで出てみて驚いたわ。お爺ちゃんが俯せに倒れていた。救急車を呼んで病院に連れて行きました。憶えている?
・・・いや。
ダメねえ。怪我は大したことなかったんだけど、深酒してるからねえ。体調が戻るまで大変だわ。・・・年寄りだし。
だよなあ。
まあ、お酒を控えて、一週間もすればなんとかなるよ。
そうかなあ・・・。
昨日の今日だから、落ち込むのも当然だね。昼過ぎまで眠っていて、何も食べてない。・・・気をしっかり持たないとね。


早めに夕食を用意するわ。
あまり食欲がない。
お粥を作るからね。一口でも良いから食べなさい。
うん。


お爺ちゃん、私、明日は学校だからね。昼までには起きて。午後にGが来る。
Gに声をかけたのか?
はい。今日は振替休日だったから、私が付き添えたけど、明日からは学校だから、Gにお願いしました。
あいつ、迷惑じゃないかな?
どうでしょうか、Gは快く引き受けてくれましたよ。うちで一番高いウヰスキーのロックをご馳走すると良いわ。でも、お爺ちゃんは薄い水割り一杯だけにして。
一番高いウヰスキーって言ったって、大衆酒だ。
それでも良いのよ。


(翌朝、エムが目を覚ましたのは10時過ぎだった。体が重い。モーニングカップでミルクティーをゆっくり飲む。PCで動画を見ながら喫煙。)
(胃が重く、食欲が無い。午後一時過ぎにGが来た。)
こんにちわ。(エムの額の擦り傷を見ながら、Gがニヤッと笑う。)頭から突っ込んだのか?
そのようだ。
大丈夫か?
まあ、頭部の画像診断をしてくれたようなんで。
そうか。後は、その擦り傷か。すぐには消えないな。
・・・半月もすればなんとかなるだろう。
楽観的だ。


ウヰスキーのロックでも飲んでくれよ。
ありがと。
俺は、やっと色が付くくらいの水割りを小ジョッキ一杯だけ・・・。
自制してるのか?
それもあるが、スワンに言われてるんだ。自責の念に駆られてるよ。
良くないな。自責の念は、心を弱くする。
心を強くすれば克服できるのか?
心や精神は、直接的に強くすることは出来ない。
そうか、残念だ。
・・・方法がないわけじゃない。


なんか気になる事はあるか?
体調が良くない。
飲み過ぎたからだ。
夜、眠れない。
昼寝しているからだよ。
・・・・・・。
なあエム、君は今、困難な状況に居る。気分は落ち込み、自責の念に駆られている。精神的安定と内面の平穏を保つ必要がある。
・・・そうだな。
酒を控え、遅くも11時前には寝る。
その時間じゃ眠れないこともある。
横になっていれば良いんだよ・・・。


(しばし会話が途切れた後、エムが深く息を吸って吐く。)
G、神は居るか?
・・・言うまでもない。
神の存在を証明できるか?
神は、その存在を問う存在ではない。
そうか・・・。


(Gと入れ替わりに、スワンが帰宅する。)
お爺ちゃん、気分はどう?
まあまあだよ。・・・スワン、高校生活はどうだ?
お爺ちゃんと同じで、まあまあです。
楽しいか?
微妙です。
友達は居るのか?
気になる子は居るよ。
男か?
残念ながら、違います。
・・・・・・。
お爺ちゃん、そんな顔しないの。・・・私は、可哀想な娘じゃない。一応、言っておきます。お爺ちゃんには感謝しているけど、憐れんで欲しいわけじゃない。
そんなつもりはないが。
顔に出ていましたよ。
ハハハ、そうか。これからは気を付けよう。
夕食を用意するわ。薄めの水割りも一杯つけます。
ありがと・・・。


(夕食の後、自室に戻り机に向かう。)
(深夜、エムは夢を見た。ベッドの中で、妻と一緒だった。短い夢だった。目を覚まし、妻を探した。「二階に行ったのか?」と思い、自分が一人だと気付いた。妙にリアルな夢だった。)
(・・・頭を打ったせいかな?あいつが死んで何年も経つのに。)


(スワンが学校から帰って来る。)
ただいま、お爺ちゃん。
ああ、お帰り。
今日は何してたの?
仮払いの清算に、病院に行って来た。その後、市役所の食堂で昼食だ。
何を食べたの?
日替わり定食、ジャンボ鯵フライだったよ。
そうかあ、なら夕食は軽めだね。


(夕食のテーブルに着くエムとスワン。無口なエムを気遣い、スワンが話しかける。)
この前、Gと何か話しましたか?
うん、神について少し・・・。
興味深いわ。・・・神の王国の話ですか?
いや、まあ、そういう話でもないのだが・・・。
そうですか。
スワン、王国に興味があるのか?
はい。でもね、お爺ちゃん・・・お爺ちゃんの王国は無いのよ。精通の頃の少年ならともかく、年老いてまで見る夢じゃありません。・・・王国は消えたんじゃない。始めから無かったの。
・・・・・・。
ごめんなさい、偉そうなことを言いました。水割り、もう一杯サービスするね。
ああ、ありがとう。
(薄い水割りを、少しづつ口に運ぶ。スワンが満足そうに、その様子を見る。)


お爺ちゃん、私、もっとここに居ても良い?
もっと?
はい。高校を出てからも・・・。
良いよ。
本当に?
ああ、本当だ。好きなだけ居ると良い。


お爺ちゃん、今度の休みに、カジュアルウェアの量販店に連れて行ってくれる?隣町なんだけど・・・。
良いよ。



☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


(9月に入り、迷走台風の影響による雨などで、気温が下がったのだが、暑さがぶり返した。
土曜日の午後、バトルフィールドから帰ったスワンがエムに話しかける。)
お爺ちゃんの生活ってさあ、隠遁生活だよね。
まあ・・・・・・。
お爺ちゃん・・・お爺ちゃんは恥多い人生を送ってきたのかも知れないけど、誰も気にしませんよ。それに歳上の方々は亡くなっているでしょ。
ああ、そうだな。
お爺ちゃんを知っている人は、だんだん少なくなっていく・・・そう思うと気が楽になるよね。
うん、そうかなあ。


お爺ちゃん、私、ひらめいた。
それは凄い、何かな?
18歳になったら運転免許を取ります。
スワン、それは思い付きだ。
似たようなものでしょ?・・・ひらめきと思い付きって。
ひらめきはインスピレーション、思い付きはランダム・アイディアかな。ニュアンスが違う。
お爺ちゃん、細かい事は気にしない方が良いわ。
ハハハ、そうか。
人生は、前向きに生きなくちゃ。


そう言えば、おまえのナンバー2はどうしてる?
お爺ちゃん、私は男に順番は付けないって言ったよね。フクナガ先輩のこと?
ああ、そんな名だったな。小説を書いてるとか・・・。
はい・・・そうです。
どんな小説を書いているのかな?
良くは解りません。・・・彼、遅筆だから。

   令和6年9月9日

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