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老人の夢と孤独Ⅶ


令和4年10月26日(水曜日)の昼頃だった。失業中の僕は、東公園で変わった老人に会った。彼は、僕にアルバイトを紹介してくれた。失業保険が切れそうな中年男に同情してくれたのだろう。1日6時間、週4日、時給1000円という控えめな待遇だ。

(翌週の月曜日に出勤すると、僕よりは、だいぶ年下の女性が居た。履歴書を提出した時にも居た。)
おはようございます。今日からお世話になります。
Oさんですね。理事長と専務から聞いています。秦野と申します。
はあ・・・事務職だということでしたが、具体的には何も聞いていません。
小さな団体ですけど、しなければならない事が多くて、私一人の手には余ります。分担していただけると、ありがたいです。
はい。
私、あなたの履歴書を拝見しております。私からも自己紹介をさせて下さい。
どうぞ。
夫と子が二人、息子と娘です。県営住宅に住んでいます。ここのパートは、今年の1月から。張り紙をを見て応募しました。あなたより一回り年下ですから、敬語の必要はありません。また、土曜日はバトル・フィールドの事務局にも・・・。
上手な自己紹介だよ、秦野さん。堅実な生活が眼に浮かぶようだ。
ありがとうございます。

僕は、地元の進学校から首都圏の中堅大学を卒業し、社会の荒波に乗り出した。就職、結婚と人並みのステップを踏んだ。
僕の悲惨な高校生活の話をしよう。地元の進学校に合格したことで、父母は喜んでくれたのだろう。父は無口な男で、頑なに出勤していた。車通勤に拘る人で、それだけは譲れないようだった。まあ、会社に行って給料を得ていた。高校2年になった頃、一学年上の男子生徒が自殺した。僕は、無関心だった。その事とは別に、自殺マニュアルを読んだりしていたのだが。
その頃、高校中退者が増えたことを憂慮した文部省が、配慮するようにという文書を出したと聞いた。真偽のほどは分からない。
なんとか進級した3年の夏、隣町の進学塾の夏期講座に通った。その塾の模試で、いくつかの大学のB、C判定を得た。
結果的に、僕は高校を卒業し、合格した中堅私大を卒業した。



令和4年10月26日(水曜日)の昼頃だ。思えば奇妙な日だった。
前日、僕は昼過ぎから酒を飲んだ。
朝、重苦しい気分を抱えて目覚めた。
会社が倒産して失業、離婚、両親が残してくれた戸建で一人暮らし。最近は、散歩で暇潰しの日々だ。
億劫だなあと思いつつ門を出た。何も起こらないことは解っている。辛い日々だ。
その日は、少し歩いた後、東公園で時間を潰していた。
こんにちわ・・・その老人は、そう言った。


こんにちわ。
君も、散歩ですか?
まあ、そうです。僕、無職なんですよ。
無職?・・・それは大変だね。
会社が倒産しまして、再就職がなかなか・・・上手くいきません。
そうかあ。君、アルバイトする気ある?
アルバイトですか?
うん、小さな団体の事務職なんだが・・・。やってみるかい?
はい。
この辺に住んでるの?
ええ・・・。
そうか、バスで通勤できるな。JR駅近くの雑居ビルなんだ。
はあ・・・。
明日までに履歴書を用意して、行けるかい?
大丈夫です。
じゃあな、理事長に連絡を取るから。
(携帯で連絡をするG。)
よしよし、アポ取れたよ。明日の10時にこの場所に行くと良い。理事長は忍地という男だ。俺と同じ老人だが、事務局職員の任免権がある。リッチな奴だが、悪い奴じゃない。・・・じゃあ、俺は帰るよ。
はい、ありがとうございます。
(変な人だなあ。まあ、ほかにやる事もないし、行ってみるか。)


(翌日、9時29分のバスで、JR駅に向かう。スーツにネクタイは、久しぶりだ。事務員に案内される。)
初めまして、理事長の忍地です。
Oと申します。
G専務とは知り合いですか?
いえ、昨日、初めてお会いしました。
そうですか。・・・では、来週の月曜日からということで良いですか?
はい。
私は、次の予定がありますので、失礼します。


お話は、お済みのようですね。
正直、拍子抜けしました。来週の月曜日からの勤務になります。
よろしくお願いします。
いや、こちらこそ・・・。G専務って?
彼は、この団体の専務理事です。理事長は、このビルのオーナーで、専務とは信頼関係にあります。
信頼関係・・・。
年齢も近いですし、土曜日戦争の関係者でもあります。専務は有能な戦士だったそうです・・・。土曜日戦争はご存知ですか?
失業してから、ケーブルテレビで見ていました。午後になると、だんだんバトルが激しくなって、引き込まれました。
そうですか。今日は、これで終わりです。月曜日までに、机とパソコンを用意しておきます。
ありがとうございます。
これ、定款です。読んでおかれると良いでしょう。それと、些少ですが、交通費と昼食代とお考えください。
(プリントと茶封筒を受け取り、外に出る。茶封筒には千円札が2枚あった。)



(JR駅北口の階段を登り、改札口を通り過ぎ、南口への下り階段に差し掛かると、階段をゆっくり登ってくる老人に気づく。Gだった。老人が声を掛ける。)
こんにちわ。
こんにちわ。
いやあ、君に会えて良かったよ。面接、終わったんだね。
はい。来週の月曜日からです。
そうか。就職祝いに昼食を奢るよ。ハンバーグにビールでどうかな?
大変ありがたいのですが、心苦しいです。
ハハハ、気にすることはない。孤独な老人の昼食に、付き合って欲しいと言ってるだけだ。少し歩くけど、行こうか?
はい。


なんか、押しかけたようですまんね。老人は、寂しいものだ。人間関係を失い、孤独になる。・・・地獄だよ。
はあ・・・。辛いですか?
ああ、とても辛いね。君、会社勤めをしていた時、何人と人間関係を持っていた?
社員は百人以上居ました。
で、君は全員と人間関係があったのか?
いいえ、さすがにそんなことはありません。十数人かもしれません。
そうだねえ・・・。東京まで通勤してたの?
はい。


(小さなレストランに着く。)
ああ、ここだ。席があると良いが。入ってみよう。
はい。
(窓際のテーブルに着く。まずはビールのジョッキを合わせる。)
おめでとう。
ありがとうございます。



(食事を終え、Oと共にバスで帰宅するG。東公園前で別れ、自宅に向かう。)
ただいま。
お帰りなさい。・・・お父さん、飲んでいますか?
うん、ビールを少し。Oの就職祝いでね。
Oさん?
昨日、東公園で会った中年の失業者だよ。アルバイトを紹介したんだ。もう少し飲んで、昼寝しようかな。
はい。


(コップとコークのボトルを持って、2階に上がるG。PCの電源を入れ、タブレットを開く。PCで動画を再生し、タブレットを操作しながら、タバコに火をつける。)
(しばらく無為の時を過ごしていると、妻がドアをノックする。グラスを持っている。)
こんにちわ、お父さん。遊びにきました。私にも一杯下さいな。
(妻のグラスに、コークハイを。)
ありがと。この部屋、タバコ臭いね。
そうだろうね。
(妻はベッドに腰掛け、グラスを口に運んでいる。)
ねえ、お父さん、私たち家族が、ブロークン・ファミリーだと感じることがありますか?
・・・心の奥底では、しばしばあるよ。
私は、稀に、そう思うことがあります。そんな時は、怖れ、体が動かなくなります。外に出られなくなり、バスや電車にも乗れなくなる。とても怖いわ。
気持ちは解るよ。
でもね、そんな時、私は頑張るの。大地に倒れ込んでも、懸命に手足を使って立ち上がろうとする。やっとの思いで、立ち上がることができる。そんな夢を見ることがあるわ。
うん・・・。
もし、私たち家族がブロークン・ファミリーだとしたら、お父さんのせいだよね?
もちろんだよ・・・母さん。

   令和5年4月23日

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