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楽園の狂人ⅩⅤ


(天気が悪い。朝、ゆっくり起き、居間のテーブルでコーヒーを飲むG。)
エムに連絡してみようかなあ・・・。
気になることでもあるの?
うん、ちょっと間が空いちゃったからね。
なら、躊躇わないほうが良いですよ。
そうかな・・・。
お父さん、内向的だから。積極性が足りないのよ。
(二階の自室に行き、タバコに火を付け、スマホを手に取る。)
ああ、Gか・・・。
何してるのかと思ってさ。変わりないかい?
いやあ、昨日、食ったものが悪かったせいか、明け方から下痢が止まらん。少し、落ち着いたところだよ。
そうか・・・。後で顔を出すよ。
ああ、ありがとな。
(居間に戻るG。)
どんなご様子?
下痢してるって。
こんな悪天候の日に、お一人で、体調が悪いんじゃ心細いでしょうねえ。お見舞いに行きますか?
まあ、見舞いってことでもないが、顔を出すって言っといたよ。
・・・お粥を用意するわ。少し温めれば良いようにしておきます。それと、焼酎ね。薄めのお湯割りで飲んでね。ほろ酔い加減までにするのよ。
焼酎、あったかな?
大丈夫よ、ホマチがあるの。私に任せて。


(小雨模様の寒い中、エムの家に着く。)
なあG、時には悪天候も気休めになるなあ。
そうか?
巣に籠る言い訳になるよ。
そうだなあ・・・エム、誰も君を責めはしない。
識ってるよ。この家では、誰も俺を責めはしない・・・俺以外はな。いやあ、人の心も弱いもんだな。いくらか腹が痛むだけで折れそうだ。
痛みは、養生しろっていうサインだ。無視しちゃダメだよ。まずは正露丸でも飲むと良い。あるかい?
うん、どこかにあるはずだが。
まあ、今日はお粥を食べて、薄めのお湯割りを飲もう。一晩様子を見て、明朝になっても治らなければ正露丸を飲むのも良いんじゃないか。・・・エム、死にゃあせんよ。
ああ、そうだな。


エム、そろそろ帰るよ。(一刻者の四合瓶が3分の2ほど空いている。)これ、置いて行こうか?
ありがたいね。
過ぎないようにな。
ありがと・・・。
食い物はあるのか?
3、4日はなんとかなるよ。ラーメン、焼きそば、チンするご飯がある。卵、豚肉、刻み野菜が少しづつ。充分とは言わないが、餓死する事もあるまい。
そうだな。明後日、また来るよ。
うん。


(家に帰るG)
お帰りなさい。エムさんはどうでしたか?
あまり元気じゃないね。もともとネクラだし・・・。不機嫌なタイプだ。
そうですか。・・・焼酎の空き瓶はどうしました?
3分の1ほど残ったので、置いてきたよ。
ずいぶんセーブしたんですね。
まあ・・・。あまり話も弾まなくてね。そこそこにして切り上げた。
よく出来ました。・・・早めに夕食を済まし、横になりましょう。私、雨に日には眠るのが好き。
同意するよ、俺もだ。
(夕食の食器を片付けながら、妻が話し掛ける。)
お父さん、私、用無し人間になろうかな?・・・気が楽になると思うの。
そうかい?
こんな日にね、ベッドに横になっていると、そう思うわ。



お父さん、先に横になるね。(片付けを終えた妻が言う。)
うん。俺も・・・。今日は、ありがとな。
良いのよ。飲み過ぎないで・・・。
ああ、大丈夫だ。
(妻が自分の寝室に行った後、ウヰスキーのロックを一杯飲み、二階の自室に行く。6畳ほどの洋間、窓際にベッド、背中合わせに机と椅子。)
(机に向かい、PCでニュースをチェックし、動画を見る。タバコを一本吸い、ベッドに潜り込む。横向きになって体を丸めるも、なかなか寝付けない。うつらうつらしていると、妻が来た。)
こんばんわ、私も入れて。
(背中を向けて横たわる妻を抱きしめるG。)
・・・ちょっと寂しくなっちゃった。
そういう時もあるさ。

ワタシネ、オトウサンガ、ハヤクネタアトデ、モットオサケヲ、ノンダコトガアッタノ。
カゲンガワカラナクテネ、ノミスギテ、ヤットべっどニイッテ、ヨコニナッタ。
ユメノナカデ、ワタシハ、イマミタイニ、オトウサンニ、ダキシメラレテイタノ。コノママ、シネレバイイナアトオモッタワ。
ヨウナシニンゲンニナッテ、ヤスラカニシヌノ。
シアワセナ・・・ユメヲ・・・ミタワ・・・。
ソレカラ・・・ナンドカ・・・オナジヨウナ・・・ユメヲミヨウトシテ・・・オサケヲ・・・ノンデミタケド、オナジヨウナ・・・カンカクヲ・・・エルコトハ、デキマセンデシタ・・・。
ドウスレバ・・・イイノカナア・・・。オトウサン・・・ユメニチカヅクコトッテ・・・デキナインダネ。

(小用に立つG。妻は小さな寝息を。Gは階下に降り、妻の寝室に行き、妻のベッドで横になる。両腕を胸の前でクロスし体を丸める。尿意が気になるが、程なく眠りに着く。明け方まで、二度ほど小用に立った。目覚めて、居間に行くと妻がキッチンに立っている。)
おはよう、お父さん。昨夜はごめんね。
いや・・・。
すみません、また、生きちゃった。
・・・俺もだよ。
朝ごはん、食べよ。
うん・・・。
午後になれば、お酒を飲んで、他愛もない夢を見れるわ・・・。
そうだね。
夢を、夢見れば、良いじゃない。


(翌日、エムの家を訪れるG。昼時だ。)
エム、具合はどうだ?
ああ、お陰様でだいぶ良くなったよって、そうでもないのだが。奥さんには世話になった。
うん・・・。用無し人間になりたいって言ってる。
そうか、興味深い。
老婆の戯言だよ。
・・・だとしてもだ。俺たちよりは、賢いのかもな。・・・まあ、一杯やろうか。
うん。(ビールのグラスを合わせる老人達。)


G、息子さんはどうしてる?
うん、勤務先が少し遠いんだ。東京の本社に来る時は、千葉で女房と会ってるようだ。
君は、会わないのか?
まあ、なかなかスケジュールが合わなくてな。・・・避けてるわけじゃない。
そうか・・・。焼酎にするか?・・・定番の量販品だが。
良いね。・・・息子と会うと、2、3日、女房の機嫌が良いんだ。
G、意地を張るのは良くない・・・。
ハハハ、君もな・・・。エム、親子の関係は微妙だなあ。
・・・同意するよ。想いはあるのに、伝え方が解らない。つい、引いてしまうんだよな。
俺もだ。
(薄めのお湯割りの杯を重ねる老人達。)
俺、明日の昼食はトマトのサンドイッチにしようかなあ・・・イメージはあるんだ。
うん。
食パンの耳を落として、トマト、レタスにカラシを少々・・・美味いだろうなあ。今夜、夢に見そうだ。
(小柄な猫がエムの足もとに寄ってくる。)
ベイビー、まだ時間じゃないよ。
(エムが話しかけると、伸ばしかけていた手を引っ込め、やや離れて座り込む。その様子を見ていたG。)
・・・賢いなあ・・・君の言うことが解るのか?
ハハハ、解るわけないよ。少しすれば、また来る。でも、時間は守るようにしているんだ。3時までは待ってもらう、時間厳守だ。
まあ、共同生活には、ルールが必要だからな。
G・・・イニシアティブは・・・俺には無いよ。主導権を握っているのは彼女だ。
彼女?
年老いた雌猫なんだ・・・お婆ちゃんだよ。

   令和5年11月23日

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