Man in a House Ⅳ
1 スパロー
疑いようの無い自我。
{
ター坊、今度の休みの日、Gに会いに行ってみない?
良いよ。・・・どうして?
気になるのよ。Gは奥様と二人暮らしだから、私だけでは行きづらい。
そうか・・・俺からGに連絡しようか?
はい。助かるわ。お願いします。
}
{
ター坊、私たち結婚の約束したよね。
ああ、強引に押し切られた。
いつまで有効?
期限があるのかい?・・・そんな約束なら、ライフタイムだろ・・・。沙羅、違えるなよ。
・・・はい・・・。
}
ーーーーーーーーーー
{
G、今度の休み、行っても良いか?
構わんが、どうした?
沙羅が、あんたに会いたいんだって・・・。俺も一緒に行っても良いか?
勿論だよ。
じゃあさあ、午前中に行くよ。昼飯前には帰る。迷惑じゃないか?
若造が、気を使うな。
はい。・・・酒、買って行こうか?
ハハハ、小遣い程度で買える酒ならな・・・。
}
ーーーーーーーーーーーーーーー
{
(休日の午前、G宅を訪れるター坊と沙羅。)
よう、ター坊、良く来たな。スパローも・・・。
こんにちわ・・・。
うん、ター坊、俺の部屋で話そうか?
はい。
スパロー、女房の相手をしておくれ。
はい。
}
ーーーーーーーーーーーーーーー
{
G、この部屋、タバコ臭いね。
そりゃあそうだろ。タバコのヤニが染み付いてる。加齢臭もあるか?
解んねえな。それほど敏感なタイプじゃないしね。
ター坊、最近はどうだ?
相変わらずです。月金は学校、土曜日はバトルフィールド、日曜日は沙羅と昼飯食ってさあ。つまらない話をしてるよ。・・・あと、金を貯めようと思ってる。
理由があるのか?
学費だよ。大学も選択肢の一つだからね。・・・午後に飛べるようになって、報酬も倍増だ。今のうちに貯めておかないとね。
堅実だな。
俺、あまり取り得がないからさあ。地を耕すように、地味に生きるよ。
耕す土地があるのか?
G、ものの例えだよ。・・・近道は無さそうだから、少しづつやるよ。
夕暮れて道半ばか・・・。
いや、俺、老人じゃねえし。・・・日暮れて道遠しだっけかな・・・。
どっちでも良いじゃないか。意味は同じだ。
}
{
G、俺、親父のこと知らねえんだ。
そうか・・・。苦労したかい?
いや、そうでもないよ。
強がるな。
うん。・・・でもさあ、そんなの俺だけじゃないだろうし、どこにでもある話だよ。
なあ・・・ター坊、スパローを粗末に扱うなよ。
はい。そんな風に見えますか?
いや、余計なお世話だが、おまえには女を粗末に扱う男になって欲しくないからな。
G、俺のことを気遣ってくれてるのか?
ハハハ、若造が・・・。何言ってんだよ。
・・・親父がいたら、あんたのようだったかなと思ってさ。
・・・・・・。
G、そう思っただけだよ。
ああ、解ってる。俺、おまえの親父じゃねえし・・・。歳から言えば爺さんだ。
}
ーーーーーーーーーーーーー
{
(ダイニングキッチンでコーヒーを飲むGのワイフとスパロー。)
奥様・・・。
なぁに?
私、あなたのようになれますか?
あなたが望むなら・・・。
あなたはGと40年以上も一緒に居る。どうすれば、そうなれるの?・・・私が望むだけで、そうなれる の?
スパロー、それとも紗羅ちゃんと呼ぶべき?
どちらでも・・・。
紗羅ちゃん、ター坊と結婚するの?
はい・・・そうなれば良いと思っています。
そう。結婚したら、1日1日を過ごせば良いじゃない。特別な努力は要らない。時は自然に流れてい く・・・。
自然にですか?
あなたの想いがあればね。
私の想いって?
ター坊と一緒に居たいんでしょ?
そうですけど、ター坊はどうなんだろ?・・・気持ちは通じますか?
どうかな・・・。通じなかったら失敗ね。ハズレくじを引いたことになるわ。
・・・・・・。
あなたとター坊の問題です。
はい。
日々の生活を維持するのは、あなたかもしれない。炊事、洗濯、掃除・・・。ター坊は、あなたの努力を当 然のように受け流すかもしれないわね。
そんなの、ヤダなあ。
私もよ。・・・Gは心の中に飢えと怒りを抱えているから・・・。
何に飢えて、何に怒っているの?
さあ・・・私には解らない。彼の心の問題だから。
40年以上も一緒に居るのに?
理解できないこともあるの。たった一人の田舎の老人の、心の飢えと怒りに何の意味があるかしらね?
・・・無意味も意味だわ。
沙羅ちゃん、賢いのね。
・・・・・・。
Gはランブラーなの・・・お金持ちでもないし、見た目が良いわけでもない。・・・でも、誘惑するのが上手なの。それで40年・・・お婆ちゃんになっちゃった。
惚気てますか?
そうね、恥ずかしいことを言ったわ。
}
{
Gは、毎日、庭に出ているんですか?
そうね。短い間だけど、ほぼ毎日・・・草刈りの真似事をしているの。意地になっているように も見えるわ。最近、顔つきが変わってきた。
変わって?
そう、辛そうなの。
そうですか・・・。
まだまだね。お父さん、根性無しだから。
えっ?
根性無しなの。ター坊はどう?
・・・解りません。
そうよねえ。あなたの歳では、解らないよね。理解には、時間がかかるから。
どのくらいの時間がかかるんですか?
そうねえ、沙羅ちゃんの骨身に染みるまでかしらねえ。・・・そんな時が来ると良いわね。
はい。
あなたは素直だわ。とても良い。羨ましいくらいよ。私にもそんな時があったんだろうけど、忘れた。過ぎ去ったから・・・。
}
ーーーーーーーーーーーーーーーー
{
ねえ、ター坊・・・。
なんだよ?
今日は、ありがとね。
気にすんな。俺さあ、お前の側に居るから・・・。
私の側に?
ああ・・・二度と言わねえぞ。
・・・偉そうに・・・。
ハハハ、そうだよな。
}
2 マシュー
巣の中の雛
{
(2年前、家庭教師を引き継いだ櫂と先輩。)
私が、マシューの家庭教師になったのは、彼が中学を卒業する年齢になった頃だった。小学校の頃から学校に行ってなくて、ほとんどの時間を家で過ごしていたの。
はい。
母と、彼のお母様が知り合いで、声をかけてくれたの。お金を稼ぐ喜びを知ったわ。
私もです。
ちょうど、彼が土曜日戦争のブートキャンプで成績を上げて、戦士になろうとする頃だった。彼がリリーに会ったのもその頃でね。
リリー?
彼が初めてキスした女子・・・。背が高くて、瞳が大きくて、ボーイッシュなんだって。
でも、ヒデ君、家に閉じこもっていたのに、どうして?
理由があるらしいの。ヒデ君が土曜日戦争に志願したから、彼女の方から会いに来た。様子を見に来たの。・・・お母様は、ヒデ君を溺愛していた。でも、彼は自由奔放。土曜日戦争の戦士にもなれたし、報酬も得るようになった。新しい世界に飛び出して・・・。雛は、いずれ巣を飛び立つからね。無邪気にも、悪意を感じるわ。
・・・先輩・・・。
}
{
先輩、ヒデ君は高価な万年筆を持ってますよね。
そうね。私たちには手が届かないほど高価だわ。お母様の想いがこもっているペンよ。
そうですか。
百貨店のショーケースの中で、見つけたんですって。
・・・・・・。
私、気持ち解る。・・・だから、ヒデ君に使い方を教えたの。角度とか、筆圧とかね。
ヒデ君は、大切に使っています。
そう。良かった・・・。お母様は、必死だったんだと思うわ。
}
{
櫂ちゃん、あなたのお母様もそうでしょ?
はい。お母さんのナンバーワンは、お兄ちゃんだった。でも、失った。
残念でしたね。
お母さんは、醜く太ったお兄ちゃんの死に狼狽えて、泣きながら追いかけて、断たれました。
お気の毒だわ。
・・・受け入れなければなりません。
そうだよね。
・・・火葬場で待っている間、私たちは、驚くほど高価ではないけど、いつもの昼食よりは、はるかに高価な食事を、押し黙って食べました。お父さんは、烏龍茶を飲んでた。お母さんに運転させたくなかったから。・・・お父さんは、解りにくい人です。
・・・櫂ちゃん、ヒデ君・・・マシューは・・・ああいう子は良い子にもなるし暴君にもなる。
私には、荷が重いでしょうか?
能力のある子は難しいわ。でも、櫂ちゃんなら大丈夫。普通にやれば良い。
普通にですか?
そう・・・特別なことは必要ない。特別なことをしようとすると、長続きしないからね。
}
3 キャロル
鈍感と強欲(Gが、まだ若かった頃の不倫話。)
{
キャロル、神は居るのかい?
・・・G、あなたがどの神のことを言ってるのか解らないけど、神の存在を問うことは愚かなことです。神の存在を信じる必要はない。信じようと信じまいと、そうなるからです。人口減少の時代が来るかもしれない。
ふ〜ん。そうなのか・・・。
自然減ではない。意図的な人口減少です。
俄かには信じられんね。
・・・私たちは、危機に瀕している。家族の絆、国民の絆、肉親や仲間を想う気持ちが通じない社会が来るわ。・・・解らないよね。
うん、俺にはちょっとな・・・。
あなた、鈍感だから・・・。鈍感で強欲・・・。
おい、随分だな。
褒めているんですけど。
そうなのか?・・・もっと解りやすい話をしろよ。
はい、次からはそうするね。
}
{
G、労働力の再生産について考えたことがある?
さて・・・。
今日働く、明日も働く、労働に対する対価が必要だわ。
そうだね。
家族の生活を維持する対価が必要でしょ?・・・とてもエロティックだわ。労働力の再生産にかかるコストは、そんなに高くない。魅力的だ。
搾取か?
そうとも言う。でも、それは本質的な問題ではないかもしれない。
そうなのか?
はい。労働からも排除される時代が来るかもしれない。
}
{
キャロル、不倫してたのかい?
最初は、学生だった頃ね。彼には、権力があった。でも、それは彼に属するものではない。彼が、組織に所属している限り、彼には権力があるの。権力は、属人的なものではない。・・・彼には、それを利用する権利があったけど、あからさまにはしなかったわ。小振の雌牛だった私に、巧妙に軛を嵌めた・・・。
自分から望んだのかい?
いいえ・・・明確に拒みはしなかっただけ。・・・集団と権力の話、続けても良いですか?
どんな話だっけ?
集団の中ではね、凡庸な人間が権力を持つことがある。それが、時には悲劇につながるって話ですけど。
・・・難しそうだね。
不倫の話の方が興味深い?
まあ、解り易いし、劣情を刺激される。
私、若かったし、今より細っそりしてた。1年半くらい続いたわ。彼は強欲だった。
強欲?
そう思う。金銭的にはそうでもないけど、性的にはそうだったと思うわ。普通の男だったけど、大したことはなかったけど、普通の人の強欲ってあるでしょ?
そうかもしれないね。
見えにくいだけに怖いわ。
俺も、そうなのか?
うん、そうかもしれない。
キャロル、俺には優しくしてくれよ。
気持ちはあるけどね。・・・私、また不倫してる。G、私たちは胸を張れる関係ではない。日陰の関係だわ。何食わぬ顔をしていることはできない。
解っているよ。
別れようか?
ああ・・・。理由にもよると思うが・・・。
・・・・・・。
未練がましい真似はしないよ。
はい。
}
4 ジュード
放縦の対価と存在意義の喪失。
{
G、しばらくでしたね。
3週間だ。
そうですね。車で来ましたか?
いや、列車だよ。家からバスで駅まで出て、列車で来たよ。車だと駐車場の心配があるからな。帰りに、飲みたいと思っても飲めないし。
飲むこともあるんですか?
いや、今までは無いね。家に帰れば、飲めるし・・・。
自由気儘ですか?
そう言えば聞こえは良いが・・・。なあ、ジュード、自由気儘な人生なんてあるのかい?
短い期間なら、あるかもしれませんね。
君にも、そう思える時期があったのか?
はい。
そうか・・・。良かったかい?
いいえ。そう思ってはいません。その時は、酒も飲んだし、セックスにも溺れた。・・・でも、続きませんでした。浮かれた代償は払ったと思っています。苦しみと虚しさが待っていたから。
苦しみと虚しさ?
はい。正体を取り戻す苦しみと、それを得ることが出来ない虚しさ。・・・僕は誰なのかということです。
アイデンティティ ・クライシスかい?
ハハハ、そうですね。・・・厄介な問題だと思います。
}
{
ジュード、女性関係があるのか?
唐突ですね。
いや、そんな噂を耳にしたんでな。
・・・高校の同期で、バツイチ子持ちです。
そうか・・・。2度目の青春か?
人肌が恋しくなったんで・・・。
情に脆いな。
返す言葉もねえです。
ハハハ、ジュード、良いじゃないか。俺たちの人生はチープだよ。お子は幾つになる?
中学の男子です。
難しい年頃だな。・・・良い女かい?
そうですね。
ジュード、苦しいのか?
はい。
俺と同じだ。苦しみと虚しさはエンドレスだなあ。・・・でも、俺よう、それが存在のエッセンスだと思うな。
・・・・・・。
哀れな老人の末路なら、俺、知ってるよ。生きがいを失って、昼間っからテレビを見て、酒浸り。家族に当たらないだけましだ。当たる家族もいないかもしれない。・・・それ、俺だよな。
・・・・・・。
泣けるぜ。
}
{
G、次は3ヶ月後でどうですか?
うん。君の判断に任せるよ。
では、気をつけてお帰りください。
ありがと、まっすぐ帰ることにするよ。・・・女房が、待っていてくれるかもしれないからな。
はい・・・。
}
5 Country Oldman G
復権への道のり
{
お父さん、大事なものを忘れてない?
母さん、大事なものってなんだい?
そんなこと、決まってるじゃない。
そうなのか?
はい。昔から決まってる。これから先は、どうなるか解らないけどね。・・・心よ。
心?
うん、言い方はいろいろあると思うけど・・・。私、教養タイプじゃないからね。易しい言葉しか思いつかない。
心は、易しい言葉なのかい?
そう言えば、誰にでも解ると思わない?・・・そういう言葉が必要でしょ?
ああ、そうだね。
私たちは、心を頼りにして生きて来た。70年くらいね。子供達も、そうやって生きていると思う。
同意するよ。
だったら、お父さんもそうすれば良いんじゃない?
・・・出来るかな?
その気になればね。・・・心は目に見えないものを信じるからね。凄いでしょ?
・・・うん・・・ああ・・・。
お父さん、信じれば良いのよ。物事を複雑にしないでね。
・・・・・・。
お父さん、年老いて死ぬことは悪いことじゃない。・・・みんな、死ぬ前に死んじゃうから、それが問題ね。
}
{
お父さん、日本の人口、知ってる?
大体はね・・・。
15歳未満が12%、15歳から64歳が60%、65歳以上が28%くらいだそうです。15歳から64歳を生産年齢と言うんですって。65歳以上は非生産年齢って言うのかしら・・・。
聞いたことねえな。高齢者って言うんじゃねえの?・・・75歳以上は後期高齢者、85歳以上は末期高齢者と言うらしい。
あらまあ、随分露骨だこと。
お前百まで、わしゃ九十九まで、と言うし・・・。
ハハハ、お父さん、いつまで生きる気だよ。・・・まあ、あなたのことだから、途中で飽きちゃうかもね。
そうかなあ。
}
令和4年10月1日