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老人の夢と孤独


(一月も下旬になり、正月気分も抜けた頃、櫂からの電話を受けるG。)
東公園の神様ですか・・・櫂です。
ハハハ、普通にGで良いよ。
ねえ、G・・・お昼をご馳走したいの。来週の月曜か水曜・・・。
うん、ちょっと待ってくれるか?
(階下に降りるG。)
母さん、来週の月曜日、昼食に誘われた。
誰に誘われたの?
櫂だよ。
あらまあ、若い娘さんの誘いは断れないわねえ。
(その場で櫂に答える。)
じゃあ、月曜日でどうかな?
はい。11時30分でお願いします。
ーーーーーーーーーーーー
何かありましたか?
思い当たることはないよ。家庭教師の口を紹介したからかな・・・。


(月曜日は、小雨模様の寒い日だった。待ち合わせのファミレスに着くと、櫂が先に来ていた。)
櫂、元気そうだ。
それが、そうでもなくて・・・。
まあ、肉でも食べて元気を出そう。
はい。


屋根裏部屋の坊主はどうだい?
はい。英国数の3教科を教えていますが、学校に行っても上位20%に入る学力かと。他の科目は教えてないので解りませんが、頭の良い子です。私の担当は、3教科だけなので、年齢に関係なく進めようと思っています。
土曜日戦争ではどうかな?
評価は悪くない。でも、まだ子供だから、当分Fランクでしょう。チーフKもビリーも評価しているわ。それなりの資質があるそうよ。
そうか・・・。


デビッド、ジョニーの妹と付き合ってるの。・・・エコー、オマセだから。
エコー?
はい。自称です。私は会ったことがありません。ジョニーによると、成績は抜群なんだけど、性格に難があるそうです。
興味深いね。
中一の小娘です。・・・G、私ね、最近あまり上手く行ってないの。
具体的には?
家庭的にも、ジョシュアとも・・・。気持ちが空回りしている・・・。
そういう時もあるさ。
・・・気休めになりません・・・。


(暫しの沈黙の後、躊躇いがちに話し始める櫂。)
・・・元日の夜に・・・ジョシュアの部屋に泊まった・・・。
無断外泊か?・・・大胆だな。
いいえ、お母さんには言った。・・・お父さんにも謝った・・・。
ご両親は、何か言ったかい?
何も・・・。
そうか。
お父さんもお母さんも、快く思ってない・・・。感じるわ。
・・・ジョシュアとは、寝たのか?
(顔を横に振る櫂。)
残念だったね。
そうでもないよ。でも、気まずい・・・。
そりゃあ、ジョシュアは気まずいだろうな。
彼が?
俺が彼の立場だったら、大いに気まずいな。君の期待を裏切ったんだから。
・・・私、期待なんかしてないよ。
ボーイフレンドの部屋に泊まるということは、そういうことじゃないのか?
解らないわ・・・男の人は、そう考えるの?
うん・・・。ジョシュアと寝たこと、無いのかい?
はい。(櫂の頬に赤みが差す。)・・・恥ずべきですか?
・・・・・・。




櫂、お父さんはどうしてる?
ゴルフもやめて、最近は本を読んでいます。お父さんのこと、知ってるの?
うん、小柄な大人しそうな人だよね。電車で何回か見かけたよ。
・・・今でも、会社に通ってる・・・。定年になったら、どうするんだろう?
君が心配することじゃない。
会社人間だし、職を失ったらどうなるんでしょうか?
俺みたいになるかな・・・。不機嫌な老人に・・・。
G、不機嫌なの?
まあ・・・上機嫌ではないよ。一時の感情に価値を見出す気にはなれない。
そう・・・。お父さん、可哀想だね。
・・・櫂、不遜だ。・・・君は、いずれ巣立つ。父母を顧みることはない。
(黙り込む櫂。うっすらと涙を浮かべている。)
櫂、年老いるとな、些細なことで自分を責めるようになる。より強く、しばしば責めるようになる。・・・でも、君が気遣う必要は無いんだよ。
・・・・・・。
(トイレに立った櫂。Gが会計を済ます。)


櫂、送っていくよ。
会計は?
土曜日戦争とバイトを掛け持ちしてる君に、奢ってもらうわけにはいかんよ。
有難うございます。
(車の中で。)
G、不倫してたって本当?・・・噂で聞いたの。
・・・昔のことだが、事実だよ。
不倫て、楽しいの?
微妙だな。どちらかと言えば、楽しくない。もうしないよ。歳も歳だし、したくても出来ない。
後悔している?
いや・・・。さて、この辺だったよな。
はい。・・・今日は、ご馳走様でした。有難うございます。
まあ、不倫の話は、別の機会に、ゆっくりしようか。・・・ジョシュアには、君の方から連絡すると良いな。
はい。


(夕食後、自室で翌日の、家庭教師の資料を用意する櫂。何度か、ジョシュアに電話しようと逡巡する。概ね準備が出来た頃、携帯に着信が。ジョシュアだった。)
こんばんわ・・・櫂。(酔ってる。)
ジョシュア、飲んでるの?
うん、少しだけだよ。
そう、御用はなんですか?
おいおい、恋人に向かって、そんな言い草はないだろう。
3週間以上も放っておかれた恋人ですけど・・・。
ハハハ、そんなことか。
振られるかと思いました。
結婚を約束した男女の絆は永遠だよ。
・・・約束していないんですけど。
そうだっけ?・・・俺の部屋に来た時、約束したじゃないか。忘れたのか?
・・・ジョシュア、あなたは結婚しようって言った。私は、すぐには答えられないって言ったよね。
ああ、そうだった。・・・それで、婚約することにしたんだった。
違うと思いますけど・・・。
まあ、思い違いということもあるからな。・・・お前が思い違いをしていたとしても、俺は気にしないよ。
思い違いをしているのは、あなたです。
やれやれ、強情な奴だな。・・・それはそれとして、今度の土曜日なんだが、バトルの後、俺の部屋で夕食を食べよう。都合はどうかな?
・・・良いわ。
そうか、ピザでも取るよ。約束な・・・。
はい。



(翌、火曜日。Gが起きると雨が降っていた。昨日より寒い。)
おはよ、お父さん。昨日はどうだった?
そうだなあ・・・櫂は、ご機嫌斜めだ。
年頃の娘さんは難しいわね。・・・明日は雪になるかもしれないって。買い物に連れてって。
ああ、10時頃で良いかい?
そうね、少し多めに買っておこう。


(Gの運転で近所のスーパーに向かう老夫婦。)
お父さん、運転免許の更新しますか?
うん、そのつもりだよ。認知検査も実技もクリアしたしな。運転免許センターに行こうか、地元の警察署にしようか迷ってる。・・・消極的になるんだよなあ。夜道の運転とか、高速道路とか、どうしたもんかなあ。
自分で判断して下さい。
車がないと陸の孤島だからなあ。・・・頑張ってみるよ。
はい。あなたが頼りですからね。


(大きめのレジ袋を三つ。)
なんか、値段上がったわね。
そうか?
うん。・・・帰ろ。冷蔵庫に入れないと・・・。私たち、無力だわ。
良いじゃないか・・・昔から無力だったんだから。重い袋を持つよ。
ありがと・・・。
(レジ袋を二つ下げて、妻の後ろ姿を見ながら車に向かうG。)


タバコを買うのを忘れた。コンビニに寄るよ。
はい。お父さん、安いタバコを買おうなんて思わないでね。
どうして?
気持ちが萎縮する・・・もっと安い酒、もっと安いタバコ・・・やめてよ。
・・・いつものにするよ。
そうして・・・元々コスパの良い男なんだから。
丈夫で長持ち、白物家電的な男か?
そうだね・・・私には理想的な夫です。
・・・・・・。
お父さん、頑張ったね。
まあ、成功はしなかったようだが・・・。
良いじゃない・・・私と結婚できたんだから。
・・・・・・。
なぁに?・・・言いたいことがあればどうぞ。
・・・特には無いよ・・・。

       令和5年1月27日

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