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屋根裏部屋の少年ⅩⅣ


(11月になり、少し寒なった。散歩に出るG。東公園で少年を見かける。話しかけるG。)
よう、坊主、ママに追い出されたか?
はい・・・。G、人はなぜ狂うの?
どうした、坊主、何か思うところがあるのか?
はい。
言ってみな・・・自由に言って良いんだぞ。
僕、自分の心の中を追求したい・・・。
ほう、面白いことを言うもんだ。理由があるのかな?
うまく説明できません。
世界を染めたいのかい?
・・・そうかもしれません・・・。
・・・・・・。
G?
うん・・・。
クラスメートだった奴が失踪しました。そのことが、ずっと気になっていて。
いつ?
最近知りました。普通に高校に通っていたと思っていたんですけど。・・・彼は自分のヴィジョンに従った。僕には出来ないことです。
しなくても良いことだ。出来ないこととは違う。
・・・歩き続けて、遠くまで行った奴もいます。
そうなのか?
はい・・・途中で焼酎を飲んだって。
おいおい、未成年の飲酒はまずいだろう。
それは、問題じゃありません。僕は・・・遅れを取りたくはない。彼らの方が先に行ってる。
坊主、競う相手が違うよ。彼らはおまえのコンペティターじゃない。
じゃあ、僕のコンペティターは誰なんだろう?
競争相手が必要か?
そう思うことがあります。特に、なんか、虚しい夜には・・・。


虚しい夜ねえ・・・それってどんな夜だ?
どんなって、普通の夜です。・・・父は、僕に何も言いません。
そうかい・・・。
はい、言いたいことがあるはずなんですけど。無口で無表情な人です。
親父さんの気持ちを測ろうとしているのか?
そんなことは・・・。
そうか・・・辛いのか?
僕は、自分の感情に当惑しています。自分の気持ちを扱いかねています。
それで、遠くまで歩きたいのか?
・・・そうかもしれないけど、解決できる自信はありません。・・・G、親子ってなんですかね?
俺には解らないや。遅かれ早かれ別の道を歩むのだろうなあ。昔なら、親と同じ職業に就くこともあったのだろうが、今は時代が違うからな。
はい。
別の道を歩むんだ。そのことに、寂しさを感じる必要はない。・・・おまえと一緒に歩んでくれる人は、きっと居るよ。
そうかなあ・・・。
(遠くを見るような風の少年、その横顔を見るG。掛ける言葉が見つからない。)
・・・僕は、何を壊したんだろう・・・。
坊主、おまえに壊せるものなんて、何もねえよ。これっぽっちもな。
・・・それはそれで、残念だなあ。
(少年の痩せた頬を見るG。『違うんだがなあ。まあ、思いは伝わらないからな。』)


(少年と別れ、帰宅するG。昼食の用意が出来ている。)
ただいま、母さん。待たせたかい?
いいえ・・・でも今日はゆっくりでしたね。
ああ、屋根裏部屋の坊主に会って、少し話をしたよ。
そうですか・・・さあ、食べましょう。(冷蔵庫から缶ビールを出す妻。Gの頬が緩む。)細やかなランチでも、こうすれば満足感が増すでしょ?
そうだな・・・。
屋根裏部屋の坊やとは、どんなお話をしたの?
坊主は、幻を追いかけたいそうだ。難しい子供が考えそうなことだよ。
難しい子供?
集団に適応出来ないってこと。
集団に適応出来なければ、どうなりますか?
そうだなあ、運良く生き延びれば難しい大人になる。もっと生き延びれば、難しい老人になるだろう。
お父さんのように?
ハハハ、そうだなあ。ヤバイよね。まあ、人はいずれ死ぬから・・・。
お父さん、屋根裏部屋の坊やは私達の子ではありません。他の家の息子さんですよ。解っていますか?・・・過度の感情移入は危険です。たとえ、私達の孫だとしてもね。
ああ、俺にも分別はある・・・。


(Gと別れ、帰宅する少年。母と昼食のテーブルに着く。息子の口数が少ない。母が気遣う。)
母さん、○○君、帰って来た?
まだみたい。
彼は、なぜ家を出たのかな?
さあ、どうしてかしらね・・・。
なんで、見つからないの?
この社会の年間失踪者数は8万人以上です。
そんなに?
理由はそれぞれでしょうけど、網の目をすり抜けた人達よ。・・・儚い絆だからね。
父さんと母さんの関係も、儚い?
・・・そうは思わない。・・・普通ですよ。
そうですか。


(昼食を終え、屋根裏部屋に戻る少年。ベッドに横たわり、目を閉じる。いつの間にか眠り、夢を見る。)
(都会の雑踏のようだ。その中、やや離れた場所に○○君。声をかけ手を振る。振り向いた彼は中学に入学したばかりの頃と同じような表情をしていた。やや小柄で、はにかんだように控えめな笑顔を見せる。歩み寄ると、彼の姿は消えていた。辺りを見まわし、必死で姿を追うが、見つけることが出来ない。『網の目をすり抜けるって、こういうことなんだ。』諦めて、家に帰る電車の駅に向かう。御茶ノ水の古本屋街だ。)
(駅に着く前に目が覚める。自分がいつもの屋根裏部屋に居ることを自認し安堵する。ゆっくり体を起こし、タブレットを開き、ゲームの続きをする。『僕、怠惰だなあ・・・。』自責の念が・・・。タブレットを閉じ、黄色いメモ用紙と色鉛筆のカップを手元に寄せ、マインドマップのスケッチを描き始める。描いては丸めて捨てるを、繰り返す。左手首のウオッチを確認すると午後3時過ぎだ。スマホに着信、エコーだった。)
デビッド・・・話せる?
うん。
何してた?
今日は、散歩の途中でGに会ったよ。少し話をしてね。・・・昼食後は昼寝をしてた。
そう・・・。相談したことがあるの。
何かな?
部活のことなんだけど。
部活って?
様子を見ていたの。私に何が出来るかなって。それでね、演劇部か文学部に絞った。
ふ〜ん、君ならどちらでも良いんじゃない。
でも、演劇部にはスーパーヒロインが居るのよ。勉強も容姿も優れているの。だから、文学部にしようと思うんだけど。
文学部にも、そうした者が居るんじゃないの?
そうかもしれないけど、舞台に立てば一目瞭然、文章なら容姿を隠せるわ。
容姿を隠したいの?
そうじゃないけど、圧倒的な差を晒すのは嫌・・・。
そうかあ。
私の選択って、間違ってる?
エコー、間違ってはいないよ。でも、心の中に踏み込んでいくことになるだろうから、気をつけると良い。網の目をすり抜けないように。
なに?・・・意味が解りません。
良いんだ、君の意志を尊重するよ。
ありがと・・・。


3


(放課後、文学部の部室のドアをノックするエコー。)
開いてるよ〜。
失礼します。
(小さな部室の奥で、長髪の男が机に向かっている。エコーを見ようともしない。)
一年のエコーです。
なに?・・・入部希望?
はい。
物好きだねえ。言っとくけど、文学に未来はねえぞ。
はぁ・・・。
入部届、そこにあるから書いて。
(入部届に記入するエコー。)
書きました。
そう、見せて。
はい。(相変わらず机の上に目を落とし、書類を受け取る。)
?・・・ピッピッピ!・・・何だこれ?
私なりにキビキビ感を表現してみました。それは平坦に読むのではなく、このように読みます。「ピッピッピ!ピッピッピ!ピッピッピッピッピッピッピ!」です。
三三七拍子か・・・。プップップ!なら屁でポッポッポ!なら鳩だ。オノマトペか・・・面白い。部長、3年のタカハシだ、よろしく。
はい。
成績は最低、でも卒業はできる。就職も、ほぼ決まってるしな。
それは何よりです。
楽観的になれる状況じゃねえよ。人生は厳しい。・・・エコー、土曜日戦争で飛んでるだろ?
はい。
あいつ、なんて言ったかなあ、君と同じくらいの歳だ。中一の時、すぐ学校に来なくなった。
デビッドです。
そうそう、デビッドだ。ケーブルテレビを見て、ビックリしたよ。でも、嬉しかったなあ。あいつ、頑張ってるんだと思ってな。
彼は優れたウォリアーです。頑張っているだけではありません。頑張るだけでは足りないポジションを維持しています。
・・・特別な感情を持っているのか?・・・デビッドが好きなのか?
はい。
ふ〜ん。・・・ああ、入部手続は終わりだ。スケジュール管理は2年のフクナガがやってるから、近いうちに届けさせるよ。
いいえ、とんでもございません。私が伺います。
そう、じゃあそうして。話は通しておくよ。
ありがとうございます。


(後日、フクナガのクラスに行くエコー。一回目は空振りだった。日を置いて昼休みに訪ねる。)
すみませ〜ん。フクナガ先輩は居ますか?
(後ろの席の窓際で本を読んでいた男子が手を上げる。歩み寄るエコー。フクナガが立ち上がる。長身だ。)
初めまして・・・。
はい。
一年生のエコーですか?部長から聞いています。今年度のスケジュール表でしたね。・・・これです。
背が高いんですね。
ハハハ、総身に知恵が回りかねって、良く言われます。僕、けっこう頑張っているんですけどね。
・・・もし、気分を害されたのなら謝罪します。そういう意味ではありません。
承知していますよ。ところで君は進化論を信じますか?
・・・え〜、深く考えたことはありません。
そうでしょうねえ。でも、進化論には矛盾があるんですよ。僕は、創造論に興味を持っています。バイブルです。旧約39編、新約27編、大量ですよね。
・・・先輩、クリスチャニティですか?
いいえ、洗礼を受けているわけではありません。でも、興味があってね。
部長は、文学に未来は無いって言ってました。
あの人の言いそうなことだ。無くたって良いじゃないですか。無くしたものは、いつか見つかるかもしれません。
はい。
まあ、ゆっくり行きましょう。世界は一夜にして変わるわけじゃないから・・・。
はい。
(席に着き、ノートを開くフクナガ。名前入りのトラベラーズノートだった。細かい字がびっしりと並んでいる。立ち去るエコー。)

   令和5年11月10日

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