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恋の行方Ⅳ


ねえ、ジョシュア、お酒を飲んで昏倒するって、どういう感じなの?
そうだなあ、気が付いたら仰向けに倒れてる、俺どうしたんだって思うな。何度か起きようとするんだが、体の自由が利かない。まあ、なんとか起きてベッドに行ったよ。次に倒れた時は、頭から血が流れていた。覚えてないんだよなあ。
ヤバイね。
俺もそう思う。でも、飲みたいんだよ。
命を縮めても?
そうだね。
死にたいの?
・・・痛くなければ、苦しくなければ、今日でも良い。だが、痛いのは嫌だ。死が痛いか苦しいのなら、俺は死にたくない。
・・・・・・。
なあ、櫂。俺は自分の存在が消えることに、なんの不安も感じていないよ。ただ、自分が消え去る時に、痛いのは、苦しいのは嫌なんだ。
・・・弱虫だなんだね。


(土曜日、バトルの後、事務局に寄るジョシュア。)
こんにちわ。
あら、ジョシュア・・・久しぶりね。今日は?
休暇届の用紙を下さい。
ちょっと待ってね。
はい。
2、3枚あれば良いよね。・・・ジョシュア、死が痛くなければ、すぐにでも良いそうね?
えっ?
櫂さんに聞きました。随分と自分勝手で、痩せ細った考えですね。
・・・秦野さん、俺、あなたと死生観について議論するつもりはありません。
私では、不足ですか?・・・櫂さんとなら良いの?
解らないけど、ここで貴女と話すことではありません。
すみません、余計なことを言いました。
いいえ・・・。
悪く思わないでね。
はい。ありがとうございます。



(出入り口のベンチで櫂を待つジョシュア。櫂が若い男と二人で歩いてくる。ジョシュアに気付いた櫂が、連れの男と別れて歩み寄る。)
ABCクラブじゃなかったの?
気が変わった。今の男、誰?
戦略分析室の後輩です。
学生か?
慶應ボーイですって。
裕福な家庭の坊ちゃんか?
私生活のことまで話す仲じゃありません。単なる同僚よ、それも、土曜日だけの。
・・・タクシーを呼んだよ。俺のアパートに行こう。少し、話したい。
はい。


(JR駅近くでタクシーを降り、コンビニで夕食を購入してアパートに向かう。)
コーヒーを淹れるよ。ああ、座っていてくれ。
お弁当、食べても良い?お腹が空いたわ。
ああ、好きにしてくれ。・・・櫂、秦野さんと、何か話したか?
何かって?
個人的な話をしたのかなって思ってさ。
そうですか。しました。・・・秦野さん、賢い方だから。
賢い?
はい。彼女は、賢くて強いわ。私、あの人のようになりたい。
地味なオバさんみたいだけど・・・。おまえもそうなりたいのか?
うん、地味で賢いオバさんになれれば良いわ。

櫂さん、私ね、日暮れが待ち遠しいの。
どうしてですか?
大したことはできないけど、その日にすべきことが終わる。夜になれば、休息の時でしょ?・・・お布団の中には、良いことがあるからね。
・・・・・・。
私達の家族は、今まで夫の転勤について行って、何処にも土地が無いの。
はい。
出来るなら、この街で土地が欲しいわ。中古でも良いから、戸建ての住宅が欲しい。
・・・ジョシュアは、痛くなければ、いつ死んでも良いと言っています。
自殺願望?
どうなんでしょう。私には解りません。
厄介な彼氏ね。別れたいですか?
いいえ・・・。別れたいと思ったことはありません。
惹かれているの?
そうかも知れません。
だったら、行けるとこまで行けば良いんじゃない?
自信がありません。迷っています。
心を騒がす、手の掛かる男に惹かれるのよね。気持ちは解ります。
・・・・・・。

秦野さん、何か言ってたか?
いつ死んでも良いって言うような男は、厄介だって・・・。
俺のこと、貧相な奴だって言ってなかったか?
そういう意味のことを、言ったかも知れません。
おまえも、そう思うか?
・・・判断したくありません。
そうか・・・。
私の役割じゃないから。



ジョシュア、飲まないの?
うん、今は飲まない。おまえを送って行ったら飲むかもな。
私を帰したいの?
今日はね。
いつ、私を引き止めてくれるの?
おまえが、そうして欲しいのなら、いつでもだよ。でも、今日は送る。
はい。
(ジョシュアの軽自動車、助手席で黙り込む櫂。)


ただいま、お母さん。
お帰りなさい。今日は、帰ってきたのね。
はい。帰れって言われました。
そう・・・残念でしたね。
私、嫌われたのでしょうか?
今日は、そうかもね。・・・櫂、お父さんにただいまを言ってきなさい。
はい。


お父さん・・・ただいま。
おかえり。今夜はゆっくり眠れそうだな。
すみません。
ジョシュアと喧嘩でもしたか?
いいえ・・・考え方の違いというのか、意見の相違があって・・・そういうことでしょうか。
どう違うのかな?
痛くなければ、苦しくなければ、いつ死んでも良いんですって。
ハハハ、それでは当分死ねないな。人生は、そんなに都合良くは出来ていない。不都合なのが人生だ。
はい。
櫂、明日になれば元通りだよ。
・・・はい。


お母さん、お父さんにただいまを言ってきました。
そう・・・お父さん、何て?
今夜はゆっくり眠れるそうです。・・・明日になれば、元通りとも。
楽観的ですね。
お酒、飲んでいたし・・・。
お父さんて、なんかそういうとこがあるのよ。悲観的かと思えばそうでも無い。・・・変な人だよね。
お母さん、変な人と結婚したの?
違いますよ。好きな人と結婚したの。たまたま、変な人だった。・・・人の動機は人だわ。


私とお父さんはね、小さなアパートで同棲を始めたの。6月だったかなあ。あまり覚えていないんだけどね。
そうなの?
うん。それでね、ある日の午後、ケンカしたの。理由は覚えてない。きっとつまらないことだったと思うわ。私は、アパートを出て、当てがあったわけでもないんだけど、歩き始めた。そうしたら、お父さんが追って来て、私の手を掴んだの。帰って来いって・・・。どうしたと思う?
帰ったの?
そう、人生には、振り払っては、いけない手がある。たぶん、振り払わなければ、いけない手もあるんでしょう。でも、なんとなく生きて、ここまで来ちゃったから、もう、そんなに悩まなくても済むでしょうね。あの時、帰らなければ、あなたは居ない。お父さんは、大事な時に拒んだら、一緒になれない人だからね。
大事な時って?
その時には解らないけど、振り返ってみれば、そういう時だったっていうこと。・・・櫂、そういう時があるのよ。見失わないと良いわね。


(入浴後の自室。櫂の携帯に着信。ジョシュアだった。)
こんばんわ。
ジョシュア、飲んでるの?
ああ、少しね。お酒が友達だ。
何か?
明日、ドライブしようぜ。
何処へ?
まあ、遠出はしたくないんで、歴博に行こうか。昼食、奢るよ。
私、どうすれば?
11時頃に、田んぼの方に降りて来い。そこで、待ってるから。
はい。・・・ねえ、10時でも良い?
良いけど、どうして?
私のリズムに合うからです。朝、起きて、コーヒーを飲んで、さあ出かけようって気になる。もっと早くても良いよ。
いや、じゃあ10時にしよう。待ってる。
はい。

      令和5年4月29日

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