屋根裏部屋の少年
1 志願に向けて
{
(夜更かしをしたシンイチ。朝、8時過ぎに目を覚ます。父はすでに出社し、母がドアをノックする。)
シンイチ、降りておいで。朝食を済ましてくれないと片付かないの。
はい。すぐに行きます。
(階下に降りるシンイチ。テーブルに厚焼きトーストとコーヒー、野菜サラダが用意されている。)
おはようございます。
おはよ。夜更かししたの?
はい。土曜日戦争のDVD を見ていました。
面白いの?
うん。
}
{
母さん、僕、土曜日戦争に志願したいんだ。
志願って何?
土曜日戦争の兵士になりたいんだ。昨夜、DVD を見ていて確信した。やってみたい。
兵士?・・・おまえに出来るわけないじゃない。
母さん、僕はね、出来損ないじゃない。・・・学校には行けてないけど。
おまえが、出来損ないだと思ったことはないわ。・・・食べなさい。
はい。・・・母さん、これにサインして。
見せて頂戴。
これなんだけど・・・。
何よ、これ。
志願書と保護者の同意書です。
(書類を確認する母。)お父さんに相談してみないとねえ。
母さん、否定的ですか?
そんなことないって。
父さんが同意しないと、母さんも同意しない?
どうかな・・・。対立したくないからね。・・・今日はどうするの?
特に予定はありません。土曜日戦争のDVDを見るよ。まだ、見終わってないから。
}
{
(夜、9時過ぎ。駅まで夫を迎えに行く母。バス停の近くで夫を拾う。少しグレードの高い大衆車だ。)
ねえ、お父さん、土曜日戦争って知ってる?
知ってるよ。どうして?
なんで知ってるの?
まあ、僕もこの街の出身だから・・・。
シンイチがね、土曜日戦争に志願したいって言ってるの。保護者の同意が必要なんですって・・・。
}
{
(居間のテーブルで向かい合う二人。)
お父さん、これなんだけど・・・。
志願書、同意書か。良いよ、署名しよう。
もっと考えてほうが良いわ。
何を考えるんだい?
だから、息子のことよ。もし、土曜日戦争でも失敗したら、大変な事になる。
今以上に大変な事って何かな?
あの子、まだ13よ。挫折して、部屋に閉じこもって、同じ年頃の子と同じような事が、何一つ出来ない。夜更かしして、昼間も滅多に家から出ない。可哀想だわ。兵士になんて、なれるはずがない。
それは、母さんが決める事じゃないよ。
・・・私、父母の日に行ってみる。
入れるのか?
はい。東公園の神様が招待してくれるの。それから、決める・・・。
東公園の神様って、Gのことか?
Gって?
土曜日戦争のエリートだよ。退役しているが。
詳しいのね。
僕は、隠れファンだからね。
マッド・ブルのことも知ってる?
ああ、ケンちゃんだね。今は、午前中の指揮官だっかな。
あのケンちゃん?・・・あの子、ケンちゃんとマッチをしたんだって。
おいおい、指揮官相手にやったのか?
はい・・・勝ったそうです。
信じられんよ。遊んでくれたのだろう。
凄いことなの?
ジャイアント・キリングだ。普通に考えれば、あり得ない。・・・良いさ、僕は同意するよ。母さんも良ければ、署名するんだね。
はい。
入隊許可がおりたら、報酬は母さんが管理しなさい。
・・・お金を貰えるの?
詳しくは知らないが、子供には不相応な額らしい。
はい。
}
2 父母の日
{
(土曜日、Gの車でバトルフィールドに向かう。助手席に少年、後部座席に母が座る。)
さあ、行きましょうか。天気も良いし、楽しもう。
神様、お休みのところ、お時間をいただいてすみません。
お母さん、俺、毎日がお休みなんで、気遣いは無用です。バトルフィールドは久しぶりだ、楽しいなあ。
神様、僕、緊張します。
良いね。ほどよい緊張感か。ワクワクするって言うんだよ。
キッドとか、バンビとか、居ますか?
居るだろうね。マシュー、ター坊、スパローも居ると思うよ。
ヤバいなあ・・・。
ドンマイ、ドンマイ。会ってみれば解るよ。何の変哲もない若者達だ。ボクちゃんと同じだよ。
}
{
G、しばらくでした。
ああ、コマンダー。今日は、ゲストと一緒だ。
君が、ケンイチ君?マディーをやっつけたそうだね。
いいえ・・・マディーは手を抜きました。
そうですか。今日は、楽しんでね。
はい。
お母さん、シミュレーターに乗ってくださいね。人気メニューですから。
・・・はい。
楽しいですよ。
ーーーーーーーーーーーー
神様、今の人、ひよっこサム?
そうだよ。良く知ってるね。
土曜日戦争のレジェンドだ。・・・神様って、凄い人なんだね。
ハハハ、ぜんぜん凄くねえよ。場末の老いぼれだ。・・・オッ、マシューが居た。紹介するよ、行こうぜ。
}
{
マシュー・・・。
はい。・・・G、しばらくですね。
ああ、今日はゲストと一緒なんだ。シンイチ君とお母さんだ。
君が、マディーをやっつけたホープか。会いたいと思っていました。・・・細いね。不登校って、楽しい?
いいえ・・・。
そうかあ・・・。
マシュー、お母さんと飛んでくれないか?
良いですよ。お母さん、マシューです。一緒に、飛んでみましょう。
・・・私、経験がない。
大丈夫です。僕がサポートしますから。申し込んでおきますね。
ちょっと・・・。
マシュー、お手柔らかにな。
G、解ってるって・・・。
}
{
無遠慮な子ですね。
彼は、小学校高学年の頃から、学校に行ってない。今もね・・・。普通に行けば、高校3年かなあ。
すみません・・・知りませんでした。
どうでも良いことだ、ここではね。
(大画面に写るシミュレーターの様子を見る母。)
}
{
お母さん、時間です。行きましょう。
はい。(マシューの後を追う。)
トイレに行って。
えっ?
まれに失禁する方が居ます。それからスカート、このハーフパンツに着替えて。手短にお願いします。
・・・ええ・・・。
ーーーーーーーーーーーー
オシッコ、出た?
・・・少し・・・。
良いですね。準備しましょう。左利き?
いいえ。
ーーーーーーーーーーーー
そこのボックスに座って。ベルトで体を固定するよ。・・・どう?痛くない?
大丈夫・・・。
両肩は?・・・股はどう?
大丈夫です。
ヘルメットを被って。僕は隣のボックスに入るからね。
ーーーーーーーーーーーー
お母さん、良いですか?右のレバーを握って。
はい。
前後左右に少しづつ動かします。引いて。
キャッ・・・
強すぎです。強すぎず、弱すぎず、でもしっかりと握って。
難しいわね。
そう、勃起したペニスを握るように。・・・そうそう、良いですよ。じゃあ、行きましょうか。
}
{
G、終わったよ。
何をした?
後方宙返り、前方宙返り、錐揉み降下と急上昇、以上です。
やれやれ・・・。
楽しかったですよね、お母さん?
えっ・・・ええ。
(マシューが大型モニターに目を移す。)
あれ・・・シンイチ君、飛んでるの?
この後、ター坊が入る。
ワン・オン・ワンか・・・面白いなあ。でも、ター坊相手じゃ無理っしょ。僕、行くね。
ああ、ありがとな。
}
{
神様、何が始まるの?
シンイチ君がター坊と戦う。バックの取り合いです。バックを取ってロックすれば勝ちというゲームです。
シンイチは勝てるでしょうか?
ハハハ、無理無理、相手が悪い。3本取られて終わり。1分で終わるよ。まあ、見ましょう。
はい。
ーーーーーーーーーーー
おかしいなあ。
何です?
一本取るのに45秒もかかった。ター坊、梃子摺ってるなあ。
手加減・・・しているのでは?
しないね、相手が誰でも全力で取りに行く・・・。
}
{
負けちゃった・・・。
お母さん、善戦だよ。
これじゃあ、無理でしょ?・・・あの子、届かぬ夢を見て・・・。
判断するのは俺たちじゃない。予定通り、志願書を提出しよう。
・・・はい。
}
3 志願
{
お母さん、志願書と同意書を持ってきましたか?
はい。私が署名すれば、書類は整います。
署名しますか?
はい。
}
{
シンイチ君、お母さんが同意してくれたよ。行こうか・・・。
はい。
ーーーーーーーーーー
コマンダーの部屋だ。ここからは、君一人で行きなさい。
・・・はい。
俺は、お母さんと待ってるよ。
(ドアをノックする。)
どうぞ。
(部屋に入るシンイチ。)
失礼します。
ター坊とファイトしたんだね。
はい。相手になりませんでした。
そのようだね。彼は、年上の現役アビエーターだ。君の年頃の3年は大きいから、無理もないよ。で、書類は持ってきた?
はい。
(コマンダーが書類を受け取り、確認する。)
そうか・・・ご両親の同意を貰えたんだ。良いね。来週の土曜日から来なさい。送迎バスを運行しているから・・・そうだなあ、マディーと一緒に来ると良い。東公園の前で拾っているからルート変更もしなくて済むし。
はい。
ニックネームだが、希望はありますか?
いいえ・・・。
そうねえ、ダビデ・・・デビッド、デイブ・・・どうかな?
はい。有難うございます。
行きなさい。
失礼します。
}
{
よう、シンイチ・・・。
マディー。
結果は?・・・志願したんだろ?
来週の土曜日からです。
そうか、合格したのか。送迎バスなら、俺と一緒だな。好都合だ。
はい。東公園の前で合流しろって。
うんうん、ニックネーム貰えたか?
はい。デビッド、デイブだそうです。
・・・コマンダーが名付け親か。名誉なことだ。
そうなんですか?
}
{
(自販機の横のベンチに母とGが居る。)
ボクちゃん、上手くいったようだな。
はい、神様。来週の土曜日から参戦します。
よう、G・・・しばらくは俺の指揮下に入る。ああ、お母さん、マッド・ブルです。
はい、よろしくお願いします。
任せてください。・・・G、また会おう。
}
{
帰りましょうか、お母さん。
はい。神様、有難うございます。
デイブ、帰るぞ。
はい。
}
{
(Gの車で帰路に着く。)
神様、なんか、ホッとしちゃって・・・。
お母さん、気持ちは解ります。俺も昔を思い出したなあ。懸命に戦っていたんだ。今ほど戦士が多くなくてね。それでも、いがみあったり、罵り合ったりしてた。懐かしいよ。
}
{
さあ、着いた。ここで良いですか?
はい。神様、有難うございました。・・・シンイチ、あなたもお礼を言いなさい。
・・・G、有難うございます。
デイブ、礼はまだ早い。端緒に着いたに過ぎない。これからだ・・・今日は、美味い酒が飲めるぞ。感謝するのは、俺の方かもな。
}
{
さあ、夕飯の用意をしなくちゃ。食べたい物ある?
特には・・・。
どうしたの?口数が少ない。車の中でも、黙り込んで・・・。
浮かれたくないだけだよ。
変な子ね。・・・まずは、お父さんに報告しなくちゃ。
控えめに言って下さいね。
はいはい・・・。
}
4初陣
{
(コマンダーの前に立つマディーとデイブ。)
シンイチ君、僕の言葉を復唱して下さい。
はい。
私、デビッドは、
何時、何処においても、
ルールとマナーを遵守し、
善く振る舞う事を誓います。
良いね。これが君の胸章だ。バトルフィールでは、必ず左胸に付けなさい。
はい。
良く来てくれたね。これから、君はマディーの部下だ。彼の言葉に従いなさい。
はい。
マディー、統一契約書は君が用意して下さい。Fランクで。
はい。
}
{
デイブ、立派だったよ。
そう?・・・マディーもコマンダーの前では緊張するんだ。
ハハハ、おまえの入隊式だったからだよ。今日の予定を言っておこう。
はい。
すぐに始まるFランクの1、2戦のリザーブに入れ。要は交代要員、補欠だ。場合によっては、参戦することもある。俺の指示に従え。
はい。
それが終わったら、シミュレーターに乗る。3分コース4回、予約は取ってある。次に、E、Dランクのファイトを観戦しろ。昼飯は食堂で食え、金あるか?
お小遣いが少しあります。
そうか、ここの食堂は高くないからな。足りなかったら、俺に付けておけ。マディーの奢りですって言えばノープロブレムだ。午後1時半に送迎バスが出る、それで帰れ。
帰り、一緒じゃないの?
俺は、夕方のバスだ。クラブに寄るかもしれないしな。一人で行動することを覚えるんだ。出来るな?
はい。
ドライバーには、名と降車場所を伝えろ。そのうち、覚えてくれるよ。・・・言葉に出すんだ。言わなければ、誰も理解してくれない。
はい。
・・・準備しろや。
}
{
(食堂の入り口付近で中の様子を伺うデイブ。スパローが近づく。)
ボク、食堂は初めて?
はい。(振り向くデイブ。)
あれ、デビッドだ。昼食、奢るよ。
僕、お金あります。
そうだと思うけどさあ、ター坊と対戦してくれたお礼だよ。先輩の好意は快く受けろ。好きな物、食べな。
はい。
私はスパロー、ター坊は私の男だ。
はあ・・・。
}
{
後から二人来る。
そうですか。
女は苦手か?
何を話して良いか、解りません。
ふ〜ん、経験不足だね。
(ガーティと櫂が来る。)
スパロー、こちらのプレティー・ボーイは誰?
デビッド・・・新参よ。デイブ、ガーティと戦略分析室の櫂ちゃん。
初めまして。
デイブ・・・デビーの方がしっくりくるね。
ガーティ、男の名じゃないわ。
櫂ちゃん、この子、薄化粧してスカート履けば女の子に見えるよ。
僕、スカートは履きません。
そうだよねえ。で、今日、飛んだの?
はい。2戦目の3ラウンドで1分間飛びました。
凄いね。
それまでは、ずっとリザーブ席でした。
ガーティ、ゆっくり食べさせてあげて・・・。
ごめんね・・・。
いえ・・・。(黙々と食事をするデイブ。)
ーーーーーーーーーーーーーー
(ガーティと櫂が、先に席を立つ。)
やれやれ、みんなデイブに興味津々だね。
はあ・・・ご馳走様でした。
気にしないで・・・いずれ一緒に飛ぶことがあるかもしれない。
はい。
}
5 バトル・フィールド
{
(次の土曜日の朝、バスを待つデイブ。マディーが来る。)
よう、デイブ、今週は休みだろ?
はい。ですが、シミュレーターに乗ろうかと・・・。
良いね、やる気がある。
まだ要領がつかめなくて。
それ、ノートかい?見せてみ・・・。
はい。
どれどれ・・・これは、先週の分か。良いね。シミュレータの予約は取れてるのか?
いいえ。着いてからにしようと思います。
そうか。今日は2本にしておけ。3分、2本だ。独り占めはいかんからなあ。
はい。
あとは観戦して、午後のバスで帰りな。先週の昼食はどうした?
スパローに奢ってもらいました。
ガーティと櫂も居たか?
はい。
あいつら、よく連んでるなあ。飽きねえのかねえ。
}
{
(バトル・フィールドに着く。)
デビッド、予約の取り方は理解したか?
はい。
このシミュレーターは、お前だけのものじゃない。乗りたい者たち、みんなのものだ。
はい。
それからな、時間を守るんだ。特に、帰宅時間は大事だ。5分前には帰宅しろ。遅れても5分だ。5分前から5分後の10分間だ。時計は?
これです。
うん、充電し忘れましたなんて言い訳は通用しないからな。
はい。
それから、支給品の胸章、スマホ、タブレットは、紛失したら弁償することになる。つまり、金がかかるということだ。
はい。
最後に、もう一度言う。帰宅時間は厳守しろ!
はい。・・・ボス、どうして?
決まってるじゃないか、母親を安心させるためだよ。
・・・・・・。
逸る気持ちも解らないわけじゃねえ。だがな、自分の気持ちだけで動いてもうまくはいかねえんだ。・・・デイブ、忍耐だ。
はい。
ノート、良く書けてたよ。続けると良い。
はい。
}
{
(櫂が先に席を立った食堂に残ったガーティとスパロー。)
スパロー、デビーは居ないの?
今日はまだのようね。
残念・・・。来るまで待とうかな。
やめてよ。
}
{
ガーティ、デビーに何かした?
何もしてない。
嘘をつかないで。
・・・彼は、私が中学の頃に惹かれた男子に似ているの。サラサラとした髪に触れたり、綺麗な指に触れたりしたかった。
してはいけないことです。
解ってる・・・スパロー、解っているよ。
だったら、自制すべきだわ。
もうしない。約束するよ。・・・私に指図しないでね。
コマンダーに言い付けるよ。
おお、怖・・・。
(ガーティ、変わったなあ。)
}
{
(食堂に向かうデビッド。出てくるガーティと顔を合わせる。)
あら、坊や、私を避けていますか?
いいえ、ノートを整理してて・・・。
そう、スパローが残ってる。急ぎなさい。
はい。
}
{
(手早くプレートに料理を乗せて、スパローの席に向かう。)
スパロー、待っていてくれたの?
タメ口かい?
いいえ、そんなつもりはありません。
良いよ、待ってた。遅かったじゃないか。バスの時間、大丈夫?
すぐ食べますから、大丈夫です。
そう・・・。聞きたい事があります。
・・・何でしょうか。
ガーティに・・・髪の毛や指に、触れられたことがありますか?
意味がわかりません。
口止めされたの?
答えたくありません。
・・・ごめんね。追求するようなことを言って。
いいえ、気にしていません。
・・・良かった・・・忘れて。
はい。
行こう・・・。
}
{
スパロー、午後のバスで帰るの?
私は、夕方のバスで、ター坊と一緒に帰る。
解った。
・・・来週、飛ぶよね。
はい。
じゃあね・・・。
}
{
(送迎バスを待つベンチに座るデビッド。一陣の風が吹き抜ける。高い木の小枝を揺らし、冷たい風が頬を撫でていく。立ち上がり、揺れる小枝を見上げる。騒つく気持ちを抑えようとするが、その気持ちはすぐに消えて虚しさが残る。送迎バスが来て、乗り込む。)
デビッドです。東公園で降ります。
そうか。先週も居たね。
はい。
了解。今日は他に客も居ない。ノンストップだ。だが、法定速度は守るよ。
・・・・・・。
}
令和4年12月10日