回帰と終末3
1
{
8月も終わりに近づいているのだが、相変わらずの猛暑と湿気だ。
人の存在はアイロニーに満ちている。興味深い概念だ。
私は、兄にくっ付いて土曜日戦争のバトルフィールドに行っていて、デビッドに会った。それからは、デビッドに会うのを楽しみにしていた。
デビッドや兄の後ろ姿を追って、私も土曜日戦争の戦士になりたいと思うようになった。
紆余曲折があったのだが、私の夢は8割方実現した。レギュラーリーグに入ったからだ。
それでも、時折、自分が惨めだと思うことがある。
そんな時は、どうすれば良いのだろうか?
心の漂泊者のような恋人のデビッド。なんとなく憂鬱な私。出口なしだ。
}
【
=屋根裏部屋の少年Ⅷ=
(早春の土曜日、バス停で待つデビッド。マディーが来る。)
押忍・・・。
おはようございます。
デイブ、元気そうだな。何か、良い事あったのか?
はい。日曜日にエコーと歴博に行って、今日は、デイパックをプレゼントします。
そうか・・・。あいつの体型ならSサイズか。理由があるのか?
リリーに会いました。
リリー・・・良い女になったよな。
知ってるの?
まあな・・・。在学中に部の臨時コーチとセックスした。妊娠を疑われたがセーフ、今春、南野高校を卒業した。大したもんだよ。ラッキー・ガールだ。
リリーに会って、エコーは武装したいからデイパックが欲しいと。
面白い娘だ。気前よくプレゼントしてやれや。
はい。
刺繍は?
Echo H. かと。
デイブ、良い男になれよな。
どうすれば、そうなれますか?
俺にも分かんねえよ。ああ、バスが来た。行こうぜ。
はい。
】
【
(最後尾の座席に座る。)
なあ、デイブ、俺たちは誰でもねえんだ。
そうでしょうか?
俺たちの人生は空疎なんだろ?
はい。・・・そうじゃないのかもしれません。
俺は、ナオミに惚れてな、結婚した。息子に恵まれた。まだ小さいよ、言葉も遅い。・・・俺の家族だ。
はい。
俺は、家族のために命をかける。
命を?
譬え話だよ・・・。そう思いたいだけだ。
あなたの奥さんと息子は幸せだね。
だと、良いなあ。
】
【
(購買部に向かうデイブとエコー。)
おはようございます。
おはよう、デビッド。お連れさんは、どなた?
エコーです。
あら、良い名前ね。今日は、何を買うの?
デビッドに、デイパックを買ってもらうの・・・。
そう、羨ましい。・・・じゃあ、こっちへ来て。背負ってみましょうね。
ーーーーーーーーーーーー
やっぱりSね。デイブ、来て。
はい。
どう?この子、姿勢が良いわ。なんかスポーツしてるの?
いいえ、特には。
デビッド、これで良い?
はい。
ネームの刺繍、今なら午前中にできるけど・・・。
お願いします。
・・・お嬢ちゃん、素敵なプレゼントだ。・・・もし、あんたの男を失ったら、何も貰えないよ。
・・・はい、解っています。・・・陽の光もダイヤの指輪も欲しいわ。
お利口さんだね。
】
【
デビッド・・・。デイパックって、案外高いんだね。
そうかなあ。
私、無神経だった。
・・・・・・。
デビッド?
話しかけないで。
・・・お礼をしたい。
要らないよ。・・・これから戦場だ。君に出来ることは無い。
・・・(そんな・・・。)
今日は、食堂で昼食を食べよう。・・・バトルの後で。
はい。
】
【
(モニターの前に座るエコー。ガーティーとジョニーが来る。ガーティーが話しかける。)
エコー・・・。デイブのバトルを見るの?
はい。ドキドキする。・・・勝てる?
勝てるかもしれない、勝てないかもしれない、戦場だからね・・・。決まっていることは無いのよ。
・・・デビッド・・・話しかけても応えてくれない。
バトルの前だから、あなたのことを気遣う余裕がないだけよ。まだ、経験不足だからね。
はい。・・・お兄ちゃん、なんでガーティーと一緒なの?
今日のEランク戦で彼女と組むんだ。
私も、飛んでみたい。
なら、ジュニア・リーグに参加してみる?
なんですか?
子供達のクラス。戦士の推薦状と、簡単なテストに合格する必要がある。私が推薦状を書いてあげるから、帰りに、事務局に提出すると良いわ。
】
【
ガーティー、迷惑じゃなかった?
ジョニー、エコーにはチャレンジする権利がある。
失敗するかもしれません。
失敗したら、諦めれば良いわ。
それは、辛いことではないでしょうか?
だとしたら、なに?
いえ・・・そろそろ行きましょうか。
そうね、今日はよろしくね。
はい。
】
【
(食堂のテーブルに着く二人。寡黙だ。炒飯を食べながら、重い口を開くデビッド。)
・・・負けたよ、エコー。今日の敗戦は、僕の責任だ。
あなただけの責任じゃないわ。リザーブはオールド・タイマーだったし。
解ったようなことを言うな。責任は、僕にある。
・・・・・・。
君と、バトルについて議論するつもりはない。・・・僕の責任なんだよ。
(ガーティー、スパロー、櫂が食堂に来る。やや離れた席に着く。ガーティーが封筒を持って、近づいて来る。)
エコー、推薦状よ。
はい。(立ち上がって、封筒を受け取る。)
封は切らずに、そのまま渡してね。
ありがとうございます。
幸運を祈るわ。ねえ、デビッド、一緒に行ってあげて。
はい。
】
【
(食堂から事務局に向かう。中年の女性が対応。)
はい。・・・あなたがエコー?ガーティーから聞いてるわ。まず、身長と体重を測定する。着衣のままで良いからね。
はい。
靴は脱いでね。
ーーーーーーーーーーーー
良いわ。標準的ね。・・・両腕を上に上げてみて。そう、真っ直ぐ上に。
はい。
視力を見るわ。コンタクトしてる?
いいえ。
そう。両眼、裸眼だからね。
はい。
う〜ん、まあまあだね。合格よ。
はい。
次は、このテキストを読んで。実技の説明書。解らないところがあったら、デイブ、サポートしてくれる?
はい。
制限時間は5分よ。
】
【
(テキストを指でなぞりながら、2回読み返すエコー。)
解ったわ。なんか、アドヴァイスがあれば言って。
うん、操縦桿、左右のペダル、敏感だよ。遊びが少ない。解る?
デリケートだってこと?
そう・・・オーバー・ハンドルは禁物だ。・・・行くかい?
うん、やってみるわ。
】
【
エコー、準備は出来た?
はい。
課題は7つ。誘導機に付いていけば大丈夫だからね。デビッド、エコーをシートに。
はい。
(エコーをシミュレーターのボックス・シートに座らせ、ベルトで固定する。)
どう?手足を動かしてみて。
大丈夫よ。
】
【
エコー、聞こえる?
はい。
じゃあ、私達はモニターで確認するからね。
ーーーーーーーーーーーー
(エコーが誘導機に続いて飛び立つ。中年の女性が、チェックシートを手にしている。)
うん、上出来、上出来。3つ目までは、誰でも行くのよ。問題は、次の3課題、最後の課題は厳しいわね。
・・・秦野のおばさん・・・ですか?
私の事、知ってるの?
アオイさんに聞きました。家が近くなので。
アオイ君?
はい、カナちゃんの事も。
そう、ちょうど去年の今頃だったわ。カナは、初恋を失った。カヲル君よ。私とカナは、県営住宅を出ていく彼を見送ったの。カナは、大きな声で、彼の名を呼んだ。・・・たったそれだけ。しばらく、塞ぎ込んでいたわ。
そうですか。
可哀想だった。
】
【
エコー、遅いわね。
今頃、背中にびっしょり汗をかいて、呆然としているんじゃないかなあ。
デビッド、手を貸してあげて。
はい。
ーーーーーーーーーー
エコー、終わったよ。さあ、ヘルメットを脱ぐよ。
・・・はい。
ベルトも外そう。・・・立てるかい?
手を貸して・・・お願い・・・。
ああ、良いとも。
】
【
エコー、これで終わりよ。
はい。
結果はどうする?郵送なら、2、3日で届く。でなければ、来週の土曜日に事務局で受け取る。
土曜日に、事務局で・・・。私、合格出来ますか?
高得点だった。でも、判断するのは、私じゃないの。
誰が判断するんですか?
コマンダー、マッド・ブル、チーフK、ビリーの合議だと聞いてる。
土曜日戦争のビッグ4が合議するの?
エコー、止めるんだ。(デビッドが遮る。)結果は、すぐに出るよ。
はい。
すみません、秦野のおばさん。僕のツレ、せっかちなんで。
気にしなくて良いのよ。・・・デビッド、あなたと話せて良かったわ。エコー、合格すると良いわね。
はい。ありがとうございます。
】
【
デビッド・・・?
ああ、君は良くやった。驚いたよ。
気休めじゃないよね?
本当だ。
秦野のおばさんって、誰なの?
事務局のおばさん。
・・・・・・。
夫が転勤族で、今は県営住宅に住んでる。息子と娘が居る。息子は南部中から南野高校に合格、その年は、たった3人のうちの一人だった。なんとか進級したそうだ。娘のカナちゃんは、南部中の2年生だったかな。おばさん、私の家族は放浪する根無草だって言ってた。
詳しいわ・・・どうして?
小耳に挟んだだけだよ。
】
【
(バス停のベンチに座るデビッドとエコー。)
これから、良い季節になるわ。ねえ、デビッド・・・。
Though nothing can bring back the hour of splendor in the grass, of glory in the flower・・・。
(デビッドの呟きに、応えるエコー。)
・・・私達は悲しむまい、rather find strength in what remains behind・・・。
(思わずエコーを見るデビッド。前を向いて、涙を堪えているように見える。)
】
2
【
=屋根裏部屋の少年Ⅹ=
(7月、最後の土曜日。バス停で待つデビッド。すぐにマッド・ブルが来る。)
よう・・・。今日も暑くなりそうだな。
はい、マディー、おはようございます。
おまえが志願したのは、一昨年の10月だったかな。
はい。その頃でした。
・・・まるで、昨日の事のようだ。
・・・・・・。
おまえの同級生だった連中は、高校受験の夏期講習にでも行ってる時期だなあ。
そうですね。
おまえも背が伸びたしな。
マディー、何かあった?
ん?・・・何もねえよ。ただ思い出しただけだ。この暑い夏は、そんな季節なんだろう。
】
【
(バスが来て、最後尾の座席に座るマディーとデビッド。JR駅前で、ジョニーとエコーが乗って来る。二人を、マディーが手招きする。ジョニーがマディーの隣に、エコーはデビッドの隣に座る。)
ねえ、デイブ、今日もDランクで飛ぶの?
いや、今日はEだよ。Dに定着したわけじゃないからね。行ったり来たりだ。
そう・・・。
おい、そこの二人、何をこそこそ話してるんだ?
マディー、あなたが、いつ私をレギュラーリーグに呼んでくれるのかなって・・・。
それは、アンクル次第だな。
私、あのおじさんに評価されていないわ。
ハハハ、そんなことはねえ。おっさんは、よく解っているよ。
そうかしらね。
】
【
(昼休み前、館内放送で呼び出しがかかる。「マッド・ブル、ジョン、デビッド、保健室まで急いで。」それぞれ別の場所に居た3人が保健室に集まる。ベッドにエコー、担当医とアンクル・ジョージが付き添っている。担当医はマシューとスパローの父親だ。)
先生・・・。
ジョン、過呼吸と頭痛だよ。だいぶ落ち着いた。
帰れますか?
誰かが付き添えば。
僕が付き添います。
ああ、デビッド、ありがとう。
じゃあ、昼食が済んだら迎えに来てくれ。
はい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
エコー、無茶したようだね。
はい、先生。
デビッドが来たら、帰って良いよ。
お手数をかけて、すみません。
ハハハ、僕の仕事だ。・・・来週、月曜日、病院に来てね。
はい。
デビッドは付き添えるかな?
頼んでみます。
】
【
(それぞれのプレートを持ち、食堂のテーブルに着く4人。ジョンとデビッドは、いくぶん緊張気味だ。)
すまん、俺の責任だ。
ジョージ・・・。
休憩時間にな、目を離した隙に、二人を相手にバトルを仕掛けた。
無謀だな。
ああ、なんでも良く出来る娘だったよ。まさかなあ・・・。
(無言で食事を進める。)
僕、エコーに付き添って帰ります。
ああ、帰る前、俺の部屋に寄るよう言ってくれ。おまえも一緒にな。
はい。
】
【
(保健室から出るデビッドとエコー。)
デビッド、悪かったね。
気にするなよ。帰る前、マディーに呼ばれてる。
マディーに?
うん、呼ばれてるのは僕じゃない、君だ。一緒に行こう。
はい。
】
【
(マディーの部屋のドアをノックする。ドアを開けると、マディーとアンクル・ジョージが居る。)
エコー、君は、とても良い生徒だった。
はい。ありがとうございます。
来週は、休んでくれ。
はい。
再来週からは、マディーの指揮下に入る。
えっ?
歓迎するよ、エコー。俺は厳しいぞ。
・・・はい。
(涙を浮かべているエコーに、ジョージが手を差し出し、握り返すエコー。)
おめでとう。念願のレギュラーリーグ入りだ。
はい、アンクル。ありがとうございます。
】
【
(エコーの家の近くのコンビニで車を降り、買い物をする。店内の棚を確認しながら、ゆっくり歩くエコー。カゴを持ったデビッドが続く。エコーは商品の値段を確認しながら、少しカゴに入れていく。)
(高級アイスクリームのケースの前で立ち止まる。しばし迷って、一個を選びカゴに入れる。)
良いわ。これで終わりよ。
(デビッドが、残りの全種類を一個づつカゴに入れる。)
デイブ?
プレゼントするよ。
・・・ありがと。(顔を赤らめ、下を向くエコー。)
(レジ。デビッドがスマホのスイカで支払う。)
】
【
デイブ、スイカ入れたんだ。
うん、君に勧められたからね。やってみたら、出来たよ。便利だね。・・・。次は月曜日だ。
はい。心苦しいわ。
そんなこと言うな。・・・ゆっくり休むと良いよ。
大丈夫だよ、デイブ。明日は1日しか来ないからね。私は、乗り切れる。・・・私の家は、そんなに豊かじゃない。私、いろんなことを我慢したわ。悔しい思いをしたこともある。でも、今は違う。意志のある所、道ありだよ。
そうだね。・・・じゃあ、僕、帰るね。
はい。後で電話する。
うん。待ってる。
】
【
(夕食後、入浴、自室のベッドで横になるエコー。スマホを手にし、デビッドに電話しようかなと思う。ノックの音、兄だ。机の前の椅子に座る。)
今日は、付き添えなくてすまなかったね。
良いよ。デイブと一緒だったし。
そうか・・・。レギュラーリーグ入りだそうだね。
はい。努力が報われました。でも、恥ずかしい思いをしたわ。
・・・どんな?
お腹が減ったので、おやつを買おうとコンビニに寄ったの。高級アイスクリームのケースの前で、私、一つ選んだ。デイブが、残り全部を買ってくれたの。彼は、選ばなかった。
そうか。
】
【
ねえ、お兄ちゃん、私、レギュラーリーグでやっていける?
どうかな。みんな、何の保証もなく参戦するんだ。そんな場所だ。頑張れ、応援してるよ。
はい。
(兄が出て行く。デイブに電話するエコー。)
もしもし、こんばんわ。僕はロンサム・デイブです。君は誰ですか?
あなたが良く識っているかも知れないロンサム・ガールです。
そうか、それなら僕の恋人のエコーだけど、本当にそうなの?
本当よ。
エビデンス、ありますか?
コンビニでアイスを買ってもらった、月曜には病院に付き添ってくれる約束をした。
それなら、僕のスウィートハートだ。
・・・・・・。
エコー?
デイブ、明日、会ってくれる?
良いよ。君からの誘いは、いつでもOKだ。嬉しいね。
・・・デビッド、嬉しいのは、私だよ。
】
3
{
私達は、いや、私は・・・私が生きている理由って何?
答えてくれるのは誰?
風の中にある?
考えなくても良いよ。それを考えるのは、君でも僕でもない。デビッドなら、そう言うだろう。
}
{
(デビッドから着信。)
こんにちわ。天気、悪いね。
はい。そうですね。
何をしていてるの?
何もしていません。外出も出来ないし・・・。
じゃあ、僕と同じだね。
私、天候に影響を受けるの。体調が良くありません。
そうなの?・・・僕に出来る事はある?
ありません。
それは残念だ。そばに居れば出来ることがあるだろうにね。
例えば?
君を抱き枕にするとか?
ハハハ・・・とても良いアイディアです。
}
{
それでも、時折、自分が惨めだと思うことがある。
そんな時は、どうすれば良いのだろうか?
心の漂泊者のような恋人のデビッド。なんとなく憂鬱な私。
横になって私の明日を考えよう。陽の光やダイヤの指輪が手に入るかもしれない明日だ。
でも、私の男を失ったら、何も手に入らないんですって・・・。
}
令和6年8月26日