見出し画像

Man in a House Ⅲ



(居酒屋での続き。)
G、家の中だけで生きていけますか?
うん、監禁されているわけではないからね。
主に、家の中だけで生きて行くことに、意味はありますか?
意味は、自分で考えるものかな?人生は無意味だという者が居る。それは、自分の頭で考えるからだよ。・・・自分の頭で考えれば、自分の人生の意味は見つからないだろう。人生は無意味だ。頭で考えても、生きる意味は見つからない。
それでも、肉体は滅びる時まで生きるんですよね。
そう、とりあえず死ぬまで生きる。そうするとな、退屈するだろ?・・・学校や会社に行ってるうちは、退屈しない。
そうですね。
ところが、違うんだよ。営業マンの特技って知ってるかい?
さて・・・営業の経験がありません。
知りたいかい?
ええ・・・。
ゴルフとカラオケ。・・・接待だよ。君も経験があるだろ?
多くはありません。会社勤めの頃、上司のお供で何回か・・・。
接待される側だったのか?
はい。高価な料理とお酒を、対価を払うことなく、いただきました。
ハニーもかい?
いや、流石にそれはありませんでした。
良かったね。・・・会社の仕事だけでは、自分を明らかにするには不充分だ。たまたま、ゴルフや歌が得意な者にとっては、そっちの方が魅力的だとは思わないかい?
そうかもしれません。
暇つぶしだよ。どこかに、自分を明らかにする場所があれば、人はそこそこ耐えることができるんだろうなあ。老いが辛いのは、そうした場所を無くすことだ。


人が人の存在意義を問うことは、無意味だよ。全ては、与えられている。気が付かないだけさ。
G、あなたは気付いたんですか?
いや・・・不惑も過ぎて、古希も過ぎたが、庭の雑草と格闘している。
つまらない人生?
自分では、判断できない。
自分の人生なのに?
だからこそ、難しいよ。・・・人は神になろうとするから・・・。神に憧れるしな。
・・・・・・。
無理なのに・・・。



僕、ブックさんと話したことがあります。
ブックと?
はい。・・・彼は、結婚に躊躇していました。
自分から、プロポーズしたんだろ?
はい。図書館で見初めた部下の女性です。・・・彼は、母親との心理的問題を抱えていたから。
そうか・・・。
僕と、同じように。・・・だから、結婚すべきではないと考えていたようです。事実、晩婚だった。苦しんだんでしょうね。
でも、結婚した。
そうですね。良い伴侶だと思ったんでしょう。・・・良い判断でした。


K、母親との確執があったのかい?
ええ、あまり人に言ったことはありませんが。・・・意識するようになったのは、歳を重ねてからです。ブルーローズを意識するようになってからは、母のことを夢に見ることもありました。苦い記憶です。
K、知らなかったよ。
・・・知られたくありませんでした。秘めた感情です。明らかにすることは、恥ずかしいことだと思いました。・・・僕、順調だったんです。
順調?
そうです。中学、高校、大学って順調でした。母に喜んでもらえるほどに。幸せだった。就職も出来たし・・・。でも、そこまでだった。母は、僕に対する興味を失った。彼女は、普通に僕を見捨てた。・・・だから、僕も母を見捨てました。
そんなこと言うなよ。
意図したわけではありません。結果的にそうなった。彼女は、僕の理解者だったのに・・・。
良いじゃん。
はぁ・・・。


(帰宅するG。)
ただいま・・・帰ったよ。
聞こえてますよ、お父さん。ゆっくりでしたね。
ああ・・・なんか、寂しいなあ。
どうして?
人は死ぬからなあ。同年代の連中、何人も有難いところに行ったし。
大丈夫よ、お父さん。そのうち、あなたも行けますからね。なんの心配も要りません。
ハハハ、そうか、そうか。
私が連れて行ってあげましょうか?
いや、まだちょっと・・・。
冗談ですよ。Kさんは元気でしたか?
うん、まあまあだよ。俺よりは、だいぶ若いし、意欲もある・・・ように見える。今夜は、彼の奢りだったよ。
ちゃんとお礼を言いましたか?
まあ・・・。
芋の水割り、作りましょうか?
えっ?
一杯だけです。飲んだら寝て下さい。
ああ、ありがとな。
特別サービスです。当たり前だと思わないでね。
・・・・・・。



(月曜日、電話を受けるGのワイフ。)
もしもし、G先輩の奥様でしょうか?
はい。
私、Kの妻でブルーローズと申します。昨夜、彼は泥酔して帰って来まして、今朝は、たいそう落ち込んでいます。Gさんとお酒を飲んで、醜態を晒したのではないかと、悔やんでいます。でも、電話する勇気が無くて、不躾とは存じますが、私が電話した次第です。
そうですか。あいにくGは図書館に行っておりまして、帰宅は昼頃になるかと。
はい。
あの、Kさんに代わっていただけますか?・・・昨夜、夫はご馳走になったそうです。お礼を申し上げたいわ。
代わります。
ーーーーーーーーーーーーー
Kさん、昨夜は夫がご馳走になったそうで、有難うございました。
いえ・・・。僕の方こそ、先輩に対して無礼なことを言ったかもしれません。
夫は、珍しく上機嫌で帰って来ました。嬉しかったってことは、すぐに解った。お礼を言わせて下さい。
僕は・・・。
深酒した翌朝が辛いのは、普通のことです。Gは、図書館に行きましたが、とりあえず行っただけでしょう。無為な1日を過ごすことになります。あなたも、そうすると良いんでしょうねえ。・・・肉の衣は、脱げば良いのかもしれませんね。
はい。
夫は、奢り酒を飲んで、醜態を晒したのではないかと、思い悩んでいました。そうであれば、ご容赦下さいね。
はい、もちろんです。
Kさん、お話できて良かった。奥様とも。
いえ、僕ほうこそ。・・・お気遣いいただきました。ご主人に、よろしくお伝え下さい。
はい。・・・あなたの方から切って。自分から切るのは苦手なの。
はい。失礼します。


(昼時、帰宅するG。)
お帰りなさい。そろそろ帰る頃かなって思ってたら、帰って来た。
まあ、腹も減ったしな。
Kさんから電話がありました。
そうか・・・なんて?
あなたと一緒に酔えて、有意義だったそうです。
嘘、言うなよ。
落ち込んでいますか?
ああ、最悪かも・・・。
飲みすぎましたね。
そのようだ。
反省すると、良いかもしれません。反省だけなら、お猿さんでも出来るそうです。
・・・・・・。
古女房の戯言です。気にしないでね。
ハハハ、気にしてねえよ。



K、いつまでゴロゴロしてるの?
う〜ん、怒ってる?
月曜の朝から、ウジウジしてる夫を見て、怒らない妻が居ると思う?
ロージィ、機嫌を直せよ。今日は午後イチのオンラインだ。ちゃんとするから。
はいはい。必ずそうして下さいね。
(怒られちゃったよ。)
掃除機をかけるから、どいて下さい。
うん・・・。散歩してくるよ。己を無にするつもりです。
なんと、大胆な発想ですね。
はい・・・生まれ変わることが出来るかもしれません。
(寝ぼけてんじゃねえよ!)


K君・・・。
ああ、松田さん。ご無沙汰してます。
散歩かい?
ええ、女房に追い出されました。今日の仕事は、午後のオンライン会議だけですので。
まだ市役所に?
はい、まだ雇っていただいています。
ああ、それは良い。土曜日戦争にも協力してもらってるとか。
はい。戦略分析室に居ます。・・・昨夜、Gと飲んで・・・。
飲みすぎましたか?
つい・・・。
ハハハ、それは良い。
松田さん、忍地理事長とは、お知り合いですか?
うん、古くからの友人だよ。彼は僕のことを知っているし、僕も彼のことを知っている。同じようなことを考えてる。
そうですか・・・。
K君、奥さんと仲良くすると良いよ。
はあ・・・勉強になります。
じゃあ、ここらで失礼しよう。君と話せて良かったよ。
はい。失礼します。


ロージィ、ただいま。
お帰りなさい。早めの昼食を用意したわ。
良いね。・・・松田さんに会ったよ。
親切なお爺さんだよね。あなたに家を貸してくれた。
役所が手配してくれたんだ。松田さんの持ち物だとは、知らなかったよ。
そう・・・。私、何度も行ったことがある。あなたは、手の掛かる臨時職員だったからね。
面目無い。・・・酒、捨てられたこともあった。
そうだっけ・・・あまり、覚えてないよ。
僕は、よく覚えてる。洗濯しろ、食事に気を配れ、身だしなみを疎かにするな・・・母さんに叱られてるようだった。
・・・・・・。
ロージィ、言葉の綾だよ。大した意味は無い。
あなた、お母様のこと、好きだよね。
・・・好きだったし、好かれたいとも思ってた。でも、過ぎ去ったよ。母は亡くなったし。
はい。すみません。テーブルに着いて・・・。
うん。



(いつもの朝、ノロノロと起きるG。体が重い。着替えて、階下に降りる。)
おはようございます、お父さん。
おはよ・・・。
お父さん?
ああ・・・嫌な夢を見たよ。
そうですか。逆夢というのも、あるそうですよ。
・・・だと良いね。
さあ、ご飯食べよ・・・。


(病院か施設のベッドに横たわるG。娘と息子が話している。)
姉ちゃん・・・。
うん、お母さんが亡くなってから、進んだようなの。私のこと、お母さんだと思ってるし、猫に話しかけたり・・・。身の回りのことも、不自由するようになった。
中途半端な人生だったね。・・・無口で、いつも不機嫌だった。
そんなこと、言うもんじゃないよ。否定はしないけどね・・・。
・・・・・・。
おまえは、仕事に専心しなさい。
うん・・・。
想いはあっても、出来ることは無いのよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
母さん・・・。
はい、なんですか?
俺のパソコン、どうしたかな。
此処にはありません。
そうか・・・残念だなあ。チビは?
此処には居ません。
腹、空かしてないかなあ・・・。
大丈夫です。
そうか。母さんが養ってくれてるのか?
・・・お父さん、私は、母さんじゃないの。
嘘、言うなよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
姉ちゃん、俺、帰るわ。
うん、それが良い。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
父さん、帰ります。
そうですか。俺にも、君と同じくらいの息子が居てね・・・頑張ってるようです。もしかして、息子と同じ会社の方ですか?
・・・はい・・・。
息子は、機転がきいて、口数の多い子でした。
・・・失礼します。


お父さん、どんな夢だったの?
それが、あまり憶えていないんだ。ネガティブな感じが、心身に残っていた。
思い出したら、教えてくださいね。
ああ、そうしよう。


               令和4年9月10日

いいなと思ったら応援しよう!