サボテンⅢ
1
{
アオイ・・・道が違うだろ。
カナちゃん・・・前に、カヲル君と歩いたんだよ。少し、遠回りだけどね。じゃあ、あたしと歩くか?県営住宅の入り口まで・・・。
うん。
勘違いするなよ。おまえに気があるわけじゃないからな。
僕だって、カナちゃんに気があるわけじゃないです。
そうか、おまえ、良い奴だな。
(県営住宅の入り口に差し掛かる。)
アオイ、そこら辺、一回りしようか?
うん。・・・何かあった?
あったよ・・・。父母の話に割り込んで、恥ずべきことを口にした。母さんに、平手打ちを食らったよ。
痛かった?
・・・頬より痛いのは心だ。自分を罰したいと思うよ。
カナちゃん、自分で自分を罰することは出来ない。カナちゃんを罰することが出来るのは、カナちゃんじゃない誰かだよ。
偉そうに・・・。
}
Flashback
【
お父さん、学校に行って来ました。
で?
状況は、良くありません。退学もあり得るそうです。
そうか・・・困ったね。
お兄ちゃん、このままじゃ、社会の石炭・・・泥炭だわ。
(間髪を入れず、母の平手打ちが飛んだ。)
カナ!
(さらに叩こうとする母を父が止めた。)
母さん、落ち着きなさい。
でも・・・。私のベビーを石炭に例えるなんて、許せない。
カナだって、本心じゃない。カナも、母さんのベビーだよ。
・・・・・・。
】
{
アオイ、付き合わせて悪かったね。・・・弱者が弱者を苛む、のかなあ・・・。
少し遠回りをしただけだよ。カヲル君とも、よくそうした・・・。
そうか・・・仲が良かったんだね。
うん。
}
2
{
アオイ君・・・。
はい、秦野のおばさん。
回り道ですか?
はい、カヲル君と、よく歩きました。県営住宅の入り口まで・・・。そこで、別れた。
そう、寂しかったですか?
そう思う事もありました。・・・秦野のおばさん、カナちゃんを叩いたの?どうして知っているの?
カナちゃんから聞きました。
そう・・・事実よ。
理由がありますか?
あるわ・・・。
人の体を石炭に例えたからですか?
・・・アオイ君・・・私達、親子の問題ですよ。
すみません。軽率でした。
良いのよ。・・・私達の家族には、克服しなければならない問題があるようだわ。・・・たまには、カナの話し相手になってね。
・・・はい。
}
{
ママ、ただいま。
お帰り・・・。今日も遠回りして来たの?
うん・・・。秦野のおばさんに会ったよ。
秦野のおばさん?
カヲル君の友達のカナちゃんのママだよ。
カナちゃんて、誰なの?
同じ中学の二年生・・・。
そう。・・・宿題をしなさい。
はい。
}
3
{
ブックさん、私、妊娠しました。コマンダーには、除隊の意思があることを伝えた・・・。
彼から、聞いていますよ。一緒に除隊しよう。・・・僕達は一緒に志願した。除隊するのも一緒だよ。
良いの?
うん、コマンダーは賛成してくれたよ。・・・病院は?
結婚した時、子供が出来たら、ここに行きなさいってお母様が・・・。
お袋が?
ええ、年配の先生で、私達の家の事を知ってた。・・・高齢で初産だから、不安だわ。
そうだね・・・。ドクターは何て?
特には・・・性交渉は控えるようにって言われました。マストではないようです。
}
{
ブックさん。除隊しますか?
そう・・・女房が除隊すると決めたんでね。
慰留はしません。
解っているよ。僕達は、二人で一人だったからね。
奥さんが、妊娠したそうですね。
うん・・・恥ずかしながら、遅く来た子だよ。来るかもしれないベビーだ。
来て欲しいですか?
勿論だよ・・・。切望している。
ブックさん、Aランクの席を明け渡しても良いですか?
心残りはあるけど、一人では戦えない。
ランクダウンして、戦う方法もありますよ。
いや、やめておくよ。・・・僕達は晩婚でね。子宝に恵まれるとは思っていなかった。・・・大事にしたいと思ってる。
はい。願いが叶うと良いですね。
コマンダー、世話になったね。
いえ・・・。
}
4
{
(除隊後、初めての土曜日。ブランチのテーブルに着くブックさんとワイフ。)
ブックさん、ケーブルテレビ、見ますか?
そうだね、午後のバトルを見ようよ。また、少し、庭に出るよ。雑草との戦いは果てし無い。
そうですね。・・・私達、Aランクの3組でしたね。
うん・・・。今日は、誰が飛ぶんだろうね。
判りません。私としては、マシュー推しです。
マシュー?・・・ああ、バンビの子供達の一人だったね。
ジョシュアも有望だわ。
ジョシュアって、誰?
イケメン、ジョシュア。DかEで頑張ってる。戦略分析室の櫂ちゃんの恋人だって。・・・アノゥニマスもあるかな。みんな、若い。眩しいくらいよ。情報通だね。
ただ、知っているだけです。でも、心の支えになる。誰でも、自分のストーリーを生きているから。・・・ブックさん、まだできると思って退役した戦士は、自己矛盾を抱えることが多いそうです。あなたは、どうですか?
・・・心配事が、増えそうだよ。雨だれ岩をも穿つ、石の上にも三年、困難の解決は自身の内に見出せ・・・そんな風に生きてきた。君と結婚して、家庭生活に懐疑的だった事を忘れた。
}
{
(日足が伸びた季節の夕暮れ時、まだ明るい時間に夕食の席に着く二人。)
ブックさん、芋の水割り、作りましょうか?
ん?・・・ああ、そうだね。
変な遠慮はしないで下さい。妊婦には、いろいろな制約があります。禁酒、禁煙、その他にも。・・・でも、あなたが、同じ事をする必要はありません。
そうか・・・。
してはいけない事もあります。
何かな?
妊娠中に、妊娠中でなくても、浮気したら、私はあなたをぶっ殺します。
ハハハ、良いね。覚えておきます。
濃いめの水割りを作るわ。
}
5
{
(土曜日、バトルが終わった後。)
ブックさん・・・ブックさん。
ああ、スリーピー。
除隊したと聞きました。
うん、手続きが残っていてね。済まして来たよ。
思い残すことは、ありませんか?
・・・無いと思うかい?
いいえ、愚問でした。
・・・定年には、まだ間があるから・・・しばらくは、役所と自宅の往復になる。庭の手入れにも、時間を使えるようになるだろう。
サボテンを育てているそうですね。
まあ、鉢植えがメインなんだ。小型のサボテンだよ。だんだん、数が多くなる。
ブックさん、余裕ですね。
そうでもないよ。
}
{
スリーピー、女房は高齢で初産だ。心配の種は尽きない・・・。僕は、どうすれば良いんだろうね。君は、どうしてた?
特には何も・・・。週日は倉庫に行って、土曜はバトル・フィールド、日曜の昼はたまに外食したり。ハナは、何も言わなかったし、俺もそれで良いと思ってた。
酒やタバコは?
晩酌はしてた。今でもですけど・・・。喫煙は、自室で・・・。
そうか、難しい事じゃないんだ。
だって、妊娠や出産に関しては、俺が出来ることなんて無いじゃないですか。せいぜい、性交渉を控える事くらいですよ。後は、定期的に病院に行って、出産も病院でした。任せるしか、ありませんでした。・・・無力といえば無力かな。
ハハハ、そうか。少し、気が楽になったよ。
}
{
(帰宅するブックさん。)
ただいま。
お帰りなさい。ご苦労様でした。手続きは済んだの?
うん。帰りがけに、スリーピーと会ったよ。妊婦の夫の先輩だ。
何か言ってましたか?
色々と教えてもらったよ。セックスは、ほどほどにせよ、とか・・・。参考になったよ。
良かったですね。
ああ、そうだね。
}
令和4年7月