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Scent of a Girl Ⅱ

(日曜日の10時頃、Gの事務所を訪れる沙羅。)
G、おはようございます。
ああ、沙羅か・・・おはよ。
気分はどう?
良くはない。
いつも通りだね。
そうだなあ・・・。除隊してからは、ちょっとなあ・・・。
除隊が理由じゃないでしょ?・・・任務は、土曜日だけだったし。
うん。
沙羅、今日もター坊と食事かい。
いいえ、今日はね、昼食時に用事があるの。ター坊とは2時に約束してる。彼、ジョーの所に行ってるの。理由は解らない。昼食に招待されたんだって。
モスキート・ジョーが自宅に招待したのか・・・。どうしたのかな?
さあ・・・。私は、家に帰って、家族と昼食・・・話があるそうよ。お兄ちゃんは出かけるから、お父さんとお母さんと私で・・・。
そうかい・・・。
気が重いわ。・・・良くないことの前兆よ。
そんなことはない。ご家族は、いつでも君のことを想っているよ。
そうかしらね。
君は、巣の中の雛だ。
承伏しかねる・・・。
まあまあ・・・年寄りの言う事は聞くもんだ。
はい。・・・この前は、ごめんね。立ち入った事を訊いて・・・。
構わんよ、気にするな。怠惰な老人には良薬だ。
・・・ねえ、G、人の考えを識ることは大事なことでしょうか?
そう思うよ。・・・家族であれば、尚更だ。
私の考えとは、相反するかも知れない。
だとしても、ご両親は自分達の考えを押し付けたりはしないと思うがね・・・。
だと良いけど。・・・G、キャロルとの事だけど・・・。
ん?
背徳的な事をしましたか?
・・・うん・・・。
それは、私が想像するような事?
沙羅、当たらずとも遠からずだろうね。
そうですか・・・。
沙羅、神は自身に似せて人を造った。人が神になろうとしてもおかしくはない。人には能力があるからね。でも、人は神になることは出来ない。それは、不可能なことだ。いろんな例え話があるが、人は神になることは出来ないと言っている。だから、ヒューマニズムにも限界がある。俺たちが教わった未来は、少し違うようだよ。
・・・G 、私、帰るわ。
ああ、今日は、ありがとな。

(ファミレスの片隅でコーヒーカップを前にして、スマホを見ているター坊。沙羅が近づく。)
待った?
数分、待ったよ。・・・どうかしたか?
別に・・・大丈夫よ。
これから、どうしようか?・・・特に、考えはないんだ。
あなたの部屋に行きたい。お母様が、在宅なら諦める。
何故だい?
私達が中途半端な関係だから。無遠慮に、あなたの部屋に出入るするのは礼を失する行いだわ。・・・留守の間に、あなたの部屋で逢い引きするのもどうかと思うけど、目的も無く外を彷徨うのはつまらない。・・・私達は、行く所が無い・・・。
・・・・・・。
もし、お母様がご在宅なら、私の部屋に来て。
シュガー、同じ理由で行けないよ。俺の所に行こう・・・お袋の帰りは日が暮れてからだろう。明るいうちに帰れば問題ないよ。顔を合わせたって、ノープロブレム。お袋は、おまえを歓迎するよ。
・・・気休めを言わないで。息子の恋人を歓迎するマザーは居ない。
やれやれ、問題を複雑にするなよ。・・・行こうぜ。
はい。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
(ファミレスを出て、徒歩でター坊の家に向かう二人。)
シュガー、何か言われたのか?
何も・・・。拍子抜けするくらい。身構えて損した。高校の様子を訊かれたわ。あなたのことも・・・。
俺のこと?
そう、どんな人かって・・・。
俺、どんな奴だい?
私の幼馴染み、今は高校の同期、土曜日戦争の戦友、特別な男友達・・・そう答えたわ。
そうか・・・。
何か、文句ありますか?
ハハハ、無いよ。・・・事実だけど、たいした答えになってない。
解っています。

(ター坊の部屋で。)
さあ、着いたよ。周りの家からは、やや見劣りがする。
私にとっては、特別な場所です。あなたの家だから。
おいおい・・・まあ、入って。
はい。
ーーーーーーーーーーー
あなたの部屋、狭いね。
おまえの部屋よりは狭いかもしれないが、そんなに大きな違いがあるとも思えないけどな。それに、俺には充分だよ。
解ってる・・・。モスキート・ジョーの奧さんにも会ったの?
うん。
どんな人?
そうだなあ、ジョーより年上で美人、料理が上手だ。ジョーとは再婚、子は居ない。ラブラブだよ。ジョーの初恋の人だって。
(タブレットを操作するター坊。二人で、顔を寄せ合い、画面を見る。)
彼女の記事だよ。歯切れの良い文章だ。・・・ほら、このコラムは秀逸だ。誰にでも書ける作文じゃない。
・・・誰と共に居るかによって、人は生きもするし、死にもする?
うん、好き嫌いの話じゃない。向き合うのか、背を向けるのか・・・。
何を言ってるのか、解らないわ。
それで良いのさ。・・・遅かれ早かれ解る時が来るよ。

(Gについて話す沙羅。)
Gのとこに行ったのかい?
行ったわ。今日はお父さんとお母さんと、昼食を共にするように言われた。朝から、その時間まで待つのは辛い。だから、Gの所に行ったの。話の続きもあったし。
話の続き?
そうです。・・・G、土曜日戦争リタイアしたでしょ。キャリアハイがAランクの彼が、飛ぶのを辞めて、雑用係りになった。それだけ、土曜日戦争に思い入れがあった。そして、それを失った。気になるでしょ?
まあな。でも、個人事務所をやってるんだろ?
それが、生きがいになると思う?
そう思うけどな。
ター坊、鈍感だよ。老人は幾許かの蓄えがあり、好きな事をして、悠々自適な老後を過ごしている・・・そう、思いますか?・・・Gは自尊心を失ったわ・・・。
う〜ん、そう言われると、そうでもないのかなあ・・・。
前の土曜日戦争で、GはAランクのアビエーターだった。・・・キャロルと不倫してたの。キャロルはいろんな問題を抱えていて・・・睡眠障害、アルコールのオーバードーズ、長引く鬱状態。自殺したわ。Gは、一時、彼女と彼女の肉体に溺れた。奥さんは、気付いていたけど黙っていた。
それで、今になって、責めたのかい?
責めてはいない。有耶無耶にしたくなかったのよ。
どうしてだろうね?
嘘や偽りのない余生を送るためだと思います。・・・私、キャロルと背徳的な事をしたかと訊いた。Gは否定しなかった。それは、私が想像するような事かって言ったら、当たらずとも遠からずですって。
おまえが想像するような事って何?
お口やアスホールを使う性行為・・・。
・・・マイ・ゴッド・・・。ダーティ・オールド・マンだ。
事実ならね。・・・老人は、どんな夢を見るんでしょうか・・・。
酔って、昔を懐かしむ夢だろうよ。・・・シュガー、若者の見る幻は・・・何かな?
解りません。・・・私なら、堅実な家庭生活です。私達の子供達を育む、慎ましやかな揺り籠・・・。
・・・沙羅・・・そうかい・・・。

ター坊、私ね、子供の頃、お父さんに喜んでもらおうと思って無理したことがあったの。
そうなのか?
はい。お母さんに頼んで、年上のみんながやるようなことをしたの。でも、うまく出来なくて、すぐにやめた。・・・私、お父さんのペットになりたかったの・・・。
解るよ、紗羅・・・ブルーローズもそうだったって言ってたよ。ブルーローズは、お父さんが大好きだったって。
そうなの?
うん、彼女から直接聞いたことがあるよ。・・・なんか、言いづらそうだったけど。
・・・なんで、ター坊に?
解らないよ。・・・チーフKと結婚する前のことだった・・・思い出したんだろう・・・。親子は難しいよな。
そうですか・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーー
紗羅、俺、色には意味があると思うんだ。万年筆のインクなら、ブルーブラックが好きだな。気品がある。黒と赤は普遍的で最強だが、暴力的だよ。・・・微妙なのは緑だ。他の色ほど強くはない・・・気品があるとも思えない。でも、目に優しいし、存在感がないわけじゃない。だが、緑だけでは存在意義が無いように思える。三原色って何だっけ?
赤、青、緑かな・・・。全部足すと白になる・・・。
ああ、それ、光の三原色な・・・絵の具だとシアン、マゼンタ、イエローだったかな。混ぜると黒になる。
・・・物知りだね・・・。
紗羅、プレゼントがある。
私に?
うん、これだよ。そんなに高い物じゃない・・・でも、品質は世界レベルだと思うよ。ビリーが言ってた。日本から持っていったら、アメリカの友人たちがビビってたって。黒赤青緑のボールペンとシャープが1本になってる。凄いと思わないかい?・・・だから同じ物を、太さを変えて2本づつ買った・・・俺とおまえに。
・・・嬉しいわ・・・。
沙羅、俺、おまえが好きだ。
識ってる。
そうか・・・。
私もあなたのことが好きだけど、識ってる?
まあ・・・。
良く識ってる?
・・・沙羅、良く識ってるよ。
良かった。

男と女と蛇の話をしようか?
面白そうだわ。どんな話?・・・聞かせて・・・。
うん・・・男と女が楽園に居た。彼らは、裸だったが羞恥心を感じることも無く、経済的な制約もない。楽園の木の実を自由に食することが出来たから。一本の木の果実を除いては・・・。
良いわね。
ある時、蛇が女に囁いた。その木の果実を食べても大丈夫だって。・・・それで、女は木の実を食べた。そして、男にも勧め、男も食べた。・・・質問がある。
何ですか?
女は、躊躇なく食べたのかな?
さあ・・・。
食べたら死ぬって言われてるんだぜ。
私なら躊躇うわ。でも、美味しそうだったんでしょ?
そのようだ。で、どうなったと思う?
追放ですか?
そうだね。Deportedかな。
それは強制送還です。追放とは、意味が違う。
そうか、まあ、追放されたんだけど、条件付きだ。
どんな条件?
女には産みの苦しみを増し、苦しんで子を産んでなお男を慕い、男が女を治める。男には、一生苦しんで地から食物を取れって・・・。
女が木の実を食べなかったら、良かったの?
いや、そういう話じゃないんだ。・・・彼らは、そうしたという話なんだよ。俺の話は、おしまい・・・。
ーーーーーーーーーーーー
俺、なんかモヤモヤしてるんだ。
何?
20世紀のキーワードだよ。誰に聞いたんだっけなあ。思い出せない。スリーピーだったかキッドだったかなあ。
彼らは、歳の離れた双子だわ。
まあ、そう言えなくもないが・・・。なんで、思い出せないんだろう?・・・ジョーだったかなあ。
キーワードは覚えてる?
うん・・・CapitalとE=mc2・・・。誰だったかなあ・・・。
マルクスとアインシュタインですか?
そう・・・マルクスは英国の産業革命の中で、子供達の労働をも搾取する資本の暴力に怒りを覚えた。一方、舌出しおじさんだが、エネルギーは物質×光速の自乗って、おかしいよな。ほぼ無限大だ。でもよう、それが核爆弾に結実した。・・・問題は、そこじゃなくて、どうしてそんな発想に至ったかってことだ。・・・光速は不変だと言うけど、無限大から徐々に遅くなってるんじゃないかな。
ついていけないんですけど・・・。
シュガー、もう一人居たよ。人をリバース・エンジニアリングした男が。
誰?
フロイト・・・白板症で顎を落とした。彼も、ユダヤ人だったのかなあ?
検索してみれば・・・。
あまり、執着したくない。
・・・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
シュガー、ちょっと仮眠して良いかい?
はい。
すまんね。少し疲れたようだ。
私も、そうして良い?
ああ、窮屈なベッドで良ければ・・・。
ジーンズを脱いで、横になっているター坊に背後から抱きつき、足を絡ませる沙羅。
ーーーーーーーーーーーーーーー
シュガー、今度は俺がおまえを抱き枕にするよ。
良いわ。
向こうを向いて・・・。
こう?・・・お尻をジロジロ見ないでね。
ああ、タイマーをセットしよう。二人で寝落ちしたら大変だ。15分で良いかな・・・。
30分・・・。
微妙だな。20分にしようか・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ター坊?
・・・うん、勃起した。離れようか・・・。
はい。
(手足を解いて仰向けになる二人。)
ねえ、ター坊・・・マス・・・する?
ああ、そうしたい時には・・・。
性欲の対象は、私ですか?
おまえか、おまえに似た誰かだよ。
楽しいの?
いや、そうでもない。所詮、妄想だから・・・。罪悪感もあるしな。自分で自分を汚すとする向きもあるようだし。
そう・・・。
昔な、オリンピックの期間中に、正常な性生活の為だと言って、一時帰国した選手が居たそうだ。・・・俺、驚いたよ。日本人じゃない・・・。
チャレンジャーだね・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
シュガー、送って行くよ。
はい。
(黙って、身繕いする沙羅。)
行こうか?
・・・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(沙羅の家に送っていく途中、ター坊は沙羅が泣いているのに気付く。)
シュガー、どうした?
・・・何でもない・・・。
(人気の無い角を迂った所で、ター坊は左手で沙羅の髪を掴んで上を向かせてキスしながら、ジーンズの股間に右手を当て、持ち上げるような仕草を。)
・・・何をするの?
・・・・・・。
乱暴だわ。
・・・否定はしないよ。・・・ここで別れよう、おまえの家はすぐそこだ。明日、学校で会おう。
はい。
ーーーーーーーーーーーーーー
沙羅と別れ、押し黙って、足早に帰宅する。
(泣きたいのは、俺の方だよ。)
お帰り、達也。
ああ、母ちゃん・・・帰ってたのか。
スパローと一緒だったのかい?
うん・・・送ってきたよ。
おまえ、ひどい顔してるね。
そうか?・・・部屋、片付けるわ。
(自室に戻るター坊。ベッドのシーツが乱れている。ベッドを整え、タブレットを充電器に。そうこうしていると、母の呼ぶ声が。)
達也、お蕎麦、食べに行こうか?
良いね。
ーーーーーーーーーーーーー
母と二人で、近所の蕎麦屋に向かう。
スパローって、どんな意味?
雀、まあ小鳥の類だよ。・・・実物は、スタイルが良くてスマートな娘だ。
頭が良いってことか?
うん。
そうかい・・・勉強になったよ。
ーーーーーーーーーーーーー
席に着く二人。
あたしは鴨南蛮にする。熱燗をつけても良いかい?
勿論だよ。俺は、カツ丼にするかな。
(運ばれてきた丼と熱燗を前にして、しばしの沈黙。)
母ちゃん、俺が酌しよう。
そうかい・・・。
俺が居るのに手酌じゃな。・・・ほら、どうぞ。
うん。
(母は両手で猪口を持ち、注がれた酒を口に運ぶ。)
ーーーーーーーーーーーーーーー
(食事も終わる頃。)
母ちゃん、もう一本飲むかい?
いや、やめておこう。充分だよ。
そうかい。じゃあ、帰ろうか。・・・俺が払うよ。
うん。ありがとな。
お安い御用だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
今夜は、贅沢させてもらったよ。
鴨南蛮と熱燗一本がかい?
違うよ、そんな意味じゃない。
そうか・・・母ちゃん、俺につかまれよ。転んだりしたら、大ごとになる。
そうだね。それほど酔っちゃいないが、支えてくれるか?
ああ、ゆっくり歩こう。過信は禁物だ。
・・・・・・。
家に帰ったら、後は寝るだけだよ。
今夜は、何の憂いもなく眠れそうだ・・・。
母ちゃん、俺、足りてるか?
そうだなあ・・・イマイチかな。やや劣るって事で良いか?
ああ、覚えておくよ。
忘れろ・・・どうでも良い・・・。あたしに、自分の価値を問うな。・・・母親に、自分の価値を問う子が、どこに居るんだ・・・。
すみません。
ーーーーーーーーーーーーーー
部屋に戻り、ベッドに身を横たえ、タブレットを操作する。突然、降り出した雨が窓を打つ。時折、雷も。
春雷か・・・。眠るまで続けば良いが。・・・過ぎたるは及ばざるが如しだな。
いつしか雨も止んで、つまらない夜になった。
・・・まあ、目を閉じていれば眠れるさ。
ーーーーーーーーーーーーー

(夕食後のマシューと沙羅。)
沙羅、拗ねるのもいい加減にしなさいな。
・・・私、父母の小言は聴きたくない。
ター坊と、何かあったのかい?
・・・何もないよ・・・。
物事は、なるようになる。思い煩うのは愚かな事だ。明日になれば、元どおりだよ。
そうは思えない・・・。
でも、そうなる。明日になれば解るよ。明日じゃなかったら、次の日にそうなる。世の常だ。
信じても良い?
・・・信じようと信じまいとそうなる。大丈夫だよ。・・・何であれ、通り雨のようなものさ。一時は騒めくが、それだけだよ。
そうだと良いわ・・・。

(No  Works.)

                          令和4年5月


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