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怠惰と高慢Ⅳ

副題:Man in the House



日曜の朝、午前5時。自室で目をさますG。首に凝りが残っている。

(何年も前の事。バトルフィールドの建物裏の喫煙スペース。当時の建物は、今に比べれば小さく質素な物だった。)
G、キャロルが死んだそうです。
死んだ?
はい・・・自殺だそうです。
サム、彼女と関係したかい?
・・・貴方もでしょ?
うん。彼女、まだ、席はあるのかい?
いいえ、除隊申請をしています。申請日に遡って承認するようです。
まあ、そうなるよな。他にも、隊内に、彼女と関係を持った男が居るのかな・・・。
ざっと調べたところでは、確認できませんでした。
そうか。・・・葬儀は?
市の広報課で対応すると聞いています。
残念だよ。

(コーヒー、喫煙、トイレ。ネットでヘッドラインをチェック。新聞は取っていない。朝風呂に入り、身繕いをする。)
お父さん、日曜くらい家でのんびりしたらどうですか?
それも悪くはないが、週日にだらけているからね。
勤め人根性が抜けないのね。・・・リタイアしたんだから、勤め人の振りをする必要はないのよ。
解ってはいるんだけどね。
いつまでも、自己矛盾を抱えることになりますよ。
・・・・・・。
G、男にとって勤め先が全てですか?勤め先を失えば、全てを失うんですか?
まあ、そうだろうね。
愚かですね。
えっ?
だから、私の夫は愚か者だと言っています。
率直だね・・・。
行ってらっしゃい。休日のレクリエーションなんでしょ。ランチを用意して待っています。



(国産の小型車で「事務所」に着く。駐車して「事務所」に入るG。PCの電源を入れ、簡単に掃除をする。机の上を整理していると、携帯の着信が。)
爺さん、おはようございます。
ああ、スリーピーか、おはよ。
これから、行っても良いかい?
もちろんだよ。
もうすぐ着くよ。もう向かっているんだ。
そうか・・・。
(気配を感じて外に出るG。スリーピーが駐車した軽から降りてくる。)
爺さん、元気そうだね。
そうでもないよ。まあ、なんとかやってる。
コーヒーをご馳走するよ。良い豆が手に入ってね。
ここに用具は無いが・・・。
持ってきたよ。心配ご無用だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スリーピー、そんなにマメな男だっけ?
爺さん、特別サービスだよ。
そうか、有難いなあ・・・。


スリーピー、ハナは元気かい?
お陰様で・・・。
男の子だそうだね。
そう、そろそろ歩くかな。言葉が遅い。心配はしていないです。
父親になるって、どうだい?
実感がない。みんなに祝福の言葉を貰って、そう思わなければいけないのかなあ、と思ってるよ。・・・責任を感じている。
そうか・・・。
俺さあ、叡智の優しさって何だろうって考えてるんだ。良い生活を送るのに、最低限の要件があるとすれば、俺、少し足りてないのかなあ。
良い生活?・・・それは、どんな生活なんだろうね?
さあ、爺さんやコマンダー、チーフKみたいな・・・。
俺は、惰眠を貪るだけの老人だ。それが、良い生活かい?
まあ、良く生き延びてるし、まだ、立って歩いてるからね。大した理由もなく激昂する事も無いだろうし。



爺さん、妻のオーガズムには、どんな意味があるかな?
さて、長い目で見れば、一時的なものじゃないか。
オーガズムを識ることと、識らないことに差があるかい?
どうかな?・・・俺、オーガズムを識らない女と暮らしたことがないからな。でも、今は寝室を別にしている。妻は、優しいお婆ちゃんになった。俺は、気難しい爺さんになったよ。
ハナは、俺と一緒になる前、一年くらい同棲してた。
知ってるよ、ウインディだよな。
そう・・・別れ話を切り出された時、彼が軛を外したと思ったそうだ。どういうことかな?・・・彼が、ハナに嵌めた軛ってなんだ?
さて・・・。訝っているのか?
・・・爺さん、もう一杯飲むかい?
ああ・・・。
(ゆっくりと、丁寧にコーヒーを淹れるスリーピー。)


スリーピー、ハナはオーガズムを識ったのか?
うん、そう思えることが何度かあったよ。ペニスの根元で、それを感じる。その時、俺は自分の内部から湧き出る力を感じた。すぐに消えゆく快感だ・・・。
妄想だよ。・・・スリーピー、心は抜け出すことが出来ない迷路だ。迷ってばかりでは、疲弊し、鈍感になり、生気を失う・・・俺のようにな。
爺さん、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生み出すそうだ。
ん?
チーフKに教わったよ。・・・信じて良いかな?
信じたければ、そうすると良い。・・・長い時間をかけて識ることになるだろうね。


(帰り支度をするスリーピー。所作が丁寧だ。)
爺さん、帰るよ。
そうか、ありがとな。
(車まで、送りに出るG。)
ずいぶん、長いこと乗ってるんだな。
うん、初めて買った車だからね。でも、買い替え時だなあ。
電気自動車かい?
いや、電気はダメだと思ってる。せいぜいハイブリッドかな。ガソリン車でも良い。走れば良いのさ。



ただいま・・・。
お帰りなさい。ご苦労様でした。手を洗ってから、テーブルに着いてね。
うん。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
スリーピーが来たよ。
スリーピーって、Jさん?
うん、ドリップ用具を持って来て、コーヒーを淹れてくれた。
そう・・・よかったわね。どんな話をしましたか?
他愛もない、世間話だよ。
・・・・・・。
若い頃、体重を落とすためにジョギングをしてたことがある。ある年、ザリガニが大量発生してな、孵化したばかりのザリガニが、道路にまで・・・。俺の影が近づくと、小さな両方の鋏を振り上げるんだ。踏み潰すことが出来なかった。
赤ちゃんでも、戦おうとするから?
そうだね。小さな体に似合わないほど大きな両方の鋏を、必死で振り上げる・・・健気だ。息子や娘も、まだ幼かったし・・・。
お父さん、息子は就職していたし、娘は結婚していましたよ。
そうだったかな。記憶違いか?
印象の強弱によって、記憶が入れ替わったんでしょう。平凡な日常生活の時間が欠落することは、よくあることなんでしょうね。
そうか・・・。俺、そんな風に憶えているんだけどな。
だったら、そういうことにしておきましょう。私は、構いませんよ。



(昼食を済まし、自室の粗末なベッドに身を横たえるG。)

爺さん、俺、倉庫を辞めようかと思ってるんだ。
迷いがあるのか?
ああ、大いにあるね。
辞めて、どうする?
・・・・・・。
なら、辞めるべきではないな。
俺、コマンダーのように、土曜日戦争の専従になりたい。
その時期じゃないよ。・・・スリーピー、おまえは父親の役割を果たせ。
チーフKもそうだけど、彼らは土曜日戦争に専念している。
羨ましいのか?
うん。・・・爺さんだって、気儘に生きてるし・・・。
気儘にか・・・そんなこと、ねえんだけどなあ。・・・悩んだ時に、何もしない事を覚えただけだよ。良いか、スリーピー、おまえの息子はまだ小さいが、子供はすぐに成長する。・・・息子に何を教える?
そうだなあ、成長すれば、いずれ様々なトラブルに遭うだろうから、自分で対処できるようになって欲しい。
自分は、そうなっているか?
難しいな。胸張って、そうだと言える自信は無いよ。
それで良い。息子も、おまえくらいにはなるだろうよ。・・・なあ、スリーピー、辞めるのは、いつでも出来る。
爺さん、参考になったよ。・・・もう少し、続けてみるわ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
スリーピー、良い伴侶に恵まれるのは難しい事だ。・・・ハナは良い伴侶だ。
爺さんの奥さんも、そうかい?
・・・言うまでもないよ・・・。


(昼寝から目覚めるG。体が重い。)

サム、キャロルは教授と不倫してた。
はい。そう言っていました。処女だったそうです。
うん・・・そのようだね。それは、良い事だろうか?
判断する立場に無い・・・。若い娘が、年上の、経験豊富な男とセックスするのも悪くはないでしょうね。
まあ、そうだな・・・。

(自室を出て、階下に降りるG。)
お父さん、お目覚め?・・・何時か判りますか?
ああ、午後2時30分だ。寝ぼけてはいないよ。
お茶、淹れましょうか?
うん、ありがと・・・。少し、庭を引っ掻くかな。
勉強した方が良いですよ。そんなに広くはない庭だけど、お父さんには経験がありません。自分の考えだけで、なんとかなると思っていませんか?
まあ、草刈り程度だし・・・。
草刈り程度?・・・偉そうですね。庭木の剪定は?虫にやられた時の処理は?隣の敷地に伸びた枝はどうしましょう。・・・使わなくなって放り出されているだけの植木鉢はどうしますか?
・・・考えてみるよ。
そうね。考えるだけでなく、手足を動かすと良いでしょうね。
はい・・・。



(老夫婦二人だけの夕食。Gは芋の水割りを、ゆっくりと口に運ぶ。)
「事務所」だけど、今月中に引き払うよ。
来月末って言われてる・・・。
決まっているなら、早い方が良い。
私、頼んでみようか?
いや・・・今までだって、好意に甘えていたんだ。頼む必要はない。
そう・・・。引き払って、どうするの?
二階の自分の部屋に移すよ。
ますます、家から出なくなるわ。
必要な時は、出るよ。心配するな・・・。
・・・お父さんは、引き篭もりの経験者だからね。10代で一度、20代でもう一度・・・。70代で三度目になるかも。
若い頃と今では、意味が違うよ。同じ年頃の連中、何人も有難い所に引き篭もった。
お父さん、悪い冗談ですよ。
俺、昔、テレビで見たことがある。天国に行くとな、偉い人が居て、優しく話しかけてくれるそうだ・・・。
「あのよ〜・・・。」って。
ハハハ、そうだ。前にも話したっけ?
その時は、酔っていました。珍しく、上機嫌だったわ。
覚えてないなあ・・・。


お父さん、自宅で生きて行くのですか?
まあ、他に場所が無いからね。
そうしたいですか?
他に方法も無さそうだし・・・。
・・・お父さん、自ら進んでするのと、仕方なくするのとは意味が違うわ。
そりゃそうだ・・・。そうだよなあ・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
お父さん、あなたが、何とか体面を保って生きてこれたのは、私がサポートしてきたからです。
・・・俺も、そう思うよ。
意見が一致して、良かった・・・。
俺もだよ。

               令和4年6月

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