楽園の狂人Ⅹ

１

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（昨日の午後、激しい雷が鳴り、雨が降った。エムは、自室で飲んでいた。携帯に着信。西公園の神だった。）
よう、エム。雷が凄いな。
はい、そうですね。今、室内の注意事項をチェックしていました。
そうか、まだ生きるつもりか？しぶとい奴だ。
はあ・・・。嵐の日は楽しいですよ。
うん、しかし残念ながら、すぐに鎮まるだろう。俺も天気予報をチェックしている。
ハハハ、西公園、まだ生き延びるつもりですか？
不慮の事故で死にたくないだけだよ。
家の中での感電はレアケースでしょうから、大丈夫です。
いやあ、気にしちゃったよ。電子レンジ使うのやめようかなあとかな。
やれやれ・・・。
大昔のテレビだが、芸人の言った言葉を覚えていてな。彼はこういう意味のことを言った。「俺は、クソ小便垂れ流しながら、死にたくねえって言いながら死んで行く。」言葉は違うかもしれないが、俺、相当ショックだったんだろうなあ。今でも覚えているんだから。
・・・・・・。
昔のテレビは凄かったよ。妻に出て行かれた男が赤子を背負って、帰って来てくれようって叫んでいたからなあ。
う〜ん、それは凄いですね。
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２

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今朝、庭に出る前に郵便受けを確認するエム。中学校の同窓会の案内がある。エムが、電車で通った中学校を卒業したのは６０年前のことだ。
その市内の進学校に隣接した中学校だった。
ブレストストロークとフリースタイルで市の大会に出場した同級生が居た。
ブレストストロークの彼が、授業で泳いだ時、エムは目を奪われた。ひと掻きひと掻きの進み方が違う。フリースタイルの彼は、背も高く力強いビート。とても敵わない。
一学年、５５人クラスが１１、体育館をベニヤ板で仕切って４クラス作るような学校だった。
一学年上に、目立つ女子が居た。体も大きく、運動に優れていた。先に卒業したが、社会に出たのだろう。確認したわけではないが、エムはそう思っていた。そうした女子を受け入れる街だったから。
３年になり、妙に突っ張り始めた小柄な男子が居た。ある日、大柄な同級生に挑み、何度も校庭に転がされていた。彼は、放課後、掃除の時間に、エムの行手を無表情に遮った。
進路が決まった頃、別の同級生は、とある企業に行くと。そこでは高校の勉強も出来ると言った。給料を貰いながら勉強も出来ると言った彼は、いくぶん誇らしげに見えた。
子を産みたいと言った女子が居たそうだ。
大学教授や弁護士、公共放送のアナウンサーになった者もいた。
学業に優れた者も、運動に秀でた者も、そうではなかった者も、それなりに社会の波の中に消えて行ったのだ。
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３

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同窓会の案内を確認するエム。
母校支援金一口千円、通信費一口千円。同窓会費は一万円だが、今回はパスすることにし、二千円を郵便局で振り込む。炎天下、徒歩で往復３０分余り。
郵便局からの帰り、いったん自宅に戻り、汗が引くのを待って着替え、酒瓶とツマミを下げて西公園宅を訪れるエム。
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やあ、エム、今日も暑いなあ。
そうですね。
エム、君の願望は自己実現だそうだね。
はい、そう思っています。それか、ビッグマネーですかね。
大金？
はい、例えば宝クジの高額当選のような。
無理だな。考えても見ろよ、宝クジの還元率は５０％以下だ。
ですよねえ。
エム、ご気楽だな。もう少し、足が地に着いた人生を考えた方が良い。
はい、勉強になります。
まあ、俺たちも充分に生きただろうから、適当に余生を過ごせば良いだろうよ。
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西公園、俺、適当に余生を過ごすって気にはなれない。
そうか、俺もだよ。こんな酔っ払いだが、考えている事もあるんだ。
何を考えていますか？
ハハハ、この世界が、これからどうなるのかだよ。他に考える事なんて無いだろ？・・・ただ、時間的に長くてなあ。人の一生は短かすぎるよ。
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俺の高校の同期で、４浪して東大に合格した奴が居たそうです。演劇にハマって自殺した奴、失恋して自殺した奴も・・・全部噂話です。
そうか、君って、隣人に無関心なんだ。全部噂話で、確認したわけじゃないんだな。
確認しようがありません。まあ、そんなもんかなと・・・。
他人事か。まあ、こう暑いと、変な事を考えるよな。頭がおかしくなるんだろう。
過去を悔やまず、未来を憂えず、ですか？
まあね・・・それにしても今が空虚だ。ドリーム感、ワクワク感がねえんだよなあ。今日は、近くのクリニックで血圧降下剤を貰ってきた。まあ、ドクターの簡単な聞き取りがあって、処方箋を薬局に持って行って薬を買うんだけどね。概ね２ヶ月に一回、通っているんだよ。朝から、飲み物に気をつけてな。俺、頻尿系だから・・・。
頑張りましたね。
ああ、少し頑張った。そしたら、１日が終わってしまった。役立たずの老人だと思うよ。
生きてるだけでは、いけませんか？
エム、生きてるだけで良いのは若いうちだけだ。誰かの息子や娘は、生きてるだけで良い・・・生きてるだけで充分だ。でもなあ・・・。
・・・・・・。
なあ、エム、俺が考えているのはサクセス・ストーリーじゃない。人は勝利者にはなれない。人を最後に待っているのは、根源的な敗北だよ。折り合いをつけるのが困難だ。そこに救済は無い。荒野だよ。・・・立ち向かう事は出来るかもしれないが、勝つ事は出来ない。
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　　　令和５年８月１０日