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アルバム『Memories』の中にあたたかい光を見つけた話 ~「SHE'S Tour 2024 “Memories”」開幕によせて~

00. はじめに

 先月18日に発売されたSHE'Sのアルバム『Memories』。SHE'Sらしい爽やかさやあたたかさに加えてこっくりとした味わいがあり、一曲一曲が粒立っている。

 SHE'Sが好きなあなたも、数曲だけ知っているあなたも、SHE'Sという名前は聞いたことがあるけど…というあなたも、間違えてこの記事を開いてしまったというあなたも!
 どうかお手持ちの音楽アプリで、アルバム『Memories』を再生してみてほしい。きっとあなたにとってかけがえのない音楽との出会いになるはずだから。あなたの過去をじんわりと照らし、今のあなたを救い、未来を大きな光で照らしてくれるはずだから。

 この記事では、アルバム全曲の印象や好きなポイントをかなりの熱量と文章量で語っています。『Memories』が曲順に沿って聴くと良さが最大限味わえるアルバムなので、順番に読むのがおすすめです。実際に曲を聴きながら読むのもおすすめです。そこまで読む気が起きなかったら、下の目次から目に留まったタイトルに飛んでみてください。もはや読まなくても良いので、この記事を閉じてアルバム『Memories』を聴いてください。普段自分の好きな音楽を誰にも言いたくない人間が、必死になって宣伝したくなるくらいには良いアルバムです。それでは。


01. Dull Blue - Intro

 記憶の中にタイムマシンで帰ってくるイメージだという、SHE'Sの最新アルバム『Memories』のイントロ曲。タイトルの「Dull Blue(くすんだ青色)」は、時間が経過して色褪せたかつての青春(=青)をイメージさせる。

 初めに聞こえてくるウ"――というざらざらした音は、古いレコードやゲームの機械音のようでどこか懐かしい。そこに重なる鳥のさえずりは爽やかかつ穏やかで、木漏れ日の差しこむ森の中へそっと足を踏み入れるようなイメージが浮かんでくる。

 12秒あたりから流れるピアノのメロディーは、とにかく優しい。たまらなく大切で愛しい宝物を丁寧に包み込むような優しいまなざしを感じる音。大切な人の手に撫でられながら微睡んでいるかのような温もりと安心感のある音色に、自然と郷愁を誘われる。その印象は、眠りから覚めてすぐのまだ意識がふわふわとしているときの感覚にも似ている。井上竜馬さんの奏でるピアノの音色は楽曲によっていろいろな色を見せるけれど、ときどき泣きたくなるくらいに優しい音色を聴かせてくるときがある。じんわりと温かくほっとするのに、同時に胸がきゅっとなるような切なさがあるのだ。

 やがてピアノが止むと、鳴り続けていた機械音とざわざわとしたノイズ音は段々と大きくなっていく。それは波がザザーンと押し寄せる音にも似ていて、懐かしい記憶に触れたことで溢れ出した感情が一気に押し寄せてくるような感じがある。埃の被った宝箱をそっと開ける瞬間のような、懐かしさと静かな高揚感

02. Cloud 9

 イントロ曲の音が途切れて間もなく響きわたるボーカルの第一声に、何度聴いても鳥肌が立つ。
 前曲からの最高潮のワクワクが一気に解き放たれるこの気持ちよさは、実際に2曲をつなげて聴くこと以外では味わえないと思う。

 2023年にリリースされた前アルバム『Shepherd』も、インストを除いた1曲目はイントロなしの楽曲だった。竜馬さんの歌声から入る楽曲は、凛としていて透明感のある彼の歌声の美しさに改めて気づかせてくれる。

 恋でも友情でもない唯一無二の特別な感情を歌った歌詞は、全てのリスナーがそれぞれにとっての特別な人を思い浮かべながら聴くことのできるものになっている。
 自分にとって大事な相手との関係に恋人や友達といった名前がつかなくたっていいし、そんな相手に対して抱く感情は恋じゃなくても、友情じゃなくてもいい。このことは、多くの人にとっての救いになりうると思う。
 例えば、SHE'Sの音楽から人生において大切なことを教わり、SHE'Sのライブにはじめての景色を見せてもらっている私にとって、この曲を聴いて浮かぶ相手はSHE'Sというバンドだ。SHE'Sの音楽とともに日々の様々な場面を乗り越えてきた私にとってSHE'Sは人生の一部だし(「You're part of my life」)、SHE'Sが「君がいないと見れなかった 人を想うその美しさを」と歌ってくれるから、私はSHE'Sを想う私自身のことを少しだけ好きになれる。

 また「嘘の中で生き続けたって 僕はきっと僕でしかないんだ ありのままのありったけの姿で歌っていくんだ」という歌詞は、ボーカルであり全楽曲のソングライティングを務める竜馬さんの姿に大きく重なる。彼が自身の考えたことや感情を着飾ったり繕ったりすることをせず、つねに等身大の姿で歌い続けているからこそ、SHE'Sの音楽はリスナーひとりひとりの心に深く響き、永く愛されるのだと思う。

 青春アニメの主題歌を意識して作られた(https://spice.eplus.jp/articles/331412/amp より)というこの曲には、確かに清涼飲料水のCMとして流れていてもおかしくないほどの爽やかさがある。しかし、その「青春感」には、青春の渦中における目がくらむような眩しさよりも、それを少し離れた位置から見つめているような落ち着きが見られる。

 それは、歌詞のなかで、「君」と出逢った過去の思い出を思い返すことで気がついた、現在も続いている感情が歌われているからかもしれない。そんな、恋でも友情でもない、その人がいたから知ることのできた唯一無二の満たされている感情は、歌詞の中で「愛」と定義されている。過去の思い出が気づかせてくれた天にも昇る幸せな気持ち(=Cloud 9)を歌ったこの楽曲は、『Memories』(思い出)というタイトルのアルバムのリード曲として最高だと私は思っている。

 人生の中でこの楽曲に出逢えたこと、この楽曲を通して新しい世界の色を知れたことは、私を本当に満たされた気持ちにしてくれている。

03. I'm into You

 アルバム『Memories』に起承転結があるとすれば、これまでの2曲が「起」としてアルバム全体の印象を伝える導入部分で、そこからの広がりと深まりを見せてくれる「承」の入り口がこの『I'm into You』だと思う。

 個人的には、今作の中で最も「頭をからっぽにしたまま聴ける曲」がこの『I'm into You』だと感じている。なぜなら、耳に飛び込んでくる全ての音が楽しすぎて、反射的にノリノリになってしまうからだ。そのため、「時間も手間もかけられないのでとりあえずアルバムの中でも間違いない1曲だけ聴きたい」という人がいるなら、私はこの曲をおすすめする。きっとあなたにとってヘビロテしたくなるお気に入りの一曲になるし、そのうち他の曲も聴きたくてウズウズしてくるはずだ。

 高速のドラムから始まるこの曲は、イントロからすでに思わず踊りだしたくなるような疾走感に溢れている。ギターやシンセベースの音の動きも聞こえやすいため、全体的に楽器がそれぞれにしゃべっているかのようなにぎやかで楽しい印象になっていると思う。そんな様々な音がサビで揃い、ひとつになって歌っているような感じも好きだ。楽器の音だけではない。目覚まし時計のアラーム音やクラップ、コーラスも左右から次から次へと飛び込んでくるので、これらのワクワクする音たちはイヤホンやヘッドホンで堪能することを全力でおすすめする。

 もちろんボーカルも素晴らしい。英詞の割合が多く韻が踏まれている部分もあることで、耳への馴染み方がとにかく良い。音の響きを重視した作曲がなされるSHE'S楽曲の特長が、これでもかというほどに表れている。例えば、1番のBメロでは「何にもない(nai)」「笑っていたい(tai)」「高い(kai)」「硬い(tai)」「持てない(nai)」と、たった数秒だけでこの数の韻が踏まれている。英詞部分にも、1番と2番で「Take up」「Wake up」というような韻がいくつもみられる。ひとつひとつのフレーズを丁寧に置いて詞を聴かせるような歌い方もできるボーカルの竜馬さんが、この曲では音の気持ちよさを味わわせるような歌い方に振り切っているのも良い。

 80'sのアメリカやイギリスの音楽を表現した(https://spice.eplus.jp/articles/331412/amp より)というが、確かに洋楽に全く詳しくない私が聴いても、メンバーの好きそうな洋楽の風味を感じた。そんな80'sの感じは存分に味わえつつ、普段洋楽に馴染みのない人でも抵抗感なく楽しめるポップさもあり、しっかりとSHE'Sの音楽として昇華されているのが『I'm into You』だと思う。

04. No Gravity

 前曲『I'm into You』に続いて片思いのもどかしさが歌われているが、前曲よりも大人なお洒落さやほろ苦さが増しており、夜が似合う楽曲になっている。前曲『I'm into You』がパキっとした手触りのある音なのに対して、『No Gravity』はタイトルの通り無重力を感じさせるようなふわふわとした音。
 聴いていると、海に浮かびながらぷかぷかと漂っているような浮遊感や、薄い膜に包まれて自分の輪郭がぼんやりとしていくような気分になる。夢、シャボン玉、惑星…というような、少し不思議で曖昧な印象のある単語が似合う曲だと思う。

 高音と低音を行き来するサビが聴いていてとても心地よい。竜馬さんのハイトーンボイスは柔らかく透き通っていて、すっと聞き手の耳に入り込んでは全身へと染みわたっていく。

 一番の聴きどころはなんといっても落ちサビだ。幾重にも重なる主旋律のハーモニーとクラップ、のびやかなコーラスが、ゴスペルの空気感を醸し出している。この楽曲で歌われているのは、相手に対して素直になれない自分自身やそれでもありのままの自分で相手と通じ合いたいという願い、その現実と理想とのギャップから生じる葛藤だろう。そんな主人公の心の動きの全てを讃えるような曲の終盤には、ミュージカルのような壮大さやハッピーなオーラがある。

 片思いの感情を歌った曲やお洒落な雰囲気が特徴的な曲はもちろん山ほど存在する。しかしそうした曲の中で、正体の掴めないような不思議な雰囲気から視界が鮮明になり世界が広がっていくような壮大な雰囲気へと展開していく楽曲は、なかなか見かけないのではないだろうか。多くの人が共感できる歌詞とお洒落な曲調の中に、キラっと光るSHE'Sらしさを感じられる一曲になっている。

05. Angel

 竜馬さんの亡くなった愛犬に向けて書かれた曲。竜馬さんが『Angel』(天使)と呼ぶ相手であり、「生まれてくれてありがとう」など、こんなに素直でまっすぐな言葉をもって愛を伝える相手だ。これらの事実だけでもう、2人の絆は唯一無二の特別なものだと感じずにはいられない。
 竜馬さんから愛犬・ルコちゃんへの愛は『C.K.C.S.』という楽曲でも歌われている。そのため、彼がルコちゃんにたっぷりの尊敬の念や愛情を注いでいることは知っていたし、この数年間ライブで『C.K.C.S.』をやってくれていたことがある種の供養なのかなとも勝手に感じていた。でもこの曲を聴いてから、2人が今まで築いてきたのは、我々が想像するよりもずっととても美しくて強固な、誰にも入り込む余地のない関係なのだと確信させられた。だからこの曲については、歌詞についてあれこれ言うのを躊躇ってしまう。
 ただ、この曲が世に放たれたこと、音楽という形で2人の関係性を私たちに見せてくれたことを、本当にありがたく思った。そして、竜馬さんとルコちゃんの関係性は、楽曲として明確な形をもったことで、本当の意味で永遠に侵されることのない、二人だけのものになったんじゃないかなとぼんやり思った。

 ドラマチックな曲調や歌詞の内容もあって、楽曲全体からあたたかい波や光のようなイメージを感じた。ふんわりとした柔らかさは、前曲『No Gravity』から通じているようにも思う。

 1番のBメロから鳴り続ける音が心音のようで好きだ。2番からドラムなどの音数が増えるのも、どんなにどん底のような気持ちになっても時間は進み続けるし自分自身も前に進まざるを得ないのだと腹をくくり、再び歩き出すような感じがする。

 この曲における竜馬さんの歌声は一層透明かつさらさらとしていて、からからに渇いたのどを潤す水みたいだと思う。空までまっすぐ届きそうだなと思うくらい、爽やかで心地よく感じられる。個人的には、前アルバムに収録されている楽曲『Silence』の、高音のサビが好きな人には、この『Angel』も堪らないと思う。透き通っているのに芯があって、繊細なのに広がりがあって、琴線にこっそりと触れてくる声。

 『Angel』を含めたアルバム収録曲の英詞部分については、アルバムの歌詞カードに竜馬さんによる対訳が載っている。元の歌詞と和訳を見比べながら聴くと、「この表現はこう訳すのね…!」「この部分ってこんな口調だったんだ…?!」といった発見があったり、歌詞の解釈を深めることができたりと、楽曲の世界観によりどっぷりと浸かることができて本当に楽しいので、ぜひ体験してほしい(例えば、「The cold wind reminds me of warm feelings」の「reminds me of」を訳したときの言葉選びが、私は本当に目から鱗だった)。
 ここからは完全に余談だが、FCブログやアルバムの歌詞カードなど、本当に好きでお金を払っている人にだけ対訳が公開される仕組みになっているのが、チームSHE'Sの信頼できる部分だなと個人的には思っている。もっとこの素晴らしさを世界中に知ってほしい!とも思うけれど。

06. Kick Out

 個人的に、アルバムの流れに組み込まれたことで聞こえ方がいちばん大きく変わったのがこの『Kick Out』だった。

 『No Gravity』やタイトル曲『Memories』と同じくすでにデジタルシングルとしてリリースされていた楽曲で、自らを縛り付ける外野や自分からの余計な声をシャットアウトし、人生を切り拓いていこうという宣誓のような曲だと思う。
 リリースされた今年の6月に初めて聴いたとき、最新のSHE'Sが見せる背中はこんなにも大きく力強く頼もしいのかと、眩しく誇らしく感じていた。言い換えれば、気圧されていた。すでに新たな覚悟を決め、未来に向かって意気揚々と進むのだという気迫に満ちているように感じた。歌詞も曲も含めて。ハンバーガーを食べながら楽しそうに歩くメンバー4人の写真がジャケットになっていたのも印象的で、この曲は今のSHE'Sをそのまま映した曲なんだと感じた。

 しかし、アルバムを通して聴いたときの『Kick Out』には、どこか切ない響きがあった。強いだけじゃないんだ、と思った。
 大切な存在と過ごした時間を忘れられなくて、ふとしたときに蘇る記憶からどうしても離れることができない。いつだってありのままの自分でいたいのに、いざ相手を目にすると素直な気持ちを伝えられない。これまでの楽曲で歌われてきたことは人間の弱い面、どうしようもない部分かもしれない。この曲で歌われているような「優しい奴」であればあるほど、そんな自分に苦しめられ「簡単に自分呪って 足枷を作る」。けど、それでも進んでいくための曲が『Kick Out』なんじゃないかと思った。

 昨年から曲制作における心境の変化があったという竜馬さんは、この曲を書いているときにもそのことで悩まされたと話している(https://spice.eplus.jp/articles/331412/amp 
より)。ひたすらに大きくて強いと思っていた『Kick Out』は、葛藤の中で生まれた一曲だった。高らかな宣誓だと思った歌詞が、今はなんとか自分自身に言い聞かせる言葉のようにも聞こえてくる。まだ完全に前を向けるわけじゃない。過去の自分自身を完全に断ち切るわけでもない。それでも、少しでも明るい方向に向かって進んでいきたいというまっすぐな意志が感じられる『Kick Out』には、これまで視界を覆っていた霧が晴れてすっと陽が差し込んできたようなすがすがしさがある。

 また、すでにフェスやワンマンライブで披露されているこの曲は、ライブ映えが著しい楽曲のひとつでもある。リズムにぴったりとハマって気持ちの良いサビ前からのドラムやサビのシンガロングなど、生の演奏でしか味わえないポップパンクの弾けるような開放感やそこに自分も声を出すことで参加できる歓びを、ぜひあなたにも一度会場で味わってほしいと思う。

07. Lamp

 アルバム詳細が公開されてはじめて『Lamp』という曲名を見たとき、私は穏やかで優しくて、ささやかだけどきらきらとあたたかい灯りを想像した。それこそ『Tonight』のMVや『aru hikari』から受ける印象に近いような。

 でも、実際に曲を聴いたときの『Lamp』には、もっと切実な感じがあった。世界中で起きているいろいろな問題を受けて書かれた曲だというこの曲には、確かに「救いのないくらい汚れた現実」「形のないくらい歪んだ現実」といった、シリアスな印象を残す歌詞も多い。でも、それだけではないような気がする。

 ではなぜ、私は『Lamp』に切実な感じを受けたのか。それは、『Lamp』で歌われている内容を、SHE'Sというバンドの姿と重ねてしまったからだ。

 SHE'Sは、そのときの流行りや世間へのウケの良さには靡かず、ピアノロックバンドという肩書きに縛られることもせず、基本的にはその時に自分たちがやりたい音楽を丹精込めて作る人たちだ。また、人を攻撃したり貶したりするのではなく、大事な人を守れるような優しくあたたかい音楽を、と活動し続けている人たちだ。私はこのスタンスが大好きで心から尊敬しているし、私もこういうマインドを忘れない人間でいたいなと思う。でも、それを続けるのはきっと簡単ではないと思っていたから、「作って歌って 希望が見えないと 腐りそうだけれど」という歌詞はやっぱり沁みた。
 それでも、多くの人にとっての灯りであるSHE'Sという場所を、13年間守り続けてくれている。決して明るいだけじゃない人生のなかで、道に迷ったときに明るく輝いて目印となる場所として、心が折れそうなときにふらっと寄り道できる場所として、私たちのことをいつでも待っていてくれる。
 思い返せば、SHE'Sが歌う”光”も、いつもそうだった。『Voice』の「無限に思える時間の流れと その中で光る灯台のように」や『Night Owl』の「一つの消えない街の光 霧がかってく絶望に踏み出したら 君がいてくれた」などがそうだ。これらの歌詞を聴くたびに、果てしなく長い一本道に立つひとりの人間と、その道の先で待っている小さな灯りを想像した。私の人生に大きな歓びをくれる、SHE'Sという灯りのことを想った。だからこそ、「暗い世界にも歓びを与え 人を愛している 灯となって」という『Lamp』の歌詞を聴いたときには、自然と彼ら自身の姿が浮かんだのだ。作詞の意図とは違うかもしれないけれど、そう感じずにはいられなかった。

それでも愛して
あなたの事 この世界も
それでも愛して
綺麗事だけど 心から願うの

『Lamp』

 あなたには、煌々と輝いてはあなたの人生に歓びを与える、灯のような存在があるだろうか。もし思い当たらないとしたら、この『Lamp』という曲を聴いてほしい。かつて私がそうだったように、SHE'Sの鳴らす音楽はあなたのためだけの灯になってくれるはずだから。

08. カフネの祈り

 井上竜馬さんが劇伴を担当した短編映画『カフネの祈り』の主題歌。もともと竜馬さん名義だったが、アルバム曲としてアレンジ・収録された。

東京で暮らす19歳の大学生 真家 奏良 [マイエ ソラ]のもとに祖父の訃報が届く。
引っ越しの忙しさと友人が手伝ってくれている楽しさも相まって、奏良はその連絡の確認を後回しにしてしまう。

ショートショート フィルムフェスティバル
HPより


 「映画にぴったりの曲」という言葉だけでは足りないほど、映画の空気感をそのまま閉じ込めて、かつこの映画が持っている色や香りを美しく増幅させたような曲だと思った。映画の登場人物の後日譚のようでもあった。

 映画『カフネの祈り』が公開されてから、エンドロールと共に流れるこの主題歌を何度も聴いた。歌詞をなんとか聞き取ってメモをしたものをバッグに忍ばせて、映画を観てからの3ヶ月間、肌身離さず過ごした。それくらい『カフネの祈り』という楽曲は、私にとって文字通り“お守り”になってくれた。

好きな歌を唄って 美しい景色を撮り
好きな事で悩み 思い出は残しなさい
何度もきっと間違えるわ
でも笑っていて

『カフネの祈り』

 この曲を聴く度に私は包容され、抱擁されているように感じる。広くて大きい何かに優しく包み込まれ、すっぽりと収まる感じがある。それと同時に、大切な誰かに、愛や温もりをもって心までぎゅっと抱きしめられているような感覚になる。
 自分の人生がどこか遠いところであたたかく見守られているような感覚、孤独や不安があったとしても優しく背中を押し出してくれる誰かがいるという感覚は、びっくりするほど心地が良い。ほっと安心したあとに、じんわりとパワーが沸いてくる感じがする。

 こんなにもリスナーを包容し抱擁してくれる「誰か」は、これまでにリスナーが出逢った人たちと、その人たちと過ごした記憶なのだと思う。
 あのときかけられた言葉、一緒に行った場所、そこで過ごした時間。断片的な記憶がどんどん溢れてきて、その全てに今の自分自身が包まれ、抱きしめられた。今はもう逢えない人にも、一緒に過ごした記憶があることで支えられているのだと気づいた。思い出すのも嫌だと思っていた記憶も、はじめて自分にとって必要なものとして認めることができた。『カフネの祈り』を聴いたことで、私は記憶の持つ大きなパワーを実感したのだ。

 『カフネの祈り』は優しい。でもその優しさは、儚くてふっと消えてしまいそうな優しさではない。目には見えないけど、あまりにも些細でひょっとしたら見逃してしまうけど、でも確かに在るそんな優しさ。突然放たれる鮮烈な光ではなくて、ささやかだけどずっと灯っていて消えない光のような優しさ。

 生きている限り、人と関わることは避けられない。しかし、他者との関係を築いていくことは簡単ではない。私たちは他者と関わる度に自分自身とも向き合うことになり、そのなかで複雑な苦悩や葛藤を味わう。それは、前曲『Lamp』で歌われていた「どこまで歩いても その先に人がいる わかってるよ 信じなきゃってことも」、言い換えれば「他者との関わりに終わりが見えないことの苦しさ、他者を信じることの難しさ」でもある。

記憶に刻むように
贈るカフネの祈り
あなたが髪を撫で
同じように愛しいと思う
人に出逢うように

『カフネの祈り』

 『カフネの祈り』は、それでも人と出逢いたいと思わせてくれる、自分の周りにたくさんの人がいることを愛しく感じさせてくれる音楽だと思う。リスナーに起こるこの心境の変化のおかげで、今までも存在していた記憶という心強いあなたの味方と一緒に、あなたは今までよりもはるかにあたたかい気持ちで生きていけるようになるかもしれない。

09. Alright

 アルバム『Memories』の山場になっている曲。サビで「Be Alright」とひたすら唱える歌だ。作詞した竜馬さんが自身に言い聞かせるように書いた曲だという。

 そうだとしても、いや、だからこそ、ボーカルが「大丈夫、大丈夫」とボーカル自身に唱え続けてくれる歌がこの世界にあって本当によかったと、私は思うのだ。
 もし好きなアーティストに「僕らがいるからあなたは大丈夫だよ」「あなたなら大丈夫だよ」などと歌われたら、きっと嬉しいだろうなと思う。無敵の気分になれるだろうなと思う。でもSHE'Sの音楽は、根拠のない自信をこちらに押しつけないし、軽率にこちらを鼓舞するようなことはしない。私はこの距離感を、SHE'Sがこちらに届けてくれる音楽の誠実さを、心から愛している。私には、リスナーに対して必要以上に干渉してこない、ただそこに在る音楽を求めたくなる瞬間があるからだ。

 積み重なった不安に襲われてたまらない夜に、明日が来るのを拒みたくなった夜に、私はこの曲を聴くだろう。他者からの励ましの声も耳に入らないような最悪な一日の終わりに、「大丈夫、大丈夫やから」と自身に言い聞かせている他者の声をこっそり聴くだろう。そうして、根拠のない「大丈夫」を信じたいのは自分だけじゃないことに、ひたすら自身に向かって「大丈夫」と言い聞かせている大人がいるということに、救われるのだと思う。いつしか「大丈夫、大丈夫やから」とひたすら唱えるその人の声は、「大丈夫、きっと大丈夫だ」とおそるおそる言い聞かせる私の心の声と重なる。

この不安も 希望の中から
生まれる大事なものだろう

『Alright』

 希望が不安の中から生まれるのではなく、不安が希望から生まれる。不安を抱えている私たちは、既に希望の中にいる。現在抱えている不安の中から小さな希望を探す必要はないのだ。希望があるからこそ生まれた不安。その不安は断ち切って進むものではなく、それさえも「大事なもの」として、必死に抱えながら進むものなのだと思う。

 この楽曲の歌詞を見ると、「I just wanna feel, “It's alright”」で終わっている。しかし、この歌詞に到達した時点で、曲が終わるまでにはあと約80秒ある。歌詞カードの歌詞が終了してからのこの1分強に及ぶ時間が、『Memories』というアルバムのいちばんのピークだと言っても良いと思う。

 この部分をはじめて聴いたとき、不意を突かれたと思ったら反射的にぶわっと涙が溢れてきて、次の瞬間には思わず噴き出してしまった。この部分のあるフレーズは、小さく呟いたひとりごとのように聞こえる。それでいて、こちらにもあたたかい視線が向いているように感じてしまうのだ。声を潜めてないしょ話をするときみたいに、曲とリスナーの心が静かにぐっと近くなる箇所だと思う。そして数秒後には、これまで蕾だった花たちが一瞬にして咲き誇るみたいに、とめどない祝福の雨に降られる。そのとき、暗い部屋でひとりこの曲を聴いている私という存在が、確かに救われるのだ。

10. Memories

 FCの先行試聴配信で竜馬さんが話していた通り、クライマックスにふさわしい前曲『Alright』の華々しい祝福でまだ幕が降りないのが、このアルバムのミソだ。

 タイトル曲の『Memories』は、大事な人との別れや人生における卒業を歌った曲。卒業式の入退場曲としておなじみ、バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』がサンプリングされているのも、曲のイメージを増幅させていて好きだ。

 SHE'Sの楽曲にみられる「記憶」や「他者との関わりとそれに伴って生じる自分の心の動き」といったテーマが歌われているし、曲自体からもSHE'Sらしさをたっぷり感じることができる。壮大で心が浄化されるようなはじめての感覚があるのに、どこか懐かしくて心にきちんとフィットしてくれるのがこの『Memories』だと思う。

 『Memories』は壮大でたくましく、とにかく美しい。目を瞑りたくなるくらいに眩しい。まっさらでピュアな光につつまれる。
 でも、そのピュアさはただの無垢ではない。穢れも暗闇も知っていて、何度も道に迷ってはぐるぐると同じ所を回ったり右に左に曲がりくねった道を通ったり、それでもなんとか選び続けて、やっとたどり着いたピュアさという感じがする。ここまでの9曲を順番に聴いたあとには、そう思わざるを得ない。

 この曲は、記憶をめぐる『Memories』という映画のエンディング曲のようだし、リスナーの人生の主題歌みたいな曲だと思う。
 映画のハイライトやキャストが流れてくるみたいに、頭の中には自分の人生における様々な場面や関わってきた人たちの顔が浮かぶ。すごく興奮しているのに、思わず深呼吸したくなる。このすがすがしい余韻に浸っていたくて、まだ席を立ちたくない。そんな気持ちになる。

選んだあなたの僕は味方だ

『Memories』

 アルバムの10曲目を聴き終えてもそこでアルバムの世界を途切れさせないのが、『Memories』というアルバムだ。
 この曲を聴いたあとも、私たちの人生は続いていく。そのなかで、ひどく落ち込んだり立ち止まりたくなったりする瞬間が何度もあると思う。
 そんなときは、自分の歩いてきた道を振り返ればいい。記憶や思い出に支えてもらえばいい。まるで世界で自分だけひとりぼっちのような気持ちになったら、自分がどこに向かっているのか分からなくなったら、また『Memories』を再生すればいい。この曲たちとあなたの記憶は、今のあなたの味方になってくれるはずだから。

すぐに花開かずとも、時間を越えて、心を通り過ぎて、いつか記憶は僕たちの前で光り輝きます。このアルバムが僕にとってそうなったように、あなたの記憶もいつかあったかく光を灯すことを願っています。

アルバム『Memories』セルフライナーノーツ

11. おわりに

 井上竜馬さんの記憶や思い出を歌ったこのアルバムは、間違いなくリスナーのこれからを照らしてくれている。それは、過去の記憶が未来をあたたかく照らすということの何よりの証左だと思います。そのことを知れて、『Memories』に出逢えて、私は本当によかった。

 「SHE'S Tour 2024 “Memories”」開幕おめでとうございます!『Memories』があなたにも届きますように。


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