インタビュー:ピアニスト斎藤龍×ヴァイオリニスト荒井章乃に「愛を捧ぐ」を聞く
2024年10月18日、横浜みなとみらいホールにて「みなとみらいピアノフェスティバル 2024〈Day1. ホール公演〉」が開催されます。このフェスティバルの第2部『愛を捧ぐ』(14:00開演)は、ピアニスト斎藤龍さんとヴァイオリニスト荒井章乃さんによる、セザール・フランク「ヴァイオリンソナタ イ長調」をメインにした公演となります。
フランクのヴァイオリンソナタは、クラシック音楽の中でも特にドラマチックで情感豊かな作品として知られています。今回のインタビューでは、ピアニストの斎藤さんとヴァイオリニストの荒井さんが、この作品について深く掘り下げ、彼らならではの視点からその魅力を語ってくれました。
フランクのソナタにおけるヴァイオリンとピアノの表現
このソナタの特徴の一つとして、ヴァイオリンとピアノの両方が持つ特性を最大限に引き出す表現力が挙げられます。この曲の魅力を、それぞれお聞かせください。
荒井章乃さん(以下、荒井):フランクのソナタでは、ヴァイオリンの華やかさが存分に発揮されています。特に高音の美しいメロディーが印象的で、弦楽器の中で最も高音域を持つヴァイオリンだからこそ表現できる世界観があります。そこにピアノとの掛け合いが加わることで、非常にドラマチックな展開になります。このソナタは、まさにヴァイオリンの魅力を引き出すための作品と言っても過言ではありません。
このフランクのヴァイオリンソナタは、ヴァイオリニストが必ず演奏する作品だと思います。華やかさとヴァイオリンらしさが随所にあり、ヴァイオリンの魅力を各楽章で存分に楽しめると思います。
斎藤龍さん(以下、斎藤):そうですね。ヴァイオリンの高音域の美しさが際立つ一方で、ピアノが低音で支えるコントラストが非常に効果的で、ヴァイオリン魅力を引き出すための役割を果たしています。ヴァイオリンが一人で弾いてる部分、レチタティーヴォのようなヴァイオリンでしかできない表現というのと、ピアノでしかできない表現の組み合わせがいい感じですよね。また、ピアノが低音から高音までの音域を縦横無尽に駆け巡るようなパッセージがあり、ピアノの持つ広い音域を最大限に活用しています。こうしたことから、このソナタの完成度の高さを実感します。
この曲は、親交のあったヴァイオリニスト、ウジェーヌ・イザイに捧げていて、ヴァイオリンが活きるように書かれているんですが、フランク自身はオルガンもピアノも弾く人なんです。つまり、ヴァイオリンもピアノも、どちらの扱いもよく分かっている作曲家が書いているんですよね。
フランクの楽曲についてよく言われることは交響曲もそうなんですけど、循環形式といって、一度聴いたテーマが最後に戻ってくることが多いんです。この曲もその戻し方が上手いというか、戻ってきた時の嬉しさとか感動というのが、フランクならではの魅力だと思います。そしてこのフランクの1曲しかないソナタには、そんな彼らしさが全てが詰まっている。これは僕の推測ですが、フランクにとって、ソナタはこの1曲書いてもう十分と思ったのではないかと思います。
このソナタにおける循環形式の魅力について、もう少し具体的に聞かせてください。
斎藤:循環形式とは、楽章を超えてテーマが再び登場し、それが曲全体の統一感をもたらす手法です。フランクのソナタでは、1〜3楽章で出てきたテーマが最終楽章で戻ってくることで、曲全体に大きな感動を与えます。それは、例えるのなら長い旅路の目的地手前でそれらを振り返ってその行程を噛み締める、そしてその全てに納得、感謝して最後にゴールを目指す感覚です。この形式を巧みに用いている点が、フランクの作曲技法の特徴であり、聴き手に物語のようにわかりやすくも深い印象を残します。
荒井:特に四楽章で、ピアノのメロディーが再び登場する瞬間は、聴いている人々に大きな安堵感を与えます。全楽章を通しての緊張感が、四楽章で一気に解ける感じですね。知っている世界に戻ってきたという安心感と共に、最後には喜びが感じられる。過去の出来事を振り返り、すべてが意味を持つように感じられる瞬間が描かれているんです。まるで走馬灯のように、人生の様々な場面がよみがえり、最後には「これで良かった」と思えるような感覚。それがこのソナタの魅力だと思います。
斎藤:まさにそうです。このソナタの中で、特に一楽章から三楽章までは、どこか不安や緊張感が漂いますが、四楽章に入るとそのすべてが解消されるんです。それはまるで、長い人生の中で様々な困難を乗り越え、最後にはすべてが報われるような感覚です。聴いていると、音楽が持つドラマ性と人生の深い意味が感じられる瞬間ですね。
フランクはベルギー生まれですが、彼の音楽にはフランスとドイツの要素が巧妙に織り込まれています。例えば、フランス的な色彩感とドイツ的な骨組みが共存しているんです。フランスの音楽は、五感に訴えかけるような感覚的な部分が強く、その美しさが特徴ですが、フランクの場合、それを支えるしっかりとした構造がドイツ的な影響を感じさせます。まるで、がっしりとした体型の人が、素敵な服を着ているような印象です。
「愛を捧ぐ」というテーマに込められた多様な愛の形
今回のテーマ「愛を捧ぐ」に込められた思いや、選曲の背景について教えてください。
斎藤:このテーマは僕が決めたんですけど、荒井さんとフランクをやろうと決めた際に「愛」という言葉が思いついてそのタイトルが入った曲を集めてみたんです。候補曲それぞれの持つ愛の形を考えた時、恋愛的な意味の愛だけではなく、ふと「他人のために行動することが愛」だと思いまして。それで違う種類の愛を揃えてみました。
例えば、シューマンの「献呈」は非常に一方的な愛で、「君は僕のすべてだ」という感じで、自分から熱烈な愛を送りつけるような曲です。
一方で、ワーグナーの「イゾルデの愛の死」は、相手のために自分の命を捧げる、まさに他人のための愛です。
そして、リストの「ラ・カンパネラ」は少し違った意味での愛、つまり聴衆に対するサービスのような愛です。この曲は、他でリスト編を弾くのでせっかくならお客様が聴きたいリストも、という思いから選びました。
最後にフランクのソナタですが、これはイザイの結婚式のために書かれたもので、友情、結婚の象徴のような曲ですが、演奏する方もピアノとヴァイオリンが互いに相手を大切に思っていないと成り立たない曲です。まさに、弾き手同士にも愛が必要な曲だと思います。
愛を捧ぐというテーマが、ただの恋愛だけでなく、他人への献身や聴衆への感謝といった、多様な愛の形を含んでいることがよくわかります。
愛を感じる瞬間と音楽への影響
日常生活の中で、愛を感じる瞬間はどんな時でしょうか?
荒井:私は、特に子供が向けてくれるまっすぐな愛に心打たれます。子供の笑顔や、私を見つけた時の無邪気な喜びは、他にはない純粋さがあります。これが母親になって初めて感じた愛の形ですし、それが音楽にも表れていると思います。例えば、家族揃って旅行した時や、保育園から子供を迎えに行った時など、日常の中での小さな瞬間が、私にとって大きな愛の実感となります。そうした愛情は、音楽に対するアプローチや表現にも大きく影響しています。
斎藤:僕も、子供が無条件にすり寄ってきてくれたり、何も言わなくても暑い日に妻が「迎えに行くよ」と言ってくれる、そのさりげない気遣いにも愛を感じますね。僕はどちらかというと、自分から愛を捧げるというよりは、家族や周りの人たちから与えられる愛を受け取っていることが多い気がします。ただ、それでも音楽に対する愛情や、作曲家へのリスペクト、聴衆に対して何を伝えたいかという思いは、まさに愛そのものだと思っています。
愛は、音楽にどのように表現されるのでしょうか?特に、ピアノを演奏する中で感じる愛について教えてください。
斎藤:ピアノは、確かに一人で演奏することが多い楽器です。そのため、孤独な側面もありますが、その分、作曲家に対するリスペクトや、楽曲への愛が強くなります。例えば、フランツ・リストの曲を演奏する時、彼のヴィルトゥオーソ的な技巧を見せつけたいという願望と同時に、彼がピアノを愛していたことが伝わってくるんです。ピアノの可能性を広げ、より多くの人にその魅力を伝えたいという彼の思いを感じると、自然と愛が湧き上がってきます。だからこそ、演奏する時も、ただ技巧を見せるのではなく、ピアノへの愛を込めて演奏したいと思うんです。
リストの曲は技巧的で、特に今回演奏する「ラ・カンパネラ」などはその最たる例だと思いますが、その中でどのように愛を表現するのでしょうか?
斎藤:確かに「ラ・カンパネラ」は非常に技巧的な曲で、短い時間の中で多くを表現しなければなりません。リストがこの曲を通して伝えたかったのは、単なる技巧ではなく、ピアノという楽器の持つ多様な可能性とその魅力です。それを演奏する時、僕はピアノへの愛を感じながら、その魅力を聴衆に伝えたいと思っています。リスト自身も、音楽を通じて広く愛を伝えたいという思いがあったと思いますし、僕もそれを演奏に込めていきたいです。ただし、その愛が押し付けがましいものになってはいけないと考えています。あくまで、聴衆がどう受け取るかが重要ですね。
インタビューを通じて、お二人の愛の多様な形が音楽にどのように影響を与えるかについて、深く知ることができました。
次回は、お二人と、横浜やみなとみらいとの関わりについて伺っていきます。
「みなとみらいピアノフェスティバル 2024〈Day1. ホール公演〉」
横浜みなとみらいホール 小ホール
■ チケット 全席指定 ¥2,000
■ 出演・プログラム
公演詳細は、こちらをご覧ください。
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