2024年10月7日(推しとパレスチナと鍋の底)
14年ツイ廃だった自分が、ツイッターのTLを追うのをやめて、気付けば1ヶ月以上が経っている。
DMが何件か来てるみたいだけど、まだ返事をする元気が出なくて、まだ何も見れてない。
ツイッターの相互さんか、ガザから寄付拡散のSOSを発信するパレスチナの人達だと思われる、DMをくれて返事を待ってる方々には、本当に本当に申し訳ない。
もう少ししたら元気になれると思うので、ちゃんと謝って、関係性を途切れさせ信頼や期待を裏切った分のお返しをさせてほしい。
そんなDMの返事すらできてない状態の自分だけど、今年の10月7日はこのことを書き留めておきたいと思い、初めてnoteを使ってみる。
10月7日、パレスチナ、絶望の最後尾
去年の10月7日をきっかけにパレスチナとイスラエルの問題を知り、シオニズムを知り、尊敬していたドイツのホロコーストへの反省は西側諸国にまた仲間として受け入れてもらうためのただのポーズに過ぎなかったと知り、アメリカなどと共に日本も様々な形でパレスチナ虐殺に加担していることを知った。
またパレスチナだけでなく、スーダンやコンゴなどでも虐殺が起き続け、それにも日本は加担し続けていることも知った。
もっと前から知ってる人達もいただろうけど、とくにパレスチナのことは私のように去年の10月7日から知った人達も多いだろう。
10月7日は、パレスチナのことを想う人にとっても、またパレスチナ虐殺をまだ知らない人達や、シオニズムに覆われ飲み込まれている国際社会的にも、9.11のように記憶される日となってしまった。
これまで難民問題については関心はあっても詳しく知らずにきた自分が本当に恥ずかしいと思うし、こういう問題を隠し続けて向き合おうとしない日本及び国際社会にも本当に絶望しかない。
また、問題を知って声を上げる人達がいるのに、それを無言で見て見ぬ振りして通り過ぎていく人々のあまりの多さに、本当に改めて絶望してしまった。
そして、私自身が年齢に見合わない未熟な人間なせいで、そういう人達や社会のせいにして落ち込んでしまい、身動きが取れなくなっているのがここ1ヶ月の自分。
当たり前だけど、自分の絶望なんて、もう何年も何十年も社会運動してきている先人の方々からすれば、取るに足らなすぎるものだ。
先日たまたま聴いたスペースで誰かが言ってたけど、「自分の絶望は最後尾」なんだと頭では分かってるのに、弱くて甘い自分の心はなかなか立ち上がってくれない。
今まで映画を観たり本を読んだりして、「自分もこの人達みたいに声を上げられる人間にならねば!」と息巻いてた自分が、本当に自分で情けない。
本当にクソで甘っちょろすぎて言うのも恥ずかしいけど、本当にもうこんな世界で生きるのをやめたいと、一緒に死のうかと、精神障害を患い日々闘いながら生きる姉に泣きながらLINEで言ってしまうくらい、今の自分はクソで情けない。
隣の隣の人、一滴の水、鍋の底
そんなクソみたいに腐ってしまってる自分が、それでも今年の10月7日に書き残したい、伝えたいと思うことが最近あった。
今年の春くらいからP1HarmonyというK-popグループにハマっていて、彼らのデビュー初期の曲にIf you call meという曲がある。
この曲はメンバー全員が作詞しているのだが、利他主義に生きることについて歌っていて、サビは「僕を馬鹿だと呼ぶなら僕はそれでいいよ、思いやりを馬鹿だというなら僕は馬鹿として生きるよ」と歌っている。
その中で、ジウンというメンバーが書いた歌詞が一度見てからずっと離れないので、紹介させてほしい。
「手を伸ばせばいいよ
誰かがその手を掴んでくれるから
あの遠くにいる人も結局は自分の隣の隣の人だから
君は底の抜けた水瓶を満たしてると思ってるだろうけど
その溢れた水は僕たちの心を満たして青色の綺麗な海になるんだ」
この歌詞を知ってからしばらくして、パレスチナに連帯するケーポペンのスペースをたまたま聴いたときに、誰かが「パレスチナで虐殺される人達に心を寄せない人がどうしてこんなに多いんだろう。誰でも隣の人が死んだら悲しむし、隣の隣の人までは悲しむけど、じゃあ隣の隣の隣の人は違うの?」というようなことを話していた。
隣の隣の隣の人を自分に関係ない人だと思うのか、遠くの人も結局は自分の隣の隣の人だと思うのか。
同じ「隣の隣の人」という感覚を言っても、人によってこんなに感じ方が正反対になってしまうことが、悲しくもあり希望でもあり、私の心に残り漂う言葉になっている。
また、昨日「香港、裏切られた約束」という2019年香港民主化運動のドキュメンタリー映画を観に行ったのだが、その映画のエンドロールに映されたスローガンがまたこのジウンの歌詞と繋がっているように感じて、その偶然の繋がりに心を揺さぶられた。
言葉全てを正確には覚えられなくて大体の内容になってしまうけど、
「この民主化運動で、一人一人がみんな全てを出し切った
たとえその一滴一滴がこの鍋を満たすことはできなかったとしても、
それらの水は鍋の底に必ず溜まる」
というような言葉だった。
これを説明すると、2019年の香港民主化運動の際に有名なスローガンとして掲げられたbe water(流れる水のように常に動きながら抵抗せよ)と、デモ隊が占拠した立法会が"鍋の底"という別名で呼ばれることを元にした言葉だと思われる。
つまり、"水のように"を合言葉にして戦ったデモ隊たちが、文字通り自分の将来も家族も命すらも捧げて戦ったこと、その結果今の世代では香港を守れなかったとしても、自分達のその意志は今も国内外に残り続け、後世に受け継がれて、いつか香港を解放するということ。
(※ちなみに、"鍋の底"については以下のツイートを見つけて更に心を掴まれた。
"(立法会の呼び名である)煲底とは鍋の底、
政府本部で一番海に近い構造が鍋に似ていて、
その下に広場があって雨傘の頃からよく政府へ抗議する人々がたまったりしてたから、いつの間にかあだ名がつけられた。
のち香港が光復したら皆でそこで祝おう、という香港人の約束の地にもなっている。"
@pinkichigo97さんのツイートより引用)
この香港のスローガンに、またもジウンの「君は底のない水瓶を満たしていると思うだろうけど、それはいつか溢れ僕たちを満たし、綺麗な海となる」という歌詞との繋がりを感じて、ひとり心を震わされた。
ピーワンの音楽は数年前から聴いてたけど、偶然最近ハマってif you call meの歌詞を知ったこと、その後自分が落ち込み始めた時期に偶然聴いたスペースで同じような言葉を耳にしたこと、また偶然上映してるのを知って滑り込みで見た映画でも同じような言葉を見たこと、それらの偶然の出来事が、なんだか自分を励ましてくれてるように思えた。
去年の10月7日から一年経っても虐殺は未だ止まらず、むしろイスラエルによる虐殺は他国にも広がっていて、何にも良い方に変わってないように思ってしまう。
だけど、私がこれまでやってきた取るに足らないように思える小さなことは、たとえ小さな一滴だとしても鍋の底に溜まっているよと、そしていつか溢れて綺麗な海になるよと、そう言われてるように感じた。
勿論疲れたら休むのは大事だけど、いつまでも何かのせいにして腐ってるのはやめて、そろそろまた立ち上がろう、鍋の底に溜まる一滴になろうと、今はそう思えるようになってきた。
10月7日、誰かの誕生日、誰かの命日
長くなりすぎてしまったけど、実はその歌詞を書いたジウンの誕生日が今日、10月7日だ。
ジウンの誕生日が10月7日だと知ったとき、私は一発でその日付を覚えられてしまうことがつらかった。
ジウンのような素敵な歌詞を書けるアイドルの誕生日と、パレスチナ虐殺が国際社会に以前よりハッキリと露わになったきっかけの日が同じだという事実が。
勿論、世界中のみんなが平和な1日なんて365日のうち1日たりとも存在しないだろう。
毎年の毎日が、どこかで誰かの幸せな日であり、どこかで誰かの絶望の日なのだろう。
私の学生時代の親友の誕生日が3.11で、その後東日本大震災の日になってしまったのも当時心が痛かったのを覚えている。
でも、だからこそ、10月7日をただただつらい悲しい絶望だけの日として記憶したくない。
その日をきっかけに、世界がより良く変われるような日になってほしい。
パレスチナ虐殺のことも、また香港や他の国そして日本でも虐げられている人達がいることも、またP1Harmonyのジウンというアイドルのことも、全てを記憶し、また全ての人は隣の隣で繋がっているのだということを想いながら、周りの人に伝える日にしたい。
そう思って、この下手くそな文章を書くことにした。
長く書いてしまったわりには内容のなさそうな、まとまりのないこの文章だけど、それでもどこかの誰かの目に触れ、何かしらのかけらが心に留まることを願う。
ジウン、お誕生日おめでとう。
パレスチナに、解放を。
香港に、自由を。
No one is free until everyone is free.