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淡色 ①

学生の頃は
何も考えず楽しい事は全集中
嫌な事は見て見ぬふりか後回し
そんな気楽な時間を過ごせていたのに
社会に出たら
嫌な事を率先し
楽しい事はほんの少しだけ
毎日疲れた心を庇いながら
ベッドに横たわる瞬間だけが生き甲斐
そんな毎日にだいぶ嫌気が差して来てる
自分を生かす刺激が欲しいのに
探す時間も気力もない
段々心が干からびていく感覚だけが
悲しいかな思い知らされる
(毎日嫌になるな・・・)
満員電車が1番苦手だ
会社に向かう時間の中でこの時間が1番苦手
周りを気にしながら電車に揺られる
近くに女性が居るなら余計
なるべく・・いや絶対に身体に触れないように
腕を上げる・・これが1番キツい
あと少し我慢したらこの窮屈な空間から
解放される・・早く降りたい・・
『ん?・・』
斜め前辺りに少し見覚えのある顔が見えた
誰だっけ?何処で見かけたかな?
会社の最寄り駅1つ手前の駅に着く
少し乗客が降りてほんの僅かに
空間が出来て
その人の近くに寄れた
見覚えがある・・
少し憂いのある表情・・
華奢で小柄な感じ・・・
記憶を辿っているうちに
降りる駅のホームに電車が入っていく
ドアが開き降りる人達の波に入り込む
彼女もまた・・
『え?!』
目の前で彼女が倒れそうになった
反射的に受け止めた
『大丈夫ですか?』
人の波から急いで外れ声をかけた
「・・・すいません・・」
真正面から顔を見て思い出した
『経理課の方ですよね?僕は営業の・・』
「・・あっ・・はい・・」
『具合悪いですか?大丈夫ですか?』
「ちょっと貧血を起こしてしまったみたいで」
ホームにあるベンチに座らせた
『何か飲みますか?』
「・・すいませんお水を・・」
『分かりました!ちょっと待ってて下さい』
急いで近くの自動販売機で水を買い彼女に渡した
『会社まで行けますか?』
水を1口飲み
「はい、少し楽になりました。ご迷惑かけてすいません・・」
『同じ会社ですし、一緒に行きましょう。』
「ありがとうございます」
水をもう一口飲み、彼女がゆっくり立ち上がった
顔は分かるけど直接話すのは初めてで
身体を支えてあげて良いものか戸惑ってしまう
『1人で歩けますか?支えましょうか?』
「大丈夫そうです・・お気遣いありがとうございます・・私と一緒だと遅刻してしまいませんか?」
『大丈夫です』
置いて行く訳にも行かないし・・
遅刻と行っても営業は少し融通が効く
あまり負担にならない位の距離を保ちながら
彼女の歩幅に合わせながら会社へ向かう
(あみ?どうしたの?)
途中、彼女の同僚が声をかけて来た
「貧血起こしてしまって・・」
(大丈夫?)
「助けて頂いて・・怪我しないで済んだの」
(あ、確か営業の・・)
『おはようございます』
(私が連れて行きますよ)
『分かりました、では、お願いします』
「助かりました・・ありがとう」
『失礼します』
彼女を託し先に会社へ向かう
この日が彼女との出会いだった・・・




今朝の出来事も薄ら経た記憶になっていた
外回りを終え社内に戻る
『お疲れ様です』
廊下ですれ違う社員達と挨拶をしながら歩いていた
「あの・・」
『??』
呼ばれた様な気がして振り向いた
「今朝はありがとうございました」
『あっ・・もう体調は大丈夫ですか?』
「はい、本当にありがとうございました」
『怪我しなくて良かったです。』
「あの・・これ・・」
目の前に出された手のひらに乗っているのは…
小銭・・?
『??』
「水を買って頂いたお金です・・」
『あ~、そんなの構いませんよ』
「でも・・」
『気にしないで下さい』
律儀な人だな・・
「・・・あ、なら・・今、時間ありますか?」
『え?あ、はい・・大丈夫ですけと』
「ちょっと・・一緒に来て頂けますか?」
『・・?分かりました』
彼女の後に付いて行く
社員が息抜きに使う休憩室がある
「コーヒー飲みませんか?」
休憩室にコーヒー専用機がある
『あ、はい』
カフェに行くより安くコーヒーが飲める
「アメリカーノでいいですか?カフェラテ?」
『えっと・・アメリカーノで・・』
アメリカーノを受け取り
『頂きます』
「受け取ってくれてありがとうございます」
『いえいえ・・』
真面目な人なんだな・・
経理課って感じだな・・
『頂いたのでもう気にしないで下さいね』
「はい」
ニコッと笑う・・
へぇ~可愛い笑顔だ
『よく貧血起こしてしまうんですか?』
「頻繁ではないのですけど・・満員電車が苦手で・・」
『僕も苦手ですㅋㅋ』
「あの時間にいつも乗ってるんですか?」
『あ・・僕に敬語いらないですよ先輩』
「あ・・ㅋㅋ」
『気軽に話して下さい』
「ありがとう・・そっか後輩君なんだね」
『はい、あ、えっと・・』
「チョン・ホソク君」
『僕の名前・・?』
「営業のホープでしょ?経理課でも有名ですㅋ」
『いやいや・・有名なんて・・いつもあの電車です』
何となく営業職が合っているようで
契約も何件か大きい案件も・・
ホープね・・有難いけど
プレッシャーでもあるな・・・
「同じ電車だったんだね、本当にありがとう!」
付き添うと言っても
後ろを歩いていただけなのに
そんなに感謝されるなんて
『帰りとかも気をつけて下さいね』
「帰りもなかなか・・辛いよね」
『そうですね~飲んで帰れば多少違いますけど・・楽に帰りたい時は飲んで帰るようにしてますよ僕ㅋㅋ』
「一緒に飲みに行ってくれる子が居ないしなぁ」
『同僚とか・・?』
「皆、彼氏持ちで付き合ってくれないのㅋㅋ」
『それは・・』
何とも返事のしにくい・・
恋人が居ないんだ・・?
結構、綺麗な人なのにな・・
『時間が合えば飲みに一緒に行きますよ先輩』
「え?いいの?」
『先輩の奢りならㅋㅋ』
「我社のホープに付き合って頂くのだからご馳走しなきゃいけないわね~ㅋㅋ」
『喜んでお供します!ㅋㅋ』
「ㅋㅋ  あ、私そろそろ戻るね」
『ご馳走様でした!』
「またね、ホープ君ㅋㅋ」
『ホソクです!ㅋㅋ』
今朝会った印象は何処へ?
とても明るくて笑顔が似合う女性だ
(おぃ、ホソク)
『ん?あっ、お疲れ』
(今のって経理課のあみさんだよな?)
『あぁ』
(親しいのか??)
『今朝ちょっとな・・何で?』
(仕事ば~かりしてるお前は知らないかぁ)
『なんだよ!?』
(独身者が狙ってる我社のマドンナだよ)
『マドンナ?なんだよㅋㅋ 言い方ㅋㅋ』
(かなり人気あるぞあみさん)
『へ~そうなんだ』
(なかなか近付けないのにお前凄いな・・)
たまたま助けた人が我社のマドンナさんだったんだ・・
だからか・・休憩室に居る奴らから妙な視線を感じたのは・・
まぁ~僕には関係ないけどね
恋愛感情なんて・・・
今はめんどくさいだけ
自分の時間も無いのに
誰かの為に時間を使う気にもならないしな
(羨ましい・・)
まだ言うか・・
『先に戻るからな』
(おぅ)
少しディスクワークしなきゃだな・・
明日は取引先の担当者と会う約束がある
時間を有効に使うには
少しでも先に先に進まなきゃ・・だ
家に帰って寝るだけの生活に
慣れて来たけど・・
最近・・先が何も見えない
ただ、流れに乗り流されてる自分が嫌だ・・
(チョン君)
『はい』
(悪いがこれを経理課に持って行ってくれないか?)
・・・・マジか・・
『分かりました』
周りを見渡すと僕より先輩ばかり
後輩が居ないって事は
僕の役目か・・・
経理課か先輩がいるとこだな
こんな時ほどやりきれない気持ちと
イライラが湧き上がる・・
最近ダメだ・・僕らしくない
『すいません、○☆課長から預かって来たんですが・・』
「あ、はい。」
あみ先輩だ
『先輩に渡したら大丈夫ですか?』
「お預かりします」
『宜しくお願いします』
渡す物を渡したらさっさと戻ろう
廊下に出ると
「ホープ君」
『先輩・・ホソクですからㅋㅋ』
「ㅋㅋ あの・・」
『何か不備でも?』
「今日って時間ある?」
『へ?』
とんでもなく間抜けな返事をしてしまった
「仕事終わった後・・予定入ってる?」
『今日は特には・・』
「なら!ちょっと飲みに行くのに付き合ってくれないかなぁ?」
『今朝倒れたのにですか?』
「満員電車を避けたいの・・私は飲まなくていいんだけど・・1人だと・・ね?駄目かな?」
廊下を通る奴らからの視線と聞き耳を立てている感じ・・・
『先輩飲めないなら飯行きますか?』
「いいの?ホープ君飲みたい気分のような顔してるよ・・付き合うよソフトドリンクでㅋㅋ」
しまった・・顔に出てたか・・
『じゃ~飯も食えるような所に行きましょうか?それなら先輩も大丈夫でしょ?』
「うん、ありがとうホープ君ㅋㅋ」
どんな成り行きなんだか・・
まぁ~飲んで帰る事になりそうな気分だったし
「定時で大丈夫?」
『大丈夫ですよ』
「ok、定時に1階で」
『分かりました』
よく分からない状況の中
約束を交わした
ん?入社してから女性と食事とか初めてじゃないか?
わぁ・・何か急に緊張して来たかも・・
ちゃんと定時に帰れるように
仕事を順々に終わらせて行く
さっきまでのイライラも自然と消えていた
変わり映えしない毎日が
今日はちょっとだけ違う
たまにはそんな日もあっていいよな・・
   淡色 ① END

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