すきなことってなんだろう?
すきなことってなんだろう。もし、あるのならば、その好きを大切に抱きしめられる自分であるだろうか。
「好き」と「できる」は必ずしもイコールではないかもしれない。できないけど好きなことって、自分にとってはプラスな面が見えても、他人から見たときにはそうでないかもしれない。できてない、良くない、美しくない、から好きなことに対して「なんで好きなの?」という感情を抱かせるのだろう。先に言ったように好きとできるがイコールでないことを前提とすると、できない、良くない、美しくないことも「好き」に入ることになる。
でもそれは、自分で大切に守っていかなきゃ育たないもので、外からの批判も大きい。そんな中でも、自分が見つけた好きを大切にすることは大きな価値がある気がする。
わたしは言葉をこうして紡ぐのが好きだ。でもその「好き」はこうして日記という形のものでしかない。日記は他人の目に触れるものとして書かれるものではふつうないだろうし、人が喜んで目にしたいという言葉の紡ぎ方は他にももっとある。それでも自分の考えを反映させた日記で人のためになることがあるかもしれないとして書かれるものがエッセイと呼ばれるジャンルの役割なのだと思う。
整っていないものでも好きなものとして受け入れられるようになっていく過程があるのかもしれない。
そうなると、人からの一瞬の批判は見過ごして、自分の心にヒットした「好き」も信じて見る価値があるはずだ。
わたしは人から見られる自分をものすごく気にしながら生きてきた方だと思う。けれど、21歳になって、そのフィルターを無くしたらどんなに楽で、さらには楽しいだろうと思えるようになった。今までのようにそのフィルターで制限を掛けて、自分の好きに蓋をして正直になれないのは勿体無いことをしているし実際のところ苦しい。
だから今こうしてnoteをはじめて、少しでも自分の「好き」を抱きしめてあげられたらと思う。
自分の「好き」を人に見せることは、はじめは恥ずかしかったり勇気が出なかったりするけれど、それでも、好きだと思った自分は間違ってないはず!と自分を信じて進んでいけたらいいな。