秋広優人、巨人の救世主となるか
開幕から暗雲が立ち込めていたジャイアンツファンの頭上に、光明が差した。
読売ジャイアンツは今季開幕から24試合(4月21日時点)で早くも今季最大の借金6で再び最下位に転落した。
エース菅野智之が開幕前にに離脱、これまでチームを牽引してきた坂本勇人、丸佳浩らも開幕から大不振に陥った。
現役ドラフトで獲得したオコエ瑠偉が「覚醒」を見せるなどの好材料もあったものの、先発投手陣は新たな外国人選手や実績のない若手で埋めざるを得ない苦しいスタートとなった。
そんな重苦しいチーム状態で迎えた4月22日、対東京ヤクルトスワローズ戦で、神宮球場のスコアボードに「7番・レフト・秋広」の名前が載った。
秋広優人は2020年のドラフト会議でジャイアンツから5位指名を受け、二松学舎大学付属高校から入団。
高校時代は投手も兼ね、高校通算23本塁打。
200㎝という恵まれた体躯は、同じ左打ちの大谷翔平を彷彿とさせる身体能力とスケールを期待させた。
ルーキーイヤーの2021年、オープン戦好調で、ジャイアンツでは1959年の王貞治さん以来となる、62年ぶりの「高卒ルーキー開幕スタメン」も期待された。
だが、結局、開幕一軍入りを逃した。
プロ一軍デビューは同年9月29日、敵地バンテリンドームでのドラゴンズ戦で、代打で登場するまで待たなければならなかった。
そして、オフには、あの松井秀喜さんの背番号「55」を背負うことになる。
さらに、日本ハムから移籍してきた中田翔に、自ら志願の「弟子入り」を果たし、自主トレに帯同した。
2022年は二軍のみの出場に留まったが、イースタンリーグでは109試合に出場、本塁打は9本、リーグ3位となる打率.275、リーグ最多となる98安打を放って、大器の片鱗を見せつけた。
今季はまさに満を持して臨んだプロ3年目であった。
この日、秋広優人の最初の打席は2回、一死一塁の場面。
スワローズの先発・小川泰弘の前に、カウント1-2と追い込まれたが、小川が投じたストレートを右中間にはじき返し、一塁走者の吉川尚輝をホームに迎え入れた。
プロ初安打は長打、しかもプロ初打点は試合の流れを引き戻す貴重な同点打となった。
奇しくも、この日は秋広が師匠と仰ぐ中田翔の34歳の誕生日。
早速、「恩返し」を果たしてみせた。
「師匠」中田も同点で迎えた4回、岡本和真に次いで連続ヒットを放ち、無死満塁のチャンスで再び秋広に打席が廻る。
ここは三振に倒れたが、続く大城卓三がタイムリーを放って勝ち越し。
ジャイアンツは4-2で逃げ切り、秋広は初陣を勝利で飾った。
思えば、背番号「55」の先輩・松井秀喜さんも、プロ初スタメンはちょうど30年前、1993年5月1日、スワローズ戦(東京ドーム)だった。
2打席目にプロ初安打、初打点となるフェンス直撃のタイムリー二塁打を放っていた。
さらに、続く翌日も秋広は「7番・レフト」でスタメンに名を連ねると、最初の打席でタイムリー安打を放った。
対戦カードが変わっても、秋広の勢いは止まらない。
雨天中止を挟んで迎えた4月25日、秋広自身初の甲子園となった阪神タイガース戦。
秋広はスタメンで迎えた第1打席、タイガース先発の西勇輝からレフトへ二塁打を放った。
これで秋広は初スタメンから3試合連続で最初の打席でヒットを記録することになった。
ゴールデンウイークに突入する前日、4月28日の金曜日、対広島カープ戦で、ついに秋広は本拠地・東京ドームでのデビューを果たした。
得点には絡まなかったものの、秋広は第2打席できっちりとレフトにはじき返し、スタメン出場した試合では4試合連続ヒット。
続く、翌日の土曜日は「2番・レフト」と打順を上げると、ジャイアンツが1-3と劣勢で迎えた7回、秋広はこの日4度目の打席を迎える。
カープ2番手・松本竜也が投じた3球目、低めを掬い上げるようにスイングすると、打球はジャイアンツファンが待つ右中間スタンドの中段に突き刺さった。
プロ19打席目、ついに待望の一発が生まれた。
背番号「55」の先輩・松井秀喜さんはプロ2試合目、通算8打席目にプロ初の一発が飛び出したが、王貞治さんの27打席を上回るスピードだ。
試合は1点ビハインドで迎えた9回裏、2死一塁の場面で、中田翔に廻る。
中田翔はカープのクローザー・栗林良吏の初球を仕留めると、打球はレフトスタンドへ。
中田自身にとっても巨人移籍後初となるサヨナラアーチとなった
ヒーローインタビューには、破顔一笑の師弟コンビの姿があった。
もし、中田翔のサヨナラアーチがなく、チームが負けていれば、秋広のプロ初のヒーローインタビューもなかった。
この日はNHK総合が地上波で試合を中継し、全国に放送しており、その試合でプロ初アーチを打つあたり、スター性も十分である。
中田翔は秋広の記念すべきホームランボールを携えて、秋広が待つお立ち台へ。
プロ初アーチという祝弾を放った弟子・秋広へ、粋な計らいを見せた。
さらに驚くべきは、秋広が一軍昇格、スタメンに名を連ねた試合は6試合連続でヒットを放ち、19打数8安打、打率は.421、OPSは1.184(4月30日現在)。
しかも、4月29日までは5戦負けなし。
最大6あった借金が一時、2にまで減っていたのである。
これを「秋広効果」と言わずして何と言おうか。
秋広がラインアップに名を連ねたことで、先輩たちのバットにも当りが戻ってきたようだ。
何より刺激を受けているのが師匠の中田翔だろう。
秋広が一軍に昇格してから、中田翔の打撃成績は29打数10安打、1本塁打、打率.345(4月30日現在)と好調をキープしている。
先日のお立ち台では秋広がサヨナラの場面をこう振り返った。
打席が廻った中田が「手本を見せてやるから見とけ」と秋広に言い残して打席に入ったという。
隣にいた中田はすぐさま「足は震えてました」と自らオチを付けたが、周囲から望まれない形で移籍してきた中田にとって、秋広の存在は、「ジャイアンツの先輩」としての「自覚」を持たせる切欠となったことだろう。
秋広がルーキーイヤーで迎えた2021年のオープン戦、対日本ハム戦で、秋広がヒットで出塁した際に、一塁で迎えたのが中田翔だった。
「でけえからあんまそばに来るなよ」
その2年後、この二人が同じチームでお立ち台で並んでスポットライトを浴びるとはだれが想像しただろうか。
手荒な初対面にものおじせず、自ら距離を詰めてきた若者が、中田翔自身をも救ってくれたのかもしれない。
ジャイアンツは4月を2012年シーズン以来となる、借金生活で終えることになった。
次は低迷するチームの救世主になれるかどうか、ジャイアンツファンの秋広優人への期待は膨らむばかりだ。