【研究のススメかた】「新奇性」って何? ― オリジナリティの7類型 ―
1. 記事の狙いと想定読者層
研究を進めるうえでのTIPSをまとめていくシリーズです。筆者が指導教官を務めるゼミや授業での活用を念頭においています。
読者層としては「大学の学部または大学院で、卒業論文/修士論文研究に取り組む」人たちを想定しています(すでに研究者として独り立ちしている同輩の皆さまや、そのタマゴとしてすでに修士論文研究等は経験済みの博士課程大学院生の方々にも、ご参考になるかもしれません)。
今回は、前回の記事(「警句:『研究』と『勉強』は違います」)で繰り返し強調した、研究を研究たらしめる二つの要件のうちの一つ、「新奇性」について、より詳しく述べていきます。前記事では、
研究とは、まだ誰も知らないサムシングを研究によって突きとめ、それを人類共通の「知」のデータベースに付け加える(より身近な表現をすると国会図書館などに収蔵される文書を作成し、提出する)プロセスです。
どんなに些細なポイントであってもいいので、何か一つ「ここは今までこの分野に関する研究では明らかになっていなかった点であり、それについて私の研究からはこれこれこのような発見があった」ということを言えなければ、科学における「研究」とはカウントしません(中略)。卒業論文や修士論文であれば「新奇性」といった項目によって評価されるところになろうかと思います。
と述べました。
しかし、ここでいう「新奇性」とは何を指すのか、具体的に何がどうなっていれば「新奇性のある研究」と認められるのかについては詳しく触れていませんでした。この点について掘り下げていくのが今回の目的です。
2. 「新奇性」とは?
ここで、改めて考えてみましょう。
科学研究における「新奇性」とは何でしょうか。
こう問われたら、あなたはどんな答えを返しますか?よかったら、少し時間をとって考えてみてください。
この問いには、別の記事(「研究テーマのつくりかた」)でまとめた「よい研究テーマとはどんなものか」に関する三つの条件(※)のうちの三番目、「NEEDED(やるべき)」が関係します。
※ 条件1は「限られた時間内に完遂することができる(CAN)」、条件2は「あなた自身が追求したいと思える(WANT)」、そして条件3は「実務的 and/or 学術的にそれを検証する意義があり、やるべきである(NEEDED)」
記事では、この「NEEDED(やるべき)」を判断するうえでの前提条件として、研究とは、「巨人の肩の上」に登り、先人の目が届かなかった遠くを見通す行為であること、それゆえにガリレオやニュートン以来、これまでに世界中で研究に取り組んできた先達が追求しえなかったサムシングを問いに落とし込んで、そこにあなたが答えを見出すことが科学における「研究」の要件であることに触れました。
つまり、あなたが取り組む研究テーマに関連する先行研究ではまだ明らかにされていない何か――まだ人類が知り得ていない、このサムシングを突きとめて記述すること、それが「新奇性」ということになります。
3. ”Not yet” fallacy(「この点は未検証」の罠)
では、「新奇性とは、すなわち既存の先行研究では明らかにされていないサムシングを明らかにすることである」と分かったとして、では具体的にあなたの研究で何をどうすれば「既存の先行研究では明らかにされていないサムシングを明らかに」したことになるのでしょうか。
これは、とにかく既存の――Google ScholarやCiNiiでヒットする――論文で取り上げられていないトピックに焦点をあてれば、それで「新奇性のある論文」になって万事OK!となるのでしょうか、と言い換えてもいいかもしれません。
答えは、NOです。
「なぜ、この研究が必要なのか」これはJustification(正当化)と言って、論文の冒頭に述べるべきポイントの一つになります。科学研究における論文では、データや分析結果の詳細を述べる前にその研究の意義を論じることが必要であり、そこで説得力を示すことができなければその時点でアウト、読む価値がないものとされます。
このJustificationの常套手段として用いられるロジックの一つに、「この研究で取り扱うテーマは、先行研究において未検証である」というものがあります。
未検証のテーマについてデータを集めて実証を行えば、必然的にそれは「新奇性のある」研究となります。先述の通り、研究において新奇性は必要条件の一つですから、「このテーマは未検証である」というのは非常に強力なJustificationのロジックとなります。
しかし、単に「これまでこのテーマは手つかずであった」というだけで、イコールそれがよい研究テーマであるとは限りません。なぜなら、「それは研究するまでもない矮小なテーマである」がゆえに、先行研究ではとりあげられていない、という可能性があるからです。
たとえば、「既存の研究ではリーダーシップに対する文化の影響を国と国の比較というレベルでしか見ておらず、ある国の中での地域性を無視している」と問題提起をして(個人的には、ここまでであればじゅうぶん面白いトピックになりえるかなと思います。理論的にさらに突っ込んで「なぜ地域が重要か」まで論じる必要はもちろんありますが)、「福岡と大阪、東京の比較を行う」という研究があったとしたらどうでしょうか。さらに、「福岡の中でも、博多と天神とでは、そもそも歴史的に商人と武士の文化的対立があり…」と言い出して、「もっと言うならば、天神の中でも渡辺通り付近と今泉、住吉、そしてお隣の大名地区とではやはり違いがある」とやっていくと…?
お分かりでしょうか。
研究の中で取り上げるポイントを細分化していけば、確かに「新奇性」は見つけやすくなります(たぶん、渡辺通り、今泉、住吉、大名の四つのエリアにおけるリーダーシップに関する意識を比較検証した論文はない、と思います)。
しかし、その代償として、研究のインパクトはどんどん限定されていきます。福岡の天神近辺におけるリーダーシップに関する意識の違いに興味をもつ人は(皆無ではないでしょうが)ごくわずかでしょうし、そのように非常にローカルな範囲で検証を行うことは「人類の知」を豊かにすることが本義である科学研究という営みにおいて望ましいものではありません。
このように、単に「まだ誰もこのトピックはやっていないから」というだけで「新奇性」を担保しようとすることを、僕は”Not yet" fallacy(「この点は未検証」の罠)と呼んでいます。大事なのは、先行研究ではまだ明らかにされておらず、かつ、明らかにする価値が実務的 and/or 学術的観点からじゅうぶん認めうるポイントで研究を行うことです。
4. 「新奇性」の7類型
ここで、今回の本題である「新奇性」の具体的な打ち立てかたについてご説明していきますね。こちらは、近藤克則(2018)『研究の育て方 ~ゴールとプロセスの「見える化」』医学書院 pp.26~27「7種類の新規性」を参照しています。良書ですので、さらに発展的な学びを進めたい方はぜひご購読ください。
近藤(2018)によれば、科学研究における「新規性」には、以下の七つの類型があります。
1. 「アプローチ」の新しさ
2. 「事象」の新しさ
3. 「トピック」の新しさ
4. 「理論」の新しさ
5. 「方法」の新しさ
6. 「データ」の新しさ
7. 「結果」の新しさ
1. 「アプローチ」の新しさ
研究には、さまざまなアプローチがあります。
たとえば、「リーダーシップ」をテーマに研究するときも、「リーダー」の観点から研究するだけでなく、「リードされる側=フォロワー」の立場から検証してみると全く別の発見が得られる(リーダーシップとは、「リーダー」個人の能力や行動よりも、むしろフォロワーたちの態度や反応こそがリーダーをリーダーたらしめている、など ※)といったように、テーマとして取り上げる事象に対して、どのような観点、方向性からアプローチするかによって研究の内容、意義は大きく変わってきます。畢竟、アプローチを工夫することで「新規性」を獲得できる場合は多々あります。
※ 参考:Uhl-Bien, M., Riggio, R. E., Lowe, K. B., & Carsten, M. K. (2014). Followership theory: A review and research agenda. The leadership quarterly, 25(1), 83-104.
2. 「事象」の新しさ、3. 「トピック」の新しさ
取り上げる「事象」や「トピック」を、これまで先行研究であまりフォーカスされてこなかったものにする、というやり方もあります。
これは、事象やトピック自体が近年勃興してきたもので、研究として取り上げること自体やっと近年になって可能になった、いわゆる「ホットトピック」を取り上げるケースがあてはまりやすいかと思います。
たとえば、歴史的に言えば「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」、通称「男女雇用機会均等法」が1985年に制定され、1986年施行された頃から、男女の平等やジェンダーとリーダーシップの関係などに関する研究がさかんになりました。あるいは、「インターネット」や「グローバル化」などが一気にホットトピックになったのは90年代から2000年代初頭にかけてのことです。2020年現在の日本であれば、「AI」「働き方改革」「LGBTQ」「SDGs」「移民/在日外国人」などが該当するでしょう。
こうした社会的に目新しく、近年注目を集めているテーマ、トピックについて検証を行うことは、実務上の価値も高く、「新規性」という意味でも研究の意義を担保する有用なやり方だと言えます(そのぶん「足が早く」、数年後に別のトピックに社会的な関心が移ったときに研究を続けにくいという懸念はありますが、ずっと研究活動を続けていくプロの研究者と違って、目の前の卒業論文ないし修士論文に焦点を合わせていく限り、そこは大きなリスクにはならないと思います)。
4. 「理論」の新しさ
もう一つは、新しい「理論」を活用することです。
理論とは、ある現象に関する一連の説明と予測を提供するものなので、先行研究で幾度も取り上げられた事象やトピックであっても、新しく提唱された理論の観点から見直すと新たな発見が得られることがあります。
特に、たくさんの論文で検証されてはいるけれども、そのほとんどが一つの理論的観点からしかなされていないテーマに対して、別の理論をレンズにしてとらえなおしてみる、というのは良筋の研究になる場合が多いものです。
5. 「方法」の新しさ、6. 「データ」の新しさ、7. 「結果」の新しさ
研究の方法をこれまでのものと違えてみる、という手もあります。
たとえば、既存の研究の多くは個人を対象にアンケートやインタビューを行っているけれども、あなたの研究ではチームを単位にして、個人の属性や認識を超えたチームごとの雰囲気や組織文化がどのように影響を及ぼしているかを検証すると、個人レベルの分析からはみえてこなかった構造が明らかになるかもしれません。
あるいは、先行研究はアンケート調査やインタビューがほとんどだけれど、あなたの研究ではウェアラブル端末で心拍数を探る、ビーコンなどのIoT機器とスマホアプリを使ってオフィスでの行動パターンを測定する、Hylableのようなテクノロジーを活用して会議やブレインストーミング中のコミュニケーションを可視化するなど、これまであまり活用されていないデータ測定手法を検討してみるのも面白いかもしれません(もちろん、研究テーマに即していることが大前提、ですが)。
新しい研究手法を用いれば、必然的にこれまでになかったデータが収集できることになり、それを分析すれば「新規性」あふれる研究結果を見出すチャンスも大きくなります。
5. まとめ
研究をものすうえで、「新規性」は欠かせない成果の一つです。
しかし、一言で「新規性」と言っても、どのようなポイントでそれを実現するかは、いくつかの可能性があります。今回は、近藤(2018)を参照して、研究の「新規性」を打ち立てるための七つの類型をご紹介しました。
もちろん、あなたの研究で七つのポイントすべてにおいて「新規性」を実現する必要はありません(し、もしそんなことをしようとすれば、これまでの先行研究とかけ離れた荒唐無稽な取り組みになってしまって、肝心要の「研究」としてのテイを成さなくなってしまうと思います)。
優先順位としては、まずしっかりとあなた自身の問題意識を絞り込んで研究テーマに結実させること。次いで、そのテーマを追求するうえで、既存のよくあるやり方ではなく、何か「新規性」をもったやり方で研究を進めるうまいやり方はないかと工夫する。この順番で考えていくのが大事です。
この記事が、あなたと人類にとって有意義な研究を実現させるための一助となりますように――。
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