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【研究のススメかた】 早く、確実に論文を書き進めるコツ

1. 記事の狙いと想定読者層

研究を進めるうえでのTIPSをまとめていくシリーズです。筆者が指導教官を務めるゼミや授業での活用を念頭においています。

読者層としては「大学の学部または大学院で、卒業論文/修士論文研究に取り組む」人たちを想定しています(すでに研究者として独り立ちしている同輩の皆さまや、そのタマゴとしてすでに修士論文研究等は経験済みの博士課程大学院生の方々にも、ご参考になるかもしれません)。

今回は、論文を(なるべく)早く、そして――もっと重要なこととして――確実に書き進めるコツについての記事です。

2. 前置き

僕は、論文を書くのが(たぶん)早いほうです。

データさえとってしまえば、後は元々予定していた研究計画通りに分析し、その結果が考察の内容を基本的に規定する定量研究が得意だから、ということもありますが、基本的に学会への投稿も締切の1週間前にはするし、ジャーナルでR&Rという査読後の書き直しを命じられたときもだいたい2~3週間で返すのがふつうです。

結果、わりと多作なほう、でもあると思います。

現在=2020年2月6日時点で、出版した論文&訳書は計32本。うち、査読付きのものが28(下記Google ScholarのCitationsプロフィールをご参照ください)。

もちろん、研究者が「論文をたくさん出している」というとき、どれくらいの本数を出せば「たくさん」になるのかは分野によりますが、僕がフィールドとしている社会科学系では査読付論文28はまあまあ多いほうだと思う。比較対象として、50代で亡くなった恩師よりも、すでに論文の出版数だけでいえば僕の方が多いです(論文そのものの質やインパクトの話、ではありません。念のため)。

じゃあ、僕の論文量産術(大げさですが)とはどんなものか。

それを以下まとめましたので、ご参考になれば幸いです。

3. まずは空白を埋める

ミもフタもありませんが、書き進めるためには、書かなければなりません。

論文執筆は、そもそもクリエイティブなプロセスです。

書き始めのスタート地点は、いつもまっさら真っ白なWORDファイルを開くところから。チカチカ明滅するカーソル以外何も見えないこの状態から、数ヶ月後には数十ページ、数万字の論文ができあがるところまでもっていく。論文執筆とは、文字通り、ゼロからイチを生み出す作業です。Every 研究者 is entrepreneur。

この「空白=ゼロ」のプレッシャーというのは凄まじいものがあります。特に、何時間かPCに向かったにもかかわらず、終わったときドキュメントが真っ白なまんまであることに気づいたときの心理的インパクトは、結構クるものがある。

なので、まずは空白を埋めます。

別記事(『先行研究レビューの実作業のやりかた』)で書いたように、研究を進めるとき、まず取り掛かるのはテーマに関連する先行研究の成果を調べること。このとき、ひとつの先行研究を読み終えるたびに、それが何を研究したものか、どんなデータをどんな手法で収集・検証したのか、そこで何が明らかになったのか、etc.についてメモをとるようにします。

メモ自体は別ファイルにまとめていく――そうすれば、将来また別の研究でも使いやすい――のですが、それと同時に、今とりかかっている論文(に、なる予定のWORDファイル)にも機械的にコピペしていきます。出典情報とその内容についてのメモ。これをひたすらペタペタ。

そうすると、少なくともドキュメントが空白ということはなくなります。

なんらかの、たぶん今書こうとしている論文に関連する情報が埋め込まれていく。このとき、貼り付ける順序だとか構成は気にしません。まずとにかくペタペタ。これだけでも結構アタマが刺激されて、「この研究でこういうことが分かっていて、てことは、あっちの論文の分析結果とこの分析のここの示唆と組み合わせたら、おっ、それって結構面白いかも?」なんてアイデアが浮かんだりするものです。

4. 論文の構想を即メモする

次に、論文の構想を即メモすることを習い性にしています。

論文の構想、というと大仰ですが、要は書こうとしている論文について、ふと思いついた着想――たとえば、「あ、こないだ読んだあの研究のあの部分は使えそう」とか「こういうテーマを掘り下げるとしたら、こんなデータがいるよな…」とか――のことです。上記の先行研究メモをコピペしているときにアタマに浮かぶアイデアも含みます。

これらの着想を、秀逸なものもそうでないものも、とにかくメモする。選別したり、推敲したりしない。思いついたら、即メモ。

ヒトは思いついたアイデアをびっくりするくらいアッという間に忘れます(少なくとも、僕はそうです)。厄介なことに、なにかよさげなことを思いついたこと自体は覚えていたりするんですよね。そうすると、何だったっけ…(汗)と、ヘンな焦りが邪魔になって、他のことにも集中しにくくなったりする。なので、僕は論文の構想について、何か思いついたらその場で即メモします。

手書きでメモをとることはほとんどなくて、だいたいはスマホでGメールのアプリを開き、自分宛にメールを送る(「論文アイデア」とかタイトルをあらかじめ決めておくと後から検索しやすくなります)。僕がブツブツ言ってたと思ったら突然立ち止まってスマホをいじりだしたら、八割方コレをやってると思ってください。ボイスレコーダーや音声認識アプリを使ったこともあるけど、僕にはあんまりしっくりこなかった。合うヒトはそれでいいと思います。

こうして自分のメールアドレスに「論文アイデア」とタイトルのついたメールがたまってきたら、適当なタイミングでこれも機械的にドキュメントにカット&ペースト。そうすると、このドキュメントには、上記の先行研究に関するメモと合わせて、なにがしかの情報や着想のタネがゴロゴロと転がっている状態になっていきます。

繰り返しますが、まったくの白紙、空白の状態からいきなり最終稿を書き上げることは(少なくとも僕には)できません。でも、このタネがゴロゴロ、まったくの未整理だけど、でもなんがしかの材料はいろいろある、という状態に手をつけていくのであれば、もうちょっと手もアタマも動きやすい。これも適当なタイミングで一度ドキュメントにたまったメモをつらつらと見返していき、そこで思いついたこともまたメモとして追加。そうしていくと、だんだん「自分のアイデアを書きたい」というエネルギーが高まっていきます。それが、論文本体を書き始めるタイミング。

5. (卒論修論のための論文執筆術からはそれるけど)研究のタネをストックしておく

ちなみに、この「着想即メモ」を実践していると、今取り組んでいる論文が書きやすくなるだけでなく、それが書き上がった「後」にもつながります。

卒業論文、修士論文を書いているときは、なかなかその「後」までは考えにくいものだとは思いますが、プロの研究者になると一本論文を書いて、それでハイおしまい、というわけにはいきません。一本の論文が書き上がるということは次の論文を書き始めるということと同義です(※)。その意味で、次の研究のタネをストックしておくことがすごく大事。

※ なかには一本の論文を書き終える「前」に、次の論文を書き始める、というケースもあったりします。
 心理学やコミュニケーション学の大家だった故John E. Hunterのオフィスの机の上には、つねに複数台のタイプライターが設置されていたそうです。そして、ある論文を書いている途中でほかの研究テーマについて何か思いついたら、そっちの論文の原稿がセットしてあるタイプライターに向き直ってカタカタ着想を書き込み、それが終わったらまた元の論文に戻って、とつねに複数の論文を同時進行で書き進めていたとか。
 まあこれは、人並み外れたハンター博士の認知キャパシティあってこそでしょうが、ひとつの研究を進めながら、同時にその次のテーマもあたためておく、というのは一橋大学名誉教授の伊丹敬之氏なども著作『創造的論文の書き方』で「ポケットにいくつかアメ玉を入れておく」という表現で述べられています。

6. 中途半端なところで終える

こうして先行研究と着想のメモがある程度たまっていくと、だんだん自分がその論文で書きたいこと、書くべきことが見えてきます(研究テーマのつくりかたについては、これも別noteを書きましたのでご参照ください)。

そうなると、いよいよ論文を書いていくわけですが、一日で論文が書き上がるということは絶対にありません。

畢竟、論文執筆作業というのは、基本的に書きかけのドキュメントを開いて、書き足し削り修正し、保存して、さて続きはまた明日、というプロセスの繰り返しになるわけです。

このとき、避けたいのは、ドキュメントを開いたはいいけれど、なかなか筆が進まず、「うーん…」と唸るばかりで結局何も書けずに閉じてしまう、というパターン。

それを予防する簡単な方法が、「あえてキリが悪いところで終わる」こと。

先行研究のメモを揃えて整理し、さあ後はレビューとしてまとめるだけ、というタイミングでもいい。あるいは、データ分析が一段落して、まずはその結果を淡々と論文のお作法にのっとって書き出すだけ、のところでもいい。

要は、保存してあったドキュメントを開いて、執筆作業を再開するというときに、できるかぎりするっと、あまりアタマのエネルギーや勢い、決断といったものを要しなくても書き始められるような状態にしておく、ということです。キリがいいところで保存してあると、「さて、ここからどう書いていくかな…」と、アゴに手をやって思わず沈思黙考モードに入っちゃったりするので、あえてキリの悪いところで、切る。わりと効きます。お試しあれ。

7. 時間をあらかじめ確保する

最後に、「早く、確実に論文を書き進める」という点においては、もしかしたらコレが一番大事かも、というポイント。それは、あらかじめスケジュールに「論文執筆」という予定を書き込んで、時間を確保することです。

ヒトには「計画錯誤(Planning Fallacy)」という認知バイアス、平易に言えば、脳のクセがあります(参考:池谷裕二(2012)『脳には妙なクセがある』扶桑社)。

これは、現在の可処分時間を過小評価し、逆に、将来の時間については過大に見積もってしまう傾向のことです。この傾向のため、ヒトはだいたいどんな状況下でも「これは今は忙しすぎて手をつけられない。でも、来週になれば余裕ができるはずだ」と言って、行動を先延ばしします。でも、当然ながら来週になったら魔法のように時間に余裕ができる、なんてことはまずありません(なんなら、締切に近くなったぶん状況は多少なりとも悪化します)。

なので、今すぐスケジューラーを開いて来週の予定を確認し、少なくとも30分、できれば2~3時間、予定が空いているところを見つけて「論文執筆」のためにブロックしてしまいましょう。

計画錯誤は、今現在についてのバイアスなので、将来の予定に関してはあまり影響しません。冷静な今のうちに、近未来の自分の行動を縛っておく。これは行動経済学で「コミットメント戦略」と呼ばれるアプローチですが、締切が何ヶ月も先でついつい後回しにしてしまいがちな卒業論文や修士論文の執筆作業を進めるためには特に有効だし、重要です。

8. まとめ

以上、僕がふだん論文を書いているときのやりかたを棚卸ししてみました。

お気づきの方も多いと思いますが、ポイントはなるべく機械的に作業を進められるようにすること、です。論文執筆はクリエイティブなプロセス、と書きましたが、だからこそクリエイティブにならなくていいところは徹底的に「作業」化する。

それによって、本当にクリエイティビティ、ひらめきが必要なテーマの絞り込みだとか考察のところに時間をかけることができるようになります。皆さんならでは発想、アイデアが存分に論文のなかで躍動するために、本記事がなんらかご参考になりますように――。

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