【研究のススメかた】先行研究レビューの実作業のやりかた
1. 記事の狙いと想定読者層
研究を進めるうえでのTIPSをまとめていくシリーズです。筆者が指導教官を務めるゼミや授業での活用を念頭においています。
読者層としては「大学の学部または大学院で、卒業論文/修士論文研究に取り組む」人たちを想定しています(すでに研究者として独り立ちしている同輩の皆さまや、そのタマゴとしてすでに修士論文研究等は経験済みの博士課程大学院生の方々にも、ご参考になるかもしれません)。
今回は、研究を進めるうえで絶対不可欠な作業である、「先行研究レビュー」の実作業について書いてみます。
2.「先行研究レビュー」とは
研究とは、まだ分かっていないことに対して、何かしらの答えを見出すプロセスです。
これを行うには、当然「いま現在、何が分かっていて、何は分かっていないのか」をハッキリさせる必要があります。下記のブログで言われている「知のフロンティア」を見極める、ということですね。
「知のフロンティア」を見極めるために、これまでに明らかにされたことをまとめ、今後の研究の方向性を見出す。先行研究レビューでやることを一文でまとめると、コレに尽きます。実にシンプル。
良い先行研究レビューは、当該研究のテーマに関連する主な研究を網羅し、それらを通して何が分かっているのかいないのかを示すだけではなく、そこから敷衍して今後どのような研究が必要とされるのかをあぶりだします。これがそのまま、あなたの研究における仮説やリサーチクエスチョンになっていくわけです。
しかし、ソレを実際にやるとなると、ガリレオやニュートン以来、人類が連綿として築き上げてきた膨大な「先行研究」のなかから、自分が取り組みたいテーマに関連性が強いものを選び出して読み解き、まとめていくことになるわけで、先行研究の渉猟というのは、わりと職人芸的な、複雑な工程を経ることになります。したがって、無勝手流でとにかく図書館へGO!というのは野垂れ死に、もとい時間とエネルギーの浪費になる可能性が非常に高い。
なので、ご参考までに、本記事では筆者が大学院で研究を始めてかれこれ十数年の研究者生活のなかで培った「僕はこうやっています」というやりかたを、以下10のステップに分解してご紹介します。
3.「先行研究レビュー」10のステップ
① 目指す方向性とタイムリミットを決める
まず、その日はどんな情報を探すのか、目指す方向性を書き出し、目につきやすい場所にキープします。同時に、先行文献読み込み作業にかける時間(=何時になったら切り上げるか)を決めてこれも書き出し、スマホの電源を切る。
先述の通り、「先行研究文献」というのは、絶望的なまでに膨大な量があります。テキトーに手をつけていって、思いつくままに検索し、たまたま自分のテーマに関係しそうなものが見つかることを祈る、というのは効率が悪すぎるし、無謀にすぎる。
なので、「今日はShared Leadershipとイノベーションの関係性について調べよう」というくらいのざっくりしたものでもいいので、その日どんな情報を見つけることを目標とするのかをハッキリさせてから手を動かしましょう。タイムリミットを決め、ついでにスマホの電源もオフにしておくと集中力維持のために効果的。
② Google Scholar等で検索
ヒット数が多すぎるようならAND検索やキーフレーズ検索(複数の単語を“”で囲み、その通りの並びでなければヒットしないように制限する)等で調整します。ここらへんのコツはわりと感覚的でありつつ、もっと細かな具体的テクニックもあったりするので、別noteをまとめました。お時間あれば、ぜひこちらもお目通しください → 【良質な参考文献の見極めかた】
③ 検索でヒットした論文をスクリーニング
タイトルを見て関連性がありそうな論文をみつけたら、あとはひたすら上から順に読む!のは犬の道。
Google Scholarなど研究文献データベースは、それぞれ独自のアルゴリズムを使って、できる限り良質な論文が上から並ぶようにしてくれはします。が、それでもやはり検索結果がそのままあなたの研究テーマにジャストマッチしているとは限りません。
なので、タイトルでアタリをつけつつ、各文献の発行年、引用数、掲載ジャーナルをチェック。発行から数年しか経っていないのに数百以上の引用数があるものが良筋。プラス、名の通った、いわゆるAジャーナル(※)に掲載されているものから優先して読むようにしましょう。
※ 筆者の専門領域であるリーダーシップ論や組織行動論だと、Academy of Management Journal、Leadership Quarterly、Journal of Applied Psychology、Organization Science、Journal of International Business Studiesなど。コミュニケーション学だと、Human Communication Research、Communication Monographs、Journal of Communicationあたり。
掲載ジャーナルについてもチェックするのは、昨今ハゲタカジャーナルと呼ばれる、一見学術誌っぽい、しかしその実態はトンデモ科学や他のジャーナルでは査読を突破できないような、質の低い論文を集めて著者から掲載料を徴収する悪質な「ジャーナル」が横行しているためです。
ハゲタカジャーナルのなかには、仲間内で引用しあって見た目の引用数を機械的に引き上げるなどの手口を講じているものもあるため、引用数だけに頼ると信憑性と再現性に欠けるトンデモ論文をあなたの研究で参照してしまう危険があります(そして、その引用数UPにはからずもあなた自身が加担してしまうはめになります)。あやしいかも?と思ったらスルーするのが無難。もし真贋見極めかねる…けれども、できれば使いたいという論文に出くわしたら、指導教官に相談しましょう。
④ アブストラクト(抄録)をチェック
論文の冒頭に記載されている数百Wordsの抄録――Abstract(アブストラクト)と呼ばれます――に目を通し、①で書き出していた方向性とマッチしているかチェック。YESなら⑤へ進み、NOなら②に戻る。
良質な論文であればあるほど、アブストラクトを一読しただけでその骨子がつかめるように書かれています(逆に、アブストラクトを読んでも「?」という印象のものは、中身を精読しても結局イマイチ、ということが多い。あくまで一般則、ですが)。タイトルに惹かれてアブストラクトを読んでみたら、アレやっぱり思ったのと違ったな、っていうことも多いので、このステップをきちんと踏むかどうかでレビュー作業の効率性は大きく変わります。
⑤ 論文の中身に目を通す――第一段階:Hypo/RQ
ここまで進んだら、論文本体をダウンロードして、まずHypothesisまたはResearch Questionを探します。パス図などがあればそれも最優先でチェック。
研究論文の核となるのは、そこで検証された仮説ないしリサーチクエスチョン。Hypo/RQを見れば、その研究が何を実際に分析したのかは一目瞭然です。また、いくつもの仮説を立てている複雑な研究の場合、多くはそれらを概観できるように主たるファクターの関係性を図解したパス図があったりするので、それも参照しましょう。
ここでやっぱり元々①で書き出していた方向性とズレているようなら、そっ閉じして②に戻る、となります。
⑥ 論文の中身に目を通す――第二段階:着想、意義、論旨
HypothesisまたはResearch Questionが方向性とマッチしているなら、論文巻頭に戻り、研究の着想理由、意義を押さえていきます。さらに、Literature ReviewまたはTheory and Hypothesesといった大見出しがつけられているセクションを流し読みして、どんなロジックでそれまでの研究体系に「穴」を見出し、仮説を導出しているかをチェック。
上記の通り、「研究とは、まだ分かっていないことに対して、何かしらの答えを見出すプロセス」なので、どんな論文であっても、必ず「それまでの研究では何が分かっているのか。そこから転じて、何については未検証で、かつ、なぜその未検証のテーマを検証する必要があるのか。そうすることの意義は何か」が論じられているはずです。これがない論文は、一般原則として学術論文として公刊されるにいたることはありません。
当然、卒論または修論として行われる研究も、そうした意義を見出す必要はあるわけで、ダウンロードした論文からそのあたりのお手本をいただいていきましょう。同じく、先行研究レビューから仮説を導出するまでのロジックの組み立て方もみていくといいと思います(このあたりの思考プロセスについても、そのうち改めてまとめようと思います)。
⑦ 論文の中身に目を通す――第三段階:方法(Method)
Methodセクションに目を通し、仮説で焦点があてられている概念/変数をどのようにして測定したのか、どんな手法でデータを収集してあるのかをチェックします。
このとき、自分の研究でも使いそうな概念/変数の測定指標については、別途出典をメモするようにしましょう。たとえば、後から自分が実際にデータ収集のためのアンケートを作成するとなったとき、また一から「えーっと、職務満足度ってどうやって測定したらいいんだっけ」と考えるのではなく、Job satisfactionに焦点をあてて行われた先行研究をお手本に、そこで使われている測定指標をすぐに特定して使えるようにしておく、ということです。
⑧ 論文の中身に目を通す――第四段階:結果(Results)
今度は、Resultsセクションを流し読みして、どんな統計手法ないし定性研究手法で仮説またはResearch Questionを検証したか、仮説は支持されたのか棄却されたのか、各種の係数値・効果量はどれだけあったのかを確認します。
ここで合わせて、自分の研究でも使いそうな変数については、サンプルの大まかな特徴(国籍/文化、ジェンダー、年齢、学生か社会人か、etc.)とともに平均値と標準偏差をメモするようにしておくと、実際に自分がデータをとったときに、それが異常値かどうかの基準がもてますのでオススメです。たとえば、先行研究において世界各地で学生社会人含め、さまざまな年代、ジェンダーのサンプルで検証されているファクター(たとえば、エンゲージメントとか心理的安全性とか)の平均値が5件法で3.5前後だったとします。それなのに、自分がデータをとってみたら2点台前半だった。これは、相当高い確率でデータの収集法あるいは使用した測定指標(あるいはその両方)に何か問題があったと疑うべき証左となります。
⑨ 論文の中身に目を通す――第五段階:考察(Discussion)
考察のセクションを流し読みして、その論文で得られた結果がなぜ生じたかについての解釈とその妥当性、納得感をチェックします。
このとき、合わせてその結果及び考察がどんな理論とつながりそうかも考えること。それによって、過去の研究ではあまり結びつけられて論じられてこなかった理論の間に何らかの関連性を指摘することができれば、それだけでも研究としては一つの大きな成果となります。
そして、必ず「研究の限界及び将来への示唆(Limitations and Future Directions)」の項を丁寧に読み込み、自分の研究に取り込めそうな示唆がないか探す。どんなにすぐれた研究であっても、それ単体で完結することは決してありません。言い換えると、どんな研究にも限界はつきもので、だからこそ、どんな研究にも「今回この辺りは追求しきれなかった。将来の研究ではこれこれこういった追加検証をしてほしい」という示唆が記されています。これは、自分が研究を設計するうえでの貴重なヒントとなりますので、必ずチェックするようにしましょう。
⑩ 振り返り/リフレクション
最後に、論文を読み終えるごとに、過去に書き出したメモを見返してください。
以上の先行研究レビュー作業を日々進めていくと、その都度書き留めるメモが手元に積み上がっていくことになります。一つの論文を読み終えたら、これらのメモを読み返すことを習慣にしましょう。
『メモの魔力』で指摘されている通り、自分で書いたメモを読み返すことは思いがけないひらめきを見つける最上の方法です。いま読んだばかりの論文の内容とそれに対する(上記⑤~⑨のステップを通して得た)気づきと、過去に書き出していた着想とが相まって、いろんなアイデアが浮かんでくる。しかも、論文を読み、メモを書き溜めるたびに、このアイデアのふくらみは等比級数的に大きくなっていきます。やったもの勝ちで、かかるコストは論文を読んだあとに、すでに書いたメモを読み返すこと、だけ。
4. おまけ
以上は、あくまで「情報」として先行文献をチェックし、効率的にあなたの研究の先行研究レビューを充実させるためのやりかたです。これとは別に、着眼点の鋭さ、筆致の豊かさ、分析の鮮やかさ、考察の伸びやかさなど、何かしら深く感銘を受けた論文については、別途時間をとって「味わう」時間をとることをお勧めします。
それから、読んだ論文をリスト化し、それぞれの概要をまとめるのは、Endnoteなどのツールを使ってもいいですし、自分なりにGoogle Spreadsheet等にまとめていってもいいと思います。文献情報の管理に関しては、やたらと教条的なスタイルの指導法をとる先生もおられますが、僕個人は、それぞれの人がやりやすいと感じるやり方が結局は一番いいんじゃないかなと思っている派です。
5. まとめ
本記事では、研究をススメるうえで欠かせない、先行研究のレビューという作業を具体的にどうススメていくかについてまとめました。何十年――分野によっては文字通り何百年――もかけて、世界中の先人達が築き、残してきてくれた”知”を、あなたの研究に効果的かつ効率的に取り込むために、ここに書いたステップがご参考になれば幸いです。
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