傾斜地を、諦めない。
知人から、傾斜地の畑の管理を依頼された話の続編。なお、本稿で傾斜地という時、もっぱら広島県呉市の傾斜地を想定している。
ちなみに、前編はこちらだ。
あれからも、何人かの方にお話を聞いた結果、かなり厳しい地であることは分かった。狭幅で車がすれ違うこともできない、急峻な道。山肌にへばりつくような土地で面積も広くない。巨木が生えていて根が張り、このままでは宅地にも農地にも不十分な上、宅地にしたところで住む人も居ない。
この現代においては、「なんでこんなところに、昔の人は集落を作ったんだ??」と感じるような、不便で危険な場所なのだ。
答えは歴史にある。陸路テクノロジー発展以前
飛行機や自動車の技術が発達し、空路も陸路(道路)も網の目のように整備された今の光景しか見てないと、ここになぜ集落があるのかは分からない。現在、海岸線に走る道路は、1960年代以降のモータリゼーション時代にできたものなのだ。急峻な山間に、へばりつくように集落が存在する理由とは、その道路整備以前の暮らしぶりが答えになる。
自動車が当たり前に使えるようになる以前、人は徒歩や馬などで移動していた。徒歩も馬も、長距離大量輸送には向かないので、それには船が使われた。基本的には集落で自給自足をしつつ、集落で揃わないものを求め、あるいは集落で余剰する品を金品に変えるために、港から船で品出しして他所の港へ持ち込み、交易して戻った。すなわち、集落から遠方に向けての玄関口は、港だったのだ。海や川は、今より比較にならぬほど重要な、物流幹線ルートだった。
こうして、港を基点にして、そこから内陸に集落が広がってきたわけだが、この港基点の発展構造を塗り替えたのが、モータリゼーションと道路網整備だ。この一歩手前にあった鉄道網整備も影響は与えたが、何分、海路・水路ほどきめ細かな物流網にはならなかったので、港基点生活を本格的に塗り替えるほどのインパクトはなかった。ポイントからポイントへ、自由度高く移動できる車が普及して、それに応えられるだけの道路網ができて、港の価値が低下した。代わりに、基幹道路のICに近い物流倉庫街や、基幹道路沿いのショッピングモールなどが基点に変化した。
結果的に、水運時代に最寄りの港を基点に山間に伸びた集落は、陸運時代にはその急峻さと狭幅さが仇となり、人口流出が進んでしまった。これが私の理解だ。
生活圏・商圏の膨張と、その限界?
これを言い換えると、陸運が生活圏・商圏を大きく拡大したというわけだ。徒歩で行ける範囲で生活するのと、車を手に入れて生活するので行動範囲が変わるのは言うまでもない。これが、1960年代以降の自動車普及で起きた大変化だった。そして空運の安全性とコストパフォーマンスの向上ぶりが、グローバリゼーションをもたらした。
昔は、1集落に1港だったのが、今は1都市圏に1イオンモール、1都市圏に1空港てな世界に変貌した。もし、戸別宅配の物流が無尽蔵にパワーUPしたら、もしかするとイオンモールも要らないのかもしれない。幸か不幸か、「物流の2024年問題」が取り沙汰されるように、戸別宅配能力はむしろ限界を迎えて危機にあるので、どうやらそうはならないが。
最近は、ドライバーの不足や労働規制の強化もあって、陸運業界でもかつての「すき家のワンオペ廃止」の如く、配送リードタイムを伸ばしたり、配送エリアを縮小したりするところも出てきた。「昔はここまでタクシー来たけど、今はここまで来てくれんねぇ」ということもままあるし。
生活圏と商圏の拡大は、物が日本中・世界中どこでも、確実な期間の中で確実に届くことが前提として起こっている。コロナ禍か、政情不安定化か、燃料費高騰か、規制強化か、人手不足か、その原因はともかく、その確実性の高いデリバリーが脅かされる時、拡大は不可能になって縮小圧が掛かると思われる。
果たして今後、ある程度のエリア縮小は起こるのだろうか?
縮小したとしよう。それでも傾斜地は厳しい
いろんな要因で、陸運能力がダウンし、結果として、限定的な生活圏・商圏の縮小が起こったとしよう。そうだとしても、傾斜地には厳しい状況は変わらないと思われる。
なぜなら、多くの傾斜地はもはや、現役世代が多く流出してしまった老齢タウンになっているからだ。かろうじて残っている老齢世代とて、高齢を極めてくると生活しづらい傾斜地から、生活しやすいフラットな人口密集地へ転出する。歩行もおぼつかなくなる老人に、傾斜地は暮らすにも厳しい地勢なのだ。
そして傾斜地の多くが、もはや(農作物などの)生産地としての生産能力も持っていないし、学校や商店などもほぼ廃業に追い込まれていて、生活ユニットを集落で完結的に持てていない。物流が滞って自分ちに来ないからと言って、身近な生産物も無ければ、他所の生産物も置いてある場所も無い。結局ふもとの人口密集地まで買い求めに出かける羽目になる。
物流が滞って少し物の流れが「先祖返り」したところで、集落は昔と違って変貌したので、生活圏・商圏は先祖返りしない。
傾斜地の何が良いのか、それが問題だ
傾斜地は不便だ。傾斜地は狭いし、しんどいし、危険でもある。効率的に生きるのに、相応しくない地勢だ。
コンパクトシティ、という考え方があるが、その論者などは、山あいの不便で危険な傾斜地は捨てて野に返し、人口密集地に人を集めるべきだ、という。確かに、人口も減り税収も下がっていき、イケイケの時代に張り巡らした道路や橋梁は耐用年数を超えているものも出てきて、「山まで手が回らない」という状況になりつつある。社会的な投資対効果というか効率性を考えても、傾斜地は捨てるのが自然な選択肢にも感じる。
便利で効率的な平地で人は密集して都市を作り、社会が発展してきた。これは、東京・大阪・名古屋を代表とする河口の広い平地が発展していることを考えても自然の理なのだろう。おそらく邪馬台国の時代から、その法則は変わらないように思う。
山は昔から、危険な場所だ。土砂崩れとか自然災害に見舞われやすい危険もそうだし、人口密集できないおかげで、耳目が行き届かないし権力の管理も行き届かないが故に、妖怪が住み天狗が現れ、盗賊が潜伏し、物好きな山伏が修行をする。迂闊に踏み込めば生きて帰れぬ、山とはそんな命懸けな冒険、という時代もあったと思う。
話は長くなったが、そしてかなり論理飛躍で強引な結論だけど、傾斜地の価値は、その危険な山の特性が逆にヒントになるんじゃないかと思う。
・・・今日はここまで。
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