ハルジオン【YOASOBI】
春に咲く紫苑だからハルジオン。そんな由来を持つ小さな花はいつ何時でも目の前の世界を見守り続けた。そよ風に吹かれる木の葉や、暖かな日差しに光る川の流れや、子供が遊ぶ様子、時たまにこちらに来て眺めてくれる2人をみているだけで、この上なく幸せだと思った。
これ以上のことは望まない。そう根の底から思っていた。
しかし、時に世界は残酷だった。
時が経つにつれてどうやら私は欲張りになってしまったようだが、分かったのは自分の無力さだけだった。
だって、目の前で俯く長髪の彼女の目元を拭いたいのに、わたしには彼女の前髪に触れる指先も、優しく励ます言葉も、抱き寄せる腕すらも持ち合わせていないのだから。
時間は誰だって平等に、ちっぽけな私の気持ちなんぞ関係なく流れてゆく。
全てが思い通りにはいかないものだな、と一枚、二枚と花びらが風に流される度にそう思う。
私の横を走り去ったショートカットの彼女はどこか見覚えのある口元をしていた。
次の季節になれば新しい蕾がなんの気も知らず、わたしの奥底に眠る根を伝って栄養を得てゆっくりと花を咲かすのだろう。
あと少しで眠りにつく私の命を、自然に託そう。どうか、めぐりめぐった次の私は幸せであります様に。
終わった恋のその先をテーマに発表されたYOASOBIの新曲「ハルジオン」は恋人との美しい思い出と自身の葛藤、そして訪れてしまった別れを乗り越えて次へと進もうとする主人公の物語が描かれている。この楽曲はパステルカラーに彩られたアニメーションもさる事ながらオリジナルに執筆された短編小説『それでも、ハッピーエンド』と合わせて一つの作品となっており、視覚からも聴覚からも世界観にどっぷりと浸かることができる。
今回のテーマは‘終わった恋のその先’であるが、小説では物語を女性目線で描いている。
環境の変化による些細な苛つきから崩れた恋人との日常は、かけがえのない物であった事に離れてから気づくと同時に、そこには二度と戻れないことを悟ってしまう。
当たり前だった街並みはいつの間にか2人にとって大切な思い出となり、別れても尚忘れられない景色として彼女の心に深く刻み込まれる。
ストレートに想いを伝えてくれるヴォーカルの歌声はまっさらなキャンバスによく伸びては世界を鮮やかに彩り、ピアノとアコギの組み合わさった清涼感のあるシティポップなメロディーはそんな彼女の歌声をより一層感情豊かに魅せてくれる。
失恋ソングではあるが聴き終わる頃には前向きな気持ちになれる、そんな1曲に仕上がっていた。
「あの日に取りに帰るの、あなたが好きだと言ってくれた私を」
この曲には共感してしまうフレーズが詰まっていて、その生々しさに聴き進める度につらくなりこれ以上聞きたくない、と胸を締め付けらる思いになる。
それでいて、純愛の禁断なる美しさと脆く崩れゆく儚さに憧れを抱いてしまうのだ。
何も無かったことにしてしまうのが憚られるような、依存という名の恋を終えた現代人が次の季節に進むために掛けられたかった言葉が、前を向こうと思わせてくれる力がこの曲にはある。
人は、人との別れを怖がり、経験する度に臆病になってゆく。けれどもそれを人生から切り離す事はきっと出来ないだろう。
悲しんでも、前を向いても時間は誰でも同じように流れてゆく。それならばゆっくり時間をかけてでも、前向きに捉えてみるのも良いのではないかと思うのだ。
耐え難い別れと零れ落ちる涙は、巡り巡って転がって、新たな出会いをうみ、貴方はまた恋という名の魔法に取り憑かれてしまうのだから。
writer:momosuke
参考資料
・YOASOBI 3rd single「ハルジオン」原作
「それでも、ハッピーエンド」
橋爪駿輝 著
・ハルジオン/YOASOBI
https://youtu.be/kzdJkT4kp-A