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熱風が吹いてくる book review
『国境まで10マイル』
デイヴィッド・ライス・作
ゆうきよしこ・訳
福音館書店
「これが好き!」と自信を持って言える短編集が二冊ある。
一冊は、ダイベックの『シカゴ育ち』。
もう一冊は、マイヤーズの『ニューヨーク145番通り』。
特にダイベックの『シカゴ育ち』は、ペーパーバックになってから、今もしょっちゅう持ち歩き何度も読んでいる。
そしてこの本は、読後すぐに上記二冊に続く三冊目の短編集になった。
偶然にもこの三冊には一つ共通点がある。どれも地域密着の物語ばかりなのだ。人がいれば、どんな場所でも物語は生まれる。でも、その場所でなければ生まれない物語もある。
舞台はアメリカのテキサス州、メキシコと接する国境の町だ。登場する人たちは、メキシコとアメリカ、二つの文化を融合し暮らしている。
ここには九つの物語が収められている。どれも珠玉の短編ばかりだったけれど、特に私の印象に残った二作について触れたい。
『もうひとりの息子』
ぼくの家には住み込みの家政婦、カタリーナがいる。彼女の家は国境の向こう側、メキシコにある。月曜日から金曜日まで、彼女はぼくの家にいて、週末はメキシコの自宅に戻る生活を長く続けている。
ある日、カタリーナの孫が亡くなり、ぼくはお葬式のため初めて彼女の家を訪れる。彼女の年老いたお母さんは、ぼくを「もうひとりの息子」と呼んで抱きしめた。そこには、知らないうちにぼくもぼくの家族も確かに存在していた。
帰途の検問所で国境監視員の馬鹿げた問いを「もうひとりの息子」は、みごとに無視するのだ。
『さあ、飛びなさい!』
私、ミラグロスは五歳の誕生パーティーの時に、マナおばさんの三百羽を越えるインコを逃がしてしまう。父さんは激怒するけれど、おばさんはちっとも怒らない。それどころか「ミラグロスは正しいことをしたよ」と言う。
「あの鳥たちを長いこと飼いすぎたよ。逃がしてやればよかったのにね」と。
マナおばさんは、八十五歳を迎えるまで産婆をして働いていた。私が最後に取り上げた赤ん坊で、ミラグロス(奇跡)は、おばさんが付けた名前だ。幼い頃は両親が働いているあいだ、めんどうも見てくれた。おばさんは私を、とても愛してくれているのだ。
大学進学をむかえ、私と両親の意見は対立する。両親は私を地元の大学に進学させ、家に留まらせようとする。逆におばさんは、翼を広げ飛べるだけ遠くまで飛んでお行きと言う。いつだって帰ってこられるんだからと。
すでにマナおばさんは、百歳を超えている。「愛はかごに入れることじゃない」。身を以て立証するラストシーンは圧巻だった。
他7作品、どれもすばらしい。私がこの本に魅力を感じるのは、どの登場人物も今の自分にとても正直なところだった。
かつてNYで暮らしていた頃、メキシコ人の知り合いがいた。彼は国境線で警備
隊に発砲され、命がけでアメリカに入国した。なのに故郷のお母さんが病気だと聞けば、みなが止めるのも聞かず、すぐに帰国してしまった。病気の程度を確かめることもしなかった。
せっかくNYでの生活がまわり始めた矢先だったのに……。私は後先のことばかり、あれこれ言いまくった。彼は瞳を潤ませ「そばにいて元気づけてあげたい」と……。私は絶句した。その純粋さが心底羨ましい。
今なら彼の行動に笑顔でうなずける気がする。メキシコの風は、熱いままだったのだ。
同人誌『季節風』掲載