映画「プチ・ニコラ」を観る
馴染みのミニシアターが今月閉館する。
その記事を朝刊で見たのは、5月の中旬だった。
以来、私はどこか落ち着かない日々を過ごしている。
それほど頻繁に映画を観るわけではないし、足繁く通ったわけでもない。
このシアターが好きだったと言うよりも、私が観たい映画はここでしか上映していなかった。
閉館してしまうと、私は観たい映画をどこで観ればいいんだろう…
アニエス・ヴァルダも、ケリー・ライカートも、バウハウスの100年映画祭も、ロストロポーヴィチも、ここで観た。
タイトルをあげればきりがない。
あの頃、ロストロポーヴィチは満席だった。
スクリーンの真ん前に座布団を敷いて観ている人もいたほどだった。
普段、アニメーション映画はほどんど観ない。
でも、ここで上映される作品ならと観ることにした。
『プチ・ニコラ』の細い線画は、どこか見覚えがあった。
スクリーンいっぱいに、パリの街並みを望むアトリエが映し出された。
壁に飾られたイラストと『THE NEW YORKER』の文字。
あっ!と、思わず声が出そうになった。
私、この人を知っている。
ずっとずっと忘れていたけど、この瞬間に思い出した。
数十年前、私は『THE NEW YORKER』を定期購読していた。
読むと言うより、見るためにこの雑誌を購読していたのだ。
表紙のイラスト、カットのイラスト、どちらも好きだった。
映画の主人公、サンペはこの雑誌にイラストを描いていたのだ。
帰ってから、本棚とクローゼットを探した。
『THE NEW YORKER』の表紙や挿絵のスクラップファイルが、まだ残っていたはず。
引越しのたび、何度か処分しようとしてけっきょく手放せなかったのは、ページを開くたびに見入ってしまうからだ。
こんな形で再会するなんて…
あらためてサンペのイラストを、かつて『THE NEW YORKER』の表紙を飾ったイラストの数々を眺めた。
映画のシーンが浮かんできた。
作家のゴシニが語り、その横でサンペは軽やかにペンを走らせている。
彼のイラストはあんな風にして描かれていたのだ。
スクラップのイラストはどれも瑞々しいままで、まったく色褪せていなかった。
今更のように、離れがたく感じてしまう。
こんな偶然が、再会があるなんて、想像もできなかった。