自分を見つけるために book review
『シェイクスピアを盗め!』
『シェイクスピアを代筆せよ!』
ゲアリー・ブラックウッド・著
安達まみ・訳
白水社
たとえば、欲しいモノがある。
たとえば、それが、野球のポジションで、ピッチャーだとしたら。「背番号1」のエースナンバーだとしたら。どうすれば手に入れられるのか?
やりたい。なりたい。欲しいと、思うだけでは手に入らない。黙っていても手に入らないけれど、口に出しても同じだと思う。「ほしい」と言うためには、プロセスが必要で「ほしい」とだけ言うのは、ただのわがままだからだ。
エースになるためには、それだけのことをしなければいけない。それをすれば「ほしい」と言う権利がある。誰に遠慮する必要もない。欲しがることは、傲慢でもわがままでもないと私は思っている。
この物語、舞台は十六世紀のイギリス。
主人公、ウイッジは速記術が得意の十五歳の少年で、七歳までを孤児院で過ごし、その後、ブライト博士の徒弟として引き取られ、彼が考案した速記術を覚えさせられる。
この速記術は人の話を盗むために使われる。
ウィッジ、十四歳の時、新しい主人サイモン・バスはブライト博士から彼を買い取り速記術を利用して、人気劇作家シェイクスピアの新作芝居「ハムレット」を盗ませるためロンドンへ送り込む。
なんとか芝居を書きとめたやさき、メモ帳をなくし、もう一度、芝居を書きとめるため、劇団グローブ座にもぐりこむ。
劇団のメンバー、役者たちに、家族のように迎えられたウィッジは、自分の与えられた仕事との間に気持が揺れる。劇団の生活は今までのように命令された仕事をただやるだけとは違う。ここではみんなが、ウィッジを役者見習いとして扱ってくれる。
『シェイクスピアを盗め!』より
『シェイクスピアを代筆せよ!』は、それから一年後のウイッジを描いている。
彼は、役者見習いとして劇団グローブ座で働いているけれど、役者としてよりも、書記として重宝されているような気がしている。
そんな時、ロンドンでペストが再発し、劇場は閉鎖、劇団は旅に出てイギリス各地で芝居をすることになる。途中、ウイッジは、腕を骨折した劇作家シェイクスピアの口述する新作のセリフを速記で書き取る日々が続き、その間、新入りに得意の役を横取りされる。
懸命に努力して自分のモノにした役を、ひとつづつ新入りに取られるのに、ウイッジは自信のなさに文句も言えない。
けれど、新作のどうしても演じたい役さえも新入りに任されると聞いて、ウィッジは、はじめて気づく。怖いのは新入りの能力ではなく、自分自身の劇団での立場だった。仲間同士のバランスを崩せば、劇団を追われるのではと抵抗できなかった。
自分の弱さに気づいた時、ウイッジは決心する。ほしいモノを手に入れるために。
さて、役者がはじめて快心の演技をしたときは、自分を見つけたと言うそうだ。
もし、本当にほしいモノがあれば、自分を見つけられるチャンスなのかもしれない。
欲しいモノがあって、ベストを尽くしたなら、差し出されるのを待たなくていいと思う。ただ一言「ほしい」と言えばいい。
同人誌『季節風』掲載