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彼女は墓地に住んでいる book review

アイボリー
竹下文子 著・坂田靖子 絵
理論社

 しっとりした雨あがりを感じた。暑くもなく寒くもなくて、空気が透明にかわるほんの少し前ぐらい。アイヴォリーは主人公の名前。アイヴォリー・ホワイト。彼女は幽霊で、墓地に住んでいる。

 アイボリーはぼんやりと生きていた頃の記憶を持ち続けている。忘れたり、思い出したりしながら、そして人間でいたころの塚原美月よりも、幽霊のアイヴォリーの方が自分らしいと感じている。

 墓地にはいろんな幽霊たちが住んでいて、それぞれに個性的で、好き勝手なことをしている。アイヴォリーも風が吹くまま、気が向くままふらふら出歩いている。ただ、広大な墓地の敷地からは出られない。

 私の自宅から車で少し走ると広大な墓地がある。山一帯が墓地になっていて、現在も分譲中で新しいお墓がどんどんできる。その数はほんとうにすごい。ニュータウンのように、整地され新しい街がつくられるのにどこか似ている。きっと、墓地は幽霊の住む街なんだろうなと思う。だから墓地という街に住む幽霊たちの生活があったって、ぜんぜん不思議じゃない。

 生きていることと、死んでいること、一体どこが違うのだろう?

 私は死にたいと思ってはいないし、もし100年とか、200年とか健康に生きられるなら人生を続けたい。それが無理でも、もう一度、生まれてきたいと願っている。なのに、この墓地での生活が私はうらやましい。「いいなあ」なんて思ってしまうのは、なぜだろう。

 アイヴォリーは、塚原美月が持っていたモノをひとつも持っていないけれど、美月が知らなかったことを知っている。それは、例えば草の葉が光るわけや、地下の川が歌うわけだったりする。季節がゆっくり流れて、墓地にはカレンダーもないけど、今日が何月何日かわからなくても、木や草、鳥や虫、水の色や空の匂いや風の透明度やいろんなモノが、季節をおしえてくれる。

 墓地での生活の方がずっと人間らしい。だから、私はうらやましいのかもしれない。

『幽霊は、何も傷つけることができないし、何からも傷つけられない。一日中、墓地で何をしていてもいいし、何もしなくてもいい。退屈もしないし、寂しくもならない。寒くもないし、暑くもない。お腹もすかないし、眠くもならない』
こういうのって、すごくいいと思う。だってわたし、幽霊なんだものと、アイヴォリーは語る。でもこれで彼女が満たされているわけじゃない。

 墓地には人間も出入りする。通常、人間は幽霊が見えないけれど、なかには見えたり話したりできる人がいる。アイヴォリーは、幽霊と話すより、生きている人と話す方がずっと気持が落ちつくらしい。

 墓地で暮らす幽霊たち、例えば、おしゃれなマヨミさん、大学教授だったオダ先生はアイヴォリーと話していても、マイペースでどこか一方的だ。通過していくとでも言うのだろうか。そんな幽霊たちのなかに、おせっかいな加藤さんがいる。アイヴォリーに幽霊らしくないと言いながら、実は本人も幽霊らしくない。

 墓地の管理事務局の矢代さんは幽霊と会話ができる。
『普通の幽霊はあまり人間のように考えたり感じたりしない。とても静かで波がない。木や草に似ている』でもアイヴォリーは、感情がありすぎるようだ。そして、幽霊の加藤さんも、やはり感情がありすぎる。アイヴォリーに関わらずにはいられないのだ。

 生きていること、感情があること。
谷川俊太郎氏の詩集「二十億光年の孤独」の中にこんな一節がある。
『ヒヤシンス─思想はない─しかし感情はある』

 最後、アイヴォリーは墓地を出ていく。人間の男の子、光介君と一緒に。

 墓地をでる。これは一種の選択になる。幽霊でなくなり、煙のように消えてしまうかも知れない。もし生まれ変わったとしても、アイヴォリーでなく塚原美月でもなく、何もかも忘れてしまうかも知れない。人間でなく、ネコや鳥や、はたまた植物に生まれ変わるかも知れない。記憶はどうなるのだろう。生まれ変わる前の記憶を持たなければ、それは全く別の生になるのだろうか。

 迷いはある。でもアイヴォリーは墓地を出ていくことを選ぶ。生まれ変わることを信じているのだ。
「(略)どこで会ったって、おれ、あんただってわかる」
「(略)猫だって、犬だって、鳥だって、なんだっていいじゃないか」
光介君の言葉は、生きてさえいれば、だと思う。

 多少の不満を言えば、この言葉が言えるだけ、二人の関係は深いだろうか?

 それでも光介君の気持は、私にはよくわかった。人には事情がある。思うようにも、望むようにも、どうしてもならないときもある。私は、生まれ変わるために生きている。「今の生をまっとうしなければ、生まれ変われない」と、何かの本で読んだ。だから、生まれ変わるために、今をちゃんと生きようとしている。

 本を閉じたあと、何となく墓地を散歩したくなった。幽霊より人であることを私も望むだろうなあ。

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