劇場での日々を思い出す
初めて見たプロバレエ団の公演は松山バレエ団の「くるみ割り人形」だった。小学三年生の時で、バレエを習ってはいたけどなんとなく練習しているだけだからそこまで上手でもなく、クラスで中の下の実力だった。
先生が「一度はプロの公演を見てきなさい」とおっしゃるから、母にお願いして神奈川県民ホールに連れて行ってもらったことを覚えている。
自分が出るわけではないのに、しっかりとシニヨンをしてきている同い年ぐらいの女の子がたくさんいた。観劇の作法はこうなのか、と驚いた。
森下洋子さんはその時には還暦近くで、それでもクララを可憐に演じていた。150センチとは思えないほど舞台を大きく使って踊っていた。
それからの私の練習への身の入り方はすごいもので、アロンジェひとつも変わった。
先生が母に「何かあったの?」と聞くほどだった。
新国立バレエ団の「眠れる森の美女」、プリンシパルの小野綾子さんはオーロラ姫だった。眠れる森の美女は何度も見たことがあったが、本物のオーロラ姫を私は人生で初めて見た。
衣装も美術も本当に豪華で、絵本の世界が現実になって目の前にあった。
絵本の中の綺麗なお姫さまが目の前で踊っていた。
バレリーナの技術に感動したことはあったが表現力に感動したのは初めてだった。バレエは演劇だとその時に思った。
私の実力ではまだ振り付けをこなすことで精いっぱいで、役のことまで考える余裕はなかった。役を演じることはできないまま、私はバレエを辞めた。
中高生になって宝塚にはまった。
母親も昔宝塚が好きだったから、「見に行きたい」と言ったらすぐに連れて行ってくれてエンターテイメントの暴力に屈服した。
それまで見てきた舞台はバレエの公演で、プロの公演は2階席からしか見たことがなかったから、まず舞台と客席の近さに驚いた。
同じ人間とは思えない演者の方の神々しさ、衣装の豪華さ。なんだかよくわからないシーンもバレエと違って多かったが、それも謎の中毒性を持っていた。
予備校をさぼって出待ちに通った。テスト期間は午前中に学校が終わるから入り待ちもできてうれしかった。一夜漬けのテスト勉強中もスカイステージの録画を流しているから普段よりも宝塚を見ている時間が増えただけである。有楽町のファーストキッチンで勉強しながら「今は幕間か・・・」なんて考えたりしていた。出来の悪い不良高校生だった。
帝国劇場でみた「マリーアントワネット」
花總まりさんはお姫さまだ。花總まりさんは現代日本には生きていない。
電車には乗らない、絶対に馬車に乗って生活している。
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」と可愛らしく、悪気なく言っている。
あの愛らしさで我儘や豪遊を許されてきたんだな、と納得した。国を傾かせる愛らしさを持った花總まりさん。花總まりさんが役者でよかった。
韓国でみた「エリザベート」
韓国語だから全く何を言っているのかわからないけど物語は知っていたから大丈夫だった。
物語を知らなくても何より実力が圧倒的で感動できたと思う。
本当に歌がうまい。マイクに頼らない声量。さすが世界を圧巻しているK-POPの国・・・帝国劇場よりも舞台が小さかったり、美術や衣装がシンプルだったり、随分と強いシシィだな、なんて思ったりして、劇団ごとの「エリザベート」をみることができて面白かった。
いろんな解釈が見れるのが面白くて役変わり公演も何度も見に行ってしまう。
(2月の韓国は極寒だった。)
2020年も終わりに近づいてきて、幸せだった劇場での日々を思い出す。
今年は一度も劇場に行けていない。
世界中の劇団が、YouTubeなどで配信をしてくれたけれど、やっぱり画面越しにみることと劇場で見ることを比較してしまって悲しくなる。
そしてそんなことは、空っぽの劇場で演じている演者さんたちの方が感じていることだ。
最近は戻りつつあるが、贔屓の退団を控えている母が「劇場に行ってもこれで感染してしまったらどうしようと思う」と言っていた。
来年は、演者もファンも、心になんの不安もなく、心から劇場での日々を楽しめますように。