ロンググラスを割られた日
昨夜お父さんに大事なロンググラスを割られた。故意ではないという。お母さんの口からそれを聞いた時、思ったよりも感情が動かなくて、内心焦っていた。こんなにも大事に思っているのに、何故?意外と冷静な内心のツッコミの後、意思とは反して情けない声が出た。それを皮切りに、自分でも驚く声量で、雄叫びのような怒声を発している自分がいた。怒りは二次的な感情だとよく聞くけれど、ワンテンポ遅れて怒り出した自分を振り返ると、なんだか腑に落ちるもので。
たかがグラス、たかが物。故意でなく割られたなら仕方ない。割れた時の為に予備に同じものを買っていたから一応換えはある。だから、ただのきっかけだったのだろう。
さユりの訃報を知ってからは嵐の前の静けさのような精神状態だった。普通に日常生活を送っていて、さユりちゃんの曲を車で聴きながら運転もしていた。
でも意外と、かなり、結構限界だったみたい。ああ、さユりちゃんに、もう会えないのかぁ。公式通販サイトも、確か閉じたんだっけ。グラスに描かれた歌詞の元である新曲も、音源化されることはなくて、さユりちゃんに感想が届くことはなくて、もう、いないのだよな。悲しい。悲しい。悲しい悔しいし意味がわからない。気付いたら、ずっと繰り返し怒鳴っていた。意味がわからない!そう、意味がわからなかった。さユりちゃんがいない?意味が分からない。本当に、純粋に分からなかった。ずっと理解を拒絶していた。
その行き場のない感情の行き先として、もう手に入ることの無い特別にレアなグッズを壊した父親がちょうど良かったのだろうね。加えて父親は、グラスを割ったことを、お酒のせいですっかり忘れてしまっていたそうで、私の神経を逆撫でした。謝りさえすれば済むと思う父親に、どうやってさユりちゃんに顔向けができる方法で報復してやろうか。そう考えた時、その大好きで仕方がないお酒を取り上げることを思いついた。1年間の断酒。それが私の出した許す条件だったが、父親は頑として首を縦に振らなかった。
私の父親は、車の整備士として働いている。副工場長らしく、週6日間、朝は4時起き、20時過ぎに帰宅する生活を送っている。日々の楽しみは、毎日欠かさず飲むビールや焼酎、おつまみのスナック菓子で、最近は登山も始めたという。それらの費用を月々2万のお小遣いの中でやりくりしていると聞いた時は、さすがに可哀想だと思った。
しかし、だからこそ、私の悲しみを侮辱するような態度を許すには、1年間断酒させるくらいのことをしないと気が収まらなかった。何せ、娘が生涯大事にしようとしていたグラスを割ったことを忘れるくらい、記憶に支障が出るほどお酒を飲んでいるのは、依存性一歩手前と言っても過言ではないでしょう?それに、ここまで傷付いている娘への償いのためにでさえ、たかが1年断酒出来ないなんて、それこそアルコール依存性なんじゃないの?ねぇ?反省してるなら断酒してよ。そんな具合に父親を詰めた。
最終的に父親はリビングに逃げ、何を血迷ったか、目の前でお酒をあおりながら(!)縁を切るでも何でもすればいい、俺には謝ること以外何もできないと逆ギレし、経済的に支えてもらってる立場で、口の利き方を弁えろとまで言ってきた。それを持ち出されたら敵わなかった。ならいいよ。もうお話にならない。父親の1番嫌な方法で報復するからと、家を飛び出した。
1番近くの大通りの手前までグズグズ泣きながら歩いた頃、走る音が聞こえた。ああ、さすがにお父さんも折れたか。そう思って振り返ると、意外にも遠隔飲み会をしていたはずの弟がいた。こういう時は、他人事のように愚痴を零して関わってこないのが弟らしい普段の様子だ。
散歩でもしようや、しゃーねぇから話聞くよ、といってわたしの横を歩きながら、話を整理しながら聞いてくれた。こうやって並んで話してると、見違えるようにたくましくなったもんだよなぁと思った。
小さい頃は口が達者な方ではなく、何をするにも私の後ろをついて回るような少し鬱陶しいけど憎めない可愛さのある存在だった。それがいつの日か、力でも口でも敵わなくなった。最近県警に内定が出たらしいが、暴力で他人を威圧するような倫理観に欠ける一面もあるため正直不安である。
不意打ちだった。死んで欲しくないって、家族なんだからさ。遠隔飲み会でお酒が入っていたせいか、弟は普段であれば絶対に言わないであろう言葉を泣きながら訴えてきて、一層グズグズ泣いてしまった。
弟は、バイト先の人間関係や友人関係の中で、最近心境の変化があったことを話し出した。自分の性格が悪いことに悩んでいたこと、それを治そうと試みて周りも変化に気付いてくれて嬉しかったこと、論理的であるだけではなく感情の重要さを実感したこと。それから、一時の感情にのまれたり、感情をコントロールできないのは勿体無いとも言っていた。
結局、弟の仲介もあって、週に1回休肝日を設けることで父親との話はまとまった。譲歩し過ぎなくらいだと思うが、お酒を飲まずに生きろというのは、本当に心の底から嫌らしいから仕方がない。父親は、私が思ったよりもガチのアルコール依存性なのかもしれない。明確に害が出る前に、飲酒の頻度を見直すことができて良かったと思うことにした。
家を出た時弟が来なかったら、実際に行動に移していたかは分からない。躁鬱は寛解していないし、どちらに転んでもおかしくはなかった。その万が一を回避したのは、遠隔飲み会もほっぽり出してまで駆けつけた弟のおかげだ。だから、私へ。今後弟と大喧嘩してもこの恩は忘れるんじゃないぞ。家族なんだからさ。