Un paisaje de un mundo diferente
ワークショップが終わって校舎の外へ出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
懇親会場へむかう人々をかき分けながら、裏門までとぼとぼ歩く。キャンパスの外へ出ると、人通りもまばらな住宅街に飲み込まれる。日が暮れたといっても、夜というにはまだ早い時間だった。家々から漏れ聞こえるテレビの音や話し声が、暖かそうな灯りに華を添える。
真新しく、やたらゆったりとした歩道を進むと、まもなく工事区間に行き当たる。掘り返された路面の木道を渡って細い路地へもぐりこみ、空き地や駐車場の脇を抜けると、待ち合わせ場所の地下鉄出口だ。
「このルート、土地勘ないとぜってぇむりやな」
ちょっと得意げに口先をとがらせていたところ、見慣れた人影が階段を登ってくる。ふわりとした前髪を短く切りそろえ、ネックウォーマーの上からちょこんとのぞく鼻と目元には、まだあどけなさを漂わせている。
「お、先に来てじゃん」
「待つと思った?」
「うん、だってワークショップだったでしょ? もしかして、はやめにでた?」
「へへへ、近道あるんだよ」
無意味に勝ち誇ったような気持ちで道順を話そうとしたら「いや、いいよ、それよか散歩しない?」と、あっさり腰を折られた。
まぁいいやと、早くも歩きだした相手の後を追う。スポーティーなオールウェザージャケットの腰や袖にはりつけられた反射テープが、軽やかにきらめいた。
「どこかいいとこ知ってるの?」
無言でうなずく後ろ姿に導かれるままゆるい坂を登ると、建て替えられたばかりの新築アパートと下宿づくりの老朽住宅、すき間に押し込められたようなコインランドリーなどが入り混じる下宿街へと迷い込んでいく。もう少し進むとかつての酒屋がコンビニとなって、シャッターで閉ざされた出窓に煙草屋の面影が残る、小さな商店街へ出くわした。
にわかに人通りがふえて逢魔時を思わせる静けさも消え失せると、活気あふれるうつし世へ舞い戻ったことを知る。
留学生であろうか?
街角にはやたら外国人の姿が目に付き、アジアの言葉も耳につく。
彼らはみな若く、異国暮らしを満喫しているかのような陽気さをまとっている。キャンパスですれ違う妙にいきったようなリクルートスーツの学生たちと、気楽な感じすら漂う彼らの明るさは、あまりにも見事な対照をなしていた。
友達同士がやがやと固まり歩く学生たちに道をゆずると、いつしかオールウェザージャケットを見失いそうになった。招くようにちらつく反射板をたよりに、足を速めて間合いを詰める。
「まだ歩く?」
荒くなりそうな息をなんとか整えながら、ほとんどネックウォーマーに埋もれた耳へささやきかける。
「ん? もうすぐ、そこの八百屋を曲がったとこ」
ややくぐもった声に子供がはしゃいでいるような、そんなざわめきがかぶる。
わき道から顔を出した軽ワゴンをかわし、老朽家屋なのに中途半端な補修で作り物めいた古臭さがはりついてしまった店先の、カブや大根をかすめつつオールウェザージャケットの背中から見えたのは、かつて選ばなかったもうひとつの未来。選択されざる選択肢の果てに広がっていたはずの景色だった。
「見た感じは古臭い文房具屋だけど、店の奥はすごいよ」
確かに『はんこ』の文字がにじんで法令書式の黄色もすっかりくすんだ看板や、年賀状印刷のけばけばしいのぼりから見え隠れする回転式の印鑑タワーなど、自分が子供のころに見た文房具屋が、ほぼそのままそこにある。ただ、それは懐古趣味の大人たちが保存あるいは複製した『あのころ』ではない、地域の中で営業する『生きた店』だった。
それは、過剰なまでのけばけばしさで高品質の印刷を誇示するのぼりや垂れ幕のそこここに記された『ネット注文』や『人気の図案もオリジナルも』といった文言、そしてちょこちょこと出入りする子供たちの姿にも、はっきりと表れている。
無邪気な気持ちで『おみせやさん』にあこがれていたあの頃は、まだ元号や和暦も日常的に使っていたっけな。年賀状印刷の広告においてすらすっかり小さくなってしまった元号の扱いをながめながら、ついそんなことを考えてしまう。いや、あこがれていたのは、単に店を持つことではない。それは、地域の中に暮らすごく普通の人々が集う店だった。そう、普通の人々が暮らす、普通の街と言う概念が、まだ実態を持つかのように語られていた、そんな時代の夢だ。
もちろん、自分が子供のころですら、そんなものはテレビドラマで描かれるだけの実在しない楽園、あるいは空想概念そのものだった。しかし、その頃の自分はまだそのことに気が付いていなかったし、そればかりか夢の中では店主である自分が同時に世界の主であり、無条件に誰からも愛され、尊ばれる人間となっていたのだ。
いまにして思えば、それはいささか子供じみた願望であり、あまりにも自分勝手な妄想にすぎない。
ただ、そのことに気がついたのは、すっかり大人になってからだった。
「へぇ、まだこんなお店があるんだね」
「ただ懐かしいだけのお店じゃないのがすごいんよ」
やたら得意げな反射テープのきらめきに導かれるまま、店の奥へと進む。
棚の向こうに見えたのは、文具とファンシー雑貨のパライソだ。
変わらぬ定番の筆記具やノートはもちろん、キャラクター文具やファンシー雑貨の充実ぶりは、確かに目を見張るものがあった。たとえば人気者の白猫や着ぐるみのクマ、世界でいちばん有名なビーグル犬、最近は母国名でも表記されるようになったオランダ生まれのウサギ、いわゆるプリンセスなどの基本キャラでも、限定版や旧製品らしきみなれぬアイテムがちらほら見受けられる。そればかりか、色とりどりのポニーや卵の殻をかぶった黒ひよこ、いたずらな子ザル、アルゼンチンの毒舌少女など、欧米系のキャラまで丹念に網羅している。
手近にあるシールやレターセットを取りだし、ちょっといやらしいかなと思いながらクレジットや認証を確認したら、当たり前のように正規品ばかりだ。根拠のない偏見との自覚はあるのだが、権利関係にはあまりとんちゃくしていないのではないかとの下卑た思い込みを見透かされたように感じられ、自分自身で恥ずかしくなった。
また、そのほかの文具もかゆい所に手が届くような品ぞろえ、そして棚をながめているだけでもわくわくするような陳列、あるいは商品への愛情がにじむポップまで、この店が時代の荒波に耐えて生き、客に選ばれる理由がひしひしと伝わってくる。ただ夢を見るだけでなにもしなかった自分と、実際に店舗を運営する経営者や販売員との差と言ってしまえばそれまでだが、その隔たりは商材や客をいつくしむ心情の有無、あるいは強弱から発していることを考えると、悔しさや嫉妬を覚えることすらおこがましく、わがことながら片腹痛い。
なにを思うでもなく、かつての自分を振り返っていると、ぞろぞろと入ってきた十歳くらいの女の子たちが、楽しげにファンシーグッズの棚へ駆け寄っていく。思い思いの品を手に取りながらはしゃぎ、かわいらしいガマ口を開けて小銭を数え、ため息交じりに考える様はひどく幻想的でまぶしく、いささか現実味がないようにすら思えた。
文具店と客が織りなす世界。
それは自分がながめるだけで、どうせ実在しないと手も差し伸べなかった、もうひとつの世界かもしれない。
暗いノスタルジアが思考や感情を蝕み始めたとき、ゆっくり振れるオールウェザージャケットの袖が、救命具となって現実の、自分が選んだ世界へと引き戻してくれた。
「どう? すごかったでしょ? へへ、ちょっとひたってた?」
ネックウォーマーの上でちょっと得意げにきらめく瞳へ「そうだね、ちょっと別の世界をみていたよ」とほほ笑みをかえす。
この選択肢でよかったのだろう。
この素晴らしき世界へと帰ろう。
オールウェザージャケットと肩を並べて歩きながら、これからふたりで過ごす夜への期待が熱くたぎり始めたのを、はっきりと感じていた。
了
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