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地域振興事業臭がかすかに漂う雪見鍋

 週末から連休明けまで降り続き、俺の気分も行楽地の景気もすっかり冷え込ませた雨が止むと、空気までどことなく寒々しくなっている。ネットの広告も、おでんや鍋物がやたらと目についた。とはいえ、手元の電気土鍋だと独り鍋には微妙に大きく、ほとんど使ったことがない。かと言って、最近流行りのオサレぷち土鍋を買っても、おなじように持て余すのがわかりきっていた。
 となると、次にやることは決まっている。そう、ソーシャルやリアルのフレンドを誘うのだ。ただ、夏にふたりで京都へ行った彼女は、最近ちょっと忙しい雰囲気なので遠慮する。

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 朝食のシリアルをかっ込みながらアドレスを確認し、ひとりひとりの顔や身体を思い浮かべながら、メールやメッセを送信した。最後に、その電気土鍋を部屋においていった女性への、ダメ元メールがちらと頭をよぎる。指は律儀にキーボード上で待機していたが、思い出を壊す可能性を考慮するとやめておいたほうが無難と判断し、ホームポジションへ戻した。子供じみたときめきに、午前中の仕事は手につかない。やがて、遅めの軽い昼食をとったあたりから、ぽつりぽつりと返事が届き始めた。
 最初の返信こそ不着通知ばかりだったが、それはさておき反応は悪くない。とは言え、返信してくれたというだけで、誘いに応じるフレンドもいなかった。いずれも申し訳なさそうな、あるいは残念そうな気持ちのこもった文面ではあったが、やはりちっとも嬉しくない。
 夜には海辺の彼女もネットにあがるだろうし、鍋には誘わなくても、それとこれは別の話だ。気のおけない関係の心地よさに甘え、とりとめない雑談で鍋から気持ちを切り替えよう。
 いつもの時間にログインしてきた彼女へ挨拶から当たり障りない範囲の近況報告、軽いネットゴシップのコンボを決めると、会話が回り始めた。そこで、彼女が思ったよりマンガや特撮好きで、なんだかんだ言いつつBLにも興味があるような素振りを見せていたことを思い出し、軽くゲイ話を試す。これがスベるどころか大当たり、ゲイセレブのゴシップからゲイポルノまで一気に盛り上がってしまい、むしろこちらがたじろぐほどだった。
 特に、吹雪に閉ざされた別荘でベアゲイの管理人がイケメン宿泊客をレイプ、殺害するホラー系作品を紹介した時は、アナルに雪を詰めて凍死させるシーンのクリップをやたらと観たがって、動画サイトのアドレスを教えたほど。もちろん、その場で再生し始めた挙句「アナルに雪」と大はしゃぎして、こっちが心配になるぐらい。基本は古典ホラー作品のパロディだが、彼女は別のずっと新しい作品を連想したようだ。さすがにレイプシーンはアップされていなかったが、ゲイセックスシーンへの食いつきっぷりは、その場で自慰すらを始めるんじゃないかと、紹介しておきながら気が気でなかった。
 彼女のはしゃぎっぷりを見ていると、自分まで盛り上がってしまう。最初は声をかけまいと思っていた気持ちの行き場を求めて、結局は彼女を誘いたくなってしまった。夜も更けて、そろそろお開きにしようかという頃に、いかにも何気なさそうに『近いうちに、部屋で鍋でもどうよ?』と送ってみた。もちろん、他に声をかけまくったことは伏せつつ、それでも彼女は察しがよいので感付かれないよう慎重に、たったいま思いついたかのように装いつつ話す。
 しかし、彼女の返事もまた、あまり思わしくはなかった。秋は子供らの学校行事もあって忙しく、なによりもちょっと短期間に会いすぎてるというのが、彼女の返答だった。そう、確かに最近は彼女とばかり遊んでいたし、それも基本的に彼女がこちらへ来ていたから、時間的にも金銭的にも負担をかけていたのは間違いない。だから、その時は『まぁしかたないな』と、あっさり引っ込めた。
 とはいえ、それで話が終わるというわけではないのが、彼女との関係が続く理由だ。それから、なんとなく季節の料理とか限定のお菓子とか、取り留めもないトークがだらだら続いた。そして、いつの間にやら食べ物の話からアナルプレイへ、だんだん淫らな言葉が飛び交い始めた。それは、俺が話をその方へ仕向けたというわけでもなく、なんとなく薄ぼんやりとした、彼女の話題やダジャレ、ほのめかしを受け流している間に、気がつけばそうなっていたのだ。
 むしろ、そろそろ話をたたむつもりで誘ったところから、思いのほか引っ張ってしまったので、俺のほうがだんだん心配になってきた。既にかなり夜も更けてきたが、彼女の朝は早く、そしてかなり忙しいから、こちらから話を切り上げたほうがよいような気にもなる。しかし、そう思いながらも切り上げるタイミングが見当たらないほど話は楽しく、そして盛り上がっている。
 俺が出した話に彼女が別の話題をかぶせ、あるいは切り返し、そして俺も応える。その繰り返しがたまらなく楽しく、そして尊い。そう、尊いのだ。そこにあるのは、恋人たちのじゃれあいではない、深夜のファミレスでくだらない話を熱く語るような、時間を無駄にする快楽がある。さらに言うなら、時間だけは余っている若者が、その価値を理解できないまま、無為に浪費してしまうような切なさすらもたない。俺と彼女との間には、時間に追われる大人があえてそれを無駄にする快楽が、奢侈と言ってもよいほどの傲慢さも含めて、間違いなく存在していた。
 しかし、その無意味に豊かで、意味を持たないからこそ価値を持つ時間にも、限りはある。深夜アニメの次回予告が流れ始める頃合いになると、さすがの彼女も眠くなってきたようだ。それでも、大丈夫かと声をかける俺に『明日の午前は余裕あるから、家族を送り出したら二度寝する』と、のんきともやけっぱちとも取れる言葉を返す。そして、いよいよ接続を切ろうかという段になったタイミングで、俺のメッセウィンドへ『鍋ならこっちでどうよ?』との文字列が表示された。
 慌てて返事しようとした俺のレシーバに、今度は『ちょっと行きたい店があるから、後でメールする。気に入ったらお返事くださいな』と冗談めかした声が届き、切れる。ふと画面をみると、そこには『オヤスミなさい』のスタンプが静かに微笑んでいる……。
 寝て起きて軽く仕事して、昼飯を食ったら彼女からメールが届いていた。
 メールには、彼女宅付近に新規開店した精肉会社のアンテナショップや店のサイトアドレスと、そこで食べた豚鍋が大変に美味しかったことが記されており、おそらくその時に食べたのであろう豚しゃぶの画像も添付されている。こういう丁寧さと事務的なところの同居が、俺にとっては心地よい距離感を醸していた。
 ただ、問題は物理的な距離で、移動時間とプレイ時間を考慮すると、ほとんど始発で出発しなければならない。まぁ、これまでは彼女が移動などのコストを負担していたのだから、文句をいう方がどうかしているのだろうが、それでも早起きは心理的な敷居を高くしている。手をマウスからキーボードへ移してもなお、返事を決めかねている俺がいた。彼女のメールを読みなおしたところで、なにかが変わるわけもないのだが、それでも踏ん切りをつけようと再び表示する。
 文末まで落ち着いて読み進めたら、最初は飛ばしていた追伸を見つけた。

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