教えを請うのが苦手
人に教えを請うのが苦手です。
多分、高校時代の部活が自分たちでメニューを考えていたので、そこの影響が大きいのかなと思っています。
もう少し振り返ると、小学生の時に通っていた英語教室が自分の好きなだけ勉強できるシステムで、それを無我夢中でやっていたのも関係しているのかもしれないです。
(無限にテキストがあるからいくら進めても大丈夫、みたいな感じだった)
それもあってか、
「教えてもらってないんで分かりません」とか
「あーもっとちゃんと教えてほしいな〜」という類の話を聞いても、あんまり素直に頷けない性格になってしまいました。
言い分も分かるし、教えない方にも疑問を抱く。
でも心情的には納得できないのです。
自分で考えてやっちゃえばいいじゃんかって。
そんな考えなのでもっぱらの僕の学び先は本や映像など、何かの作品が多いです。(後は自分の体験)
自分の好きな分野を好きなペースで学ぶことができるし、何より説教臭くないのが好きなのです。
どうして世の中こんなに説教臭い人が多いんですかね。
自分も先輩になる経験も増えてきましたが、やっぱり人に教える経験が増えるほどそうなるんでしょうか。
いつかそうなったら自分を責めたいので、この場ではきちんと中指立てておきましょう。うっせぇと。
別に人に教えを請うてる人が嫌いなわけではないし、責めてるわけでもないんです。
どちらかと言うと、素直に行動できてることにすごいなと思うし、尊敬や憧れの気持ちの方が強いです。
ただ「教えてもらってる自分すごいっしょ」みたいな感じのノリを出されると苦手なのです。
すごいのは教えてくれてるその恩師だろうし、お前がすごくなるのはこれからなんだからもうちょっと謙虚にしとけよって思うのです。
どうせ活躍するんだから、今の間ぐらいはひっそりしておけよって。
書きながら思うけど、別に特定の人物がいるわけではないんです。
ただこれまでの経験がそういう人を生み出しているだけなんです。
話は変わるんですが、最近他人の成長が特に目に入るようになってきました。
会社にいたら同期も後輩もぐんぐん成長していって、本当にすごいなって感じます。
前まであんなに頼りなかったのに気付けばもうひとりでガンガンやっちゃって、ってちょっと感動しちゃうぐらいです。
同時に、自分はもう追い抜かれたなあ、って思いながら。
おそらく僕も成長してるんでしょうし、実際自分の先輩からはそう言われます。
ただ、他人の芝生のほうが成長が早く見えるんですよね。(雑草じゃなく花の成長が)
思うに、明確な目標もなくふらふらやってんのが原因なんでしょうね。
もうちょっとシャキっとすりゃいいんでしょうが、それが出来ないんですよ。
テキトーな冗談を言って笑ってるのが一番好きなんです。
その場の会話に笑いがあればそれでいい。
そんな考えの人が活躍できる場はどこなんですかね?
こうやって書き続けると、なにか見えると信じて。