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サブカル大蔵経903谷山洋三『医療者と宗教者のためのスピリチュアルケア』(中外医学社)
仲間の僧侶が臨床宗教師として活動しています。すごいなぁという思いと、大丈夫なのかなぁという心配が交錯していました。
私の夢は、「臨床宗教師という言葉がなくなること」です。言い換えれば、「すべての宗教者が臨床宗教師になること」つまり、わざわざ臨床宗教師という言葉を使わなくても、すべての宗教者が他者の信仰に寛容になり、普段から心のケアを提供する社会になることです。p.178
本書の最後の谷山さんの夢に納得。
「葬儀をしてようやく遺族たちは落ち着いたように見えた」そうです。p.50
震災での葬儀。当たり前ではない。
「お坊さんが自宅に来ること」自体が檀家さんにとっては「有り難い」こと、つまり「滅多になくて、嬉しい」ことp.52
月忌参りのない宮城にて。
傾聴と反復と言う方法はローリスク・ローリターンで、助言という方法はハイリスク・ハイリターンだと言えます。p.78
この線引きをどこかで意識する。
信仰を求めずに宗教を利用する人の援助も想定しておくべきではないでしょうか。p.101
この一文は、五来重の思想とつながると思いました。
希望者に腕輪数珠を配布したところ、長蛇の列ができました。p.106
2011年12月被災地でのクリスマス。
「辞めたい」と言えると、スッキリしてもう一度頑張ることができる、ということもあります。p.144
看護学校の生徒もそう話していました。
「臨床宗教師は同時に宗教者でもある。臨床宗教師としての倫理と、所属する教団の倫理の双方を遵守することが求められる。」p.160
臨床宗教師倫理規約(ガイドライン)および解説の前文
「臨床宗教師は、布教ととらえられる行為を行わず、地元の宗教者と友好関係を保たなければならない。解説:臨床宗教師の活動は、地域の寺檀関係等を損なうものとして警戒されることがある。」p.163
「規約の6.」本書のキモだと思いました。
自分の信仰がしっかりしている人は、むしろ他の信仰に寛容だという印象があります。p.174
先生が出会ってきた方々。確かに…。
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