【藝人春秋Diaryラジオ書き起こし①】TOKYO SPEAKEASY 2021年10月25日放送分
水道橋博士(以下、博士)「先生、乾杯」
江口寿史(以下、江口)「あ、乾杯。どうも~」
博士「いやいや、先生と飲むのなんて初めてじゃないですか?」
江口「初めてですね」
博士「長い間、コンビ組んでますけどね」
江口「コンビ組んだ覚えはないけど(笑)」
博士「いやだって、もう2013年から一緒にやってるんですから」
江口「あっ、そうですね。そういえばそうですね。長い」
博士「先生の仕事場も一回行きましたしね」
江口「ですよね、うん。まだ一緒にメシ食ったことないもんね」
博士「ないんですよ」
江口「ねぇ。へっへっへ」
博士「こないだね、一緒にライブもやりましたし」
江口「そうですね」
博士「ていうのも、この『藝人春秋Diary』という本がですね、
スモール出版で(10月)18日に発売になって1週間なんですけど、
なんと発売2日目に重版がかかるっていう」
江口「すごいですねー」
博士「すごいですよ。先生も漫画やってるから、
バンバン売れた経験あると思いますけど」
江口「重版ていう言葉ほど嬉しい言葉はないよね」
博士「重版出来って言われたらね、お金刷っているのと一緒ですからね」
江口「そうだよね~」
博士「はっはっは」
江口「昔は“じゅうはんでき”って言ってましたけどね」
博士「読み方がね。今はみんな“じゅうはんしゅったい”って、
みんな読むようになりましたね」
江口「漫画がね、あったからね」
博士「でもあれですよ。先生が…」
※國村準のナレーションが入るため、ここの会話は聞き取れず。
※CM
博士「先生あれですね、TOKYO FM、レギュラーやってたじゃないですか」
江口「そうなんですよ。もう30年ぐらい前」
博士「それを聞いて、もう30年前なんだって」
江口「そうですよね」
博士「自分がこんなに年取ったんだって思いますよね」
江口「ホントですよね」
博士「だって毎週やってましたもんね」
江口「毎週やってました」
博士「毎週夜、しかもこの時間じゃないですか?」
江口「(午前)1時から3時まで生放送」
博士「そうですよね」
江口「やる時はテンション上げようと思ってね、夕方ぐらいから飲んで」
博士「はっはっはっは」
江口「TOKYO FMに来てて。もう来るころにはベロベロで」
博士「だってあれ完全フリートークでやってたじゃないですか」
江口「完全フリートークで」
博士「コーナーもなんか無くてねぇ」
江口「コーナーねぇ」
博士「(遮るように)あった! 玉置宏さんの息子さんが」
江口「そうそうそう!」
博士「あれですよ、あの玉置宏さんですよ」
江口「そうです、そうです! 玉置くんコーナーっていうのがあったね」
博士「やってましたよね」
江口「そうそうそうそうそう」
博士「あれはスゴいコーナーでしたよ。なにしろあの大司会者の、
あの玉置さん、『ロッテ 歌のアルバム』の玉置さん。
玉置さんの息子さんが高校生でした?」
江口「そう。なんか名門校の生徒で。
その高校のコたちもいっぱい見に来てたんですよねスタジオに」
博士「それスタジオに見に来て、先生ン家に行ったりしましたよね?」
江口「そうなんですよ。最終回の時は全員来ましたね。
全員。つーか15人くらい来ましたね」
博士「先生の家に?」
江口「うん」
博士「吉祥寺へ?」
江口「そう。はっはっはっはっは」
博士「スゴいな~。リスナーとの距離感、近いパーソナリティーですねぇ」
江口「飲みに行くか~つって。高校生に(笑)」
博士「高校生にじゃないですか。ダメですよ、そんなの」
江口「なんか雑魚寝してましたね、
ウチの仕事場でゴロゴロゴロゴロと若者が」
博士「でもあれでしょ? ボクが行ったところですか?」
江口「ああ~ちがいます」
博士「あそことはまた別のところですか?」
江口「前の仕事場ですけどね」
博士「いや~それスゲぇ懐かしい。玉置さんの息子さんですよ」
江口「そうねぇ。なんだったんでしょうね~。
それでその時来ていた高校生たちの1人が広告代理店とかに
就職しちゃって。いい高校だったから。
それでねボクに仕事を頼んできたりとかね。そういうのがあったね」
博士「たけしさんと一緒ですよ。たけしさんもオールナイトニッポンを
聴いてた人たちが就職してテレビ局で“ボク聴いてたんですよ”
っていうの…」
江口「ほら毎週ハガキくれる子がやっぱり一人はいるじゃないですか。
ハガキ職人的な。毎週玉置くんの息子の報告をしてくるっていう」
博士「今だったら絶対ムリでしょうねぇ」
江口「ムリでしょうねぇ(笑)」
博士「個人情報出すぎですもんねぇ」
江口「そうそうそうそう」
博士「だってお父さんの個人情報がすごい漏れてましたもん、あれ」
江口「そうですね」
博士「あれはおもしろかったですよ」
江口「本番中に一緒にやっていた河野(哲朗)っていう
ボクのアシスタントとケンカしたりね、ヒドかったですね」
博士「(番組の)アシスタントがアシスタントというか
パーソナリティーの女の子が田村英里子さんでしたよね」
江口「そうですよね」
博士「田村英里子さんっていったら、相当のおてんば娘でしょ?」
江口「そうですよねぇ。帰国子女とかいってねドイツのね」
博士「はいはいはいはい」
江口「でもドイツ語全然しゃべれなかったけどね(笑)」
博士「先生、でも30年前だったらアイドル慣れしてんじゃないですか?」
江口「アイドル慣れしてないよぉ!」
博士「いやいやいや。それはだって奥さんアイドルだから。
なんか浮つくことなく転がせてましたもんね」
江口「そうですね。まあ、あの人はちょっと特別に強い人でしたから」
博士「ぶりっ子じゃなかったんですか?」
江口「ぶりっ子じゃないですね。…ぶりっ子なんだけどね」
博士「ぶりっ子はぶりっ子ですよ。サンミュージックだから」
江口「だけど、なんかね気の強さとかそういう…」
博士「気が強かった!!」
江口「あのぉ、なんていうの上昇志向とかがもうバリバリ表に出てて、
とても色っぽくなかったですね」
博士「ああ」
江口「16歳の可愛い盛りなのに、まったく可愛くなかったですね(笑)」
博士「いやでもキレイな子でしたけどね」
江口「まあね」
博士「今ぶりっ子っていう言葉使いましたけど、なんかもうボクらも
65(歳)と59(歳)のジジイがしゃべってたんだなというね」
江口「ホントにね、いつの間にかね」
博士「もうその実感がないから」
江口「そうなんですよ」
博士「ぶりっ子っていう言葉そのものを江口先生が作ったっていうことを、
ボクは平行しているから、その言葉ができていく過程を
覚えてるんですよ」
江口「そうですよね。最初は“かわいこぶりっこ”ってね」
博士「全部かわいこぶりっこ」
江口「なんとかぶりっこってね」
博士「もともとはだってあの、かまととって言ってましたもんね」
江口「そうですね」
博士「日本語としてはかまととっていう言葉があって」
江口「そう。石野真子ちゃんとかね、かまととぶってとか
言われてたんですよね」
博士「何をかまととぶって、ってよく言いましたよね昔。
ちょっとそういう性的な知識がないみたいな感じの人を。
今だったら問題ですよね」
江口「あと爆睡もボクですけどね」
博士「そうなんですか!」
江口「もう日本語として定着しているけど、爆睡もボクなんですよ」
博士「あの爆睡眠ていう」
江口「そうそうそう」
博士「えっマジですか? 知らなかったぁ」
江口「『爆発ディナーショー』っていうマンガがあるんですけど」
博士「ああーっ! ありましたありました!!」
江口「そこでいろんな爆をつけて」
博士「あー、全然読んでるわ」
江口「それで爆発的に寝ることを「爆睡」にしようかな
「爆眠」にしようかなって悩んだんですよ。
それで爆睡にしようって。それが初めてだと思いますよ、
日本語で爆睡って使われたの」
博士「だって『現代用語の基礎知識』なんかにね、
全然採用されてるアレですもんね」
江口「まあ爆笑とかいう言葉は昔からあるからね。
そのバリエーションなんですけどね」
博士「その、ぶりっ子も懐かしくてね~。
考えてみりゃ、山田邦子さんが作ったって思ってる人が
いっぱいいるんですよね」
江口「でも山田邦子さんが広めてくれたようなもんじゃないですかね。
その前に(週刊少年)ジャンプでね、浸透してたんですよね
子供たちには。それで山田邦子さんが一般に広めてくれた。
あとほら、ちょうどそこに松田聖子さんが出たじゃない」
博士「またサンミュージックのね。
その松田聖子さんもぶりっこって言われて、
春やすこ・けいこによくね、漫才ブームのころに
ネタにされてましたよね」
江口「春やすこさんたちも『ぶりっこROCK'N ROLL』とか…
あれ、それは山田邦子?」
博士「あれ…出てこないわ。山田邦子の曲あったんだよな」
江口「あったあった。『ぶりっこROCK'N ROLL』ですよ」
博士「でしたっけ?」
江口「うん」
博士「それも流行りましたからね」
江口「そうですよね、あの頃ほら漫才ブームでぼんちシートとか」
博士「『恋のぼんちシート』ね」
江口「いっぱいヒット曲がね」
博士「近田春夫さんですからね、あれ」
江口「そうそうそうそう。漫才師のヒット曲がありましたよね。
そのころ博士は中学生くらいですか? もっといってるか?」
博士「先生、ボクと6歳しか違わないですよ」
江口「あっ、そうなの。じゃあ何歳なんだ?
ボクそのころ24(歳)ですよ。(19)80年だから」
博士「じゃあボクは18(歳)ぐらいですね」
江口「高3ぐらいだ」
博士「高3ぐらいで漫才ブームが直撃して、
(ビート)たけしさんのところに行きたいって思うようになって」
江口「もう漫才師になろうと?」
博士「そこまで自分ができるとは思わなかったですね。
先生の朝日新聞の読んでて、先生の青春時代もね。
なんかああ先生ってすごい天才で現れたって感じがあったんですよ。
赤塚賞なんか受賞して、すぐに連載始めて、
すぐにジャンプで人気者になってっていう」
江口「そのころ知ってんだ」
博士「もちろんもちろん。だけど、そんなことないんだなと思って。
青春に行き詰ったというか」
江口「そうそうそう。行き詰ってね、
漫画しか残らなかったっていうヤツですよ」
博士「もともとアレですか?
歌手になりたいというかフォークシンガー…」
江口「ボクね、吉田拓郎になりたかったんですよね」
博士「わあぁ…」
江口「ていうか、そういうヤツが100万人以上いたと思うんだけど当時」
博士「ボクも吉田拓郎は全然間に合ってるんですよ。兄がいたから」
江口「兄さんがいる人はたいがい…」
博士「吉田拓郎、井上陽水は間に合ってますよ」
江口「兄さんがオレと同じくらいじゃないですか?」
博士「(博士の)2コ上です」
江口「2コ上か。それだったら聴いてますよね。
とにかく拓郎さんのやることなすことがカッコ良すぎて」
博士「元気です。元気ですかーっ!じゃなくて」
江口「あの、ですます調がまたね、いいんですよね。
そうなのです、とか言ってさ」
博士「『旅の宿』なんかあのLPですもんね」
江口「そうです。あのLPの『高円寺』って曲がすごい好きで」
博士「いいじゃないですか。ボクまさに高円寺(在住)ですよ」
江口「拓郎さんそのものですね、『高円寺』って曲は」
博士「高円寺に当時はフォーク歌手が集まるっていうね」
江口「そうなんです。それでボク、高円寺とか。
中央線で吉祥寺っていうと高田渡さん。
だから吉祥寺にあこがれがあったんですよね。
いまだに吉祥寺にいますけど」
博士「いまだに吉祥寺っていうか、吉祥寺は江口寿史タウンですよ、もう。
街中にすごいあふれてるじゃないですか」
江口「そうですね。ちょっと2年くらい前はサンロードがボクの絵で
埋まってたんですけど、そのあとはカイジあたりから
ちょっとおかしくなってきましたね。今は『ろくでなしBLUES』で。
あれも吉祥寺が舞台だったから」
博士「そうですね。だからなんだ」
江口「そうそうそうそう」
博士「大友克洋さんも吉祥寺いらっしゃるんでしょ?」
江口「あと楳図(かずお)先生」
博士「楳図先生もお家ありますもんね」
江口「楳図先生もよくお見かけするしね」
博士「先生あれでしょ、散歩ずっとされてるんでしょ?」
江口「散歩してます」
博士「じゃあ全然気づかれるでしょ?」
江口「いや気づかれないですよ誰にも」
博士「そうですか?」
江口「特に今、コロナだし。マスクして帽子被ってれば誰もわかんないし。
あと似てる人がいっぱいいるらしくて」
博士「先生に?」
江口「そう。江口寿史を見たとかさ、よくTwitterで書かれてて」
博士「エゴサーチしながら」
江口「エゴサーチしながら。エゴサーチの鬼なんでオレ。
なんかメガネかけて帽子被ってればオレに見える」
博士「吉祥寺で女の子を眺めてるって言ったら」
江口「気持ち悪いじゃないですか(笑)」
博士「65歳のおじいちゃんが」
江口「ねぇ、おじいちゃんが」
博士「結構バズってましたよね」
江口「ねぇ…あれボクは全然怒ってないんだけどね」
博士「怒ってないですよね。全然伝わるんですけどボクは」
江口「伝わらない人が、ていうか伝わらなくていいんでしょうね、
みなさんはね。エゴサーチしてたジジイが若いコに絡んで
説教という物語が。それでいいんですよね。
それで叩け叩けという感じでね」
博士「ボクも最近、(元)オウム(真理教)の上祐(史浩)さんと
対談して、それがYouTubeに出てるんで反響があるんですけど、
とにかく博士が知ったかぶってしゃべりすぎ、
みたいなのがすごい書き込まれるんですよ。
すごい不本意なんですよ」
江口「ですよね。でも、いちいち相手にしてたらホントね、
時間がないしね」
博士「だってオレは中学の同級生が中川智正で死刑囚になって」
江口「オウムで?」
博士「そうなんですよ。麻原(彰晃)の主治医だった。
彼に誘われて入って上祐と懇意だったから、
ボク自身は忸怩たる思いがあるんですよ。
だからちゃんとその時、何があったんだっていうのを客観的に、
この時にこうあってこうあってこういうふうにっていうのを
入れたくなるんですよ。
一人語りで上祐に語ってほしくなかったですよね。
面白いとかってことじゃないじゃないですか。
ちゃんと被害者が本当にいる事件だから」
江口「本当に博士のすごいところは、全部自分の中でデータ化して
何を言っても出てくるじゃん、すぐ」
博士「いやいやそれは下調べはすごいしますから」
江口「すごいですよね。しかもさ本ってどれぐらい読みます、月に?
結構読むでしょ?」
博士「老後はずっと本を読んで過ごせるんだと、
老後用の本をいっぱい買ってたんですよ」
江口「速読?」
博士「速読じゃないです」
江口「じゃないの? ちゃんと読んでるんだ」
博士「読んでます読んでます」
江口「ボク、集英社でさ2年間くらい住み着いて書いてたんですけど」
博士「住み込みだったんですよね」
江口「そんときにね、地方から出てくる漫画家さんが
よく遊びに来てくれて、ボクのこもってる部屋にね。
それで小林よしのりさんがよく来てくれて」
博士「小林よしのり! 福岡から?」
江口「そう。福岡から出てきた時は必ず訪ねてくれて、
いろいろかわいがってくれたんだよね、小林さんが。
その時に小林さんが「ワシは月に最低でも30冊は読む」って
豪語してたのね。要するに毎日1冊ってことですよね。
それはすげぇなと思って、本当にそんな読んでるのって。
斜めに読んでるって言ってたけど、とにかく30冊以上は読むんや、
って言ってね。すげぇ威張ってましたけど。
そのぐらい読んでるんじゃないの?」
博士「そんなことはないですよ。
むしろ10代のころの読書は結構アレになってますよね。
だから今の仕事になっても小説を読まなくなったから。
自分の師匠がたけしさんになったから、
自分が小説の中にいるような雰囲気なんですよ」
江口「ああ、本当だね。じゃあ10代のころから、たけしさんをビシッと。
たけしさんのところでやるみたいな」
博士「その前に竹中労というルポライターにあこがれて」
江口「そうなんだ」
博士「もともと最初はルポライターになりたかったんで、
わりと戻ってくるというか」
江口「そういう資質があるんだね」
博士「一緒にタッグ組みながら、オレの異常なぐらい細かい」
江口「細かい(笑)」
博士「裏取りぶりには」
江口「ホントですよね。直してくるしね。すごいよね。
小説は10代のころで離れた感じなんですか?」
博士「そうですね、ルポルタージュに行きましたよね。
でも先生も太宰(治)の本とか全部好きで」
江口「全部好き。今ね、小林さんほどじゃないけど、
ボクも読む方だったんですけど最近全然読めなくてね」
博士「先生の日記とか読んでると、すごい先生、本読んでるなと」
江口「これもね、まだ本になってからは読んでないんですよね」
博士「『藝人春秋Diary?』」
江口「読みたいんだけど。連載中に散々読んではいるんだけどね、
本になってから読みたいんですよね。
だから今度じっくり読みますけど、
本を読む時間がないというのを言い訳にしちゃって…
よくないね(笑)」
博士「いやいやいや。560ページありますからね(笑)」
江口「これね。これはでも…あれですよ。
枕元に置いておくと枕にしちゃう感じだからね」
博士「でもこれは、なんでこんなページ数になったかっていうと、
先生が描いてくれた60点の絵をどうしても残したいから」
江口「そうですよね。この中で60というとさ、このぐらいかな?」
博士「そうですよ」
江口「だよねぇ。暑さに貢献してますよね」
博士「暑さに貢献してるし、一枚一枚、絵が1ページ台にありますから」
江口「それは一番良かったですよ。ホントうれしかった。
連載時はさ、4分の1ぐらいじゃないですか。ちっちゃいんだよね」
博士「週刊誌の連載だから。週刊文春の連載なんで」
江口「これ1ページだからすごいな。(笑福亭)鶴瓶さんの絵すごいよね。
自画自賛するけどね。すごいわコレ。
オレの画集ってさ、女の子の絵ばっかりじゃないですか」
博士「『彼女展』の絵を見てね、ため息つきましたよ」
江口「ありがとうございます」
博士「なんちゅーいい絵だと思いながら」
江口「でも、おっさんの絵もいいでしょ?」
博士「どころか、おっさんの絵ばっかりなんですよね」
江口「おっさんの絵ばっかり」
博士「40枚はおっさんの絵ですよね」
江口「40枚はおっさんですね。しかも女性があるって言っても、
和田アキ子さんとかね」
博士「片山さつきさんとかね」
江口「片山さつきさん。樹木希林さんは良かったな~。
ちょうど亡くなっちゃってね。
やっぱり、なんかこうリアルタイムですよね、この本」
博士「週刊誌の連載なんで、リアルタイムでいって。
先生、オレすごい書き足してるんですよ」
江口「ホントそうでしょうね。この前、聞いたよアレで。
町山(智浩)さんのYouTube。
本になる時にテーマで刺すっていうね。
それが素晴らしいなと思いましたね」
博士「やっぱ週刊誌の連載だと、どこにこれはテーマがあるのかどうかは
わからなくなってるじゃないですか。でもこれはあれですよ。
テーマそのものが最後に先生の絵で終わるっていうふうに
できたんで。この先生の絵は、ある人の絵なんですけど、
それを見つけた時の「わっ、これでイケる!」って思いましたね」
江口「そうですねぇ。これはでもあれですよね。
ずっとサーガっておっしゃってましたけど、ホントそうだよね。
今後もでしょ?」
博士「そうですそうです」
江口「今後だからさ、今後このつづきがあるとして、
もし挿絵が他のヤツだったらちょっと嫉妬すると思うよ」
博士「はっはっは」
江口「はっはっはっは。もうオレじゃねぇんだって」
博士「『藝人春秋FINDERS』っていう、FINDERSっていうWebメディアに
書き始めたんですよ。
それは新しい、フランスにいるシェフで画家になった人が
いるんですよ。全部独学で。
その人を見つけて、その人とやってますね今」
江口「そうなんだ。どんな絵なのかな? 見たいな」
博士「完全にドローイングです」
江口「あっドローイング。はぁ~。へぇ~。
ちょっとじゃあ、それは嫉妬するかもな」
博士「嫉妬するかもなって。大巨匠が何言ってんすか。
でもあれですよね、手塚治虫さんだってすごい…」
江口「手塚さんはすごいですよ。嫉妬。
でも嫉妬って、なんかエネルギーのアレですよね、元になるよね」
博士「だって先生がライバルだって思った人、
田村信さんと鴨川つばめさん」
江口「鴨川さんね。山上(たつひこ)さんはライバルじゃなくて
師匠って思ってたね」
博士「そうですね、山上たつひこさんね」
江口「やっぱり同世代、同じ歳ぐらいの人はやっぱりね、
ライバル視しちゃいますよね」
博士「ギャグ漫画家でスタートするっていうのは、ホントに、
もうね歴史的に言ったって長く続けられない職業じゃないですか。
週刊でやるっていうのは特に」
江口「う~ん…誰もいないですからね、オレのやってた頃の。
いてもギャグはもうやってないとかね。
ギャグ漫画自体、そのカテゴリー自体、いま無いですからね、
漫画界にね」
博士「昔はギャグ漫画家とストーリー漫画家と
ふたつに分かれてましたもんね」
江口「そう、分かれてたんですよね」
博士「赤塚不二夫賞と手塚治虫賞があるようにね」
江口「そうそうそうそう。で、絵も分かれてたじゃないですか明確に」
博士「明確に分かれてました」
江口「それをそのぉ…ボクは絵はストーリーの人だったんですよ。
ちばてつやが好きなんで」
博士「はいはいはい」
江口「それで趣向はギャグだったんですよ。
じゃあオレの道は無いなと思っていたところに、
山上たつひこ先生がストーリーの絵でギャグをやってたから」
博士「だって山上さんってもともと『光る風』とか描いてたから、
もっとストーリー寄りだった人が」
江口「ビックリしちゃって」
博士「『がきデカ』で出た時の驚き」
江口「オレね違うヤツが山上さんの名前を騙ってんのかと思って
ムカつきながら読んでたんですけど、本人かって…」
※CM前のジングルが入ったため聞き取れず。
博士「先生のすごく印象的なマスクを取った女性の絵。
あれもうすっごい、あの一枚の絵だけで、
なんて物語があるんだろうっていうぐらい。
彼女展でやってましたけど」
江口「あれは描かざるを得ないっつーか」
博士「だけど今の時代で、絵師の人たちが…横尾忠則展に
この間行ったんですけども、もう終わっちゃいましたけど」
江口「行きたかったなぁ…」
博士「すっごかったですよ。マスクの人たちを連作で描き続ける感じとか」
江口「あれはコロナになってから、ずっとの数でしょ?」
博士「毎日」
江口「毎日ね。すごいよなぁ。それが全部展示してあった?」
博士「そこは外に展示してあって、写真(撮影)自由なんです」
江口「あれですか、ビルにこう…」
博士「はいはい」
江口「オレはだから、中3の時に横尾忠則を初めて知ったんですよね。
少年マガジンで特集してて。表紙のアートディレクションをしてて、
なんてカッコイイんだと思って。
それで万博行った時、あの人がやったせんい館だっけ?
あれを見たくて、それだけ見れればいいやって行ったんだよね。
アメリカ館とか2時間待ちとか、そういうとこは
全然見てないんだけど。横尾忠則のあの外観見れて、
もういいやって。建築中の体なんですよね、
あの足場組んであってカラス止まってたりして。
あれが見れて良かった」
博士「岡本太郎も影響与えません?」
江口「与えましたね。あの太陽の塔ね」
博士「あのあたりの画家の力っていうか、美術、アートの凄さっていうのは
何かこう小説とかそういうものじゃない衝撃がありましたよね」
江口「ありましたね。だからそれはホントに直接的じゃないにしても、
潜在的にすごい影響を受けていると思いますね」
博士「みうらじゅんさんもこないだ話して、前から聞いてるんですけど
横尾忠則になりたかったんだと」
江口「なるほど」
博士「自分という存在は横尾さんになるためにあったんだ
っていうぐらい、ですね」
江口「みうらさんってさ、拓郎も大好きなんだよね。
拓郎にもなりたかったでしょ。ボブ・ディランにもでしょ。
いろんな人になりたかったんじゃないですか、だから」
博士「だからみんなあのへんの人たちって、
絵を描くとか漫画を描く人たちって、つげ義春さんとかね。
影響すごいじゃないですか。だからみんな同じ衝動なんでしょうね、
同じ時代だから」
江口「そうですね。ボク、漫画ではやっぱりアレかな、
ちばてつやになりたかったかな」
博士「なりたかったでしょうね」
江口「もう過去形で言ってるところが最低なんだけど」
博士「最近また『あしたのジョー』を読み直して、
めっちゃ感動してたじゃないですか」
江口「そうですね。『のたり松太郎』とかね、最高なんですよ」
博士「『のたり松太郎』ボクも大好きですよ。
『あしたのジョー』で無精ひげが…」
江口「そうそうそうそう、あれ衝撃でしたね」
博士「子どもの時は読み落としているからでしょ?
子どもの時からわかってました?」
江口「いや違う違う。オレ高3だから。
マガジンの表紙でジョーの横顔にひげが生えてて、
それが衝撃だったんですよね」
博士「なるほどね。キャラクターが成長してるって」
江口「そんなの描く漫画家いなかったですからね。
あと、紀ちゃん(林紀子)とデートするだけで1週間、
1話終わらした週があって。
あんなの編集者がよく許したなっていうか。
ずっと公園で話してるだけの回があって、それもすごかったですね。
トマトのサンドイッチが好きなんですよ、ジョーは。
そういうとことかね。それはね多分、原作にないんですよ」
博士「梶原(一騎)さんの」
江口「うん、あの回はないんですよ。
ただ梶原さんのいいとこ、2人のいいとこがすごいいい形で
結晶してるっていうかね、あの作品は。
どっちが欠けてもダメだったでしょうね」
博士「先生なんか一番、梶原一騎に遠いところにいる漫画家みたいに
思われてるけれど、全然そんなことないっていうね」
江口「全然そんなことない。梶原一騎、大好きですよ。
『男の星座』とか大好きですよ」
博士「ボクはあれですよ。この『藝人春秋』の前は『お笑い 男の星座』」
江口「知ってますよ」
博士「博士の本の漢文調って何なんだって言われたら、
梶原一騎の講談調なんですよ」
江口「なるほどね。もう『愛と誠』とかすごいですよね」
博士「すごいですよね」
江口「あれが一番、梶原さんのテイストが出てるよね」
博士「だからああいうのは何でしょうね。
昔から文化が講談的なものを読んでるかでしょうね」
江口「まあ梶原さんはそうでしょうね」
博士「お父さんが編集者であったみたいなところもあるでしょうね」
江口「あの人は怖くて話しかけられなかったですね。
手塚賞とかにいらしたんだけど、
みんな漫画家話しかけないんですよね。
だって周りに怖い人がいっぱいいるんで。
だからなんかね、わりと本人は話しかけて
ほしかったんじゃないかなと思いますけどね。
孤独な感じも感じましたよ」
博士「ほぼ晩年ですもんね」
江口「そうですね。50(歳)ぐらいで死んだから」
博士「『男の星座』を書かれてるころですもんね。
そこからあれですよ。65歳まで第一線ていうか」
江口「まあね漫画はね描いてないけどね」
博士「すごいですよね。やっぱり大友克洋さんが出現した時、
『ショート・ピース』を読んだ時に衝撃を受けた」
江口「そうですね。絵がね、自分の絵が古く思えてダメだったですね」
博士「そういう時あるんですね」
江口「あるんですね。なんか、そうですね。
今までの絵が全然説得力なくなっちゃったんですよね、
大友さんの出現でね」
博士「ボク、大友さんのマニアでもあるんですよ」
江口「マジで!?」
博士「ボク、大友さんの切り抜きすごいですよ」
江口「マジで!? どのあたりから?」
博士「短編を…」
江口「短編の時?」
博士「『漫画アクション』に描いてた時期の切り取って持ってますね」
江口「ホントに? すごいですね、それ。
オレもアクションのころはね、一作ぐらい『WISKY-GO-GO』かな?
あれしか読んだことなくて。
単行本で読んだんだよね『ショート・ピース』。
それでなんじゃこれはと思って」
博士「あのころ、『ぱふ』とかあったじゃないですか。
あそこに結構耽溺して、高野文子だとか」
江口「あとあれですよ『スターログ』。
『スターログ』って雑誌があったじゃん。
あれで大友さん、しょっちゅう出てて、
それでメビウスっていうフランスの」
博士「画家のね」
江口「あの有名な人ね。あの人の絵を見て、なにこれって思ったんだよね」
博士「先生が」
江口「そう」
博士「メビウスを見て、あのタッチをやってる人がいるんだって」
江口「大友さんが影響を受けた人としてメビウスが紹介されてて、
メビウスの絵を見てホントにびっくりして、その当時に同じころ、
高校生だった浦沢直樹も同じカットを見てたんだよね。
ボクはその時プロだったから、プロなのに影響を隠さなかったのが
面白かったって浦沢さんには言われたけどね(笑)。
えっ変わっちゃうんだみたいな」
博士「先生の影響っていったら、ベルギーのタンタン」
江口「タンタンはね、メビウスの後に知ったんですよ。
それでタンタンの方が先なんだと思って、
それでつながったというかね」
博士「ていうのが、藝人春秋2上下巻で、
文庫は2、3になりましたけど、その表紙が」
江口「タンタンのパロディでね」
博士「これも結構先生が長考状態に入って、
まったく連絡が取れないっていうか締切日までに送ってくれなくて」
江口「そうですよね。この前、阿佐ヶ谷で話した時に
この本はあんま売れなかったと聞いて、ちょっとショックだった。
文庫は結構売れたんですか?」
博士「文庫は部数刷ってますからね」
江口「単行本の時が売れなかったんだね」
博士「単行本の1が10万部売れたんですよ。福井利佐さんの版画のが」
江口「それに比べたら売れなかったと」
博士「タンタンで来るんだって思った時に、
先生はタンタンの芸風っていうか画風って、あったなぁって思って。
『藝人春秋Diary』の挿絵にも、それを使ってるものがあるんです」
江口「やっぱりこういうのがいいんだな多分。このガーンと来るのが。
タンタンわかってる人じゃないと、なんだろって思うもんね」
博士「スピルバーグが映画化したんでね。知ってる人は」
江口「駄作だったですけど(笑)」
博士「3Dでやりましたけどね」
江口「やりましたねぇ」
博士「この博士の似顔絵って、なんでこういうタッチなんですか?
って聞かれるんですけど、これはタンタンがあって」
江口「言わないとね。わかんないんだよね」
博士「パロディは何かっていうのをね」
江口「元ネタ知ってたら、すぐわかるんですけどね」
博士「だけど毎週、週刊文春でボクが2013年から連載するようになって、
先生にお願いして。普通挿絵って編集部が決めるじゃないですか。
ボクからアホのフリして、大友さんと先生と会田誠さんの3人。
で、先生が一番に」
江口「オレがやりますって一番早かったっていうヤツね。
多分、大友さんはねそのFAXも読んでないんじゃないかな」
博士「狂喜乱舞ってあのことですね」
江口「ホントですか?」
博士「なんでしょうね。年齢差もあるから、あこがれの人じゃないですか。
自分の連載に挿絵をくださるっていうこと自体がやっぱり嬉しいし」
江口「ボクは週刊の仕事がやれるんだっていうのが嬉しかったですね。
ボク、休んでばっかりいるようなイメージだけど、
やっぱり締切あるとやるじゃない?
それはいいなと思って、引き受けた理由のひとつですね」
博士「逆に漫画家が(原稿を)落とすというイメージを作ったのは
江口先生がいたからですよ」
江口「まぁそうですけど、あんまりねぇ(笑)」
博士「その後の漫画に影響を与えて、漫画家が締切に苦しみ、
いなくなるとかっていうモデルはほぼ江口さんになってますからね」
江口「ねぇ、なってますけどね。吾妻(ひでお)さんみたいに
本当に失踪する人もいましたけどね。
ボクは本当に失踪したことはないですからね」
博士「吾妻さんも好きだったから、すっごいショック受けましたね」
江口「そうですよね。
あの人は飲めない酒を飲んでたんですよね、アル中になるまでね。
そういう人結構多くてね、赤塚(不二夫)さんもそうでしたよ。
すごいシャイな人で酒飲まないと話せないような人だったらしくて。
オレが対談した時も朝11時にフジオ・プロ(ダクション)
行ったんですけど、もう飲んでましたね」
博士「それぐらいギャグ漫画を週刊で作るっていうのは」
江口「消耗しますからね」
博士「消耗しますよね。でも先生はそれを自虐に持ってったというか」
江口「まあギャグにしちゃったんですけどね」
博士「芸風にしていったっていうのはね」
江口「“クリニックニュー吉祥寺に通ってます”とかさ
ギャグで言ってたんですけど、本気にしてる人とか
いっぱいいますからね」
博士「だけどあれじゃないですか。それも根性いるじゃないですか。
原稿を落とすっていうのはね。
肝が据わってないとできないじゃないですか」
江口「肝は据わってないですよ、全然ボクは」
博士「でもボクと2年分の連載やりましたけど、
3回ぐらい落としてますからね」
江口「そうですね。あ~ありましたね、写真になったとことか」
博士「小倉智昭さんなんか」
江口「小倉さんとかね」
博士「小倉さんなんかむしろ描きやすいでしょ?
特徴があるんだから(笑)」
江口「描きヅラいですよ(笑)」
博士「もう一回描き直したら描きやすかったでしょ?」
江口「ん~でも一言入れたかったんですけどね、遠慮しちゃったんだよね」
博士「挿絵画家、ギャグ漫画家はこっちの原稿を踏まえながら、
何か違うギャグを入れてくるっていうね」
江口「そうなんですよね、なんか入れたいし。
あとナンシー関さんのことがどうしてもね意識されるんですよね」
博士「なるほどね~!」
江口「ナンシーさんの消しゴムのさ、いつもコレっていう一言が
書いてあったじゃん。それをすごい意識はしましたね。
この人が言いそうな一言っていうのを添えたい
みたいなのはありましたね」
博士「奇しくもですけど一番ボクらが連載長いのは
『(週刊)アサヒ芸能』なんですけど、
ナンシーさんとタッグ組んでましたからね。
だからナンシーさんにたくさんもらってましたね」
江口「ナンシーさんの絶妙だったもんね」
博士「表情の捉え方とか一瞬のね」
江口「あと文章もやっぱりすごかったね」
博士「オレはこの本の中で一番すごいと思ったのは、太田光の絵ですよ」
江口「太田さんのはよくできてますね」
博士「しかもスクリーントーン使ってなくって、
これかぁっていうのがすごい驚きましたね」
江口「太田さんも気に入ってくれてね」
博士「だって翌週すぐ爆笑問題の…」
江口「すぐラジオに。田中さんがすごく悔しがってたけどね。
いいな~いいな~って」
博士「それでその週の爆笑問題のラジオで
“次に描いてみたい可愛い子は誰ですか?”って、
吉岡里帆かなって言って、
それを受けてボクは原稿を書いてるんですよ。
そういうのスリリングですよね、1週間しかないから」
江口「そこでさ吉岡里帆とのつながりが、
あったっていうか見つけたっていうか、それってすごいよね」
博士「書けないと思ってるだろ? っていうところを
実はあるんだぞっていう」
江口「オレが書いた一言が、博士が言ってるみたいに思えるって」
博士「ホントですよ。
松本人志さんのところの文章っていうか一言入れてんのがね」
江口「あれがイヤだったでしょ(笑)」
博士「イヤっていうか、オレまったくそんなこと書いてないし」
江口「でも思うじゃないですか。“なんでそこまで鍛えるねん”みたいな」
博士「そういうところがボクはあれなんですよ、
山藤章二さんがイメージの中であるんですよ」
江口「ああ山藤さんね」
博士「山藤さんが必ず『夕刊フジ』で筒井康隆さんとか
『狂気の沙汰も金次第』でしたっけ? 描いたじゃないですか。
あれだって毎日ですからね」
江口「すごいですよね」
博士「すごい」
江口「山藤さんのも毒があったからね」
博士「ありましたよぉ。あれも綱渡りなんでしょうね、毎日だから」
江口「毎日ってのは、なかなかできないんじゃないですか」
博士「月金ですよ、あれは」
江口「博士もすごいね。いろいろやってるのに。フル稼働じゃない一週間」
博士「そうなんですよ。しかも読み合わせをやってたという」
江口「しかもさネットのあれも毎日書いてるでしょ、noteも」
博士「noteで日記を」
江口「あとメルマガもやってるでしょ。それがすごいよなぁ。
寝てんだよねちゃんと?」
博士「ショートスリーパーです」
江口「ショートスリーパーの人って、それでいいの? 3時間ぐらいで?」
博士「どうなんですかね。ショートスリーパーは早死にするって
いうのもあるらしいですからね。
漫画家が(死期が)早いっていうのはよく言われますよね」
江口「そうですよね。手塚さんも60(歳)で死んだからね。
ただ手塚さんは80年分ぐらいは多分起きてますよね。
あの人4時間ぐらいだったからね、睡眠時間。評伝によるとね」
博士「人が寝てる間に作品を発表したから」
江口「あれだけの作品を描いて。
どっちが良かったかっていうとさ、一概に言えないじゃない。
長生きして90(歳)まで生きたのがいいのか、
手塚さんみたいにギュッと凝縮した60年で
どっちがいい悪いじゃないですよね」
博士「前田日明の座右の銘って、いつも書いてくれるのが「太く長く」って
書くんですよ。ちょっとエッチな意味も入ってて(笑)。
でも先生も」
江口「オレは寝てますから、すごく」
博士「この時間はいつも起きてますよね?」
江口「この時間はね、だいたい仕事してますね」
博士「朝5時まで?」
江口「5時に寝てますね」
博士「ほぼ仕事部屋で?」
江口「うん。11時に起きて昼はだいたい打合せとかして。
博士のTwitterを見てから寝る感じですよ。もう起きてんのかよって」
博士「起床ってボクが書くから」
江口「朝早いよね。早起きすぎるよ」
※ジングルが入ってCM。
江口「江戸版画」
博士「江戸版画なんですかね。
先生が版画をやるってのはホント面白いですよ。
だって浮世絵好きだったんですもんね。
もともと美的な感じっていうのは切手だとか」
江口「切手ですね。ボクらの世代は切手で『富嶽三十六景』とか。
見るとね漫画に近いんですよ、線で描くからね。
それを木版師が削って再現するんだけど、それが楽しみですね。
どこまで再現できんのかね」
博士「それはファン熱狂ですよ。
熱狂だしコレクションできそうだし、楽しみですよ」
江口「それで一冊作りたいんですよね、版画で」
博士「先生のオヤジ画集をこうやって出せたことがね」
江口「ホントにそうですね。オヤジ画集」
博士「これは先生のあっちに入らないなと思ってたから。可愛い方に」
江口「もうね『彼氏』っていう展示会やろうかと思って、
『彼女』じゃなくて『彼氏』って(笑)。
でも『彼氏』っていうと、なんとなくイメージがね…」
博士「美人画っていうんじゃなくて彼女にしたんですもんね」
江口「そうそうそうそう。彼氏っていうと、そっちの感じだもんね」
博士「なんか違いますよね」
江口「なんかね。
でも男だけの展示会もなんかやってみたいなって思いましたね」
博士「この本、もちろん文章を残したいのもあったけど、
オレとしてはこの絵をね」
江口「ホントありがとうございます。
そのためにね出版社までいろいろ巡って下さってね」
博士「(出版が決まったのは)4社目ですよ」
江口「4社目で。なんだろうね断るっていうのは(笑)」
博士「今の出版不況がありますからね。
一日に200点出てるんですよ本って。
その中でベストセラーになるってのはなかなかですから。
サイン入れに回ってますからね、書店に」
江口「サイン会はやってたもんね」
博士「サイン会はやりました、高田馬場で」
江口「コロナ禍の時にサイン会ができなくて。
この間に2冊画集出したんだけど、全然サイン会できなくてね」
博士「だから阿佐ヶ谷にファンの方いらっしゃってましたもんね」
江口「そうですね。レコードのね」
博士「彼女展とレコードジャケットのあれですもんね」
江口「そうですそうですそうです」
博士「レコードジャケットのも先生の好きな世界ですよね。
絵の中に閉じ込めてしまうっていうか、
枠の中に閉じ込めるみたいなことをものすごく好きですよね」
江口「好きです。
要するにフォルムが決まらないと、絵の発想ができないんですよ。
先に何センチ×何センチって決められた方が、
こっちだけ空間を開けるとか考えられるんで。
自由に描いてくださいって言われると、全然描けないんですよね。
まず形を。レコードは四角っていうのがあるじゃない。
そこの中でいろいろ遊ぶっていうのが。
これ(『藝人春秋Diary』)も毎回サイズが決まってるんで、
それがあってやりやすいっていう」
博士「週刊誌(のサイズ)より絵が大きくなってるんで、
そこがいいですよね」
※エンディングが流れて番組終了。